第五話 『赤い海は罪科に堕ちる』 その86



 ―――人々のうねりを感じ取り、傭兵を連れたラフォー・ドリューズも剣を抜く。


 政治屋だけでいるつもりも毛頭ない、根回しはとっくの昔に済ませているのだ。


 今からすべきは行動なのだと、信じて混沌の中を歩く。


 市民の抵抗に対応すべく、帝国兵どもも集まっていた。




 ―――反乱を鎮圧するための訓練も、侵略者は栗化しているのだ。


 力を振るえばいい、何人か殺して見せしめにすれば。


 抗う意志も色あせるものだと考えて、今まさに暴れる市民を殺そうとしている。


 戦えば被害が大きくなるだろう、戦いは避けられなかったとしても。




 ―――すべきことは、商人としての力を行使することだ。


 傭兵を金で雇いすばらしい鋼で打たれた武具を渡すことはした、やれることはまだある。


 交渉事は中海の誰よりも得意なのだと、信じていた。


 ドリューズ家代々が受け継いだ知識と、自分の人生で得た経験。




 ―――それらによって支えられる力を、ラフォー・ドリューズは信じる。


 戦士ではなく市民たちに向けて整った敵の戦列の前に、商人は参上した。


 声を張り上げ伝えるのだ、私は『ショーレ』のラフォー・ドリューズだ!!


 聞くがいい帝国兵たちよ、こちらは帝国の貴族を十人ほど捕まえている!!




 ―――『モロー』の市民を害したならば、彼らの身の安全も保障しかねる!


 武器を下ろすがいい!!諸君らが守らねばならない者は私の手の内にあるのだ!!


 『モロー』の市民に武器を向けることは、許されない!!


 今はこの街から立ち去るべきときだ!武器を捨てて『モロー』から退却しろ!!




 ―――そうでなければ、グラム・シェア将軍は諸君らに責任を取らすだろう!!


 帝国貴族が死亡した原因は、君たちにあるのだと罵ることになる!!


 彼は帝国の中枢からすれば外様であり、部下の全てを守る政治の力はない!!


 ライザ・ソナーズを頼ろうとしても、すでに彼女はこの世にいない!!




 ―――そちらの皇太子殿下に暗殺されたとのことだ!彼女はもう死者の国の民!


 諸君らを守ってくれる政治の力を、あの侯爵令嬢が発揮することはないのだ!!


 帝国のために市民を傷つけたところで、諸君らに名誉は訪れない!!


 罪を背負わされ罰を与えられる、そんな呪わしい日々を過ごしたいのか!!




 ―――この『モロー』で戦う意味は、もはや諸君らにはない!!


 大儀もなければ義務もないのだ、最良の選択肢はただの一つ!!


 私たちの故郷である『モロー』から、すみやかに立ち去ることだけだ!!


 私の言葉は全て真実だ、ライザ・ソナーズ中佐がこの場に現れぬことが証明となる!!




 ―――大商人の言葉に、帝国兵の心は揺さぶられた。


 真実は分からない、自信と威風に満ちた大商人の言葉を疑うべきなのか。


 それとも全ては真実であり、自分たちは戦う意味を失っているのか。


 迷って混沌に陥る、人質の貴族など本当にいるのか―――。




 ―――傭兵たちが一人の貴族の子息を連れ出した、二十歳ほどの若者だ。


 怯えているが出自は明白、『モロー』の政治と経済の場では知られた顔の一人。


 とある男爵閣下の息子であり、帝国資本の銀行を経営する者たちの一人。


 『ペイルカ』人の傭兵が、その白い首に刃を押し当てた。




 ―――さあ武装を解くがいい!私の言葉は真実であり疑う意味がないことだ!!


 こちらの人質の数は一人ではないぞ!首一つ転がしてやれば教育的か!!


 諸君らの指揮官は彼の首と、責任を抱えて将軍のもとに向かうといい!!


 外様の将軍はどこまで守ってくれるものか、その身をもって試してみろ!!




 ―――50名ほどの鎮圧部隊を率いていた軍人が、武器を捨てろと叫んでいた。


 帝国貴族の命が危険に晒されているのであれば、それを無視することは不可能だ。


 事実を確かめるために、『モロー』内の基地へと戻ることを選ぶ。


 こうして全員ではないが、帝国兵の一部を大商人は武装解除させていた。




 ―――少しでも混沌を創ればいい、敵の戦力が合流することを防げばいい。


 それならば暴動に過ぎない威力しかない市民の動きでも、多くの敵を封じられる。


 戦略を与えるのだ、ラフォー・ドリューズは市民たちへ顔を向け。


 大きく声を張り上げる、帝国人を捕まえて捕虜にするのだ!!




 ―――戦う力だけが強さではない!『モロー』の民らしく交渉を使え!!


 リンチで殺さなくてもいい!敵の命は銀貨と同じだ!!


 捕えて交渉のために使えばいい!私たちらしい戦い方もある!!


 人質を取れ!!私たちは『プレイレス』で一番の商人だという自信を取り戻せ!!




 ―――勇気だけでなく!交渉の力にも頼ろう!!


 私たちは敵の命を使い!この『モロー』を支配から取り戻すのだ!!


 刃と知性のどちらをも!この戦いを勝利するには要求される!!


 『モロー』の商人たちよ!今こそ私たちの街を取り戻すために立ち上がれ!!




 ―――市民たちがラフォー・ドリューズを讃えて、その名前を天に叫ぶ。


 彼の振る舞いは『モロー』の民らしく、それが市民たちを納得させた。


 感情だけで動かぬ者も、大商人の言葉には耳を貸す。


 街と商いを取り戻す好機だと判断すれば、金を信じる者もこの戦に参加した。




 ―――難敵であると思わせたことも、大きな軍事的な意味がある。


 ただの力に頼る暴徒ではなく、知性がある困難な敵だと帝国兵は認識を改めた。


 合流の動きに陰りが見えて、市民と戦士たちの動きが敵を飲み込み始める。


 良い仕事をしていると、安心の息を吐きつつも。




 ―――大商人の警戒は尽きない、敵の数は強く多いのだ。


 盟友レイ・ロッドマンも教えてくれていた、全ての兵が素直ではないと。


 ライザ・ソナーズのために死ぬ騎士もいて、その騎士に率いられた兵もいる。


 そいつらは間違いなく、状況解決のために市民だって殺すだろう。




 ―――だから、あまり悠長にしてはいられんということだ。


 さあ、行くとしようじゃないか海賊の友人たち。


 君たちの家族を取り戻すために、『モロー』の港へと乗り込もう!


 邪魔な敵船は、竜騎士の旦那がどうにかしてくれるはずだぜ!!



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