緑豆の日


 ~ 六月十日(金) 緑豆の日 ~

 ※凋氷画脂ちょうひょうがし

  どれだけ頑張っても無駄なこと



 今日は。

 料理を手伝わせろ。


 昨日の白黒パスタを食った直後に。

 確かに俺からそう言った。


 もちろん、それは覚えている。

 だが。


「あのね? 手伝って?」

「俺は、ノーと言える現代日本人だ」


 もやしを手に。

 約束と違う返事をする俺を見つめて膨れるこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 どうやら、もやしのしっぽをちまちまとむしる作業に飽きたらしい。


 昨日の約束を頼りに、俺にもやれと。

 そう声をかけて来たんだが。


 手伝う訳にはいかないんだ。


 だって。


「ねえ……。これ、手伝って欲しい……」

「黙りなさい」


 だって、今は。


「授業中です」

「今からやらないと、お昼に間に合わない……」


 たまに、思い出したようにしか料理をしないせいで。

 授業中から準備を開始しないと間に合わない模様。


 でも。

 今日は。


 そんな秋乃を。

 ちょっぴり応援中。



 ……また、お袋に電話で聞いたというメニュー。

 本日のお昼は、もやしとジャガイモの油いため。


 シャキシャキとほくほくと。

 ケチャップをかけて食べてもおいしい料理だから。


「すっかり忘れてたけど……」


 かつて、凜々花に。

 しょっちゅう作ってあげてたことを思い出す。


「これも、立哉君が作り方を聞いたって……」


 もやしのしっぽをむしり続けながら。

 秋乃が教えてくれるには。


 もやしとジャガイモの油いためについても。

 俺が、お袋から教わったらしいのだが。


「覚えてねえ……」

「また?」

「でも、凜々花が気に入ってたから。しょっちゅう作ってたことは間違いない」

「や、やさし……。凜々花ちゃんに生まれたかったかも……」

「秋乃にも優しいだろうが」

「お、お昼ご飯を作るようになってから、結構冷たい……」


 うぐ。


 昨日も吐露していたけど。

 ここ数日の扱いが。

 相当こたえていたようだ。


 いくら秋乃の無茶苦茶料理が俺の精神に壊滅的なダメージを与えるとは言え。


 ここは。

 誠実に謝るのが男の甲斐性。


「済まなかった」

「そ、そこまで謝られたら、許してあげなくもないけど……」


 ぐぬう。

 なんたる上から目線。


 でも我慢我慢。


「やっと終わった……」

「授業に集中しなさい」


 もやしのしっぽ。

 こいつがあるとなしでは食感に差が出てしまう。


 俺は、何も考えずにむしっていたと思うんだが。

 そこまで面倒な作業か? これ。


「もう、しっぽを取るのは四半世紀無理……」

「そこまで嫌ってやるなよ。よく見ると愛嬌あるぞ、彼」

「でも今日はもう無理。しっぽを切るのは面倒だからやらない」

「まだ残ってたっけ?」

「こいつのしっぽが」

「ジャガイモの芽は切って!?」


 冗談じゃねえ。

 俺は秋乃から包丁を取り上げて。

 芽の出かかりをくり抜いて行く。


 そう言えば、お袋もこれ面倒がってたよな。

 理系女子に共通してるのか?


 いや、こいつは毒の成分とかにも詳しいはずだから。

 ひょっとしたら押しつけられたのか。


 そう考えると、何て巧妙な作戦。

 さすがロジカル女子。


「お芋ともやしの炒め物……。何か思い出した?」


 音に気を付けて。

 先生に見つからないように。


 芋のへこんだ部分をくり抜く俺に。

 秋乃が問いかけて来たけれど。


「いやまだ。……食ってみると、何か思い出すかもしれんが」

「思い出すと良いね……」

「そうだな。でもこうして、しょっちゅう作ってたことは思い出した」

「そっか。凜々花ちゃんに作ってあげてたんだよね?」

「俺も好物だけどな。子供でも簡単だったし、フライパンひとつで出来るし」

「あたしにも簡単」


 そうね。

 こいつは芋の皮むき練習みたいなもんだし。


 でも。

 初めてのフライパンと銘打つには。


 大きな障害がある。


「ただし」

「ただし?」

「油はねが辛いのが玉に瑕」

「あ……。それをね? お母様から聞いてびっくりした」

「びっくり?」


 秋乃のヤツ、もやしを手に取って見つめながら話してるけど。


 びっくりするか?

 何に驚いたんだ?


「だから、油はね対策は万全……」

「どう防ぐ気?」

「油除けのお札を準備済み」

「は?」


 また、意味不明なことを言いやがる。


 そんな秋乃は、もやしを一つ一つ手に取りながら。

 なにやらいじっているようだが……。


 そもそも、お札ってなんだろう。

 でも、お札と聞いて。

 ふと思いついた。



 久しぶりに。

 お前を無様に笑わせるネタをな!



 俺は、フライパンの蓋を取り出して。

 短冊に切った紙を一枚貼り付ける。


「おい、秋乃」

「ん?」

「俺が小学生の時に使っていた油除けをお前に授けよう」

「なにこれ……」

「アンチ・アブラシールド。全ての油がこいつを避けていく」

「なぜゆえシリアルナンバー入り? 710番?」

「その霊験あらたかなお札に秘密が隠されているんだ。分かるか?」

「…………分かりません」


 そう返事をする秋乃の手から。

 アンチ・アブラシールドを取り上げて。


 くるりと上下を入れ替えれば。

 710番のお札が。

 OILの文字に早変わり。


 ああなるほどと。

 秋乃は指を差して大爆笑…………。


「眉根を寄せんな。おもしろいだろうが」

「お、面白いね……」

「だったら笑えよ。それとも、ウソついた?」

「ウソです面白くありません……」

「くそう」


 突発で思い付いたにしては。

 面白いネタだと思ったんだけど。


 俺は、がっくり肩を落としながら。

 蓋からお札を外す。


「……そう言えば。お前が持って来たお札って何」

「あ、油でバチンバチン跳ねるって聞いたから……」

「まあな」

「その対策……」


 さっきから、もやし一本一本に細工しているんだけど。

 よく見れば小さな紙を貼っているみたい。


「それがお札なの?」


 こくりと頷いた秋乃が。

 もやしを一本手渡して来る。


 そこに貼られた。

 お札に書かれていた文字は。




 赤身




「うはははははははははははは!!! そこに油が詰まってるわけじゃねえ!」


 どんな発想なんだよ!

 ほんと予想外のことしてくるね、お前は。


 俺は、雷を覚悟の上で席を立ったが。

 でも、今日は清々しい。


 久しぶりの勝負を堪能したし。

 それに何より。


 昔懐かしいこいつを食べれば。

 何かを思い出すかもしれないしな。



「保坂」

「へいへい。今から廊下に……」

「校庭から石油が出るまで掘っとれ」



 …………残念ながら。

 こいつを食う暇が与えられない俺だった。




「せ、石油が出るよう、お札持って来た……」

「うはははははははははははは!!!」


 日の光が遠くに輝く頭上から。

 もやしサイズの紙切れ一枚。


 もちろんそこには。

 『脂身』と書かれていた。


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