最果てを目指して

健杜

第1話 世界の果て

 ある日何の前触れもなく、人類は滅亡した。

 もっと正確に言うのならば、少年以外の全ての生命が死滅した。


 「今日も何も見つからなかったな」

 

 太陽は沈み、周囲が闇に支配され始めた頃、適度な岩に黒髪の少年は体を預けてゆっくりと休みながら、始まりの日のことを思い出していた。

 少年の記憶は世界が滅亡したその瞬間から始まり、瞼を閉じれば今でも鮮明に思い出すことができる。

 

 世界は強烈な光と共に、瞬きほどの時間で一変した。

 楽しく会話していた人たちは消滅し、人が溢れかえっていた都市は全て光りに飲み込まれ、その場は一瞬にして草一つない荒野となった。


 ノアは体は白いボロ布のような服を纏い、所持品は何もなく、裸足の状態で荒野に倒れていた。

 体に痛みはなかったが、なぜここにいるのか、自分が何者なのかなど殆どの記憶が存在しなかった。

 だが、たった一つだけ覚えていることがあった。


 「世界の最果てを目指して……か。誰かが僕に言ったその言葉を頼りに、宛もなくひたすらに歩いてきたけれど、世界に果てなんてあるのだろうか?」


 自身の記憶もなく、周囲にはなにもない状況で少年が縋れたのはその言葉だった。

 何もわからないまま、一人で世界に放り出されてしまい、精神はギリギリの状態だった。

 いつ自殺してもおかしくないような精神状態だったが、その言葉を希望に今まで生きて歩いてきた。


 「何もなく、退屈な世界だけれど、この瞬間だけは何もかもを忘れられる」


 少年は視線の先には、真っ黒なキャンバスに無数の星が光りを発していた。

 人類が存在していた頃は、建物の明かりで見えづらくなっていたが、光を発するものが消滅してからはその輝きが十分に見ることができた。


 「星は、やっぱりいいな。何もない世界で、独りじゃないと勇気づけてくれる」


 夜に星を見ることが少年の唯一の日課であり、楽しみであった。

 記憶を無くす前の少年が星を好きだったかどうかはわからないが、少年が心の拠り所にするくらいには今の少年にとって大切なものだった。


 「十分眺めたし、そろそろ眠るか。何度でもこの光景を見ることができるしね」


 自嘲気味に笑いながら呟いた少年は、そのまま目を瞑り一日が終わらせる。

 少年が目を覚ますのは、太陽が登り始めて少し経った頃だった。


 「うーん、どこに行こうかな」


 固まった体を伸ばすことでよくほぐし、どの方向に行くか考える。

 世界の果てを目指すとは言っても、何の目印もないのでいつも気分で進む方向を決めていた。


 「今日も昨日と同じ方向でいいか」


 すぐに歩く方向を決めた少年は、すぐに歩き始めた。

 少年は目を覚ましてから、一度も食事と呼ばれる行為をしたことがなかった。

 食べ物や水がないからという理由もあるが、何よりも少年の体が水分や食べ物などのエネルギーを欲していないのだ。


 「今日は昨日より日差しが強いから、少し暑いのかな?」


 加えて冷たいや、温かいと言った熱を感じる感覚が欠如していた。

 幸い飲み食いをしなくても良い体なのは、なにもないこの世界を生きていく上で助かるのであまり気にしていなかった。

 その分眠ることでエネルギーを補給していると少年は考えていた。


 「お腹が空いて死ぬことがないのは、この体に感謝かな」


 自分の不思議な体のことを考えながら、休まず歩き続けること数時間、これまでは歩きやすい平坦な道が続いていたのだが今、少年の目の前にはひび割れた大地が広がっていた。

 少年が目覚めてから今日でちょうど百日で、何も変わらない日々に初めての変化が訪れたのだった。


 「なんだろうな、ちょうど境界線のように突然変化しているのが不思議だな。明らかにここから先はこれまでと違うと主張しているようだな。とりあえず、穴に落ちないように注意しながら進むか」


 地面に亀裂が入っており、見るからに危険だとわかるが、進まないという選択肢はなかった。

 少年がずっと望んでいた変化が目の前にあり、世界の果てという存在するのかわからないものが真実味を帯びてきたのだ。

 少年は高鳴る心を抑えながら、いつもより早足で歩き始めた。


 景色が変わってから数十日が経ったが、何の変化も起こらなかった。

 相変わらずひび割れた大地が視界に入るだけで、建物も生物も何もなかった。


 「なにか変わるかもと期待したけど、そんな希望はないみたいだな」


 なにか変化があるかもと期待してしまった分、裏切られた少年の心は気分が下向きになっていた。

 そのせいか、集中力も低下していたのだろう、大きなひびの近くを通るときに、脆くなっていた部分に気がつかなかった。


 「えっ?」


 危ないと思ったときにはすでに遅く、少年の足場は崩れ去り、穴の底へ真っ逆さまに落ちていた。

 このまま落ちれば命の危険だというのに、少年の心は落ち着いていた。

 なぜなら、終わりがないと思われた自分の人生に終わりが見えたのだから。


 「自殺する勇気がない僕が死ぬ機会なんて、そうそうないからな」


 長い長い落下の末に、ついに地の底にたどり着いた。

 少年は頭から地面に着地をして、鮮血を周囲に飛び散らせながら、口元に笑みを浮かべて意識は深い闇に沈んでいった。


 長い、長い、永遠に続くと思われた少年の眠りは、突如終わりを告げた。


 「なんで……」


 死んだはずの少年は目覚めてしまった。

 死ぬ瞬間のことは覚えている。

 長い長い落下の末に頭から落ちて、死んだはずなのだ。

 その証拠に周囲には、少年のものと思われる赤い液体が存在している。


 「なのに、なんで! 僕は生きているんだ!」


 地面を強く殴りつけながら、少年は初めて叫びを上げた。

 これまで何度も希望を奪われてきたが、今日始めて絶望したのだ。


 「僕は、死ぬことすらできないのか!」


 何度も、何度も硬い地面に拳を打ち付ける。

 皮が剥がれ、血が吹き出すが、それでも殴り続けた。

 ようやく落ち着いて、殴るのをやめると、少年の心にさらに追い打ちをかける出来事が起きた。


 「ははっ……なんだよこれ」


 少年の視線の先には血が止まった拳があり、次第に剥がれたはずの皮が再生を始め、一分と経たないうちにきれいに治っていた。


 「普通の人間じゃないと思ってはいたけど、死ぬことすらできない化け物だとは思わなかったな」


 これまで変化を望んだ少年は、変化を恐れ、憎んだ。

 新たな変化の中で、唯一救いがあるとすれば、落ちたとの底は一本道が存在していたことだ。

 地上に戻れず、一生ここで過ごすことにはならなかったが、また歩き続けなければならないので、本当の意味で救いではなかった。

 それでも、少年は再び歩き始めた。


 「世界の果てに、死ぬ方法があればいいな」


 これまで一度も考えなかった事考えながら進み続ける。

 この日から少年の日課が変わった。


 「この石でいいか」


 地面に落ちていた鋭い石を拾い上げた少年は、そのまま自分の首に突き刺した。


 「がふっ」


 口から出てはいけないような呼吸音が漏れ、首からは死に至る量の血がこぼれていく。

 足から力が抜け落ちて、地面に倒れる。

 その際に首に刺さった石が深く、首に突き刺さり、少年の意識はどこで途絶えた。


 「やっぱりだめか」


 目覚めた少年は何の異常もない体を起こしてため息をつく。

 刺したはずの石は近くに転がっており、首には傷が一切残っていなかった。

 落胆したものの、わかっていたことと切り替えて歩くのを再開した。

 一本道がひたすら続くのみなので、どこに行くか悩むこともなくなった。


 死から目覚めるのに何日眠っていたのかわからないので、日にちを数えることもやめた。

 傷も治り、死からも目覚める肉体なのに疲れはあるようで、限界まで歩き続けた先で眠るように自殺をする日々がが続いた。

 その日々で新たに気づいたこともあった。

 

 「そういえば、髭は生えないし、髪も伸びないな」


 少年が目覚めてから最低でも百日は経過してるというのに、髪の長さは変わらず、髭などの体毛も生えてこなかった。

 試しに髪を切ってみたが、眠りから目覚めると切る前と同じ長さに戻っていた。

 少年は死ぬことができないだけでなく、成長することもないのだ。


 少年の心はすり減り、地獄のような日々は続く。

 歩いては自殺をし、歩いては発狂する何のために生きているのか、何のために生かされているのか、自問自答の答えの出ない日々が続いた。


 「あれはなんだ?」


 世界が変化するのはいつも突然で、今回も何の前触れもなく変化した。

 最低限の太陽の光しか届かない地の底で、頭上からではなく、一本道の先から光が見えてきた。

 以前なら希望とともに、走り出していた少年だが、今回もどうせ期待しても裏切られると思い、濁った黒い瞳を輝かせることなく、変わらない歩調で光へと近づいていった。

 道の先は光の壁が存在していて、その先を見通すことはできなかった。


 「この光を通れってことだろうな」


 変化することは怖いが、進まないことには終わることもないので、ゆっくりと光の中に入っていった。

 光の壁の中は思っていたよりも短く、数歩進んだだけで別の景色へと変化したのだが……少年を目の前の光景に声を失った。

 これ以上何があっても驚かないと思っていた少年だが、目の前に存在するそれを見て驚かずにはいられなかった。


 「ははっ、嘘だろ」


 思わず笑いもこみ上げてくる。

 いつも自殺に使っていた石が手から落ちるのにも気づかず、目の前のを見つめる。


 「ここが……世界の果てか」

 

 光の壁の先には白い建物があり、その先は崖となっており、建物より先に大地は存在せず、底の見えない闇が広がっていた。

 それでも直感的にここが世界の果てだと分かった少年は、迷いなく建物へ向かっていった。

 そこにあるのは絶望か、希望なのか少年は知らずに進んでいく。

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