第五話 『赤い海は罪科に堕ちる』 その141


 ……夜の中海は静かなものでね。


 オレたちの疲れた体を邪魔することなく、仮眠に入れそうだよ。


 カール・エッド少佐が自分の仕事に戻ったあと、オレたちは眠ることを選んでいた。


「キュレネイ、一緒に寝ようねー!」


「イエス。穢れなき乙女たちは、共に眠るであります」


「そ、その言い方で既婚者をいじめるでない!!」


「まあまあ、リエルちゃん。しっかりと、ソルジェさまに穢されてるっすから」


「笑顔で言うでない……っ」


「あはは。でも、ちょっと体力の限界だね」


「ええ。寝ておくべきです。ソルジェ兄さん、私とククリも、向こう側の部屋に行きますね……っ」


「だから、顔を赤らめるな。え、エッチなことをする気はないのだからな!?」


「そ、そうですよね。さ、作戦の最中ですもんね!?」


「でも、さっき……リエルさん、ソルジェ兄さんとキスしてたし」


「あ、あれは、そ、その!?……か、可愛いキスであったろうが!?いやらしいヤツではないのだあ!!」


「いやらしいキスとか……」


「そうじゃないキスとか、色々とあるんですね……」


「そうっすよう。さっきのは、ソルジェさまに甘えたい気持ちをリエルちゃんが表現しただけのキスっすから」


「うう。そもそも、しっかりと覗かれているとか……っ。の、覗くでないぞ!」


「……う、うん」


「……で、ですよね。とくに、これからは……ッ」


「だから!!ますます顔を赤くするでない!?こ、今夜はエッチなことをする気はないのだあ!!」


 辱められるオレのヨメさんエルフを観察していた。ぴょんぴょんよく動くから、何とも楽しい気持ちになれるな。愛しい可愛さがそこにはあふれているんだよ。


 穢されてない猟兵女子たちがとなりの部屋に向かい、ストラウスさん夫妻が残った。リエルは顔を赤くしつつ、ほっぺたを不満で膨らませている。


「むー。双子たちめー。私のことをエッチな女だとでも認識しているのではないか?」


「いいじゃないか」


「良いわけあるか。たわけたコトを言うでないからして……」


 乙女心は難解だな。言い方か。


「エッチな女ではなく、セクシーな女という認識でいるのはどうだ?」


「セクシー……うむ。オトナなレディーな印象があって、良い気もする。だが、やはり却下だな。私は、美しくてなおかつ可愛い乙女なのだ。既婚者だからといって、その座が脅かされるのは、とてもおかしいと思う!」


「セクシーって誉め言葉だと思うんだがな」


「洗練された女性というイメージからも、ちょっと違う気がするのだ」


「はあ。まあ、重複している部分もあるだろうが、完全な一致はしていないかもしれん」


「そうであろう?なので、私はやはり美しくて可愛い乙女であるのだ」


 美しくて可愛い乙女、それを否定する要素を一切持たないリエル・ハーヴェルが、ベッドに向かう。マクラをひとつ乙女の細指が捕まえて、となりのベッドに投げ捨てた。マクラの数が三つになったよ。


 酒の入った夫の顔面が、ちょっとゆるみそうになる。そして、当然のように釘を刺されるのさ。


「エッチなことをするでないぞ。酒は許したが、まだ作戦の最中でもある」


「ああ。解放された者たちを、このまま『大学半島』に運ぶ任務があるからな」


 カール・エッド少佐が予見していた。この中海で長らく戦い続けた本職の軍人がね。夜が深まるころには、この船団はもう一線、交えることになる。


 戦術の基本は何か?


 当然ながら、『戦力を集中させること』だ。そうすれば威力が増すし、守りやすくもなる。だが、それは味方に望むべき行いである。敵に望むのは、その逆だよ。『分散させる』。敵の数と密度を減らせれば、敵の攻撃も守備も弱くなるという、実に分かりやすい考え方だな。


 我々は、今この瞬間もそれをしているのさ。


「西に向かう船団。こいつは、『囮』そのものでもある。ソナーズ家の有能な騎士が率いているであろう敵の船団は食いつい来るさ。連中の半分は、『モロー』に向かうだろうが……血の気の盛んな連中は、オレたちに追いついて来る」


「復讐するためにか」


「主君の敗北は悟っただろうからな。ライザ・ソナーズの死を、そのまま素直に受け止めるのか。あるいは少しばかり歪んだ解釈をするかは、忠誠心の形と性格によるだろう」


「死体になって、動いていたわけっすからね」


「それを『生きている』と期待する者がいたとしても、おかしくはない。ヒトは期待してしまうものだ。絶望することも嫌う。血迷いもする。ただ、確実に言えるのは、この船団を好きにさせておけば、第九師団の脅威となる。そして、それは『ソナーズ家の敗北』という不名誉が生き続けることと同義だ」


 雪辱のために、動くだろう。大きな血筋に仕えた騎士たちのすることは、どこも同じものだ。負けっぱなしでいられるほど、騎士という連中はおおらかじゃない。


「食いついてくれる。それは、リスクであるし……『モロー』のラフォー・ドリューズたちを助けることにもつながる」


「敵戦力が、分散されるからっすね。『大学半島』寄りと、『モロー』寄りで……半分こになるっす」


「各個撃破を仕掛けたいところだな。負傷者と披露困憊の者も多いから、『若い連中』を使いたいものだね」


 そのために。小競り合いしながら、逃げ続けることになる。大逃げはせずに、ちゃんと少し襲われる形……それが理想だ。オレたちにとっても、敵にとっても。


 つまり、ほぼほぼ間違いなく実現するのさ。深夜の戦いというものがね。スケベなことで体力を使っている場合でもないんだよ。




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