書簡 : 青紡ぎ歌
姉よ。昨晩、走馬灯みたいな2つの夢を見たの。
最初は、遊園地の夢。カラフルな観覧車から、見つかるわけもないのに自分の家を探していた輝かしきあの頃。プールサイドで死んでいた蝉の短い生命を嘆いて、まだ泣けていた頃。今はもうその面影もなくて、特集を読まなかったらずっと忘れていたかもしれなかった。夢の中なのに鮮明な色合いが、戻れない日々を描いていたわ。お母さんはあなたを妊娠して、お腹が大きくなってた。名前は、まだ無かったわ。遊園地から電車で帰る時、たまたま降りた駅の前で、路上ミュージシャンが弾き語りをしていたの。
「次の曲は、『青紡ぎ歌』」
そう言った彼の歌声を、静かに聴いてたあの瞬間は、世界が青くなっていくように見えた。それから、聴き終わった後にその曲のCDを買って帰ったのも良い思い出だわ。それで、あなたの名前は詩になった。でも、それから間もなくしてお父さんの転勤が決まってしまったの。それをお父さんが言い出したのは転勤の前夜だったから、お母さん怒ったわ。カンカンに。それから、どうしようもなくなって転勤したお父さんを罵ったり馬鹿にするようになったの。本当にしんどかった。紬を産んだのは一人で、苦しかったと思う。でも、私はもう四六時中イライラしてるお母さんに耐えられなかった……。だから、家を飛び出した。紬には中途半端な思い出しか残してあげれなくて、悪かったと思ってる。でも、苦しい夜はこれを聴いてね。私もきっと聴いているから。
次は、飛び出した夜の夢。私は家を飛び出して、タクシーを拾ったの。でも、それも乗れる距離は限界があって、母が捜索届を出してしまえばすぐに見つかってしまうくらいの範囲だった。だから、歩きでどこまで行けるか挑戦したんだけど、それも大して遠いところまでは行けなくて、11時半ごろに警察に補導されちゃった。でも、私は涙を流すのが得意だったから、何か事情がある夜歩きだと思わせることができた。そして、自分で自分の身体にあらかじめ傷をつけておいたことによって、私は保護されたの。そこから、児童養護施設で新たな親が見つかるのを待ってて、拾ってくれたのが火伏というライターだったわ。彼は奥さんを失っていて、子供もいなかった。
「妻は冷えきっているから」
そうライターらしい言葉選びをしながら、妻との関係を教えてくださったの。妻は、転勤で遠い地方で暮らしていたが、新たな職場は男性が大半で、その会社の寮で大量の男性社員に夜な夜な襲われていたせいで自殺をしたって。私は、泣きながらその話を聞いた。でもそれが、次は自分の元家族で起こるとは思いもしなかったわ。家出をしても、私の本当に帰れる場所はうち。けれど、父と母の両方が失われてしまったのは、私のせいだわ。本当にごめんね。詩は、私の妹なんだから優しい子に決まってる。逮捕されても、その思いは変わりません。こんなことを言うのはズルいかもしれないけど、これがまだ新聞小説かなんかであると信じたい。本当のことだと思いたくない。火伏さんは叩かれてるし、特集は間違ってたと思う。でも、それで知れたのだから、私は未来のことを考えるわ。紬に会って、あの家で待ってる。火伏さんとも是非会ってほしいし、もし紬が良ければ一緒に暮らしたいなとか思ってるから。上手く文章がまとまってなくて、ごめんなさい。でも、夢の中で全部思い出したよ。このままでなんか、終わらせない。
碧、紬、詩。
私たちは3人で完成するはずだよ。自分だけが間違ってるなんて思わないでね。詩はまだ、1音を外しただけだわ。
From:風祭 碧
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