第五話 『赤い海は罪科に堕ちる』 その89


 物資を奪うこと。略奪も戦士の基本的な仕事ではあるからな。ゼファーで新たな獲物の周囲を旋回する。いい距離を保つぜ。高さと西からの風を守りに使う。ここからならば、オレたちの矢は届いたとしても、敵の矢は届くことはない。


 弓を構え、帆柱に組み付いている連中は、ろくすっぽ回避も防御も出来ん。一方的に撃たれるだけになる。


 三人がかりさ。次から次に狙撃を浴びせていく。あっという間に甲板の上で生きているヤツはいなくなったぜ。


「中に逃げ込んでいるが、どうするべきだ……?」


「オレたちの仕事じゃないな。アントニウスたちに、任せるとしよう」


「うん。ボートで来てるね!」


 勇敢なアントニウスの出陣だ。船から下ろしたボートに戦士を乗せて、部下たちの腕力でオールを漕がせている。ボートのへさきが似合う男だな。太い腕を組んだまま、彫刻でも鑑賞するような静かさをたたえた顔で、獲物をにらみつけている。


 嵐の前の静けさか。


 戦うための力を、一滴でもムダにしない。そんな気配を感じさせる。戦士としては、あまりにも正しい。気高くて、荒々しさを宿し、ちゃんと戦術を把握してもいる。美しさというものには多くの定義があるはずだが、そのうちの幾つかをアントニウスは体現していた。


「ククク!アントニウスめ。船首像にしてやれば、荒波もにらみつけて鎮めてくれそうだぜ」


「うむ。素晴らしい闘志だ。『奪還派』か……その名前らしい意志を、これからの戦いに叩き込むつもりだな」


「ああ。アントニウスは、まさにその典型というか、象徴になる気でいるのさ」


 もっと多く。語り合いたかったぜ。アントニウス、あんたがこの戦いにどんな感情と記憶を抱いているのかを、オレはもっと把握しておきたかった。


 ……あんたのそばにいる、若い巨人族にも話していないのか?


 キールットは、今も子供が憧れの男を見上げる視線そのものだぞ。キラキラとした、その純粋で無垢な瞳には、オレよりも多くを教えておいていて欲しい。オールをこぎながらの巨人族の青年にだって、昔話はしてやれるだろう。


 だが。


 きっと、あんまり教えちゃくれないのかもな。そういう顔をしているドワーフだ。オレも、多くは望み過ぎることは間違いか。問うべき時間は、とっくの昔に終わっちまっている。


 落ちる太陽と敵兵の血が融けて……赤くなり始めた海から来る戦士たちに、捧げるべきは問いではなかった。空気を吸う。戦場の空気はストラウスの剣鬼の大好物だよ。声を張り上げるのもな!!


「『奪還派』の諸君ッッッ!!!気高く戦えッッッ!!!奴隷とされていた、諸君らの『家族』を撮り戻せッッッ!!!この『プレイレス』を縛る、ろくでもない過去をぶっ壊して、『未来』を勝ち取りに行けッッッ!!!」


「おおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


「敵をぶちのめすぞおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


「取り戻す!!!ぶっ壊す!!!勝ち取るんだあああああああッッッ!!!」


 戦士たちが喜び勇む。歌が必要なときでもあるぜ。オレたちのためだけじゃなく、『モロー』で戦い続ける同胞たちに告げるためにも。勇気がいる。恐れ知らずの『奪還派』の戦士たちが持つ、このゆるぎない闘争心。そいつを皆に分けてくれ。


 若い戦士たちが、オレの思惑など越えてくれた。己の心のままに叫んでくれる。荒ぶる声の連なりが、勇ましい歌となった。津波のように『モロー』の海岸へと向けて、歌が走る。帝国兵を怯ませて、『プレイレス』のために立ち上がろうとする者を勇気づけていったよ。


 応えるように、街並みからも歌が放たれる。


 彼らの奪われた『家族』であり、『モロー』の市民たちの声でもあった。


 ……こんなものさ。心は、つながれる。


 過去を越えるためには、この融け合う感情に頼るべきだぜ。アントニウス。だから、もう少しは笑顔になれよ。世界ってものは、彫刻の石よりはやわらかで。可能性ってものを宿してくれているんだ。


 だから、誰かを許すといい。あるいは、自分なのかもしれないが。とにかく、少しは気楽になってもいいぜ。あんたの前にあるのは、かつてとは異なる世界だ。それほどにらみつけておかなくていいものだぞ。


 腕組したままの彫刻野郎は、こちらのことなど当然ながらお構いなしに不愛想を貫く。ヒゲで隠れた口もとぐらいは、笑わせていたのかもしれないが……。


 いいか。


 あんたらしく戦うといい。きっと、この日を誰よりも待ち続けた男の一人なのだろうからな。


 斧が上がる。太い腕が、夕焼けに染まる『モロー』の空に、鋼の銀色を掲げた。


「突撃あるのみだ!!!帝国人よ、オレの名前を憶えておけッッッ!!!オレの名前は、アントニウスッッッ!!!この中海で、最も恐ろしい戦士の名を、魂にまで刻み付け、あの世まで持っていけッッッ!!!」


 ボートが加速する。


 心酔の力を帯びた腕は、いつだってよく働くものだ。若い戦士たちを振り向くこともないまま。襲撃ボートのへさきに君臨する男は、獲物をにらみつける。帝国軍船の横っ腹に、怖いドワーフが取りついた。


「はしごをかけろ!!!」


「オレたちのアントニウス船長を、戦いの場に送り届けろおおおおおッッッ!!!」


 慣れた動きだ。若い戦士たちも、そして当然ながらアントニウスもな。何十回もこの海でして来た動きを、ドワーフの体は行う。獣のような俊敏さで斜めになった長いはしごを駆け上り……宙へと飛び跳ね敵船に乗り込んだ。


 部下を置き去りにして、敵陣の真ん中へと走る。仲間を守るためのやさしさか敵への怒りか、あるいはどちらもか。その単独突撃の動機は定かじゃないが、信じるさ。アントニウスは、あっという間にあの船を帝国から奪い取ってみせる。船内に隠れた臆病者どもを皆殺しにしてな。




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