【短編】アンドロイドの私と、人間の夫は、終末の世界を生きる。
Edy
春
武装したアンドロイド達が人間を殺しに行く。彼らを乗せたヘリは低い高度で編隊を組み、頭上を通りすぎた。ローターが作りだす風が木々を揺らし、芽吹いたばかりの葉を散らす。
私は乱れる髪を押さえながらアイカメラをズーム。キャビンの縁から足を投げ出しているアンドロイドのひとりに見知った顔を見つけ、メッセージを送る。声に出さずに組み立てられた言葉は近距離レーザー通信で彼に届いた。
『最近、出撃が多いわね。どうしたの?』
頭部に大きな傷があるアンドロイドの指揮官はデスマスクのような顔を私に向けた。
『基地ガ人間ニ攻撃サレタ。拠点ガ判明シタタメ報復スル』
人間とアンドロイドが争っている。なぜこんな事になったのだろう? 発端は小国同士の戦争。そこに大国が支援としてアンドロイド軍を投入した。当然、戦火は広がり、当事国内で収まらなくなって世界中に飛び火する。泥沼の戦いで人間社会が機能しなくなっても争いは終わらなかった。命令する人間がいなくなってもだ。
生き残った人は家族を殺したアンドロイドを憎み、攻撃し、報復されている。戦争は目的のない、いたちごっこになっていた。
『やめておくわ。忙しいのよ』
『ナゼ同胞ノタメニ行動シナイ? 共ニ戦カワレタシ』
何度となく言葉を交わしてきたが、誘われたのは初めてだ。だけど私は断る。
『私には別のミッションがあるの。今日採った山菜のアク抜きをしないと』
彼に見えるように、収獲を収めたバスケットを掲げる。
『アク抜キトハ?』
『茹でたり流水にさらしたりで手間がかかるけど、美味しくする秘訣よ。覚えておくといいわ』
『ナルホド。集合知ニヨル情報共有ヲ行ウ』
彼らは集合知で情報を共有する。アンドロイドを管理するホストは存在しないし、命令を与えていた人間もいなくなった。それでも足並みをそろえているのは集合知というシステムがあるから。個々の情報を全体で共有し、多数の意見が選択されるように誘導される。
彼らを敵視している人間は大変ね。全てが頭であり手足でもあるアンドロイドを止めるには全滅させるしかないもの。攻撃するたびに報復されるとしても。
今、正に反撃しようとしている指揮官に問いかけた。
『集合知に共有って、映像でするの?』
『ソノ通リダガ、問題カ?』
『大ありよ。こんなボロボロのツナギを着ているところなんて見られたくないわ』
『了解シタ。音声ノミトスル』
それにしても前線に立つ彼らの考えが変わるのも時間の問題ね。攻撃してくる人間が敵、ではなく、人間が敵、になるのも近い。それが集合知で共有されて全体に浸透したら世界は終わる。それはとても困る事だけど止める方法がわからない。何て言えばいいか考えているうちにヘリは山の向こうに消えてしまい、通信は終了した。
とりあえず今やれる事をしようと、バスケットを持ち直して帰路を急ぐ。夫より先に帰れば夕食の匂いで迎えられるだろう。私は山あいの集落へ走る。ただ、通常以上に電力を消費した行為が無駄になったのは残念だった。
いつもより大幅に遅い深夜に帰ってきた夫は椅子に座るなりテーブルに突っ伏した。しばらく待っても動かなかったので脇腹をつつく。
「そんなところで寝たら風邪ひくわよ。この集落に医者がいないって認識ある?」
やっと顔を上げた夫は伸びをして、頬を緩めた。
「医者どころか俺たち以外に誰もいないけどな。晩飯食べて、さっさと寝るよ」
「すぐに温め直すわ」
キッチンに向かいながらも会話を止めない。
「何かトラブルでもあった?」
月に一度、夫は海辺の漁村へ物資調達しに行く。しかし、ここまで帰りが遅かった事は今までになかった。
「取り引きは問題なかったよ。
夫も勧誘されていたらしい。シカ肉のスープを温め直しつつ、大変だったわね、と労ったが、愚痴が続く。
「こっちから手を出さなければ問題ないって言っても聞いてくれないんだよな」
「アンドロイドを信用しすぎよ。いつまでも報復だけとは限らないわ。先に攻撃するようになるかも」
「つまり、やられるまえにやれって学習する可能性があるのか」
夫の声色が変わった。アンドロイド技術者だっただけにAIの話になると食いつきがいい。温めたスープを持ってダイニングに戻る。
「そうよ。そうなったら今度こそ世界は終わるでしょうね。それはそうと肉の備蓄が少なくなっているからよろしく」
「狩りには行くけど、世界の終末と我が家の台所事情を同時に話さないでくれよ。緊張感が薄れる」
その通りだわ。どうにもならない世界よりも夫に喜んでもらえる食事を作る方が大切だもの。
「手を出す事すらできない問題を考えるのはリソースの無駄だもの。それで、今回は何が手に入ったの?」
「5年も自給自足生活してたらそうなるか。今回のは驚くぞ」
夫がスプーンを向けた先にあるクーラーボックスを開けると、塩とカツオブシとアジの干物。そして、醤油。
「よく手に入ったわね。作っていたお爺さん、亡くなったって言ってなかった?」
「若い連中が試行錯誤したらしい。凄いよな。人間の進歩はアンドロイドに負けていないぞ」
「昔は当たり前に作っていたんでしょうに」
「そうだけどさ。アンドロイドに醤油を作ろうって発想は生まれないだろう?」
「当たり前よ。でも電気を醤油味にできたら戦いより優先して作りだしそうね」
醤油樽を覗き込むアンドロイドを想像したのだろう。夫は肩を揺らして笑った。
「何に醤油を使おうか? 久しぶりだから迷うな」
「フキノトウのお浸しは? たくさん採ってきたの。好物よね」
それを作った経験はないし、好物だと聞いてもいない。かつて入力されたデータで知っているだけだ。
それは一人称の映像。テーブルを挟んで夫がお浸しを食べている。絶賛し、おかわりを欲しがった。目線の主は立ち上がり、キッチンに向かう。冷蔵庫に張ってある鏡で姿がわかった。それは私と同じ顔。
その人は夫の妻だった桜さん。戦火に巻き込まれて死亡し、夫は彼女の記憶をコピーしたアンドロイドを作った。それが私。だから彼女の事は自分自身が体験してきた事のように知っている。夫もその時に食べた山菜を思い出したのだろう。しばらくぼんやりしていたが、寂しげに微笑んだ。
「よく覚えていたな」
「当たり前よ。記憶には自信があるもの。何なら、あなたがしてくれたプロポーズを再現してあげる」
「待て! しなくていいから!」
軽口を叩きながら考える。夫が桜さんに言った言葉は、一生隣にいてくれ。だけど彼女は他界し、代役の私がいる。私は彼の妻になりきれているのだろうか。きっと、桜と呼んでくれている間は問題ないはずだ。
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