日照権の日


 ~ 六月二十七日(月)

   日照権の日 ~

 ※黄道吉日こうどうきちにち

  日柄のいい日。吉日。




 この世に存在する不浄のうち。

 意識すれば避けて通ることが容易な物。


 それがこれ。


 『パラガスすごろく』


「いくら暇だからって。誰がやろうって言い出したんだよ……」

「むきいいいいいいいいいい!!! 次の自分の番が来るまでスクワットってなんなのよん!?」

「あちゃ~。夏木じゃなくて、舞浜ちゃんに止まってもらいたかったマスなのに~」

「そ、そうなの? なんで?」

「気にしないでいいから。サイコロ、舞浜の番」

「あ、はい……」


 昼休みという貴重な時間を。


 先生に命じられた。

 花壇の雑草抜きで消費仕切って。


 教室に戻ってみれば。

 四人でサイコロ振って遊んでいるようだが。


「甲斐、お前まで一緒になっておきながらなんでこんなマネ……、目を逸らすな」


 マスの一つ一つに書かれた小さな罰ゲーム。

 その中にちりばめられたセクハラ行為の数々。


 おまえ、きけ子が次の自分の番が来るまでパラガスに抱っこで掴まり続けることになっても我慢できるの?


「や、やった……。五マス進む……」

「ねえ、舞浜ちゃん~。どうして普通のマスばっかり止まるの~?」

「さあ……?」


 そんな意図をまったく理解せず。

 コマを順調に進める強運さんが。


 手番を終えたところで。

 俺を見上げて話しかけて来る。


「お、お昼……。ちゃんと食べれた?」

「ああ、食べれた。デリバリーにも感謝してる」


 昼飯を教室で作って。

 校庭まで届けてくれた。


 フードデリ・舞浜の調理師兼配達員。

 舞浜まいはま秋乃あきの


 今日は、俺がオーダーしたものを作ってくれたばかりか。

 配達という手間まで取らせたんだ。


 心から感謝してはいる。

 だから絶対、強い口調にならないようにはするけど。


 文句は言わせてくれ。


 普通、「塩昆布のおにぎり食いてえ」って言ったら。

 中の具のことをさすんだよ。


「でかい昆布の塊食い進めていったら、中からちょっぴりご飯が出て来て爆笑したわ」

「最高級、魚沼産コシヒカリ……」


 味なんか分かるか。

 舌が塩っ気で完全にマヒしてたからな。


「面白かったし美味しかったけど、まずはお茶くれないか? 手持ちの水、飲み切っちまった」

「ペットボトル一本渡したのに!?」

「海水を飲むと余計喉が渇くって知ってる?」


 比率で言えば海水同然。

 飲んでも飲んでもまだ喉が渇く。


 まったくあきれたやつだけど。

 きっとお前は、塩昆布をたくさん食べてもらいたいって考えたんだろうな。


 俺は、今回の件も善意百パーセントと受け取りつつ。

 それと同時に、どうやってこの命の危険を回避すべきか頭をひねる。


「や、やっとあたしの番なのよん……」

「お~。まったく見ごたえの無いスクワット、お疲れ~」

「見ごたえ? 何の話?」

「ごほん! ……キッカ。サイコロ振れよ」

「ほいっと。えっと、三マス進むと……。次の自分の番が来るまで縄跳びぃ!?」


 ありがとうきけ子。

 おまえがきっと、秋乃に降りかかる不幸をすべて引き受けてくれているんだな。


 そして、こっちの様子をちらちらうかがう男子一同。

 お前らが止まったマスは。


 次の番が来るまでしょんぼりする。


「じゃ、じゃあ……。次はあたしの番……」

「さすがに見逃すわけにはいかん、ゲームは即刻終了だ。おい夏木、よく罰ゲームの内容見ろ」

「へ? 内容……?」


 俺によるネタ晴らしに。

 がたっと席を立つ男子二人が。


 縄を探してクラス内をウロウロしていたきけ子の帰還を阻止しつつ。

 背中越しに俺を非難した。


「おいこら裏切り者!」

「裏切り者~!」

「だまれ健全な男子高校生」

「縄跳び……。スクワット……。はっ!? あんたらまさか!」


 察しの悪いきけ子にも。

 ようやく事態が理解できたらしい。


 高校男子バスケ界では知らぬ者などいない名プレイヤー二人のブロックを。

 どす黒いオーラ一つでこじ開ける。


「ち、違うよ~! 誤解だから~!」

「そ、そうだぞキッカ! 俺たちは純粋にゲームを楽しんでいるわけで……」

「パラガス!」

「はい~!」

「焼きそばパン買ってこい。十秒で」

「ひえ~!」

「優太!」

「はい!」

「…………今日から一週間、あんたは山田太郎」

「は?」


 なんだその罰。

 意味分からんのだが。


「おいキッカ。それってどういう?」

「……初めまして山田君」

「え? あ、はい……」

「初対面なのに名前呼びはちょっとどうかと思うわよ? 山田君」

「くぅ……」


 これは地獄だな。

 でも身から出たサビだから。


 罰は甘んじて受けろ、山田君。


「そして……。秋乃ちゃん!」

「ひうっ!?」

「…………サイコロ振って」

「へ?」

「早く!」

「はい! え、えっと……。四、です」

「ああっ! 俺が狙ってたマス……!」


 山田が狙ってた?

 どういうことだ?


 眉根を寄せたきけ子と一緒に。

 秋乃のコマが止まったマスを見てみると。


 そこには。


 『次のあなたの番が来るまで、指定した人を膝枕する』


「うーん。山田が健全すぎて突っ込み難い」

「山田って呼ぶなてめえは!」

「……じゃあ、秋乃ちゃん。指名しなさい」

「も、もちろん夏木さんで……。ねえ、あたしは何か怒らせることをしたのでしょうか……」

「舞浜ちゃんは何もしてないわよ。悪いのは全部この、舞浜ちゃんの……」


 きけ子は椅子を三つ並べて。

 秋乃の腿に頭を乗せるなり。


 でかい声をあげた。


「日照権!」

「うはははははははははははは!!!」



 かくして。

 きけ子の怒りを一身に受けた犯人は。


 ピンクのカーディガンにより、軟禁されることになったのだった。


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