第9話 夜中にくるお客さん
手に持って舐めるように食べるパンの味は格別だった。
しっとりと卵に漬けられ、甘い味のしみ込んだそれは、ふかふかでぺろり。
お腹いっぱいになったら眠る。まどろみとふかみの間をゆらゆらゆらゆらと漂うのは、夜の海の中にいるみたいにふわふわしている。
寝ている間は多分、時間の概念からは外れている。
ぽこぽこと湧き上がるみたいに目が覚めて、暗い闇の中にいると知る。オレンジと黄色の半纏(はんてん)は、ずっと昔からある私のお気に入り。のそりと起き上がって玄関に向かう。玄関を通る時、ぼたりと音がした。あぁ今日は来たんだと思う。
彼らはいつも唐突に現れる。夜の中、何かを求めるみたいに、人の形をしたそれは、粘り気を帯びて扉に引っ付いては離れるのを繰り返す。
お手洗いに歯磨きを済ませ、玄関の縁に腰を下ろす。
すりガラスの扉の向こう――自らを扉に打ち付けては広がり、そして離れて遠ざかる。何度も何度もそれを繰り返し、反応する明かりが何度も明滅を繰り返していた。
「あなた、それ好きよね」
声がして振り向くと、母がいて、手にはコップを持っていた。
「何が?」
そう聞くと母は私の隣に腰かけて、擦れた服と体が温かかった。
ふーふーと母がコップの中で揺れる黒い液体に息を吹きかける。
夜になったら、どの色もほとんどが黒になる。赤でも青でも緑でも黒になる。
「あなたはココアね」
「ありがとう」
母に寄りかかり、それを眺めていた。次は、首を切り落とすゲームにしようかな。
エンジン音、遠くから近づいてくる。新聞屋さん。降りて郵便口に新聞が投函される。
新聞屋さんは明滅する明かりをしばらく眺め、粘り気を帯びて行ってしまった。
「うち……新聞取ってないのよねぇ」
「え? そうなの?」
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