まがたまの日


 ~ 六月九日(木) まがたまの日 ~

 ※投桃報李とうとうほうり

  友人間の贈答。

  あるいは、自分が尽くせば

  相手も尽くしてくれること。




「だから! 飯は俺が作るって言ったろ!?」

「はい、じゃーんけーん……」

「あわわ」

「ぽん」

「うわ負けたっ!?」


 俺の前に座るパラガス。

 その隣のきけ子。


 さらに隣の王子くんに。

 その後ろに座る姫くん。


 舞浜軍団マイナス甲斐。

 四人が一斉に。


 「もうあきらめろよ」


 そんな言葉を慈愛に満ちた表情に乗せて。

 俺を見つめる昼休み。


「立哉君が大変な時くらい……、ね?」

「ぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ……」

「そ、そんないくつもグーを出しても、パーには勝てないよ?」


 不意打ちにより。

 右手の握りこぶししか対抗手段を持ち合わせていなかった我が軍は敗北を喫し。


 今日も今日とて。

 秋乃の将来の夢・応援団。


 その実験……、もとい。

 練習中の料理を味わうことになる。


 もともとこの時間。

 俺に勉強をしていて欲しいと願っていたこいつ。


 舞浜まいはま秋乃あきのだが。


 今は、俺がオロオロしながら見ているのを。

 楽しんでいるフシがある。


「うらやまし~」

「うらやましい」


 だったら代われと言ってやりたいところだが。

 そんな失礼なことなどできやしない。


 ご飯は、作ってくれた人に感謝して当たり前。

 残さず頂くものだから。


「で、できた……」

「できてしまったか……」


 本日のメニュー。

 横から見ていたせいで丸わかりではあるんだが。


 いかすみパスタとカルボナーラ。

 白と黒とで描かれた二つの勾玉がお皿の上でドッキング。


「……お腹、あっという間に減ったでしょ?」

「食欲が、あっという間に減った」

「おいしそう。いただきます……」


 料理で模様を描くとは。

 まさかのセンスを発揮し始めた秋乃だが。


 モチーフのせいで食欲減退。

 それともう一つ。


 一応教えておくか。


「えっと……。青と黒は食欲落ちる色なんだ。覚えておくといいでしょう」

「いかすみ……。美味しいのに?」

「まあ、そうだけど」

「あんこ、海苔の佃煮、チョコレート、ハンバーグ」

「最後のは焦げとる」

「文句ばっかり……」


 うぐ。

 確かに良くない行為だな。


「ご、ご迷惑でしょうか……」


 いかんいかん。

 しょんぼりさせてしまうとは何事だ。


 ご飯は、作ってくれた人に感謝して当たり前。

 さっき、こいつの気持ちを尊重してやろうって決めたのに。


 文句を言うのは。

 間違っているよな。


 ほんとは自分で料理したいとこだけど。

 ここは、ウソも方便ということで。


「……助かってます」

「……ほんとに?」

「ほんと」

「ほんとにほんと?」

「ものすごく。心から」

「なら、一つお願いきいてくれるよね?」

「さすがに泣いて良いよね神様!」


 舞浜軍団一同が。

 笑いをこらえて地団太踏んどるが。


 お前らも、何が飛び出すか分からない秋乃のびっくりどっきり料理。


 いつか味あわせてやるから覚悟しとけよ?


「ねえ、きいてくれる?」

「立哉がひとつ大の字になれるまな板を準備しろ」


 もう好きにしてくれ。

 でも、秋乃だって。

 俺が忙しいってことは分かってるんだ。


 きっと簡単なお願いなんだろう。


 そう思いながら。

 ふてくされながら。


 パスタをすすってお願いとやらを待ち構える。


 ……うげ。

 乱暴にすすったから、白と黒が混ざって。


 口の中で潮の香りとクリームの味が大喧嘩。

 ホルスタインがダイオウイカに襲われてる姿が脳裏に浮かぶ。


「あのね? 意外かもしれないけど……」

「うん。お茶、お茶……」

「あたし、だれかに親切にしようと思って何かするのが大好きなの」

「ぶはっ!?」

「そ、そんなに意外だった?」

「…………そうね」


 誰だって知っとるわい。


 好きでやってる事だから、迷惑になんか思わないって事も。

 好きでやってる事だから、有難迷惑に思われたところでやめないことも。


「でも、今回みたいにね? 親切にしようとしたのに悲しい気持ちになるの、初めてじゃない気がする……」

「そうなんだ。…………え!? 悲しい!?」

「だって……、立哉君、文句ばっかりだから……」


 そんな言葉に、秋乃応援団は。

 いや、立哉おちょくり隊の一同は。


 声をそろえてブーイング。


 でもそんな扱いに文句なんて言えん!

 今回ばかりは全面的に俺が悪い!


「うわごめん! でも、はっきり言ってくれてよかった!」

「え?」

「ちゃんと言います! お聞きください、姫様!」

「姫じゃないけど、はいどうぞ」

「嬉しいんです、お気持ち。だから、心から有難く思ってる」


 俺の想いが秋乃の胸に届いたのか。

 こいつは、体の輪郭ごとふにゃっと緩めると。


 よかった、と。


 耳に届かないほど小さな声で。

 そう唇を動かした後、にっこりと口を閉じた。


「立哉~。嬉し恥ずかしいからって苛めすぎ~」

「そうなのよん! 小学生か!」

「いやちがくって。食べれないものとか苦手なものとか、あるいは作る前からそりゃダメだってのはちゃんと指摘しなきゃだろうが」

「あ、そういうこと……、ね? でも、それにしては辛辣……」

「言い方については反省してます。秋乃が悲しんだら、俺も悲しい」


 勢いあまってすげえこと口走っちまった。

 おかげで、吹けないやつも含めて、ひゅーとか口笛鳴らされたんだが。


 当の秋乃に伝わればそれでいいやと。

 こいつの反応をうかがってみると。


「……イカじゃなく、タコ」

「す、すみ吐きそうです……」


 照れて、グニャグニャ踊ってるけど。

 こっちが照れくさくなるからやめてちょうだい。


「そ、そういう事なら……。お願いはきいてくれる……、よね?」

「うぐ。なんたる行きがかり航路」


 もう、潮の流れから抜け出せません。

 諦めろ、俺。


「あっは! 大丈夫だよ秋乃ちゃん! もう保坂ちゃん、逃げ道ないから!」

「まな板を準備しとこう。生き作りだ」

「そ、そう? じゃあ、お願いしちゃおうかな……」

「はいはい。何でも聞いてやるから好きにしろ」


 問題が減るどころか。

 増える一方。


 せめて今日のお題が。

 簡単なものでありますようにと神頼み。


 そんな俺の気も知らず。

 嬉々として語り出す秋乃のお願いとは。


「あのね? 親切にしたのに、悲しくなったの」

「傷口に劇薬!?」

「ち、ちがくて……」

「その傷口はプラスチック爆弾を突っ込むための物じゃねえからな!」

「わ、分かってる……。あのね? 親切にしたのに、悲しくなったの初めてじゃない気がするの」

「ああ、そんなこと言ってたっけか」

「いつの話だったか、教えて?」

「神っ!!!」


 もう、あのヒゲになんか頼むものか。

 俺は、解けるはずもない難問を背負わされて。


 呆然としながら灰色のパスタをすすった。


「……あと、パスタ美味しい?」

「スルメ食って育った牛の乳の味」

「そ、それって美味しい?」

「……………………明日は、ちょっと手伝わせろ」

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