第五話 『赤い海は罪科に堕ちる』 その87


「ソルジェ兄さん!!味方の船が近づいてきています!!」


「おう!!」


 ……こちらの思惑以上に敵陣へ斬り込めた。だからこそ、つい欲張ってしまっていてね。帝国兵を斬ることに夢中になっていた。作戦を忘れていたつもりではないが、釘を刺してもらえることはありがたい。


 タイミングもいいぜ。ひそかに港へ向かって非戦闘員―――女子供と老人たちが移動を始めている。『モロー』全体を掌握できそうな勢いさえもあるが、それは甘く考え過ぎだな。『コラード』に誘導したライザ・ソナーズの手下ども。そいつらは遠からず戻って来やがる。


 こちらは奴隷生活で疲弊した者が主体。錬金薬のドーピングで無理やり動かしているが、長く戦うことは困難だ。『奪還派』の海賊たちを打倒するための戦力が、体力十分の無傷で戻られたなら、力ずくでの戦いは困難となる。


 動かなければならない。


 動くことで、敵の分散を招く。それが勝利の鍵になるのは間違いがなかった。オレたちは、こう見えて圧倒的な弱者である。敵戦力をコントロールするためにも、策を重ねて動き回らねばならん。


「動く!キュレネイ、ククリ!!この場の指揮を任せるぞ!!オレたちは、港への道を開く!!」


「イエス。このまま、戦線を維持しつつ、西へと向かうであります」


「敵を街の中心から引き離すんだね。敵戦力の集中を、とにかく妨害するために」


「ああ。そうでなければ、この戦いを長くはやれん……ラフォー・ドリューズめ。この場に合流していないとは、商人らしく、あちらも欲張っているか」


 ここまで順調な戦況になると、こちらの指揮官として置きたかったのだがな。そうなれば死ぬこともなく、活躍させられるんだが……まあ、いないということは、街で演説でもかましているということだ。


 『ショーレ』の経営者だからこそ掴める『モロー』市民の心もある。そのおかげで、こうまでこちらが順調。政治的なリーダーには、あまり危険な冒険をして欲しくはないものだが、言って聞くような男ではリーダーとしては魅力にも欠けるか。


「ソルジェ・ストラウス覚―――」


「覚悟するのは、そちらでありましたな」


 ゼファーの背を蹴って宙に舞ったキュレネイが、オレに向かっていた帝国兵を斬り捨てた。空中から獲物に襲い掛かる。素晴らしい技巧と身軽さだな。


『さすがー!!』


「イエス。私はなかなか身軽なガールなのであります。さて、ソルジェ団長」


「うん、ソルジェ兄さん!港に向かって、こっちは私たちが完璧な仕事をこなすから!」


「おう。ゼファー、行くぞ!」


『らじゃー!!』


 オレが背に飛び乗ると同時にゼファーは走り始める。帝国兵どもを踏み潰して地上を走り、加速を得たよ。そのままの勢いで、道沿いにあった大きな屋敷の壁を『駆け上る』。崩れたレンガが帝国兵どもの頭上に注いだな。いい動きだよ。十数人は殺せる。


「矢が尽きた、私も行くぞ!!」


「私も弾丸を補給しにいっくよー!!」


 空へと向けて駆け上るゼファーに、リエルとミアが跳躍して飛びついてくれる。さすがは猟兵だぜ。この動きを即座に理解するどころか、簡単について来てくれるとはな!


 カミラの『コウモリ』に運んでもらっても良かったのだが、こちらの方が早くはある。カミラには、救護班としての仕事もあるからな。敵を大勢殺してはいるが、こちらも死傷者は当然ながら出ているのだ。治療すれば助かる者もいるし、戦場から『コウモリ』で救い出すこともやれる。


 カミラの仕事は多い。それぞれが、やれることをすべきときなのは変わらん。


 ……空に戻り、リエルがオレの背中にミアがオレの脚の間にやって来る。いつも通りの定位置だな。二人はすばやく矢と弾丸を補充し、オレも自前の弓を握りしめる。矢の数は多い。撃ちたい放題だな。


 戦士たちと向かい合う帝国兵どもの頭上を旋回して、ヤツらの不安を煽ってやりながら指揮系統に属する連中を探す。赤い飾りがついた兜を見つけたよ。そいつ目掛けて、矢を放つ。こちらは沈みゆく太陽の輝きに隠れたままだ。反応など常人では不可能で、そいつの頭をオレの矢は射貫いた。


「やるではないか、さすがは私の夫であるぞ!」


「ミアも、撃つ!!」


 続けざまに放たれたミアの弾丸、そしてリエルの矢が、それぞれ赤く飾られた帝国兵どもの頭を破壊していたな。士官を殺した。混沌の最中で、命令を把握している連中がまた減ったわけだよ。大きいぜ、戦略的な意味はかなり大きい勝利だった。


 ここは、維持できる。


 戦いの流れは順調ではあるな。順調なだけに、さっさと次へと向かうべきではある。港に向かう、矢に射られぬようゼファーを高く飛ばせながらな。防御だけではなく威圧も兼ねている。あえて目立つことで『モロー』にいる帝国兵全員に意識させるのだ。


 上空に竜がいることを知れば、対策しようとするのは当然である。考えればいい。より多く考えれば、連携は緩む。


 そして、この飛行は偵察も兼ねている。『モロー』の街全体を把握したくもあるが、西の海の果ても見る必要があった。まだ遠い沖合いではあるが、嫌な敵の影が連なって見えた。


「ぬう。帝国軍船であるな」


「思っていたよりも、早い?」


「『コラード』の誘導に引っかからなかった部隊かもしれん。あれを指揮しているのは、おそらくライザ・ソナーズの忠臣。ソナーズ家に長く仕えた猛者だろう」


「それなりに知恵が利くというわけか」


「『奪還派』をせん滅するよりも、ライザ・ソナーズを守ろうとする。優先順位はそっちの方が高い。乗っている戦士の質は、かなり良いものだ」


 長くこの『モロー』で戦っていてはいけないな。敵が集中すれば、こちらの弱さも出てしまう。負けはいかん。負ければ、オレたちは多くを失う。人命もだが……『プレイレス』全域を解放するという野心的な勝利も消える。


 勝たねばならんわけではないが、負けてはいけない戦いなのだ。『プレイレス』全域の希望として輝き、この中海を見て育った全ての者を仲間に引き込むためにはな。希望は、脆さもある。敗北の歌は心には響かんのだ。この革命の挑戦は輝き続ける必要がある。


 そのためにも。


「レイ・ロッドマンと『奪還派』の上陸をフォローするぞ!!港を守る帝国軍船を、沈めてやる!!」


「うむ!!」


「ラジャー!!」


『いっくよおおおおおおおおお!!』




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