第五話 『赤い海は罪科に堕ちる』 その140


 楽しい食事の時間は終わる。才能ある若者は、カミラの手伝いの申し出をやんわりと断ると一人で全ての食器をカートに載せて、紳士的な所作でのあいさつを残して立ち去ったよ。


「印象の良い人物っすね」


「モテそうだな」


「ソルジェさまの方が、自分は好みっすけどね!男性は、たくましさもないとピンと来ないところがあるっすよう!」


 紳士成分よりたくましさ成分の方に偏重する男にとっては、ありがたい言葉だったな。カミラがにんまりしたまま、オレの右の二の腕を触ってくれる。


「やっぱり、太くて強い腕が好みっすよう」


「か、カミラよ。そのイチャイチャするな。まだ、そういう時間ではないであろうが」


「そ、そうっすね。すみません、ソルジェさま。ちょっと、イチャイチャし過ぎたかもっす」


「戦いが終わったあとは、そうなるもんだよ。だが……まあ、すべきこともあるのは事実だ」


 のんびりとした時間を過ごしたいが、その前に、『フクロウ』の指輪を取り出すことになる。


「連絡をつけておこう。関係各所にな」


「手分けするであります。ソルジェ団長はロロカに、私はシャーロン経由でクラリス女王に」


「ああ。ククリはルクレツィアに連絡を。ククルはガンダラに向けてだ。現状報告。作戦は、紆余曲折はあったが成功。皇太子レヴェータを殺害、『モロー』の奴隷を解放、『祭祀呪術』における最大の脅威を撃退した」


 そのほかにも伝えることはある。『奪還派』海賊の被害や、解放された奴隷の人数、帝国貴族の複数名を誘拐してラフォー・ドリューズに渡したことも……気がかりとして、死亡したライザ・ソナーズが呪術で動いていることも共有しておこう。


 情報は皆が知っていた方がいい。可能なら、溺れない程度にできるだけ多くを知るべきだった。


 暗号で手紙を書いたあとは、ミアがねぎらいのチーズを与えて、待機していた『フクロウ』たちの足環に手紙をくくりつけた。オレの赤毛が大好きな、白いヤツも。今夜はミアの用意してくれたチーズの方に夢中だった。チーズに嫉妬することはない。頭皮に爪を立てられることを喜ぶような趣味を持ってもいないのさ。


『くええええ!!』


『クエエエエエエ!!』


 『フクロウ』たちがそれぞれの声で歌い、その目玉を黄色く輝かせた。船窓から太陽の光の去った海に向かってくれたよ。それぞれの方角にね。これで、また情報は共有される。


 脳みそと指先だけを使う仕事を終えた直後に、カール・エッド少佐がやって来た。


「ラフォー・ドリューズに侯爵令嬢については伝えたぞ」


「ありがとうよ」


「レイ・ロッドマン大尉とも会った」


「ラフォーとは盟友だからな」


「彼は、『ショーレ』の傭兵部隊の一部と共に、『大学半島』に向かうこの艦隊……と、言うよりは船団に加わってくれた」


「ん。意外な判断だ」


「『モロー』にいるよりも、海に出て暴れて欲しいというラフォー・ドリューズの意志を尊重したようだね」


「合理的な判断ではあるな。『モロー』で必要なのは戦力よりも交渉術の方になる。レイ・ロッドマンは交渉よりも、海戦の方で活躍して欲しいところだ。そっちの方が傭兵には向いている」


「イエス。とはいえ、ごちそうをくれるラフォーおじさまの身辺警護に不安が残るであります」


「ごちそう……って。もう、キュレネイさんてばー……」


「安心したまえ。あの御仁には、『奪還派』の戦士たちが護衛についてくれている」


「海賊たちが、ですか?」


「アントニウス直属の部下たちだよ。たしか、名前はキールットか。巨人族で、元・奴隷の青年だが……ラフォー・ドリューズの護衛となることを申し出たそうだ」


「ほう。彼がか」


「知っているのかね。顔が広いな、ストラウス卿は」


「『エルトジャネハ/悪霊の古戦神』と戦いながら、ヤツの呪いのせいで見えた。いたな。最期までアントニウスに付き添っていた」


「……アントニウスは、ラフォー・ドリューズの友人であったようだな」


「らしいぜ」


「人生の最期に友情を取り戻した。瀕死の体で、ラフォー・ドリューズのために戦ったのか、あの多くを語らな過ぎた男は……アントニウスが探していたものは、その戦いにあったのだろうか?」


「人生ってものは複雑なことも多い。オレたちには、アントニウスの全ては分からないだろうが……すべきことはキールットが継いでくれる。それで、十分ではあるさ」


「ああ。『モロー』の傭兵を私たちが受け取り、私たちの戦士を『モロー』の守りにつかせることになった」


「絆がまた深くなったぜ。軍事力を提供し合うことは、なかなかに熱い行いだぞ。お互いを命がけで信じていることの証だ。『モロー』の大商人と君らは、同じ大儀のもとにあることを示し合っている」


「たしかに、そうだ。私たちは『組み上がりつつある』な……なあ、ストラウス卿よ。一杯だけ、飲まないか」


「一杯だけなら、許されそうだな」


「……私はそんなに不寛容ではないぞ。お前たちの酒は、外交であり、友情でもある。それに、死んだ戦士たちに……アントニウスたちに捧げる酒ならば、戦いの最中でも許す」


 許されたから、一杯だけやるとしようじゃないか。


 カール・エッド少佐が持参してくれていたウイスキーとショットグラスを使い、一口だけ飲んだよ。これが何とも凶暴な度数のウイスキーでね、アントニウスによく合う味が喉の奥で赤く燃えたのさ。




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