3年後の暑い日の朝。私は夫とともに、たくさんの風車が設置してある山の上に来ていた。ここからは山あいの集落が見下ろせていたが、立派に育った木々で全く見えない。夫は風車の梯子を下ってくると、油で汚れた拳で額の汗を拭った。すっかり伸びた髪は汗を吸って重そうに見える。

「こいつは駄目だな。オルタネータが死んでいる。換えのパーツが手に入らないと直せないな」

 私は夫の頭にタオルをかぶせながらたずねる。

「部品があれば直せるの? アンドロイド技術者って優秀なのね」

「優秀かどうかは知らないけど、オルタネータもモータも同じようなものだしな。モータはよく知っているから何とかなるんだ」

 なるほど。そして、とても大きな問題を抱えている事がわかる。私のボディはモータがたくさん使われていて、それらを動かすのに電気が必要だ。多くの発電所が破壊された今、風車まで動かなくなったら稼働できなくなる。もちろん私だけではない。コンロや冷蔵庫もだ。未だに生活のほとんどを電気に頼っているのに、使えなくなったら夫は生きていけないだろう。

 どう対処すべきか答えを出せずにいる私に夫は笑いかける。

「元気な風車はまだ多い。うまくやれば、あと20年は余裕だよ」

 どう演算したらその楽観的すぎる値になるのか知りたかったけど、私も同じ調子で返す。きっと安心したいだろうから。

「あなたが先に死んでしまうわ。だって不摂生だもの」

「まだ40歳前だし平気だって。でもそこまで生きていられないだろうな。先に世界が滅んでしまうに違いない」

 夫は目を伏せて口の端を歪めた。若い頃と違って頬に深いしわができる。無精髭も相まって年齢以上に老けて見えた。暗い顔をしていたのは束の間で、顔を上げた夫はいたづらっぽく笑う。

「心配なのは俺より桜だ。最近、鏡を見たか? 髪が日焼けしてきているじゃないか」

「え?」

「冗談さ。とてもきれいな黒髪だって。だけど油断するなって言いたかったんだ」

 アクリル繊維の髪に手をやる私を見て、夫は肩を揺すって笑い、私は髪で口元を隠して怒るふりをする。

「じゃあ、賭けをしましょう。20年経って世界が滅んでいるかどうかで。あなたは滅亡している方、私は生き延びている方で」

 亡き妻が生きていた頃、色々な事で賭けをしていたのを思い出したのだろう。夫は目をかがやかす。

「かまわないけど、どうやって判断するんだ? ここからは世界を知りえない。ネットワークはとっくに死んでいるし」

 確かに正確な判定ができない。しかし、それに代わる方法を見つけて私は両手を合わせる。

「こういうのはどう? あなたが20年生き延びるかどうかで勝敗を決めるの」

「まあ、俺の名前は世界の代理に相応しいような気もするけどさ。だけど、その賭けには落とし穴がある。俺が生きるのを諦めたら勝負はそこで終わりだ」

 そう返してくるのは想定していた。だから私は逃げ道を塞ぐ。

「そんなズルをしたらデータを全世界に公開するわ」

「何のデータを?」

「例えば、あなたが初めてキスしてくれた時の映像とか。他にもたくさんあるわよ。良かったわね。世界が滅びてもあなたは記録の中で永遠に生き続けられる」

「お、おい! 消去してくれ! 今すぐに!」

 慌てる夫の表情は貴重だ。当然、これも記録する。

「いやよ。恥かしい思いをしたくなければ精一杯生きる事ね」

「くっ。仕方がないな」

「わかってくれてうれしいわ。さ、帰ってご飯にしましょう。健康的な料理を作ってあげる」

 問題は解決せずに先送りにしただけだ。このままでは夫は20年も生き続けられない。それは私もだろう。バッテリ、メモリ、モータ、どれをとっても残り耐久年数は20年ない。だけど今は考えなくていいわ。渋い顔をしていた夫が楽しそうにしているのだから。

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