掲載後
記者の独り言
特集記事の後書きを書き終え、俺はため息をついた。急き立てられるように連載をし続けた日々も今日で終わったのだ。この街に来て、はや2週間ほどが経っていた。波の音が聞こえる旅館で記事を書いていると、ふと不安に襲われたり、意味もなく寂しくなったりした。ただ、あの記事にはたくさんの心残りがあった。
まずは、謎が多い記事を載せてしまったことだった。漁師の彼が拾った場所がどこなのか分からないし、あれは本当に公表して良いものだったのかどうかは今でも分からない。
そして、創作をしてしまったことである。彼女の日記をそのまま載せるのが記者のあり方であったはずなのに、俺は身勝手な物足りなさを自分の創作で満足させてしまった。味が薄いのが良いおかずに醤油やマヨネーズをかけて浸してしまったような罪悪感があった。実を言うと、あの日記自体を壮大な夢オチにしてしまおうと一瞬、魔が差した。ただそれは、読者を大きく失望させることにもなり得たので、やめたのだった。友人の駆け出し作家が、『なんちゃらホワイトの試験?』だったかなんかで夢オチを使ってしまったのを酷く後悔していた。彼はそれを書き直すつもりらしいが。ただ、俺もライター人生最後の記事をあんなもので終わらせてしまったのは大分悔いが残る。
そんな些末なことを読者は考えなかったかもしれないが、俺はその失敗を列挙してしまっていた。ほぼ無意識に。これにはライターの職業病だなと苦笑いをするが、僕はずっと書きたくて仕方がないのだ。
あと1つ、気になったことがあった。それは、会社の後輩から電話で聞いたことだった。
「会社に来るクレームの電話って、こっちが受話器を取った数秒後には怒鳴り声が鼓膜を突き刺してくるんすけど、1本だけクレームとは違いそうな電話があって。その相手は電話口で泣いてて、すっげぇ小さな声で『どうして……』って言われたのが分かったくらいのタイミングで電話が切れて」
俺は、その言葉をどこかで耳にしたことがあるような気がしていた。でも、誰が言っていたのかは思い出せない。大事なことな気がするから、明日は家に帰ろう。もう長い間、家を開けてしまっていた。
もう夢を見るのも億劫だったから、近くの酒屋さんで日本酒やら焼酎やらビールやらをたくさん買ってきて、視界が霞むまでそれを呷った。
海がまた、俺の爛れた心を慰める。
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