第五話 『赤い海は罪科に堕ちる』 その88


 狙いをつけている。帝国軍もバカではないからな。『奪還派』の船の接近に気づき、軍船を出している。港を封鎖しようとしていやがるのさ。戦士を上陸させられることを恐れているのだ。まだ、それだけの認識かもな。


 乗り込んで逃げるとまでは、考えちゃいない。勘が良いヤツは何人かいるかもしれないが、今は『奪還派』の船の前に立ちはだかり、壁となろうと軍船を操ることに必死になっている。風を頼り、港の沖を防ぐように横を向くか。


 合理的だ。


 軍船を操る者たちが、どれほど賢さと予測を使うものなのか……『アリューバ海賊騎士団』の友たちが教えてくれている。


 本職の船乗りには遠く及ばないだろうが、我々にも帝国軍船と戦った経験値というものがあるのだよ。狙っているのは、その合理的な動きだぜ。


 左に旋回している。帆で風をつかめながらも、オールも使う。ロープをくくりつけたボートで、軍船を引いてやがるな。いい力学だ。動きだけならば、賢い。だが、竜という存在は貴様らの想定を超えた力を持っていれば、猟兵もまた同じように怪物ぞろいさ!!


 金色の呪印を軍船の横っ腹に刻み付ける!!


 狙ったのは喫水線のすぐ下だ。そこに『ターゲッティング』で呪いをかける。そのあとは、いつも通りではあるが……少しばかり威力の補強もしているぜ。三位一体の魔術攻撃さ!!


「ゼファー!!歌えええええええええええええええええええええええッッッ!!!」


『GHAAAOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHッッッ!!!』


「『上と下』から合わせせるぞ、ミア!!」


「ラジャー、『風』よおおおおおおおおおッッッ!!!」


 ゼファーの黄金色の火球と、リエルとミアの『風』の魔術。それらが組み合わさったものが生まれる。リエルの魔力は強く、その制御の腕前も天才的だ。竜の火球の形をも変えてしまっていたよ。


 横に伸ばした半円の形、それにミアのまっすぐな『風』が重なって威力を倍加させる。さらに言えば、ゼファーはやや北向きに火球を撃っていた。こうすることで、『ターゲッティング』に誘導されたときに、角度がつく。


 斬撃のように、大きく曲がりながら火球は飛ぶのさ。半円にしたいせで、さらに尾を引くように横に長く伸びている。


 何がしたかったのか?


 ……あの軍船の腹を、真横一文字に引き裂いてやりたいだけのこと。


 『爆裂の斬撃』が、軍船に着弾する。


 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンッッッ!!!


 水柱に混じり、破壊された軍船の木っ端が宙に舞っていたよ。


「よし。狙い通りになったな」


 うまく機能してくれている。爆裂により、軍船の腹は大きく横に裂かれているな。あとは自然がヤツを地獄に堕とす。喫水線よりも下から破壊されたのだ。おそろしい勢いで海水が入ってしまうよ。


 あの軍船には不運なことに、左旋回の途中にあった。左側がやや沈んでいるのさ。浸水の量も加速しちまう。真横に爆破されながら開いた傷口を、板切れや布を詰めて応急処置することは難しい。外科手術と同じさ。裂けた傷は縫えないものだ。


 高く伸びた帆柱の上で、傾く船の運命を帝国兵の一人が悟る。


「沈むぞおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!退避しろおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!ロープを切れッッッ!!!巻き込まれるぞおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


 賢くてマジメな男だったよ。現実は、ヤツの叫んだ通りになっていく。軍船は大きく傾き、どうにもならん。ボートで軍船を引っ張っていた連中も、早々にあきらめがついた。サーベルでロープを切断する。


 沈む船にロープ。恐ろしい力学だな。ボートも道連れにして沈めてしまうかもしれん。それぐらいの力は、持っているものさ。ガルーナ人も、ロープはよく使うからね。この道具の危険性は、理解しているぞ。


 馬鹿みたいな力が加われば、ロープってのは鋼のように厄介だ。鋼のように肉も骨も断ち切るし、大男だろうが馬だろうが跳ね上げる力を持つ。


 ああ。船が沈んでいくな。


 帝国軍船だから、もったいないとは思わない。海へとこぼれ落ちていく帝国兵どもの数が多いことは好ましいぜ。一人でも多く溺れ死ねばいいんだよ。


 溺れ死ななくても。


 射殺してやるがな。


 矢を放つ。


 殺した軍船の乗組員ではなく、次の獲物の帆柱の上にいる弓兵を一人。その胸深く、矢を突き立てた。落下していく。即死していたかもしれないし、死んでいなかったとしても、これで死ぬ。


「あの船を攻めるぞ!!優先順位は見張りについている弓兵、その次は、帆を操っている兵士だ。連中を射殺して、戦う力を削ぎ落とす!!」


『かきゅうは?』


「まだ撃つな。魔力を温存しておけ。派手な動きをすれば、どんな目に遭うかを連中は知った。動きは遅くなる。遅くなるのなら、さらに動きを削ぎ落とし……奪ってやるのも一興だぞ」


「帝国の軍船を、奪い取るのか!」


「なるほどねー。そっちのが、効率的かも!!」


「そうだ。こっちは、戦力が足らん。奪えるものは、奪い取らねばな……『奪還派』の連中も、動かない船があれば盗んでくれる。船は、多くあっても困ることはない」




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