溶け出した時間を二人で歩く

秋月睡蓮

第1話 告白

 いつからだったか覚えていないが視線を奪われる機会が増えて自覚した気持ちが体温を上昇させている。自覚した感情を押し殺して、今まで通り生活をしていこうと決めたのも気持ちが芽生えた時だったと思う。明るい茶色に染めた髪は肩まで伸ばされていて、揺れる度に俺のそんな覚悟までも揺れそうになる。鳴坂愛梨は明るい笑顔でクラスの中心にいつもいた。時折見せる寂しそうな、悲しそうな顔を見ると何だかこちらまで切ない気持ちになった。


初めて彼女と出会ったのは小学生の頃。その頃は髪を染めておらず健康的な黒髪だった。明るくクラスの友達と毎日楽しく過ごす彼女をその頃は何も意識することなく一緒に混ざって遊んでいた。小学校3年生の時に5つ年上の兄に彼女ができた。相手は鳴坂愛梨の姉だった。それから共通の話題が出来て話す機会が増えていった。お互いの兄姉について自慢し合ったり、お互いをどう話しているのかを報告しあったりとだんだんと親密になっていった。


鳴坂と会話をすることが無くなったのは小学6年生の頃。兄の祐一兄さんが事故で死んだ。鳴坂の姉の好美さんは葬儀で目の下が赤く声も掠れてガラガラになっていたのが祐一兄さんの死を改めて実感させられた。

共通の話題が無くなったことと、お互いの距離感が思春期に入ろうとしていることから自然と会話も無くなっていった。


中学に上がってから3年間鳴坂と同じクラスだったが、会話は数えるほどしかなかったと記憶している。会話をしても鳴坂はどこか気まずそうな、無理をしているようなそんな印象を受けた。その頃は鳴坂に恋愛感情のような物を感じなかった。中学時代の鳴坂は友達はいたが引っ込み思案でどこか地味な印象があった。顔も性格も悪くは無いだけに浮いた話しを聞かなかったのは不思議に感じていた。


髪を染めて明るい性格になったのは高校に上がってからだった。校則が緩い高校というのもあってか、メイクも多少容認されていることもありオシャレに精を出す女子生徒は多かった。地味な印象から一気にギャルっぽさが出た知り合いに最初は困惑していた。


高校でも同じクラスになった。1、2ヶ月しか経っていなかった段階で中学の3年間より多く会話をしたような気がした。明るく話すその姿は小学生の頃を思い出して懐かしい気持ちになった。


程なくして鳴坂愛梨がモテ始めていることを耳にした。胸に重く引っかかる感情を自覚した時に飲んだブラックコーヒーの味を未だに覚えている。


鳴坂愛梨は何人もの告白を断っている。そんなゴシップネタが広まり一時的に鳴坂は距離を置かれそうになっていた。その時に鳴坂の友人、相葉梨奈はいつも側にいてあえて大きい声で鳴坂と会話をしていた。鳴坂が誤解されないように。親友にも恵まれた鳴坂は積極的に色んな人と会話を重ねていった。距離を置いていた女子達は徐々に心を開いていき、男子達は勘違いをして被害者が増えていった。


俺はバイトを始めた。スーパーの品出しのバイトだったのだがそこには鳴坂の姉、好美さんも務めていた。鳴坂の性格に既視感が合ったのはこの人だったか。そう納得してから鳴坂がモテるようになった理由に合点がいった。好美さんは俺に色々と仕事を教えてくれる職場の先輩としてだけではなく、時折姉のような優しい表情をしてくれた。気にかけて貰えることは嬉しかったが恥ずかしさが勝っていた。


2年になった。また鳴坂と同じクラスだった。鳴坂伝説は未だ健在で99人振っているという噂まで流れ始め告ろうと思う男子が皆無になりだしていた。自分が100人目になりたくない。そういう思いから、鳴坂を崇拝こそすれど告白する男子が減ったのだ。     俺もその100人目にはなりたくなかったし、鳴坂が断っている理由に何となく心当たりがあった。きっと鳴坂は祐一兄さんに恋をしていたんだと思う。

勝手な想像だがその頃から会話も減ったし合点がいく。好美さんに容姿や性格を寄せているのも当時の二人と年齢が近くなって思うところがあったのだとすれば納得できる。そういう言い訳だけが俺の思考を支配していき自分の熱く込み上げる感情に蓋をしていた。


そんな走馬灯じみた思考をしている現在。今は校舎裏で鳴坂愛梨を待っていた。あと5分待って来なかったら帰ろう。むしろ来なくていい。そう思いながらスマホを見ていると鳴坂がこちらに向かってきているのが視界に入った。 


「ごめんごめん!待たせちゃったね竜二」

「呼んだのはこっちだし気にしないでくれ」


二人きりでの会話は久しぶりだった為か声が僅かに上擦った。鳴坂はどこかそわそわしていた。放課後の校舎裏は普段のにぎやかな教室とは違い静かに時間が流れていくような感覚に襲われた。このまま時が止まるかのように。沈黙を破ったのは鳴坂からだった。


「何だか久しぶりだねこうやって二人で話すの」


その表情はどこか懐かしむようなものだった。実際に、鳴坂と会話をする時は相葉里奈とその彼氏である乾鷹虎を交えてのことが多かった。


「確かにそうだな。昔は良く話してたよな」


そう言うとピクリと鳴坂は僅かに肩を震わせた。地雷を踏んでしまったかもしれない。


「それで話しって何?」


表情は穏やかなままだった。その余裕のある表情は好美さんとよく似ている。

口が渇いている。心臓の鼓動が速くなってきている。手に汗がにじむ。この緊張感を何人もの男は経験してきたのか。俯きそうになるのを堪えて鳴坂の目を見た。夕日に照らされた明るい茶色い髪は風で揺れていた。風が少し肌寒くなってきた。俺は覚悟を決めることにした。


「鳴坂愛梨さん好きです。俺と付き合ってください」


深々とお辞儀をしながら右手を突き出した。人生初の告白がこんなベタなものだとは昨日までの俺は思わなかっただろうな。頭を下げているので鳴坂の表情は見えない。


「へっ?!嘘…」 


その声につられ恐る恐る表情を伺うと、先程までの余裕はなく同様していた。意外だなと冷静に眺めていると右手が柔らかく握られていた。


「こちらこそよろしくお願いします」


「へ?!嘘だろ…」


慌てて顔を上げると鳴坂の瞳に涙が浮かんでいた。


「嘘じゃない!っていうか竜二の方こそ罰ゲームとかじゃないよね?」


告白に至った経緯を思い出したがそれを口にするのは違うというのは分かった。それに鳴坂を好きだという気持ちは嘘ではなかったから。


「決して嘘じゃない。これからよろしく?」


疑問形で聞く俺をみて鳴坂は吹き出した。その笑っている表情は高校からの余裕ある彼女ではなく昔の無邪気に笑っていた頃を彷彿とさせられた。


「これからよろしくね竜二」


彼女の笑顔は夕陽に負けないほど眩しいものだった。

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