パフェの日
~ 六月二十八日(火) パフェの日 ~
※
どれほど繰り返されようとも
俺は決してくじけない
連日暑い。
信じがたいほど、暑い。
授業中の教室も。
クーラーひとつじゃろくに冷えず。
誰もが先生の話を聞かず。
タコのようにぐんにゃりしているそんな中。
「おい。教室内で唯一生きのいいタコ」
「なんじゃら?」
「うっとうしいから。ぐねぐねうにうにすんな」
「だって……」
イヤでも目に入る右斜め前の席。
きけ子が朝から、タコのようにグネり続けているんだが。
「なにがあったか知ってる?」
事情を把握しているかなと。
こうして聞いてみても。
首を左右に振るこいつは。
「埒があかないね。本人に聞いてみるか」
「言わないのよん!」
「おいこら教えろ」
「パフェが美味かっただけなのよん!」
「パ、パフェ……! 立哉君、あたしも……」
便乗して。
意味の分からん要求をしてくるこいつは捨て置いて。
「山田君の懺悔回?」
「だれそれ? 優太におごってもらったんだけど?」
「やれやれ。でも、その踊りっぷり。パフェだけじゃねえだろ」
「くふふっ、これがパフェだけなのよん! でもそのパフェじゃないって言うか、いや教えないけど、いやどうしよっかなヒントくらいは言ってもいいのかなー?」
「なんだよ面倒なやつだな。とっとと言え」
「言いふらしたいけど自分の口から言いたくないから気付いて欲しいオトメゴコロ!」
こいつ、いつもは口止めした端から順にペラペラしゃべっちまうくせに。
今日は珍しく歯切れが悪いな?
「調子悪いのか? だから床に落とした棒菓子を食うなって言ってるのに」
「病気じゃねえし! それに三秒以内だったらセーフでしょ!?」
「誰が言い出したのか知らんけど、そいつは現代社会に与えた悪影響の責任を負うべきだ」
こんなにも国民に浸透させたとか。
コピーの達人として素直に尊敬するけど。
本気で信じてる連中が山ほどいるんだ。
ちゃんと反省しろ。
……それよりも。
きけ子の挙動が怪しい件について、なんだが。
かくなるうえは。
「ウミガメのスープ作戦開始」
「カメ?」
「甲斐は関係ない?」
「かかか、関係ないわよ!」
関係あるらしい。
まあこれは読めてたけどな。
「では次に。パフェのせいでご機嫌なんだな?」
「ち、違うし!」
パフェのせいらしい。
うーん。
二人で食べさせあいっこしたとか?
でもそんなことでここまで踊り狂う?
「パフェを食べ終えた時、お前はご機嫌だった?」
「そ、そりゃそうよ! パフェおごってもらったんだからね!」
これも違うっぽいんだけど?
じゃあパフェが原因じゃないのか?
急に手がかりが無くなって。
頭をひねり始めた俺の裾を。
秋乃がくいくいと引いてきた。
「あ、あたしが質問してもいい?」
「お前、ウミガメのスープって理解してる?」
「な、何となく……」
「じゃあいったんさい」
こいつの質問。
きっと的外れに決まってる。
俺は、当てにもせずに。
手掛かりを掴む、上手い質問を考えていたら……。
「えっと、そのパフェの装飾が可愛い指輪、買ってもらったの?」
「いやん! ばれちゃった?」
「うおいなんだよそれ!」
俺、最初に聞いたじゃん!
きけ子がグネグネしてる理由に心当たりねえかって!
「気づいてたんなら最初から言え!」
「だ、だって……。これが原因で嬉しそうにしてるなんて思わなかったから……」
「いや普通嬉しいだろうよ。指輪買ってもらったら」
「買ってもら……っ!?」
「まじか。そこには気づいて無かったんだ」
最近、ラノベ主人公並みに鈍いよね、お前。
でも秋乃らしいかその方が。
……きけ子が照れながら見せてくれた細いリング。
高級感とチープさとの。
絶妙な分水嶺。
目立たない程細いリングは、大人っぽい綺麗なピンクゴールド。
でもそこに小さなパフェの装飾がくっついて。
「可愛らしいったらありゃしない」
「でへへへへ」
「ケンカして、得したんじゃねえか?」
「かもかも!」
「いや冗談だから、あんま苛めるな。あいつ、ねっから良いやつなんだからさ」
「ん…………? でも、昔優太の悪い噂を聞いたことあるような……?」
「そんなの言ってるやつがいたとしたらただの嫉妬だよ」
頭は固いが、適度に砕けたとこあるし。
友達思いのスポーツマン。
「あれ? でも確か……。保坂とか、秋乃ちゃんから聞いたような?」
「じゃあ立哉君」
「おい」
「だってあたし、悪口なんて、ウソでも言いたくない……」
そう言えば、秋乃は誰かを悪く言ったりしないよな。
人間性ってものだろうか。
でも俺だって。
甲斐を悪く言ったりしないと思うけど。
…………いや?
まてよ?
「ああ、そう言えば。夏木と甲斐をくっ付けようとして、陰で相手のことを褒めまくる作戦やったよな?」
「あんたらそんなことしてたの?」
「お、思い出した……。でも、上手くいかなくて……」
「そうそう。そんな時に婆ちゃんから手紙が届いて、逆転の発想だって作戦を変えて……? あれ?」
「あ……!」
「それだ!」
そうだ。
押してだめならどんがらばったん引いてみろ作戦。
「たしか……。逆に二人の悪口を陰で言うようにしたんだ!」
「そんなひどいことしてたの!?」
「で、でもあたしは、そんな作戦やりたくないって……」
「おもいだしたのよん! 二人して大喧嘩してたわよね確か!」
そうそう。
俺が秋乃に強要して。
秋乃は全力で拒否して。
お互いをののしり合って、口もきかないほどの大喧嘩。
「したなあ!」
「した……」
「そして、秋乃。お前が探してたもの」
「うん」
「親切にしたのに悲しくなったことって、これですか?」
「こ、これです……」
意外な所から。
転がり落ちて来た答え。
甲斐ときけ子。
二人に親切にしたい。
でも、そのために他人の悪口を言え、なんて言われたら。
秋乃は相当悲しかったに違いない。
難問中の難問が片付いて。
秋乃は、小さく拍手をした後。
「素敵な記憶、思い出した……」
「素敵、か。当時は悲しい思いしたと思うけど」
「ううん? 素敵」
そう呟いた秋乃は。
満足げに笑みを零す。
こんなご褒美を貰えるなら。
散々時間を使ったことも報われる。
「お、お祝いしなきゃね……」
「いらねえわ、もう十分貰ったし」
「え?」
「あ、そうじゃなくて……。祝われるほどのことしたわけじゃねえ」
「じゃあ、帰りにパフェ行こう」
ん?
パフェ?
「俺は甘い物苦手なんだが?」
「だって、あたしが思い出せたお祝い……」
「呆れたやつだなお前のお祝いかよ! それより先に、俺に言うことあるだろうが!」
「た、立哉君に言う事……」
「そうだよ! お前のお願い叶えてやったんだぞ!?」
「あ、そ、そうだよね……」
「じゃあ、改めて言ってごらんなさい!」
「ごちそうさまです……」
「うはははははははははははは!!!」
パフェをおごれってお願いの方じゃねえ!!!
なんという骨折り損!
きけ子も、俺が言いたい事が分かったようで。
ケタケタと笑い出す。
「えっと……。何か間違えた?」
「もういいです」
「あ、ひょっとして。立哉君もお祝いしてもらいたい?」
「けっこうです」
そう。
だってこれからお祝いしてもらうから。
俺は、もうずいぶん前から噴火直前だった先生を手で制して。
自主的に、五百回記念のプラカードを持って。
校庭のど真ん中に立つと。
学校中の皆から、大きな笑い声と共に祝福してもらったのだった。
「た、立哉君……。みっともない……」
「そんなこといいから。まずは笑えよお前は」
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