第五話 『赤い海は罪科に堕ちる』 その139


 年若いシェフに喜んでもらえて、こちらも嬉しいね。より多くの者にこの勝利の価値を知って欲しいのさ。そうすることが、結束と力を呼んでくれるから。


 パスタも食べ終わり、キュレネイのおかわりも終わるころ。この部屋に新しい味が届けられていた。我々の囲む小さなテーブルの上から皿が下げられて、その銀色のドーム型のフードカバーが代わりに置かれる。


「ワクワク、何かなー?」


「このタイミングから察するに、デザートでありますか?」


「正解です。お嬢さま方に喜んでいただけるかと。もちろん、ストラウス卿にも」


 自信あり気な顔をして、洗練を感じる所作を宿す腕が銀のドームを外していたな。


「わー!やったー!シャーベットだー!!」


「イエス。カール・エッド少佐の部下は努力家でありますな」


「君には驚かされるぜ。真夏で、しかも軍船の上なんだが。氷菓を食えるとは」


「本当の取って置きです。昔、叔父と考えた最良のおもてなしの一つですよ」


「『コラード』には、氷室も作っていたのか」


 あの平たくて何もなさそうな島々にも、そんな設備を作っているとは。『古王朝』の末裔たちの建築技術は驚くほど高いものだな。


「はい。この船に持ち込んでしまうと、どうにも時間との勝負……作れるのは、これだけが限界になりますが、それだけに希少性と驚きを楽しんでいただけるかと」


「は、早く、食べちゃおう!」


「せっかくの氷が融けてしまうであります」


「ええ。フルーツの果汁がたっぷりのグラニテをどうぞ」


 シャーベットにも名前が色々とあるから、本職の料理人は大変そうだぜ。


 ミアとキュレネイは、銀色のスプーンをグラニテに向かわせる。


「シャリシャリと……?」


「ふむふむ?フワフワな、感触であります」


 驚くグルメ猟兵たちの顔は、その桃の香りを漂わせる氷菓にじっと視線を向ける。さまざまな分析を試みているのだろうが、融けちゃう前に食べるのが正しいと判断したらしい。


「いざ、もぐもぐ……っ!」


「食べるであります」


 パクリとそのスプーンを口に入れると、ミアの顔面の方が真夏の氷菓よりも先にとろけていた。


「おいしい……っ!甘い、冷たい!幸せ!!……しかも、これ、フワフワでやわらかいんだよう……っ!」


「イエス。シャリシャリのなかに、確かなやわらかさを見つけられるであります。なめらか、でありますな。これは魔法であります」


 魔法認定されたか。ニヤリとしちまうな。これを口に入れたくて仕方がなくなる。


「作り方のコツは色々とあるのですが、かき混ぜるとき、たくさんの空気が含まれるように手首を使うのがコツです」


「……達人技だよう……っ。もぐもぐ……っ!あー、美味しいー!!お兄ちゃん、みんな!早くこの桃果汁を凍らせたなめらかフワフワなシャリシャリをー!!」


「食べるでありますー」


「そうっすね。いただきましょうっす!」


「うむ!」


「桃っていうのがいいよね!」


「『メルカ』の舌に合います」


 そういうのも計算ずくなのかな。あまり、この場で偶然の産物には出会えないような気がする。彼は理屈っぽい職人でもあるからね。やわらかそうに見えて、とてもガンコなんじゃないかな。完全な納得を持つ行動しかしない男の気がする。


 スプーンで、彼の作品をすくう。口に運ぶと、たしかにフワフワだ。そして、舌の上でまろやかに融けるんだ。『プレイレス』の平たい桃の味と香りに、わずかなリキュール。酔っぱらえるほどじゃないが、アルコール成分が含まれていることは嬉しい。


 コツと工夫。伝統の技巧と、オリジナルの遊び心か。そういうものが混ざったおもてなしを受け取る。


 うちの美少女さんたち全員に受けがいい。甘いものって女子に強いし、こいつは戦いに疲れた体にも染み渡る。何よりも、興味深くて面白さがあった。


 こいつは役得だな。


 『英雄』の。


 そして、『スパイ/非公式の外交官』としての。


 カール・エッド少佐はオレに態度で示してくれている。重んじていることと、期待をな。


 ああ。本当に、ベテランの軍人は人使いが上手いと来ているよ。こんなに美味いデザートを楽しんでいる瞬間にも、ワーカホリックな猟兵団長さんに仕事をさせたくして来るのだから。


 役得ではある。


 役得ではあるが、同時に義務を背負うのがビジネスだった。


 この料理とデザートは、明確な『外交交渉』でもある。礼を尽くされたなら、応えなければならない。そうでなければ信頼も期待も、我々の関係性に生まれないのだ。クラリス陛下に手紙を送りたいし、ロロカ先生にも『大学半島』との根回しに奔走してもらいたくなる。


 こいつは、いい学びになるぜ。もてなしの食事を、外交術としても使う。今はオレもしなくていいが、そのうち意識しなくてはならん要素となるのだから。


「君のような料理人を、ガルーナ王になったら何人も引き抜きたい。君は、『ペイルカ』に戻るか……いや、この穏やかな海の上で、技巧を磨くべき男。引き抜きたいが、やめておこう。少佐に怒られそうだしな」


 いい人材だ。


 本当に得難い人材。彼を海で拾うとは、カール・エッド少佐は幸運を持っている男だぞ。うらやましい。


 料理の腕がいいってだけが彼の強さじゃなかった。たった小一時間のうちに『スパイ/非公式の外交官』に仕事をさせたくなる。食欲を超えた部分にまで、作用できる……もはや立派な交渉術の一つだな。


 微笑みながら、言葉ではなくその態度で『オレの元には来ない』と告げる若い天才を見る。心から満足な態度だよ。この海に似合う男を、引き抜くなんてことはあまりにも大きな冒涜なのだからね。アホな野蛮人にも、それぐらいのことなら分かるのさ。

 



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