第五話 『赤い海は罪科に堕ちる』 その90


「この船は、アントニウスたちに任せるぞ!!」


『じゃあ、つぎだねー!!』


「『奪還派』の海賊船と戦っている船があるぞ。あれを狙ってはどうだ?」


 リエルの長い腕が肩越しに視界へ入る。矢の撃ち合いをしている船同士を指さしてくれていた。


「良さそう!」


「ああ、援護すれば、すぐに船を奪い取ってくれそうだ!!行くぞ、ゼファー!!」


『らじゃああああああ!!』


 夕焼けに赤くなる中海。そのおだやかな場所は飛びやすさがある。西からの風はまったく邪魔にならない。ゼファーは、すでにこの潮風の走り方を掌握しているのだ。翼で空を打ち付けるまでもなく、あっという間に獲物へと到着したよ。


 やることは、同じさ。


「射殺せ!!」


「うむ!!」


「『奪還派』のみんなのフォローだ!!」


 三人同時の上空から射撃さ。『家族』そろって狙撃が上手だからな。楽しい瞬間になったよ。敵兵どもが命を貫かれて、そのまま夕焼け色の海へと落下していく。三人だ。旋回しながら近づき、敵兵の注意を引いてやる。


 守るためにな。


 『奪還派』の戦士たちだけじゃなく、上空のオレたちにも意識を払う。攻撃の連携はあっさりと崩れてしまい、攻めることも逃げることもやれなくなる。『奪還派』の船に乗っていたのは『プレイレス』軍人の指揮官だ。


 本職の軍人。戦術を知る者だった。こちらの意図を即座に理解している。部下に適切な指示を出して、ボートを海へと下ろしたな。アントニウスたちと同じことをする。得意の戦術かもしれないな。アントニウスのボートほどは、勢いもないし舳先に腕を組んだ厳つい筋肉の彫刻は不在だがね。


 それでも、十分だ。


 船に乗り込んでいくよ。オレたちの上空からの援護に合わせて、海賊の経験を持つ潮に赤く焼けた肌を持つ亜人種の戦士たちが、あわてる帝国兵どもがいる敵船の甲板へと這い上がる。


「て、敵だ!!」


「海賊ごときが、調子に乗るなあああッッッ!!!」


 帝国兵どもがサーベルを抜いて戦士たちに襲い掛かる。オレたちの矢は、その勢いも、ヤツらの命も殺していくのだ。甲板の上で行われている乱戦であっても、精密な狙撃があれば問題はない。


 勇気も殺せる。


 戦列を組む戦友の頭に、長い矢が一つ。残酷に突き立てられる光景を至近距離で見せられたなら、己の死も想像しちまうものだ。ガルフが教えてくれたよ。フツーの兵士ってのは、そういった感覚に陥るものだと。


 ガルーナ人の戦の美学とは、かなり違うがね。今ではそういう価値観だって理解できるようになった。成長している。長く生きるということは、経験値を積むということは、そういうものさ。


 怯えて帝国兵が、巨人族の若い腕が降り抜いた手斧に切られていた。悲鳴は一瞬。命が爆ぜて、潮風に赤く咲いた。ミアがその巨人族の背に回り込もうとした狡猾な帝国兵の頭を撃ち抜いて、命を救ってやる。


 巨人族の若者は気づかない。気づかないまま、闘志に猛る腕で鋼を帝国兵どもに打ち込んでいくのだ。問題はない。恩着せがましく振る舞うつもりはないさ。仲間のフォローは当然。これは、大きなチームプレーさ。


 すべきことをする。それだけでいい。手柄を誇る必要はないぜ。


 次の獲物に向かうのだ。軍船ばかりが敵じゃない。港を封鎖しようと、その守りを固めようとしている陸上戦力もいやがるからな。そいつらも排除すべきときが来ている。


「お兄ちゃん!港に、みんなが来ているよ!」


「非武装の者たちもいる。女子供と老人もだぞ!」


「フォローに回る!ゼファー、アーレスから継いだ騎士道が何たるものかを、示しに行くぞ!!」


『らじゃあ!!……みんなを、まもるよ!!』


 翼で空を叩く。長いしっぽが潮風を斬るのだ。今度は西風に頼り、加速しながら海面ギリギリを飛び抜ける。あえて敵船近くを飛び抜けたよ。囮でもあるし、移動のついでに殺すためでもある。


 矢と弾丸を放ち、『奪還派』の海賊船と交戦中の帝国軍船の帆柱についた射手を三人殺す。時間はムダには使わないのさ。怖がってもらいたいからな。オレたちが去ったあとでも、海の上の敵どもには、いつ死が戻るかと怯えてもらう必要がある。


 いい仕事をしようじゃないか。


 そうじゃなければ、『パンジャール猟兵団』らしいとは言えないからな。この戦を勝たせる。『モロー』の完全な占拠は難しいかもしれないが……。


「脱出させるべき者たちは、全員を中海へと逃がすぞ」


『うん。『どーじぇ』、てきがね、かたまっているよ』


「派手にぶちかまして欲しいようだ」


『やろう!ごえいのせんしたちもきてる。にらみあってて、うごけないけど……それだけに……っ』


「ああ、連携するための息を整えてくれてもいる。『ペイルカ』人の傭兵は、よく訓練されているようだ。連携してやるとしよう」


 見知らぬ仲間とだって連携が出来る。戦場というものは合理的に動くものだよ。今日もそうだ。いい仕事をしようじゃないか、『ペイルカ』人の傭兵たち。帝国兵の数はそれなりにいるが……海から『奪還派』たちの上陸ボートも近づいて来ている。


 敵に仕事をさせて、戦力を削ぎにかかろうじゃないか。疲れているだろうが、もうひと踏ん張りだぜ。今から、オレたちが行く。




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