第2話 きっかけ

「お前鳴坂のこと好きだろ」

「ゴホッゴホ…いきなり何言い出すんだ!」 

いつものように学校の中庭で昼飯を食べていると親友の乾鷹虎が真顔でそんなことを言ってきた。


「いやな、お前が彼女欲しいとか言わないから枯れてる奴だなぁと思って観察してたことがあったんだが…」

「しれっと失礼なことを言うな。あと人間観察はいい趣味とは言えないぞ」


俺は捲し立てるように話を打ち切ろうとした。鷹虎は人を見る目と、そいつがどういう人間なのかを解像度を高く認識することが得意なのは高一からの付き合いで理解っていた。


「照れるなよ。別に悪いことじゃないだろ人を好きになることは」


恥ずかしげもなくそんなことを言えるのはイケメンの特権なのかコイツの特権なのか。俺は乾いた口で言った。


「しかしよりにもよって何故鳴坂だと思ったんだ?あいつに俺は釣り合わないしフラれるのなんて目に見えてるだろ」


自分で言っていてドラマの開き直っている犯人のようだなと思ってしまった。


「授業中お前を観察していたとき他の女子をチラ見した回数0回に対し、鳴坂を見た回数が8回だった。ちなみにこれはその日だけじゃなく平均すると7回は見てたぞ」

「お前は俺を見すぎだ」


探偵さながらにドヤ顔をしてるコイツを今すぐ置いて飲み物でも買って来ようかと腰を上げた時、タイミング悪く鳴坂の友達、相葉梨奈が俺達の前に来た。

「君達声でか過ぎでしょ~。愛梨いなくて良かったね高崎君」

黒髪から覗かせる瞳は俺をからかうように細められていた。口元はいつもファッションで着けているマスクで隠れているが笑っているのがわかる。

マスク越しでもわかる整った顔立ちの彼女は鷹虎の横に座った。


「俺としては鳴坂も居てくれた方が都合が良かったんだがな」

「相変わらずいい性格してるよ」


俺が皮肉を言うと鷹虎はそれほどでもという顔をしていた。


「それで高崎君。実際のとこ愛梨のことどう思ってるわけ?」


興味津々な表情で問いかけてくる相葉に俺は折れた。


「まぁ…その、好きなのは認めるよ」


これ以上は誤魔化しも何も効かないと判断したその言葉に、鷹虎はニカッと笑った。そこには茶化している様子も冷やかしている様子もなかった。


「やっと素直になったな竜二」

「ここまで言われたら観念するしかないさ」


俺の言葉に鷹虎の横の相葉が楽しそうにこちらを見ていた。恥ずかしいから見ないでほしい。

「それでいつ告るの?」

「告るつもりはないかな」

「えぇ!なんで!」

「俺と鳴坂では釣り合いがとれないだろ。もちろん俺が足りてないって意味で」


そういうと二人は肩を落とした。それから、やれヘタレだのやれ男らしくないだのと言われているうちに昼休みも残り10分を切っていた。


「よし決めた。竜二、俺と勝負しろ」


突然そんな提案をする鷹虎の表情は真剣そのものだった。

「俺が勝ったら鳴坂へ告れ。もし俺が負けたら俺が鳴坂に告る」


自分が勝つこと前提で話をしている気がするがどちらも俺に取ってのデメリットしかなかった。鷹虎は二年生ながら野球部のエースで学内でも顔だけなら1、2を争うくらい良い。優良物件とはこのことだろうと思う。しかし…

「絶対ダメ~!」

相葉はその条件に抗議し始めた。それも無理はないことだった。自分の彼氏が他の女に告白をする。それも友達に。

「梨奈は俺が負けると思うか?」

ぽんと相葉の頭に置かれた鷹虎の手は優しく髪を撫でていた。

「そういうわけじゃないけど…でも嫌」

俺は何を見せられているんだ…このまま昼休みが過ぎれば話は流れる。そう思って痴話喧嘩を傍観していると鷹虎と目が合った。

「このまま逃げられると思ってるとこ悪いがそろそろ勝負を始めようぜ」


そう言って拳を手のひらに収めた鷹虎の目は真剣だった。ちょっと待ってくれ!喧嘩で勝てる自信なんてどこにもないぞ。血の気が引いている俺をよそに鷹虎は拳を引いて身構えた。


「それじゃあいくぞ!ジャンケン!パー」


つられてグーの手を出してしまい結果としては負けてしまった。不意打ちで負けたのは癪だった。しかしそれ以上に癪だったのは…

「ジャンケンで決めるのかよ!」


勝率3割ほどのゲームを真剣勝負に選択したことと、ジャンケンでお互いの譲れないモノを賭けていたことに怒りと驚きで普段出さない声量でツッコんでしまった。恐る恐る相葉の方に目をやると相葉の顔は先程までの血色を失いぺたりと座りこんでしまっていた。


「こういう勝負は仕掛ける側の得意分野とかだろ」

俺の抗議にどこ吹く風の鷹虎は笑いながら言った。

「大事な場面で3割バッターが負けると思うか?」

そんな返答に俺は思わず笑ってしまった。コイツは馬鹿だった。

「約束通り俺は鳴坂に告るよ」


夜はなかなか眠れなかった。振られてしまう自分の姿が何度も何度も繰り返しイメージされていく。時計を見ると0時を過ぎていた。水でも飲もうと部屋を出るといつもは見慣れて日常の風景になりつつあった祐一

兄さんの遺影が目に入った。祐一兄さんからの告白だったと好美さんはバイトの休憩時間に教えてくれた。

祐一兄さんはどんな言葉を好きな人に伝えたのだろう。


『お前は我慢してばかりだから少しはわがままになったほうがいいぞ』


欲しかったゲームを父さんや母さんにお願いできずにいた俺に祐一兄さんがそのゲー厶を買ってくれた時にかけてくれた言葉を思い出した。

我慢をせずわがままに、か。

自分の水のついでに仏壇に置かれたコップの水を取り替えた。

自信は未だにないけど覚悟を決められたような気がした。



「鳴坂。今日の放課後ちょっといい?」

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