第14話 学校にお泊まり
ヤンが学校に泊まろうぜと言い出した。
なぜ学校に泊まらないといけないのか。それはとても不思議だし普通に違反だから無理。合法的にそれをしたいのなら大人と言う味方が必要で、どうするかって先生に話を持ち掛けるしかない。
普通なら即刻否定されるはずなのに、先生は面白そうと言い、許可申請を出してくれた。うちの学校、泊まりいいんだ。
スマホで母に連絡すると短い返事。母が寂しく思のではとそう思ってしまった。私が思っているだけで母の声に変化はなかったかもしれない。
「気を付けなさいね」
「うん。お母さんも」
「えぇ、大丈夫よ。それじゃ切るわね。イイ子にするのよ」
警備員さんにも連絡、校内を不必要に歩き回らないようにと言われた。申請には理由が必要で部活動として申請しているので、何でもかんでも自由というわけじゃない。
ヤンの家は大丈夫なのか聞いたけれど、夜は家に誰もいないから、とヤンは笑いながら楽しそうに言った。
先生とのお泊り。
片づけた机、用務室から持ち込んだマットと先生の私物の携帯マットを敷いて、ついでにと持ってきたコンロとやかんとカップラーメン。先生何でも持ってるねと聞くと、キャンプ用具が車の中に入れっぱなしなんだって。キャンプするんだ。枕もある。
下校のチャイムと、最後の数人が、学校から出ていく姿を見送った。
太陽が沈んで後はもう真っ暗。窓の下、座って、コンクリートの冷たい感触、たわいのない話が流れて先生に寄りかかって狂ったようにバグるスマホの画面。先生はずっとここにいるんだよね。夜も。
先生が沸かしたお湯を持って来てくれて、カップラーメンを食べた。こういうところで食べると妙に美味しい。お腹いっぱい。カーテンを閉めて携帯ランタンの明かりに切り替える。学校の明かりが点いていると通報する人がいるらしい。学校を探索するのはNGだって。
マットの上でゴロゴロ。先生がキャンプ用のマットを持っていて良かった。学校のマットは洗濯とかしないからどうにもね。二段重ねで柔らかい。
先生今日はたばこの臭いがしないね。うとうとしてきて耐えがたい。話をしていたけれど眠る時の呼吸に変わっていくのがわかる。先生の匂い。先生とくっついていると眠くなる。
いつの間にか眠っていた。
気がついたら夜中でヤンがトイレに行きたいって。いけばいいのに。
時刻を確認するために点けたスマホの画面は歪な砂嵐にまみれていた。今何時なの。見上げた教室の時計は電池が切れているのかぴくりとも動いてはいなかった。
隣では先生が寝ている。
静かに教室を出てもヤンは廊下の明かりを点けない。
震えているけれど大丈夫なのかな。握って来た手はとても冷たくて汗の感触がしなかった。
学校の廊下、響く足音、私のだけ、音を消して歩くヤンは猫みたい。ヤンは猫科の動物。
トイレの前、左手のスマホ、明かりが、薄暗い。入っていく、デコボコの床、明かり、点けないの、トイレの中、閉まるドア。見えなくないのかな。やっぱりヤンは猫科の動物。
暗い中でも息だけが白い。遠くでドアの開く音。軋む音、誰かが歩いているかのような音、物が動く音、誰もいないけれど誰かがいるような音がする。そのほとんどの音には理由がちゃんとある。なかなか出てこない。音もしない。
点いた明かり、眩しい。
「っおわっ‼」
眩しいと手で遮った視界、声のする方へ視線を向けると、ヤンが驚いてビクリッとするのが見えた。
「お前っ……何してんだ? びっくりした。電気ぐらいつけろよな」
ヤンが、ヤンの入った隣のトイレに入っていく。
「何黙ってんだよ」
閉まったドア。目の前のドアを足で押す。睡眠時間を返して。
「ヤンてさ」
「あん?」
「ネコ科の動物?」
「喧嘩売ってんのか!?」
水を流す音が聞こえて、やっぱり音は気にするよね。
まだスマホの画面はバグったまま。
ヤンと一緒に教室へ戻ると、教室の中は真っ暗だった。携帯型電気ランタンの明かりを点ける。オレンジの優しい明かり。時限式で電源が落ちるみたい。
足、足が見えて、デニム、じゃなくてデニール180ぐらい。無防備に寝ている先生。きっと疲れている。私がいなくなったからか先生はちゃんと横になって眠っていた。
先生、家に帰らなくていいのかな。お風呂にも入れないけれど。
隣に腰を下ろす。先生の髪、なでなで。隣でヤンが窓から外を眺めている。ヤンの足、細い。ヤンの靴下。くるぶしまでの短い靴下。寄りかかった壁が思いのほか冷たい。
「ん……なんだ」
ヤンは何を見ているのだろう。体が重い。縁に手を添え力を入れて体を持ち上げる。カーテンの外側。月明り、隣接する住宅の小さな明かり。校舎は真っ暗だけれど、ところどころに緑の明かりが見える。非常灯かな。
「なぁ」
ヤンの視線、窓から下を眺める。
「うち、夜間学校もやってるんだな」
下では、黒い影が、人の形をした影が動いていた。
「そうみたいだね」
「あんた達元気ねぇ」
先生が隣に来た。
「起こしました?」
「ふぁーあぁ。まぁねぇ」
頭に手を置かれる。三人で窓の外を見ていた。色々な影が動いている。
「そういえば、宿直って昭和に廃止されたのよねぇ」
気だるげな声。
眼下のそれ、私が見ているものとヤンが見ているものが同一とは限らない。そして先生の見ている物が私と一致するとも限らない。
「へぇ、そうなんだ」
ヤンの声。
「色々問題があってねぇ。人気のある先生とか用務員さんだと、生徒が差し入れとか持っていってそれも問題でねぇ。ほら、女子生徒だと余計に問題になるでしょう? 廃止されてしばらくはバイトとか宿直代行とか、んー……。してたんだけどそれもね。先生が生徒と一緒に飲酒したり生徒も泊まりこんだりね。さつ……そういう経緯もあってね」
「うちって用務員さん、泊まりは無いんですね」
「最後に帰ったのが用務員さんでしょ。完全無人よ」
「警備員さんも?」
「ここにはいないわ。そもそも連絡は電話でしたじゃない」
ヤンが私を見て、そして校庭を見た。
「貴方達ちゃんと寝た方がいいわよ。ふぁあ。ボディシートあるから体拭いていいわよ」
ボディシートで体を拭く。先生が教室のドアに鍵をかけた。不審者対策だって。
マットの上で横になった先生がポンポンと隣を叩いた。
「寝る時間よー」
「あたしら子供かよ」
「まだまだ子供でーす」
先生の隣で横になる。上を向いて、先生に少しくっつく。ヤンとも少しくっつく。先生が上から毛布をかけてくれた。手触りのいい毛布。スカートだと少し眠りにくいかも。
「んー……なんかいいわねぇこういうの」
先生が頭を撫でてくる。
ふと目が覚めた。いつの間にか眠っていたみたい。ヤンとくっついて眠っていて、先生はいなかった。
スマホの画面を確認すると午前六時と表示された。
学校って多分、色んな人の願望がある。
もう少し寝よう。
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