オレが『ゆうま』になった時


 ふわふわ。ぷかぷか。

 ずっーと漂ってる。オレの居る世界はよくわかんない。何がわかんないかもわかんない。

 だから、ぜーんぶわかんない。


 ただ、色の無い世界でふわふわするだけ。

 つーまーんーなーいー!

 あー!最近覚えたお歌歌おー。

 「ぶるんぶるんぶるん♪はるちるがるとるぶる♪おるいるけるの「なんだそれ?」


 後ろから頭をポンってされた。

 見上げたらずっーと一緒に居る大っきい夢魔がいる。帰ってきたー。


 「ご飯っー!」

 

 オレが両手を上げると大っきい夢魔は左眉を下げて笑うの。オレ達は『黒の同胞』って他の夢魔から認識されてる。オレは『ちっさいの』。こっちは『大っきいの』。


 

 「お腹すいたのか?」

 「すいたー。」

 「良い子にしてたか?」

 「もちのろんー。」

 「そうかそうか。」


 そう言って大っきいのはいつもオレの髪の毛クシャクシャしてくれるー。オレ、こーされるの好きっー!


 「じゃあご飯にしような。」

 「はぁーい!」

 

 オレが返事すると大っきい夢魔は笑ってくれる。えっとねー、さっきの笑いじゃないの。

 オレが嬉しくなる笑い。胸がね、あったかくなるのー。ぎゅーしたくなる。だからぎゅーするの。


 「こら、ご飯が先だ。」

 「今ぎゅーしたいー!」

 「仕方ないなぁ。」


 大っきい夢魔にぎゅーすると気分いいー。すりすりー。オレ、ぎゅー好きっー。

 

 「でもぎゅーするとお腹空くー。ご飯ー。」

 「ったく、我儘な食いしん坊だ。」

 

 また左の眉下げて笑ったー。

 大っきい夢魔はねー、オレと違って角も牙もあるんだ。普段は邪魔だから短いけど爪も伸びるのー。

 

 左の人差し指を爪で、ピュッてすると血が出る。・・・今日のご飯美味しくなさそう。苦い匂いするっー。

 オレがじっーと血を見てたから、大っきいのが左手の人差し指を口の前に持ってきた。赤い玉ができてる。

 うー、やっぱ変な匂いっー。

 「食わず嫌いはメッだ。」

 「・・・はぁーい。」

 

 諦めて人差し指を咥えて血を吸う。だってご飯食べないとお腹空くー。でも美味しくないー。


 「もういらないー。」

 

 人差し指を離す。口の中が苦くて何かいやー。

 大っきいのが人差し指の自分の血を舐めた。


 「・・・違いがわからん。」

 「なんでー?前のはまだ美味しかったー。」

 「・・・今回は若い子に絞ったんだけどな。」

 

 考え込む大っきいのの服を引っ張る。生地が硬いお洋服。何か変わった服。

 「お散歩行きたい〜。」

 お洋服をくいくい引っ張ると大っきいのは左眉を下げて笑った。

 「行くか。新しい餌場も探さないといけないし。」

 「やったー!」

 両手を上げて喜ぶと大っきいのが頭ポンポンしてくれる。


 大っきいのについていくと、色がいっぱいあるところに出る。

 夜空にはお星様がキラキラしてて、夢魔も人間もいっぱいいる。さっきの色の無い世界と違う。でも同じ現実なんだってー。

 もう、頭ぐちゃぐちゃなる。『わかんない事はわかんない』でいいー。


 「あんまり遠くに行くなよ。」

 「行かないー。迷子怖いっー。」


 これもわかんないけど、オレ、迷子怖いの。嫌な気分になるー。

 頭を振って嫌々すると大っきいのはちょっと悲しい顔になる。

 「俺の目の届く範囲で遊んでこい。」

 「はぁーい!」

 

 大っきいのと別れてぷかぷか飛ぶ。

 他の夢魔にも会ったけど、みんな人間の夢を探してる。そしてみんな大人の夢に入っていく。

 大人の夢は楽しくない。

 子どもの夢がいい。楽しいから。

 でも長く居られない。

 

 ふわふわと漂ってると甘い匂いがしてきた。

 何だろー?

 匂いを嗅いでいく。匂いが強くなる。

 お腹空いてくるー。


 夜空の中、匂いを辿っていく。

 大っきいお家に着いた。


 オレはふよふよとお家の中に入っていく。窓からにゅーって。

 中は良い匂いが充満してる。匂いだけでお腹いっぱいになるっー。

 壁をにゅーって抜けると女の子が寝てた。オレと同じくらいの女の子。何だか元気がないみたい。体も細いー。でもすっごい良い匂いっ!涎が出てくる。

 

 「・・・すぅ、すぅ。」

 

 ベッドに顎を乗せてじっーと女の子の寝顔を眺める。オレと同じくらいの子初めて。どんな夢見てるかなー?

 よし、夢に入っちゃえ!

 おでことおでこをコツンって合わせたら夢に入る事ができる。

 

 「ありゃ?」


 女の子の夢は色が無かった。

 オレがいる空間と似てる。あれぇ?大っきいのが次元が違うって言ってたのにー?

 また、わけわかんないー!

 ぷくぅーと頬を膨らませて歩くとまぁるい玉が浮いてる。中にはさっきの女の子が裸ん坊で膝を抱えて入っていた。きゅーみんちゅうみたい。

 

 「ねー!遊ぼっー!!」


 球体に近付いてトントンした。そしたら沢山の針が飛び出してきてオレの左手を突き破った。

 びっくりしたけど、痛くはない。血が出てきただけ。

 

 「起ーきてっー!!」


 オレは声をかける。女の子の反応はない。

 聞こえてないのかなー?

 

 こんな夢初めて。何にも無くて、広いだけ。

 1人で居るなんて悲しい。


 ちょっと考えたら良い方法が浮かんだ。

 そうだ、この玉壊しちゃえ!


 玉の棘で太いのを探す。丁度良いのが見つかったのでそれをボキンって折る。後はその折った棘で玉を突くんだ〜。


 何度も棘を玉に打ち込むとピキピキって音が聞こえた。

 もうちょっと〜。


 亀裂が大きくなっていく。


 そして


 ーバリンッ!


 玉は割れて中から女の子が出てきた。

 

 「落ちちゃうー!」


 ギリギリセーフで女の子を受け止める。女の子はまだ起きない。

 

 「ねー、起きてー?」


 女の子の肩を揺らす。でも起きない。あ、左手血が出てたんだー。血がお肌についちゃった。

 どーしょー?

 女の子を抱いたまま考えるけど、どうしたらいいかわかんない。それにさっきから頭がぼっーとする。すっごい良い匂い。きっと、この子からだ。美味しそうな甘い匂いー。


 「・・・食べたいなー。」


 でもオレ、牙無いから吸血できないし。大っきいのみたいにえっち上手にできないしー。

 困ったぁー。


 何かモヤモヤする〜。


 「・・・んっ。」


 女の子がみじろいだ。起きるのかなって期待したけど、まだみたい。

 腕の中の女の子をギューする。大っきいのとのギューと感触が違う。柔らかい。気持ちいー。もっとギューしたい。

 でも、ずっとギューはできなかった。朝が来たから。

 夢から出なくちゃ。


 「絶対一緒に遊ぼーね。約束っ!」


 聞こえてなくてもいーの。オレが嬉しいから。


 気に入った夢には『まーきんぐ』しなきゃ。まーきんぐは体液をかける事。今からゴソゴソ間に合うかなー?

 「あ!」

 ゴソゴソしなくてもいいや。だってオレの血ついてるもん。まーきんぐできたー!

 

 1人で『まーきんぐ』出来たの嬉しい。大っきいのにもお話しよー。


 「!」


 抱いていた女の子が消えていく。起きちゃうんだー。

 オレは女の子の夢、色の無い世界に1人になった。オレも帰ろ。


ーーー


 ぷかぷかふわふわ。

 現実には沢山の空間が存在してる。見えないだけで。見えないのは無いのと同じ。

 「あーきのーゆーひーにー♪てぇーるーやまーもみじー♪」

 朝日が眩しい。他の夢魔も皆夢から出てくるから、沢山のお家から黒い影がいっぱい伸びてる。ご飯の後は自由時間。帰るのも残るのもいる。

 「沢山遊んだか?」

 ポンポンって頭撫でられる。大っきいのが帰ってきたー。

 「うん!あのね、あのね。オレ、まーきんぐしてきた!とっても良い匂いの女の子が見つけたー!」

 「へえ、そりゃすごい。」

 大っきいののクシュクシュ好き。

 「可愛い女の子だった!寝てたから、遊べなかったの!だから今夜遊ぶっー!」

 「寝てた?」

 大っきいの声が変わる。どーしたんだろー?

 「・・・相性が良かったのかもな。」

 そう言ってまたクシュクシュしてくれた。

 「よし、俺達も寝ようか。」

 「うんっ!」

 大っきい夢魔の胸に飛びつくとギューてしてくれる。オレ達はいっつも一緒。ふわふわぷかぷかしながら一緒に寝るのー。


 オレは夢魔だから夢は見ない。

 目を閉じて何も感じなくなるだけ。

 怖く無いよ。抱っこされてるから。

 オレには大っきいのがいてくれる。

 だからいいの。


 ・・・ホントにいいの?


 だって、ずっと一緒。


ーーー


 夜になった。皆お腹が空いて、『夢』に入る時間。

 「お、ちっこいのじゃん!」

 『ちっこいの』と呼ばれて振り返ると緑髪がくねくねした夢魔が笑っていた。

 「くねくね?」

 「見た目で呼ぶなっつってんだろ!」

 「じゃあ何て呼べばいーの?」

 「『風の王子様』って呼べっ!』

 偉そうにしてる、風、風の王、・・・。

 「・・・長いからくねくねって呼ぶ。」

 「長くねーよっ!」

 オレ達には名前が無い。だからみんな好き勝手呼んでる。もちろん、自分で付けるのもいる。

 「兄貴分はどーした?留守番か?」

 「大っきいのは餌場見に行ってるー。」

 「2人分の飯の確保も大変だもんなー。」

 くねくねが頭の後ろで手を組む。大変かもしれない。でも、オレはよくわかんない。

 「どれぐらい大変なの?」

 「そーだなー。溜め込むのも、分解も消化もしんどいだろ。一気に吸い取れたら楽だけど、そーすると軋轢?つーのが生まれるらしーぜー。」

 「ふぅん。」

 よくわかんない。

 「お前が自分で飯食えたらいい話なんだぞ。」

 「あてっ。」

 ペシって頭打たれたー。ムカつくー。

 「よーし!この『風の王子様』が直々に教えやるから心して聞けよー?」

 返事してないのに勝手にお話始めちゃった。

 しかも、ながぁーいっ!

 「・・・ってなわけだ。わかったか?」

 「うん、体全部ペロペロしたらいーんだよね。」

 「違うっての!かっー、何でそー解釈すんだ?!」

 「ペロペロ言った〜!」

 むぅー。説明へたくそー。

 「何かあったのか?」

 大っきいのが帰ってきた。ちょっと怒ってる。

 「げっ黒の兄貴!そいじゃ俺は失礼しますねー。あ、躾はちゃんとしないとダメっすよ!」

 大っきいの来るとくねくねすぐどっか行っちゃうんだよね。何でー?

 「・・・たく、あいつは。」

 大っきいのが大きな溜息をついた。呆れてる。溜息吐くのあんま良くないよー?

 「お腹空いたか?」

 「すいてないー。」

 首を横に振ってお返事する。大っきいのは目を細めてる。

 「俺はご飯取ってくるから。お前は遊んできていいぞ?」

 「餌場に行くのー?」

 「いや、新地開拓だな。」

 やれやれと肩をすくめた大っきいのに、オレはピンときた。

 「ならこっちはー?良い匂いがするのっー!」

 大っきいのの腕を引っ張って昨日お邪魔したお家に案内する。

 にゅーって窓を抜けると良い匂いがする。にこにこしちゃう。

 「ここのお家良い匂いなのっ!美味しそうっ!ううん、絶対美味しいっ!」

 両手を広げてオレは教えた。だって、良い事だから。

 「・・・2人いるな。」

 左右を見渡して大っきいのが言った。右側にも誰かいるみたい。左側が匂いが強かったから、そっちしか見てなかった。

 「左に女の子が寝てるの。」

 「そうか。」

 「オレ遊んでくるー。」

 「ああ。」

 大っきいのとバイバイして、オレはまた壁をにゅーて抜ける。女の子が寝てるお部屋。可愛い寝顔ー。

 じっーと見てたら寝がうった。おでこをコツンして夢の中に入っていく。


 「あれぇ??」

 夢の中に入ったはずなのに、同じ場所?

 キョロキョロ見渡して首を傾げる。似てる。

 女の子は変わらずにベッドで寝てる。

 でも、さっきとは違う。けんこーそーな感じ。

 暫くじっーと見る。『現実』とはちょっと違う。

 ぐにゃーな世界。

 

 「・・・早く起きないかなぁ。」


 ベッドに頬をつけて眺める。女の子は起きない。

 夢の中の夢って入れるのかなー?

 試しにおでこコツンするけど、入れなかった。


 今夜も遊べなかったー。残念。


ーーー


 壁をにゅーて抜けてくと、大っきいのが待っててくれた。でもいつもと違う。

 「髪どーしたのー?角はー?」

 そう聞くと大っきいのは困ったように笑った。

 「この姿が相手の理想のようだな。」

 オレより短い髪に、お洋服も軽そー。

 それに、

 「すっごい良い匂いがするー。ご飯食べたいー。」

 「なら帰るか。」

 「うん。」


 いつもの何もない空間で血を分けてもう。  

 ぷかぷか。ふわふわ。

 今は大っきいのと2人だけ。

 「ほら。」

 大っきいのの指から赤い血の玉ができた。

 良い匂いっ!

 「あーんっ!」

 口に入れてびっくり。すっごい甘くて美味しいっ!

 「美味いか?」

 「うんっ!いっぱい飲みたいっ!」

 「そっか。沢山飲んでいーからな。」

 大っきいのが「いー。」って言ったからお腹いっぱいなる迄血を飲んだ。お腹いっぱいになると眠くなる。オレはそのまま指を咥えたまま寝てしまった。

 

 

 「・・・うにゅ?」

 目が覚める。大っきいのにくっついて寝てたみたい。大っきいのはまだ寝てる。髪も伸びてるし、角も戻ってる。服も。

 「う〜ん。」

 背伸びしてみて、周りを見ると他の夢魔の姿もちらほら見える。

 昼に戻ってきてないのは「上物余り」を探してるって言っていた。

 直ぐにエネルギーになるんだってー。


 オレはチラリと大っきいのを見る。ほっぺをツンツンしてみたけど起きない。

 眠れそうもないし、ちょっとお散歩行ってこよっーと。


 ふわふわぷかぷかしながらオレは『現実』を見に行った。


ーーー


 お昼の現実世界は真っ白。その中に色々な色が混ざっていて、目がチカチカするー。

 だから目を閉じて、匂いを辿っていくんだー。あの子は何してるかな?『がっこう』って言うところに居るのかな?

 匂いを辿っていくとでっかいお家についた。

 窓から覗いてみる。女の子は居ない。でも匂いが強い。にゅーって窓から入って女の子のお部屋に行く。

 「いたっー!」

 しかも、寝てる。やったー!

 オレは女の子のおでこをコツンってする。

 ふわりふわり。上手に夢に入れたー。

 夢の中は女の子のお部屋。ベッドで眠ってる。

 近付いてみるとやっぱり良い匂いー。


 「・・・ん。」

 女の子の手が動いた。目をスリスリするのかと思ったから右手を掴んじゃった。

 「あ、ダメだよっ!」

 目が赤くなっちゃうー。


 手を掴んだら女の子が起きた。やっと起きてくれた!でも、目を擦るのあんまり良くないんだって。

 「あのね、目を擦るとじゅーけつしちゃうのっ!」

 ようやく見れた女の子の目は大きくて綺麗だった。

 「綺麗な目なのにじゅーけつさせちゃダメぇ!」

 「ぇ?」

 女の子は目も口も大きく開けたままだ。

 「・・・泥棒さん?」

 女の子が聞いてきた。

 えっと、どろぼーさん?

 ちーがーう!

 オレは両手を上げて自己紹介をした。


 「オレ、夢魔なんだっー!」

 女の子はまたポカンとなる

 うさぎさんみたいで可愛いー。


 「・・・ムマ、君?」


 女の子は体を起こした。

 夢魔は名前じゃない。皆まとめて『夢魔』


 「えっとね、夢魔っていう存在?オレもよくわかんないー。」

 わかんないから説明できない。

 「・・・夢魔って、悪魔?」

 女の子は不思議そうに聞いてきた。

 うん、それそれ。悪魔の種類。

 「そう!えっちな事する悪魔っー!!」

 すっごーい。頭良い!大っきいのみたいに物知りっ!!

 「・・・なら、これは私の夢?」

 「そうだよっ!お散歩してたら、・・・ぁ!お名前教えてっー!」

 人間には『お名前』があるらしい。

 子どもの夢では最初にお名前を教えてもらえるんだー。どんなお名前かなー?

 わくわくしながら待つ。でも女の子は黙ってオレを見ているだけ。教えてくれないの?

 「・・・ダメ?」

 知りたいのに教えてもらえないの悲しくなる。

 「・・・李桜です。」

 『李桜』

 女の子が教えてくれた。オレは嬉しくなって、両手をあげた。

 「りおんっー!!」

 覚えたっー!

 「あのね、オレ、お散歩してたらね、李桜が寝てたからお邪魔したのっ!李桜の寝顔が可愛いかったから見てたんだっー!!」

 ずっーと見てたよ。一緒に遊びたくて。

 

 「・・・。」

 「どーしたの?お顔真っ青。」


 あれぇ?どうしたんだろ?びっくりしてる?違う。こんなお顔誰も見たことない。李桜は俯いて黙っちゃった。

 

 「大丈夫?」

 「!」

 体を屈めて李桜を見上げる。李桜はびっくりして離れちゃった。

 なんでー?

 近付いて李桜を見る。李桜の顔が更に青くなっていく。

 「や、見ないで・・・。」

 李桜はあっち向いちゃった。しかも顔を手で隠してる。

 「どうして?こんなに可愛いのに?」

 「・・・かわ、いくなんかっ!」

 嫌々してる。何でー?可愛いよ!オレ、李桜が1番可愛いと思うっ!

 「可愛いよ!李桜は可愛いっ!」

 両手をギュッてすると李桜のお顔が見えた。

 「・・・!」

 李桜はびっくりしてた。でも、こんなに可愛いのに隠すなんてダメっ!

 悲しいお顔も見たくない。笑ったらもっと可愛いのに勿体ないっー!

 悲しい時、淋しい時はギューがいい。あったかくなって気持ちいーの。

 ・・・お部屋が歪んでく。李桜起きちゃうんだー。また遊べない。

 「李桜、もうすぐ目が覚めちゃう。オレ、もっとお話したいー。だから、」

 ギューすると甘い匂いに包まれる。美味しそー。

 誰にもあげたくない。だからもっとまーきんぐしなくちゃ。

 「・・・夜来るね。」

 絶対絶対約束っ! 

 

 耳にまーきんぐすると李桜の身体はびっくりしていつかみたお魚さんみたいに跳ねた。


ーーー


 漸く李桜とお話できた。約束もした。満足っー。

 ふわふわぷかぷか浮きながら、くるくる回ったり、猫みたいに伸びたりー。

 楽しいー。

 「見つけたっ!」

 右手を掴まえられる。振り返ったら大っきいのが居た。

 「どこ行ってた!?」

 大っきいのが慌ててる。お顔も怖い。

 「お散歩。」

 オレは正直に答える。大っきいのは優しいけど怒ると怖いの。

 「散歩?こんな昼間に?」

 ・・・うー、こーいう時の大っきいのやだっー。  

 「だって暇だったもん。」

 「暇って・・・。」

 大っきいの声が低くなる。

 「ツンツンしたけど、起きなかったから1人でお散歩してたのー。」

 ちゃんと言おうとしたもん。でも、大っきいの起きなかったよ?

 むぅーと頬を膨らます。大っきいのは額に手を当てた。

 「・・・あまり心配させるな。」

 はぁーって大きい溜息。

 そんな顔しないでよ。

 「うー、ごめんなさい。」

 ただお散歩しただけ。でも大っきいのを心配させちゃった。

 「今度から殴っていいから起こしてくれ。」

 頭をポンポンされる。

 「ボコっていいのー?」

 「ああ。だからもう勝手に散歩するなよ。」

 大っきいのが頭クシャクシャする。悲しそうなのに、笑ってる。

 オレはこの笑顔嫌いー。

 「わかったー。」

 オレの返事に大っきいのは頷いた。オレは大っきいのそんけーしてる。大好き。でも大っきいのの心配症なところは嫌。

 「ねぇー?オレ李桜が気になるっー。美味しそーなの!」

 「りおん?」

 「お名前ー!」

 一生懸命伝えると大っきいのは笑ってくれた。

 「そっか。」

 また頭のクシャクシャ。今のクシャクシャは好きっー!

 気持ち良いから頭スリスリする。

 

 早く夜が来ないかな。楽しみー!


 ・・・だったのに、李桜が寝てくれなかったら夢に入れ無かった。


 「・・・むぅー。」

 お外でぷかぷかしてても楽しくない。約束したのにー!

 「むくれるなむくれるな。」

 大っきいのに頭をポンポンされる。大っきいのは可笑しそうに笑ってる。ひどーいっ!

 「オレ、約束したのにー!」

 何度も約束した事を伝える。大っきいのは笑うだけだった。

 「人間には『約束は破るためにある』って言葉があるみたいだぞ。」

 「なにそれ、ずっこいっー!!」

 約束はちゃんと守らなきゃメッ!このモヤモヤも収まらないっ!

 「オレ李桜のとこ行ってくるっ!」

 「こら、今は早い・・・」

 大っきいの声が小さくなって聞こえなくなるけどもう気にしない。

 

 いつもはふわぷかだけど、今はびゅーん。

 早く早く李桜に会いたい。


 「李桜っ!」

 李桜はお家にいた。お野菜切ってる。四角で白いのを混ぜてる。あ、これ『はんばーぐ』ってやつだ。前におままごとで作ったことある。

 李桜の周りをぷかぷかする。

 起きてる人間の周りをぷかぷかするのは初めてだった。

 顔の前で手をひらひらしても李桜は気付かない。

 後ろをふわふわついていっても気付かない。

 面白いけど、面白く無い。


 李桜がソファに座る。ぼっーとしてる。

 「ねー、今度は何するのー?」

 李桜はぼっーとしたままだ。

 「李桜ー。」

 呼んでも、オレの声は届かない。

 オレは夢魔だから、夢に入らなきゃお話出来ない。

 嫌だな。気付いてほしい。

 目の前にいるのに。

 「李桜ってばー!」

 触れようにも触れられない。

 だって、すり抜けちゃうんだ。

 「李桜ー!!」

 何度か李桜を呼ぶ。李桜の瞼が下がっていく。

 今だっ!

 コツンこして夢に入る事にした。


 「やったあ!入れたー!」


 夢の中でも李桜は寝てる。

 ほっぺをツンツンするけど、起きない。

 昼寝の夢は短い。だから早く起きて。

 またお話出来ないのやだー。


 「李桜ー。」

 呼んでもやっぱり李桜は起きない。

 「ねぇってばー!」

 起きてくれない。

 「約束したよね?」

 名前を呼んでも李桜は起きない。綺麗な目を見たいのに。

 何で何で起きてくれないのー?

 「起きて?」

 肩をポンポンする。起きてくれない。 

 「約束、したのに・・・。李桜ひーどーいっー!!」

 ポンポンがダメだったからオレは肩を揺さぶった。

 「!?」

 李桜の長い睫毛が揺れた。あと少し。

 「いじわるしないで起きてー!」

 「約束破ったらメッなのっー!」

 パチリと目が開く。李桜はびっくりしてる。

 

 「・・・私、何もしてない。」


 びっくりして、李桜は答えた。小さな消えちゃいそうな声。

 でも、でも、・・・オレは李桜に会いたかったっ!なのに会えなかったっ!

 「うっ〜。夜来るって言ったのにぃー。李桜ずっーと起きてるから夢に入れなかったっー!」

 オレちゃんと言ったー!約束したっー!楽しみにしてたっー!

 夢魔と人間だからこんなに面倒なの?オレが人間だったら『現実』でも李桜と遊べる?李桜が夢魔なら一緒に入れる?もぉーわかんないっ!答えがないもんっ!

 イライラやモヤモヤが抑えられない。

 「ふふっ。・・・それは、ごめんなさい。」

 モヤモヤしてるオレに李桜が笑った。ちょっと大っきいのに似てる、オレの好きな笑い方。

 「あー!李桜が笑ったっー!」

 両手を上げて飛び跳ねる。すごい!李桜が笑うとモヤモヤが消えた。嬉しいっ!嬉しい時はギューするの。

 「離して!」

 ギューしたら李桜は手をバタバタさせた。でもダメ。離さないっ!

 「ヤダー!ギューするのっー!!オレね、李桜の匂い好きっー!良い匂いっー!」

 スリスリして匂いを嗅ぐ。首のところから良い匂いがするんだー。

 「・・・や、やめて。」

 耳も肩も良い匂い。美味しそうな匂い。

 「お願い、恥ずかしいっ!」

  ・・・あれ、オレ変だ。

 李桜の髪をかき上げる。李桜の匂いが強くなる。見上げてくる李桜が、真っ赤な顔の李桜が可愛い。

 少し震えてる。やっぱり、うさぎさんみたい。

 良い匂い。すっごくお腹減る。

 「・・・お腹空いちゃった。」

 早く食べたい。

 李桜の唇はやっぱり甘い。

 何だろ、大っきいのからもらう血じゃこんなにお腹はいっぱいにならないのに。

 違う、お腹がいっぱいになるんじゃないんだ。


 別の場所がいっぱいになるんだ。


 「ぁ。」

 李桜が消えちゃってる。起きたんだ。

 「・・・えっちできたらもっとお腹いっぱいになるのかなー?」


 オレはホントに何なんだろー?


ーーー

 

 李桜が起きちゃったからオレも夢から出る。

 李桜は女の人と一緒にいる。女の人も良い匂い。

 「?」

 女の人にはおっきいのの匂いも混ざってる。 

 えっちしたんだー。

 女の人はニコニコ笑ってる。ちょっと大っきいのに似てる笑い方。きっと良い人だぁー。


 李桜が女の人から離れる。 

 オレは李桜の後ろをぷかぷかついていく。

 李桜は『はんばーぐ』を焼くみたい。後ろからじゃ見えないから、前に回って眺める。

 白かった『はんばーぐ』が黄色っぽくなる。

 不思議〜。

 じぃーっと見てると茶色になってく。

 「ぁ、焦げちゃた。」

 李桜がしょんぼりしちゃった。なんでー?


 その後、李桜達ははんばーぐを食べてた。

 オレも食べてみたいなー。


 李桜がお皿洗ってる間に女の人は寝ちゃった。

 ふわふわ浮いて寝顔を覗く。

 くんくん匂いを嗅いでみる。

 やっぱり良い匂いー。

 どんな夢見てるんだろー?

 「・・・ぅーん。」

 入ってみたいけど、既に大っきいのがまーきんぐしてるから入れない。

 入れるけどー、人の餌場を漁るのは良くないー。

 「ぁ!李桜がいないっ!」

 いつの間にか李桜が居なくなってた!

 きょろきょろすると李桜のお部屋から匂いがする。

 壁をにゅーしてお部屋に行くと李桜は顔を隠して寝てた。

 やったぁ!遊べるっー!

 オレは嬉しくて両手を上げて喜んだ。

 またコツンこしよー!

 

 

 「李桜っ〜!」


 また李桜に会えた!嬉しいっ!

 今度こそ一緒に遊ぶっー!


 そう、わくわくしてたのに、

 「・・・ぅう。」

 李桜が泣いちゃった!何で??!

 「李桜!?どうしたの、何で??どこか痛いの?」

 李桜は何も言わない。痛くない?何で何で?!どうしたの?どうしたらいい?!

 「李桜??悲しいの?」

 そう聞くと李桜は沢山涙を流しちゃった。 

 「・・・悲しいよ。だって、皆に言われた通りだった。自覚のないインランだって。」

 李桜の言葉はわかんない。

 でも泣いてるから良い事じゃない。

 「・・・だから、夢魔が、夢に・・・現れる。そんな夢を見るんだ。嫌だよぉ。」

 

 最後のだけはしっかり聞こえた。


 「うわぁああぁん!!ごめんなさいぃー!!」


 李桜は夢にオレが来るのは嫌って言ってるんだ。

 やだやだ、なんで?

 オレ何かしたのかな?

 わかんない、わかんないっ!


 「何で、貴方が泣くの?・・・私が泣きたいっ!」

 「だって、だってぇ!!オレが来るから李桜嫌って!!李桜に嫌われるのやだぁ!!もうご飯1人で待つの暇ぁ!!!ヤダヤダ、李桜と遊びたいっー!!」

 仲良くなりたい。李桜と一緒に遊びたいっ!

 「嫌いにならないで、お願いぃー!嫌だぁー!!李桜に嫌われるヤダー!!一緒に遊ぶのぉー!!」

 1人はつまんない。

 せっかく楽しい事、わくわくする事を一緒にできると思った。

 なのに、遊べなくなるの嫌っ!

 


 「私も、一緒に遊びたいっ!お話したいっ!!」

 「オレも遊ぶっー!!」


 涙も鼻水も出てきて李桜が見えない。

 モヤモヤとかイライラじゃない、何て言うかわかんない。でも嫌な感じ。これは何?

 

 「・・・頭痛い。」

 涙と鼻水がいっぱい出たら今度は頭が痛くなった。うー、ふんだりけったりだぁー。

 「・・・だいじょうぶ?」

 李桜も目が腫れてた。でも、オレの心配してくれる。優しいー。

 オレは首を横に振った。

 「・・・ベッドで寝たら?」

 ベッドを指差す李桜にオレは少し迷った。

 いつも大っきいのにくっついて寝てるからベッドで寝た事ない。

 「・・・オレ、1人で寝れない。」

 そう言うと李桜は困った顔になっちゃった。

 「隣に居るから。」

 座って李桜が左手でベッドをポンポンした。それって、

 「李桜と一緒に寝れるの!?やったっー!!」

 すっごい嬉しいっ!一緒に寝れるっー!

 「ひゃあっ!?」

 飛び付くと李桜はびっくりしてた。

 「膝枕〜!」

 オレは嬉しくて、李桜の腰に手を回した。

 うん、良い匂い。

 これならぐっすり眠れるー。

 夢魔だから夢は見ない。


 いつもは何もないけど、今は良い匂いがする。

 気持ちいー。


 気持ち良くて、ずっと寝てたいー。

 撫で撫でされる。

 でも、いつもと違う。

 いつものクシュクシュは角に当たんない、

 角は大事なの。抜けたら大変。

 

 「うにゃあっ!・・・??」


 変な感じがして目が覚めた。両手で角を触る。

 あったぁー!


 「角あるっ!」

 「・・・あ、勝手に触ってごめんなさい。」

 「だいじょーぶー!」

 なぁーんだ、李桜が触ってたのかなぁ。

 「オレね、夢魔なのに角も牙も爪も退化しちゃってるの。」

 あっーと大きく口開けた。見て見て?ね?牙無いの。

 「だからね、吸血も出来ない。自分でご飯を食べるにはえっちするしかないんだ・・・。」

 くねくねがご飯2人分は大変って言ってた。でも、血をもらわなきゃお腹空いちゃう。

 「でもオレえっちの仕方とかわかんないの。聞いてもわかんない。だからご飯分けてもらってるの。」

 くねくねの説明じゃわかんなかった。

 前に大っきいのに聞いたけどすぐに忘れちゃった。

 「・・・わかんない?」

 李桜の言葉にオレは頷く。

 「うん。よくわかんない。ちゅーしたり、舐めたら良いって聞いた。お股の」

 「ちょっと、待って!!」

 大っきい声を出した後、李桜は耳を塞いじゃった。なんでー?

 「そんな、イヤらしい事考えてるなんてっ!自分が信じられないっ!!」

 そのままベッドのシーツを頭から被る。これ、なんて言ったけー?かくれんぼー?

 「李桜?どーしたの??」

 お名前呼んでも返事が返って来ない。返事しないと聞いてるわかんない。

 ねぇー?聞こえてるー?

 何度もお名前を呼んだ。あ、頭の方は隠れてない。キレーな髪。これがつむじー?

 じっーと髪の分け目とかみる。李桜には角はない。やっぱりオレ達とは違う。

 「・・・?」

 李桜が顔を上げた。

 「やっと顔上げたぁ〜!」

 「わぁ!?」

 びっくり顔も可愛いっ!

 「可愛いお顔みれた〜!」

 「っ、・・・。」


 お部屋の形が崩れていく。李桜の夢が崩れていく。

 「もうちょっと遊びたいけど、もうすぐ李桜起きちゃうー。きょーは絶対寝てよ?李桜が寝ないと夢に入れないからねー。」

 ぷかぷかからベッドに降りる。もちろん、李桜の隣に。

 「約束だよー。」

 そう言っても李桜は黙ったまんま。

 どうしたの?約束してくれないの?

 やだっー!

 「約束してー!絶対眠ってー!!」

 約束してほしいっ!だって一緒にいたいのに、居られない!だからちゃんと約束して!

 「オレ夢魔なんだから、夢の中にしか入れないのっ!李桜の夢がいいっ!」

 伝わらない?どうして?

 何て言ったらわかってもらえる?

 もーどーかーしーいー!

 

 「妄想にしてはキャラクターもお話も良く出来てるから、日記にでも残しておこうかな。」

 お話した李桜はよくわかんない事言ってる。

 「李桜何言ってるの?もーそーじゃないよ。これは夢。」

 「はい。夢ですよ。」

 うん、夢だよ。夢だけど、なんか違う。李桜の言ってる違う気がする。何が違う?

 ・・・わかった!

 「オレは夢じゃないよ!夢魔っ!姿は見えないけど、現実にもいるのっ!夢の中じゃないとお話できないのっ!」

 さっきも李桜を見てたの。

 はんばーぐつくるの。

 だから現実にもオレ達はいるの、見えないだけ!

 李桜に見えてないだけで、いるんだ。

 目を丸くしたまま、李桜の姿が薄れてく。

 「李桜と遊びたいんだっ!約束だよっ!」

 ちゃんと聞こえたかな?

 お返事は返ってこない。

 「・・・なんだろ、悲しい。」

 モヤモヤでもイライラでもない。

 大っきいの帰りを1人で待ってるみたい。


 自由に李桜に会いたい。

 

 現実では李桜が目を開けたとこだった。

 ぼっーとしてる。

 「・・・。」

 李桜は横にある四角のを取った。これで昼と夜がわかるらしい。なんでー?

 ぼんやりする李桜の目も綺麗。じっーと見てると李桜が喋った。

 「・・・近くにいるの?」

 宙を見上げる李桜。

 ねぇ、それ、もしかして。

 「オレの事?」

 そう思うと嬉しくなった。

 体が震えてわくわくするっ!

 「居るよ!ここに!目の前に!」

 手を振っても、李桜にオレの姿は見えない。

 けど、でも、すっごく嬉しいっ!

 オレの話、信じてくれたぁ!

 

 嬉しくて、びゅーんって行ったり来たりしてたら壁抜けちゃった。


 「あっ!」

 

 リビングには大っきいのが居た。

 また髪の毛短くなってる。

 大っきいのはソファで寝てる女の人の頬にちゅーしてた。


 何でほっぺなんだろー?まーきんぐ?

 

 オレに気付いた大っきいのが立ち上がる。

 「ほら、行くぞ。」

 大っきいに呼ばれる。

 『行くぞ。』

 何処に?色のないとこ?

 「・・・。」

 嫌だな。行きたくない。

 「どうした?」

 黙ったオレに大っきいのが聞いてくる。

 どうしたって言われてもわかんない。

 「・・・行きたくない。」

 さっきまですっごいわくわくで気分良かったのに、今はモヤモヤぐるぐる嫌な気持ち。

 「何で行きたくないんだ?」

 大っきいのの声が変わった。

 怒ったのかな?チラッと見上げると大っきいのはとても悲しそうな顔で笑ってる。

 「わかんない。わかんないけど、嫌。李桜と居たらわくわくで楽しいのに、あっちはつまんない。李桜と遊ぶのは楽しいし、美味しそうって思う。良い匂いがするんだ。」

 説明なんてできない。オレは大っきいのや李桜みたいに頭良くない。感じてるだけだもん。

 「・・・わかった。ならここで寝よう。夜まで。」

 「うん!」

 大っきいの、わかってくれたっ!大っきいのはオレの事わかってくれる。

 ギューて腕にくっ付くと大っきいのからも良い匂いがする。甘い匂い。

 「・・・ゆっくり休め。」

 大っきいののが頭を撫でてくれる。うん、ゆっくり休むよ。何も感じない、堕ちていくだけなんだ。

 でも怖くはないよ。大っきいの捕まえてるから。

 起きたら李桜の夢で一緒に遊ぶんだー。


ーーー


 「・・・みゅあ?」 

 

 目が覚めるとお部屋は真っ暗夜になっていた。

 

 「・・・起きたか?」

 「うんー。」

 大っきいのが頭を撫でてくれる。スリスリー。

 「俺はここに居るから沢山遊んでこい。」

 「えっちするのー?」

 ソファで寝てる女の人を見る。ずっーと寝てる?

 李桜に初めて会った時みたい。

 「お腹すいたか?」

 「今はだいじょーぶ。」

 首を振ると大っきいのが笑う。何だか、前みたいに笑ってくれない。辛そうに笑うの。

 「帰ってきたらご飯だ。お腹空いてなくても。」

 大っきいのにほっぺぷにーされた。

 「はぁーい!」

 オレは返事して大っきいのにバイバイした。

 大っきいのはね、オレが元気だと嬉しいんだって。だから、オレは元気でいなくちゃいけない。


ーーー


 李桜はベッドにいた。中々寝付けれみたい。 

 「頑張れー。フレフレ李桜。」

 オレは横で李桜を応援する。

 李桜が眠った。

 よし、コツンコだっ!


ーこぽっ


 「?」

 夢の中には水が広がっていた。

 沢山の水。でも前見た海とは違う。夢の世界は不明瞭。

 頭上に足が見えた。

 ちょっと温い。李桜が温いって感じてるんだ。

 あー、わかった!


 「わぁーい!今日はお風呂だぁ!!」

 「わぁああぁ!?」


 飛び出すとやっぱりお風呂場だった。当たったー!

 「出て行って下さいっ!!」

 バシャーって李桜が水をかけた。

 体中が濡れた。

 これも知ってるっ!

 「水かけっこだぁー!!」

 「きゃあっ!」

 お互いに水をかけ合うんだよね!

 「もうっ!やめてっ!」

 「やだー、やめないっー!!」

 やめてって李桜は言うけど、李桜もやめてない。

 負けないっー!

 暫くバシャバシャしてたら李桜がかけるのやめちゃった。オレの勝ちでいいのかな?やったー!

 湯船から出て水を絞る。重いのヤダー。

 「・・・夢魔、さんが居るって事はここは夢?」

 「そーだよー!夢の中っ!!」

 ギュギュしてるオレを李桜が見てる。どーしたんだろ?

 「あの、聞きたい事があるんですど。」

 「なぁーにー?」

 「名前を教えてほしいです。」

 名前??

 「名前?オレの?」

 李桜が頷いた。名前、名前。・・・オレの名前。

 

 「オレね、李桜みたいな名前ないの。黒の同胞って呼ばれてるー。」

  

 李桜がきょとんってなった。説明難しいー。

 「えっとね、いつも一緒に居る夢魔がいるの。大っきいの。オレにご飯わけてくれるし、物知り。・・・オレ達には最初から名前が無いんだって言ってた。」

 「・・・名前が無いと不便ですよね。なら夢魔君って呼んだらいいですか?」

 不便。そっか、不便だから人間は名前があるんだね。でも、オレは人間じゃない。それに、

 「ぇ?う〜ん。でもオレ、夢魔っぽくないしー・・・。」

 じゃあ、オレって何だろ。

 「ちょっと待ってて?聞いてくるからっ!」

 わかんない事は大っきいのに聞くのが1番っ!

 「わかりました。待ちますね。」

 じゃあ、早く遊ぼっ!

 李桜を引っ張ると景色が変わる。 

 少しだけならオレは夢にかんしょーできる。


 「わぁ!オレ、太陽の下初めてっ!!李桜も見て!きれー。」

 これが李桜が行ってみたいとこかぁ。

 「すごいねっー!お花いっぱぁーい!!」

 広いから遠くまで行けちゃう。くるくるも楽しいっ!

 「あははっー!楽しいっー!ねぇ李桜っ!」

 李桜は立ったまんまだ。白いワンピースを着てる。

 「お洋服似合ってるっー!」

 そう言うと李桜はお腹を触ったり、顔を触ってた。面白ーい。

 

 「李桜こっち来てー!お昼寝しよー!」

 「・・・うん。」

 李桜が頷いた。オレは花の上に寝転ぶ。

 「ゴロンゴロン楽しいっー!オレ、ここ好きっー!」

 あったかいし、気持ちー。

 「青いお空に浮かぶ雲ってこんな感じなんだねー。オレねー、お邪魔した夢の世界しかわかんないんだー。」

 お空見上げないからわかんなかったー。

 夢の世界と現実。それからあの何も無い空間。

 「私の夢の他に、どんな夢にお邪魔したんですか?」

 そう聞いてくる李桜は目がキラキラしてるみたいだ。だから一生懸命思い出す。

 「子どもの夢はねー、おもちゃとかりょーしんが出てくるの。空飛ぶ紙飛行機に乗ったり、ブロックで作ったお船で海に出たり。わくわくして楽しいの。お友達と遊んだり、怪物に追いかけられたりとかもあった。

 大人の夢はね、お金とか裸の女の人、マッチョばっか出てくるの。あとお洋服とか宝石。つまんないから夢に入るのやめたんだー。」

 子どもの夢と大人の夢の違いはわくわくの差だと思う。覚えてないみたいけど、子どもの方が光ってる。大人のは押し潰されそうなんだ。周りに挟まれて、囲まれて狭い。

 今みたいに広くない。

 「だからね、李桜に逢えて嬉しいっ!」

 ホントにそう。

 李桜に会えて嬉しい。ぽかぽかする。

 

 「・・・私も、嬉しい。」

 「!」

 

 目を細めて笑った李桜に体が疼いた。

 可愛いじゃなくて、綺麗。

 

 さっきまでお腹いっぱいだったのに、急にお腹が空いた。我慢できないくらいに。

 食べたいって思ったら止まらない。

 李桜の匂いを嗅ぐとさらに、お腹が減る。どんどん減ってく。

 「・・・ねぇ李桜。」

 「はい?・・・っ!」

 「・・・お腹空いちゃった。」

 李桜のびっくり顔も気にならない。

 「・・・ご飯。」

 この前みたいに触れるだけじダメだ。中の、甘いの飲みたい。


 ーぴちゃ


 李桜の身体がびっくりしてる。

 でも、オレ止められなかった。もっと食べたい。満足するまで。


 舌を絡ませた分だけ甘さが増す。

 でも、食べ続けたら良くない。李桜が疲れちゃう。お腹もいっぱいになった。

 

 「・・・甘くて美味しい。」

 

 口の端についたのも舐めると甘くて美味しかった。でも、変だ。


 「李桜もっと食べたい。・・・もう一回。」


 離れるともっともっとって欲しくなる。

 ギューすると李桜もギューで返してくれた。

 沢山食べたい。

 李桜でお腹いっぱいになりたい。

 いっぱいいっぱい。


ーーー


 

 「ぷはっー!」

 李桜とたくさんちゅーしたから満足っー。

 お腹いっぱいのまま、ぷかぷかふわふわ浮く。

 李桜は夢から覚めちゃった。

 大っきいのとこに行こっーと。

 それに、名前つけてもらわなきゃー。


 お腹いっぱいだと中々前に進まないー。

 

 「?」


 と思ってたけど、直ぐにお腹減ってきた。

 

 「??」


 さっきまでお腹いっぱいだったのに。

 なんで?

 初めての事に首を傾げる。

 

 「どうした?」

 「大っきいの!」


 大っきいのの髪がまた短い。

 角もないから人間っぽい。

 「あのねあのね、オレ名前ほしい!名前つけてっ!」

 そう言うと大っきいのはちょっと驚いた。

 「帰ってから考えようか。」

 「はぁーい!」

 どんな名前なのかな?楽しみー。


ーーー


 また、色の無いつまんない空間に戻ってくる。

 ここは時間間隔が曖昧。知らないのも沢山増えている。

 「お名前っ!オレの名前李桜に教えるのっ!早くつけてっー!」

 「落ちつけ。」

 大っきいの腕をぶんぶん揺さぶる。大っきいのは笑うだけだ。

 「・・・そうだなぁ。」

 「あ、長いのはダメだよ。短いの。くねくねみたいなのは覚えられない。」

 「・・・『風の王子様』か。」

 「そうそう。そんな感じー。」

 オレは頷く。大っきいのは顎に手を当てて考えている。

 「少し時間をくれ。」

 大っきいの返事にオレは唸った。

 「何でー?今がいいー。早く李桜に教えたいー。」

 「そう言うな。変な名前をつけたくない。」

 頭をクシュクシュされた。納得いかないけど、納得する。

 「じゃーわかった。」

 「良い子だ。」

 「へへっー。」

 褒められたー。嬉しい。

 「なら次はご飯だな。」

 大っきいの左手人差し指を爪で刺すと赤い血がぷくぅて出てきた。

 ??今日は匂いがしない。

 「お腹空いてないか?」

 オレは首を振る。お腹はさっき空いた。

 「お前が美味いっていた桜音のだぞ?」

 「かのん?だぁれ?」

 「李桜のお姉さんだ。」

 李桜のお姉さん。お家に一緒にいる女の人。かのんって名前なんだ。

 匂いがしないけど、とりあえず大っきいの血を口に入れてたみた。

 ・・・味もしなぁーい。

 

 すぐに指を離したオレを大っきいのが見てる。眉間に皺が寄ってる。

 「・・・どうして食べない?」

 「味がしないー。もういいー。」 

 お腹は空いてるけど、気にならない。

 それより、眠い。

 「眠ってもいー?」

 大っきいのに聞くと大っきいのはオレを抱きしめてくれた。

 「・・・ああ、ゆっくり眠れ。」

 大っきいの腕の中で目を閉じる。深く深く堕ちていく。

 そこは色も音もない世界。

 ただ居るだけ。何の為に居るのかもわからない。

 みんなご飯食べるのに必死な、ご飯を食べるのが必死な世界。

 つまんないとこだけど、今は李桜と遊ぶのが楽しい。

 ほら、今夜も。


 「わぁー!今日はこーえんだっー!!」

 ブランコと滑り台が一緒っ!しかもトンネルもある。

 「ねー!李桜も遊ぼっー!!」

 高いところから李桜においでおいでする。李桜は笑って登ってきてくれた。

 2人で隠れたり、丸い穴から顔を出したりした。楽しいっ!やっぱり、1人より2人だ。

 「楽しいっー!オレ、ブランコ好きっー!」

 ぷかぷかふわふわと違う。ぎゅいーんとも違う。ぐにゅーて曲るのはブランコじゃないと出来ない。

 シーソーのちょっとお尻浮くのも好き。

 いっぱい遊んだら、ベンチで李桜が膝枕してくれた。気持ちいー。


 「ねぇー、またこーえんで遊びたいっ!」

 なでなでしてる李桜に言うと李桜はニッコリ笑ってくれた。可愛い。

 「うん。」

 笑顔の李桜にオレは頷いた。やったー、またこーえんで遊べるっー。

 

 「風が気持ち良いね。」

 「んっー!」

 

 公園の風もお花畑の風も気持ちぃー。

 

 「李桜の夢気持ちぃー。心地良いー。」

 「ありがと。」

 見上げた李桜は目を細めて笑ってた。

 オレの好きな笑顔っー。


ーーー


 毎夜毎夜、李桜の夢に入る。日中も李桜のお家で李桜の後ろをぷかぷか浮いてついていく。


 大っきいのもずっとついてきてくれた。

 夢でも現実でも一緒。


 ご飯の時だけは何もないとこに行った。

 ただ、味がしなくて美味しくなかった。


 「おー、久しぶりだなー。」

 李桜のお勉強中は外でぷかぷかする。

 そしたらくねくねが来た。

 「くねくねー?」

 「だーから、くねくね言うなっての!」

 くねくねが頭を叩く。

 「叩かないでよー。」

 「覚えねーからだよ!」

 くねくねは乱暴者だぁー。

 「ってか何してんだ?」

 「お勉強の邪魔しないように待ってるのー。」

 「はぁ?人間は昼は仕事と勉強は当たり前だぞ?眠らないようにコーヒー飲むくらいだし。」

 「こーひー?」

 何それ。

 「あー、カフェインの入ってる飲み物で飲むと眠くならないらしい。」

 「え!?それ大変っ!」

 眠ってもらえないと夢に入れない。

 「人間ってもろいからなぁ。時間も有限だし。集団で生活するから面倒だしなぁ。」

 「そうなの?」

 人間社会の事はわかんない。

 「そー。俺らは単体だから楽だけどー。嫌な奴は消せばいーしなー。」

 くねくねが長く伸びた爪を見る。

 確かに夢魔同士の喧嘩が殺し合いになっちゃうって聞いた事ある。

 「くねくねも消した事あるのー?」

 「あるぜっー?俺のに勝手に手をつけた奴とか八裂きにしたりなー。」

 くねくねが自慢気に話した。

 「きちんと分解出来ない奴は『自我』保てなくなるからな。邪魔だから消しといた方がいい。『現実』で暴れられたら『御使い者』が出てくる。そいつらは一掃しちまうから俺らもご飯食べれなくて、結局『自我』保てなくなんだ。」

 「ふーん。」 

 「わかってないなら返事しない方がいいぞ。」

 「!」

 くねくねに心読まれた!?

 「何でわかったの!?」

 「そりゃわかるさ。お前よりながぁーい時間を過ごしてんだ。」

 偉そうなくねくねは何かムカつくー。

 「そーだよ!俺、黒の同胞より長いんだぜ?つーまーり、先輩っ!わかる?!」

 くねくねが大きな声で喋る。うるさいし唾も飛んできた。オレが黙ってるとくねくねはお話を続けた。

 「カッ〜!何でかなぁ?!俺の方が夢魔歴長いのにさー!あー、でも仕方ないよなっ!おっかねぇもんマジで!」

 腕を組んだり頷いたり。くねくねってやっぱおもしろい。

 「おっかない?」

 オレが聞くとくねくねが周りをキョロキョロして、「耳貸せ」って言った。

 「お前んとこの大きいのいるだろ?マジやべーんだぜ?餌場荒らされたら速攻で消すからさ。爪を目ん玉に刺してぶん投げたり、喉にぶっ刺して骨折ったりな。べーやーだろ、べーやー。」

 くねくねの話しを聞いてもよくわからない。

 「べーやーなのわかんないっ!」

 「だからー!」


 「こうするんだ。」


 くねくねの隣りに大っきいのがいた。

 

 「大っきいのー!」

 オレは大っきいのが帰ってきて嬉しかったけど、くねくねは違うみたい。お顔が真っ青になっていく。

 「・・・ぃや〜戻られたんっすねー?」

 くねくねの笑顔変。皮膚を引っ張った感じー。

 「ああ。ご所望ならやり方を教えるが?こいつにも見本を見せてやりたいしな?」

 ニコニコ大っきいのが笑ってる。 

 「・・・そっすかぁ。また別の機会でもいいっすかぁ?」

 「遠慮しなくていい。それに、・・・時間も勿体無いだろう?」


 大っきいのがそう言ってながぁーい爪を見せるとくねくねは飛び上がってどっか行っちゃった。


 「ばいばぁーい!」

 

 くねくねが飛んでったとこにオレは手を振った。

 ちゃんとみてるかなー?

 

 「・・・はぁー。」 

 溜息吐いてる大っきいのの腕を掴まえてぶんぶん振る。

 「しあわせ逃げちゃうよー?」

 溜息吐くとしあわせが逃げちゃうんだって。

 教えてもらったんだー。

 大っきいのは笑って頭をクシュクシュしてくれた。

 「お前が居れば俺は幸せだよ。」

 オレが居れば?

 確かに、ずっと一緒なのは嬉しい。

 でも、一緒は駄目な気もする。

 

 「オレが居なくても大っきいのが幸せじゃないとヤダ。」


 うん、そうだ。

 これがずっと考えてた納得の答えだ。

 答えを見つけると嬉しい。


 「・・・そうだな。」

 

 大っきいのが頭をクシュクシュする。気持ちー。もっとしてー。

 擦り寄っていくと両手でわしゃわしゃされた。

 これも好きー。


 「そうだ、名前な『ゆうま』はどうだ?」 

 大っきいのがわしゃわしゃしたあとで話してくれた。

 ゆうま。

 「ゆーま?」

 聞いた事ある言葉。

 「ゆ、う、ま、だ。」

 片眉を下げておっきいのが笑う。

 オレはもう一度声に出した。

 「ゆーうーまー。」

 「そうだ。」

 大っきいのが頭をクシュクシュする。 

 ゆうま。

 ゆうまだ。

 「ゆーま!オレ、ゆーまがいいっ!」

 嬉しくて両手を上げる。大っきいのも笑ってる。

 「気に入ったなら良かったよ。」

 歯を見せて笑う大っきいのに、オレは飛びつく。

 「お名前呼んでー!」

 「ゆうま。」

 「はぁーい!」

 大っきいのに呼ばれて嬉しい。名前があるって嬉しい。

 「李桜にも教えるー!」

 「ああ。」

 クシュクシュと大っきいのが撫でてくれる。

 ゆうま。

 オレの名前。

 「よし。ゆうまご飯の時間だ。」

 大っきいのは左手の人差し指を爪で刺すと皮膚が裂けて赤い血がぷくぅって出てきた。

 「ご飯っ!大っき、・・・大っきいののお名前はー?」

 オレは名前がついて嬉しい。名前があると嬉しくなる。

 「これまで通り、大っきいのでいいぞ?」

 「やだー!大っきいのも名前つけてー!」

 首を横に振る。そうすると大っきいのは笑ってオレの希望を叶えてくれるんだ。

 「わかった。『はる』でどうだ?短くて覚えやすいだろ?」

 

 はる。


 「はるっ!」

 覚えたっ!

 繰り返すオレに、はるが笑う。

 ちゃんと言えたっ!

 「ほら、ご飯。」

 「うんっ!」

 はるの指から赤い血が流れている。

 今日のは口に入れたら甘くて美味しいっ!

 楽しいや嬉しい、わくわくが混ざって『もっともっと』ってなる。

  

 今夜も色のついた夢を見る。


 


 

 

 

 


 

 

 


 

 




 

  

 

 

 

 

 

 

 

 


 

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