第二話 陰鬱此
「な…何なんだ…アレ。オォェ…」
アレを見た惟前は、急な吐き気に見舞われた。
しかし結は、アレを見ても恐れ怖気ずく様子は一切なく、ましてや吐き気など一切感じていないようだった。ただ変わった様子があるとすれば、結はしっかりとアレを睨み付けている。
「アレは、
「か…陰鬱此?」
確かに結はアレをそう呼んだ。
【陰鬱此】
どうやら、それがアレの名前らしい。
「グアァァァァァァ!!!」
しばらく固まってきょろきょろとあたりを見回していた陰鬱此は、何かを見つけたのか一点を見つめ大声で叫びだした。
「コ…ンゲ…グ、モッデ……イグ。」
惟前には、小さくて何を言っているのかわからなかったが、一つだけわかることがある。今、陰鬱此は確実に惟前の方に顔のようなものを向けじっとこちらを見ていることだ。
この暑くも寒くもないちょうどいい春の季節に、今までにかいたこのない量の汗が体からあふれ出た。ものすごくまずいことぐらい、鈍い惟前にだってわかった。
「惟前…多分あなた狙われてる。」
結は陰鬱此を睨み付けたまま、惟前に小声で話しかけた。
「ですよね…これってまずいですか?」
「うん、かなり。」
「なんで俺!」
「心当たりしかないけど…今説明してる暇ないかも……。とにかく、これ。」
結はそばにあった自分の肩下げポーチから細かい装飾が施された長方形の箱を取り出して惟前に差し出した。
「何ですこれ。」
「この中に何枚か御札が入ってる。危なくなったら、それを何枚でもいいから取り出して
「いや!ちょっと待て!何言ってるか全然 - 」
【ドン!!!】
何かが地面をけり上げる音がした途端、一瞬で目の前まで迫ってきた陰鬱此を結が何やら御札のようなもので食い止めていた。
見たことの無い光景に一瞬頭の中が真っ白になりかけたが、結の声で直ぐに意識を持ち直した。
「惟前!早く行きなさい!あなたを守らないと、紫雨ちゃんに顔向け出来ないの!」
「あぁぁもう!」
正直なところ、状況が呑み込めず頭なんか働いていていなかったなかった。
しかし、身体驚くほど自然に店の出口へと走り出していた。
ちょうど五百メートルほど離れた交差点で息が苦しくなり、立ち止まって膝に手を着ながら信号を待った。
「はぁ…はぁ。(どうしよう……逃げるって言ってもどこに、どこまで逃げたらいいんだ…このまま訳わかんない状態て逃げてもキリがないし。)」
どこに身をひそめるべきか悩んでいた惟前が、ふと周りの景色に視線を向けると、自分と同じように信号を待っていた人たち全員が、横断歩道の向こうにスマートフォンを向けてざわざわと騒ぎたてていた。
惟前も同じ場所に目を向けた。
しばらく、一点を見つめ固まっていた惟前だったが、急に待っていた信号に背を向けるかたちで走りだした。
「どういうことなんだよ!」
理由は、惟前と同じく信号を待つ人たちのスマートフォンに映っている。その映っているモノはまさに、先ほど襲ってきた陰鬱此が生まれる瞬間そのものだった。
歩道の反対側で同じく信号を待っていた人達の内、一人の男性の足元から伸びる影が、あるべき形を放棄し液体のようにとどまった形を持たなくなり、平面だった影から暗闇がスライムのように盛り上がったその瞬間、影の持ち主である男性を飲み込もうとする様だった。
それを見た惟前は知った。
先ほどのカフェで見た陰鬱此という名のアレは人間から生まれたものなのだと、あんなに醜く、悍ましく、何もかもを飲み込んでしまいそうな暗闇を身にまとい、姿をとらえることすらままならないアレは、人間から生み出せてしまえるものなのだと。
「アレが…人?……嘘だ。あんなのが人だっていうのかよ!(…ていうか…あいつも、俺を襲うつもりなのか。……いや、もうそんなの考えても仕方ない。とにかく走れ!俺!死にたくなかったら!)」
惟前の予想通り、陰鬱此はしっかりと白く光る眼で惟前をとらえている。
しかし、先ほど生まれた陰鬱此はカフェでの陰鬱此とは違い、左腕ではなく両足を大きく肥大化させ、地面に深い足跡ができるほどの力で飛び上がったのだ。その跳躍力は、ほんの一回の跳躍で信号なんて簡単に飛越え、全速力で走り続ける惟前の真上まで追いつき、そのまま惟前に覆いかぶさるように襲い掛かった。
「コ…ンゲ…グ、モッデ……イグゥゥゥゥゥゥ!!!!!!!!」
「そんなのありかよ!!」
天才陰陽師と言われた母が隠していたのは、鮮やかな幻想郷と僕の呪力が無いこと @Hqtsukl
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