第五話 『赤い海は罪科に堕ちる』 その84
―――役者の歌は言葉に変わるが、本質は全くもって変わらない。
革命の歌であり、世界を変えるためには誰しもの力が要るという教えなのだ。
物語の役目を伝えるのが役者の仕事の一つであり、彼はそれを果たしている。
楽しみと、発見をもたらすのが物語の役目であるのだから。
―――『モロー』の市民たちは思い出す、気高さの形質を。
『古王朝』が滅びて以来、千年の長きにわたり。
王無き土地の一つとして、民の支配者は民自身であった。
侵略者の皇帝などではなく、自分たちに運命を決める力があったのだ。
―――与えられて強いられた、獣人の面を脱ぎ捨てる。
踏みつけにして、一人の若い男が応えるのだ。
千年を越える古い物語に、『白い獅子/ツェベナ』の獣の教えに応える。
そうだ、オレたちは帝国なんぞの下僕じゃねえ!!
―――歌が広がっていく様子を、役者は見た。
多くの者が応えてくれている、獣人の面を踏みつけにしてかつてを想う。
そうだ、自分たちを取り戻すんだ!!
こんな仮面を脱ぎ捨てて、本物の『プレイレス』の民に戻ろう!!
―――嵐の日の波のように、力がうねり始める。
人々は帝国への怒りを歌い、怒りは行動を促し始めた。
……帝国兵の一人が、職務を果たそうと勇気を振り絞る。
役者に近づいていき、その嬉しそうな顔面に拳を叩き込む!
―――痛みと衝撃に揺さぶられ、役者は倒れてしまう。
商売道具の歯も欠けてしまったかもしれないが、その目は下を向かない。
にらむわけではなく、見つめ返すのだ。
不思議なほどに、おだやかなほど落ち着いた瞳で。
―――ボクは仕事をするよ、邪魔しないでくれないか。
ボクはね、役者だから物語をみんなに伝えるんだよ。
伝えるべき物語がある、本当のボクたちに戻るために……。
気高さを取り戻すだけじゃない、過去よりも偉大な自分たちになるんだ!
―――間違いだって、多くある。
ボクは怖くてね、帝国の皇太子に痛めつけられて殺されそうになっていた……。
エルフの女の子から逃げ出して、見捨てようとしたんだよ。
本当はそんなこと、嫌だったのにさ。
―――あのときね、ボクは死んだのさ。
恐れるものは何一つない、帝国の皇太子に逆らってね。
手遅れになりそうだったし、一度逃げ出してしまったけれど。
ボクは、クロエのもとに戻ったんだ。
―――命を捨てる覚悟でね、示せたんだよ!
弱っちい、臆病者のボクでさえ!
自分の意志を示すことが出来るんだ、ヒトは負けるように出来ちゃいない!
この歌が終わったあとで、殺すがいい!!
―――殺されたって、物語は死なないんだ!!
命がけの力は負けることはなく、永遠を帯びていく!!
ボクはね、捧げるって決めたんだ!!
奴隷がいる世界は嫌だ、クロエを見捨てなきゃならない世界は嫌だ!!
―――世界を変えるよ、きっとそのためにボクは役者になったんだから!!
『ツェベナ』にやって来れたのは、この運命のためだって信じられる!!
だから、邪魔をするなよ。
君の運命は、きっとボクの邪魔をして市民に殺されることじゃないだろうから。
―――怯えて震えているのなら、君はきっと死ぬ覚悟さえできちゃいない。
そういうガキはさ、この革命の戦場にいちゃいけない。
その権利はないんだ、さあ戻るといいよ。
遠い故郷に逃げればいい、そうすれば君は死なないさ。
―――詰め寄って来る市民に怯え、帝国兵は剣を捨てる。
死ぬ覚悟なんてしちゃいなかった、市民権と金が目当てで志願しただけだ。
たしかにこの革命の戦場に参加するには、あまりに覚悟が不足している。
帝国兵が逃げ出して、公園に喝さいが満ちた。
―――勇気と覚悟を讃えられる役者は、いつものようにペコリとあいさつだ。
リュートを抱きかかえ、垂れる鼻血を気にもせずに。
弦を弾いて、歌を紡ぐ。
物語を捧げるのだ、この革命に相応しい言葉と歌を。
―――エルフの娘も覚悟を決めた、自分がすべきことが何なのか選び取る。
自由な心が求めたそれも、声だった。
伝えるのだ、フードを脱ぎ捨てエルフであることを周りに教えながら。
観客ではいられない、舞台に上がる覚悟をしたのさ。
―――私はエルフのクロエ!ロバートに助けてもらったエルフよ!
正確には、助けてもらいそこなったような気もするけれど。
そんなことは、もう関係ないわね!!
お願いよ、私の言葉を聞いて!!
―――奴隷の力もいるでしょう、亜人種だとか人間族だとか。
もうくだらないことで争っているときじゃないの、私たちは仲間になる必要がある!
世界を変えるのよ、そのために全員が協力する必要があるの!
そうじゃないと、こんなに大きな世界は変えられないんだから!!
―――英雄たちの力もいるけれど、それだけじゃダメなのよ!
みんなの力がいるの、全員で変えようとしなくちゃ意味がないわ!
……亜人種の奴隷たち、魔銀の首枷に負けずに戦って!!
言葉を出して、間違っていることを間違っているって叫ぶのよ!!
―――服従なんてしなくていい、支配される辛さを『モロー』も知ったでしょ。
だからこんなくだらないことは、もう終わりにするの。
奴隷の痛みを知ったなら、もう人間族も亜人種もないわ。
この痛みが、この苦しみが私たちをつなげてくれているはずよ!!
―――心のままに生きるの!自分の心に問いかけなさい!!
支配されることのみじめさを、運命を自分で決められない苦しみを!!
それをこの街にいる誰しもが知ったのだから、もう仲間になれるはずよ。
『モロー』の市民、奴隷たちを解放して。
―――奴隷だった者たちよ、私と一緒に戦おう!
この世界を変えるために、今こそ憎しみも過去も越えるのよ!
私たちには共通の敵がいて、そいつらから運命を取り戻すために手を組める!!
私たちは偉大なる白獅子の物語を、継承している仲間なんだから!!
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