第17話 神社
うとうとしていてふと目が覚めた。
今日は朝から雨で、寝ぼけ眼に雨の音を聞いていた。
時刻を確認するためにスマホの画面を見ると、母からの着信一件とヤンからの着信十九件。今日は仕事で遅くなると母の留守番伝言サービスを聞く。留守電の声が少し母とは違う。
机の上、つけっぱなしのデバイス、画面にはバグ確認で回していたゲーム。
時刻は午後四時。
薄暗い部屋の中、電灯を点けてカーテンを閉めようと立ち上がる。
窓からの明かりも雨に流れて生き物みたいに下っていく。
ふと……その向こうに女の人が立っているのが見えた。
しばらくじっと眺めていた。
雨の日になると、いつもそれらは現れる。
窓を開けるとそれらは見えず、窓を閉めるとそれらが見えるらしい。私にはどちらも同じに見える。
「今行くから玄関で待っていて」
部屋を周り施錠を確認、ガスの元栓を閉め暖房はつけていない。よし。
財布に肌寒いのでジャケットと鍵とスマホ。
玄関、さしてある傘を一本取る。外へ出たらしっかり鍵をかける。鍵を掛けたら開かないのを確認。見上げる空と、雨脚は弱まっており傘をさすほどでもなかった。
それらが横に来るので会釈する。
私が歩き出すとそれらもついて来る。子供の頃から、雨の日なるとこれらが現れる。何かあるわけじゃなくて、ただ家に来て、ただついてくる。近所のスーパーに行くついで、通り道にある社に行くと、それらは鳥居の中に入っていく。
鳥居を見ると、いつも中が魅力的に見える。頭をよしよしと撫でられるかのような、そんな誰かがいる気配がする。
でも私はいつも鳥居の中には入らない。ある程度離れて見ているだけ。
足が、どうしても、そこには向かない。
そこは帰る場所、それは人としての生き方、それらは救い。
それぞれ違うものでありながら、それらの理(ことわり)が同じ場所で共存できるのは、このように異なっているからだと誰かがそう言っていた。
私は多分、神様には好かれていない。
社の中に入るのを忌諱してしまう。
いつも外から鳥居の中を眺めているだけ。そこはとても魅力的なのに、そこに入るのをとても嫌だと感じてしまう。
鳥居の前にいる夢を見る。雲が霞流れる場所。何か楽しいことがあり誰かが居て、また来ますと言うけれど、なぜまだ来るのか、誰なのか、そこを覚えていない。白い石の鳥居だった気がするし、鳥居と言えば赤なので、赤い鳥居の前だったのかもしれない。
覚えているのはまた来ますという言葉だけ。
夢の中に鳥居が出て来ることは何度もあるけれど、私はいつも外から眺めているだけ。
それを綺麗だと思いながら通り過ぎる。お祭りのようにオレンジ色のライトで薄暗く照らされた路地裏の社を通路の向こうから眺めて歩き通り過ぎる。他の誰か達と歩き眺めながら通り過ぎてゆく。
結局現実でも鳥居の中には入らない。
こうして眺めて見送るだけ。
「さようなら」
買い物を終えたら家に帰る。辺りはすっかり暗くなって結局傘を使わなかった。
家に入ったら、玄関の鍵は閉める。
家の中の明かりを点けてまわり、お風呂と夕飯の準備。ご飯を炊いて、ニラレバ炒めを作ったら、少し食べてラップをかける。母は野菜が嫌いなので、野菜は飲み物でとる。
いくつかの野菜の素、市販の粉をミキサーに入れ、キュウイとモモをブレンド。モモは母の大好物。野菜を食べない母も、モモを入れれば渋々飲んでくれる。
いわしを適当な大きさにぶつ切り、こちらも別のミキサーにかけて、卵やブリのあらなども混ぜる。ペット用のビタミン剤を入れ、団子状に丸める。臭ければ臭いほど良い。
母が帰って来る気配を感じたら、団子を持って玄関へ。足音が近づいて来て鍵を開けると、母と目が合った。
「ただいま」
「おかえり」
隣まで来た母が、私の頭に手を置いてくる。
「お風呂沸いてる」
「そう」
「疲れた?」
「んー……お腹すいたわ。良い匂いね。とっても良い匂い」
団子を見ながらそう呟く母に、レバニラ炒めがテーブルの上にあると告げると、そうよねと呟いて、母は私の頭を撫でて台所へ行ってしまった。
団子を持って外へ出る。
そこには大きな犬がいた。私より大きいこの犬は、私が物心ついた時からこうして時たまやってくる。母の帰りが遅くなる時は特にやってくる。
首輪をしていないから、飼い犬ではないかもしれない。オオイヌさん。
団子を差し出しても、じっとこちらを見るだけで食べようとはしてくれない。大きな二つの目でこちらの目をじっと見てくる。この犬は、肉よりも魚が好き。風に乗って犬からタバコの匂いが漂ってくる。タバコ犬。君はいつもタバコの匂いがする。
「いつもありがとう。良かったら食べてね」
皿を置いて家に戻った。翌日、ビタミン剤だけが綺麗に皿に残っていて顔をしかめてしまう。ビタミンは取らないとダメなのに。
今度はビタミン剤も粉々にして混ぜようかな。まさに外道。
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