第五話 『赤い海は罪科に堕ちる』 その83



 ―――運命も錆びついて停滞する、敗北が招く不運は大きなものだ。


 9年のあいだ竜騎士から竜は奪われて、空と力は失われる。


 その再会は奇跡のようなものであり、願い続けたから成ったもの。


 世界を彷徨いながらも、求めること忘れなかったから機会を手にした。




 ―――我が名は、ゼファー。


 黒き竜は再びその名を示すように、力を振るうのだ。


 無数の敵を蹴散らして、竜の強さを見せつける。


 竜騎士は笑い、竜太刀と共に鋼に疾風へと化けた。




 ―――戦士たちは見るのだ、暴れる竜とそれにさえ負けない力で暴れる竜騎士を。


 『英雄』とはどんなものかを力で示し、一人と一匹は死の竜巻と変わった。


 敵は怯え、戦士たちは勇敢さを燃え盛らせる。


 『英雄』は戦士を誘い導くものだ、より勇敢な戦いへと。




 ―――奪い返す、その意志を戦士たちは固めた。


 『プレイレス』の軍人として第九師団に負けた者たちは、雪辱の時が来たことを知る。


 捕まり奴隷となった者たちは、世界を変えるための戦いを目指す。


 過去からの解放を目指し、戦う者たちを竜の翼が勇気に導いた。




 ―――足音が戦場を打ち鳴らし、勇ましい雄叫びが鋼の軌道を飾る。


 赤毛の魔王と漆黒の仔竜に続き、戦士たちの怒涛が帝国兵どもを蹴散らしえぐった。


 帝国兵どもは恐れおののき、戦意を失っていく。


 簡単なはずの任務であった、海岸沿いに奴隷たちを運ぶだけの。




 ―――覚悟の違いが、強さの差となっていく。


 死をも恐れぬ革命者たちに、義務だけで挑むことは難しい。


 世界を変えようとする力の前に、隊列は再び崩されていく。


 援軍を頼るようになり消極的な姿勢となるが、援軍の到着は遅かった。




 ―――どうして来ない、何をしているのだ!?


 奴隷たちは組織的に動いているんだぞ、これはただの脱走じゃない!!


 早く対応しなければ、どんなことになるか分からない!!


 それなのに、どうして援軍が遅いのだ……。




 ―――作戦勝ちだった、仕込みに仕込んだ数々の作戦が帝国兵の動きを縛る。


 東西南北に引き出された戦力に、祭りの警備。


 貴族の警護に、指揮官の不在。


 不協和音は生まれたが、統率する力はどこにもない。




 ―――混沌は理想的に成立し、帝国軍の動きを遅くする。


 誰を守るのか、何を優先するのか。


 判断すべき女は不在、暗殺者に怯える男は呪いで縛った騎士どもと影に潜む。


 混沌とした状況の中で、市民たちも動き始めていた。




 ―――『ツェベナ』の役者、ロバートもやれることをするために。


 エルフのクロエと共に戦場の近くへと向かうのだ、その手にはリュートが一つ。


 ボクだって楽器ぐらいは弾けるんだ、音楽家ほどじゃないけれど。


 それで何が出来るっていうのかしら、本当にわけわからないわね。




 ―――芸術家だからさ、やれることをしたいんだ。


 芸術家が世界を変えるためにやれることは、力で歪めてしまうことじゃない。


 表現して、伝えることじゃないか……。


 そのためにみんな命を捧げて、技巧も知識も磨いて積み上げたんだから。




 ―――レヴェータを許すことはない、役者の男は知っている。


 世界を歪めようとした、芸術の冒涜者だ。


 そんなヤツのせいで、何人も仲間を失っている。


 『ツェベナ』に招かれた、本物の芸術家が何人も。




 ―――これはプライドの問題でもあるんだよ、クロエ。


 ボクはね、仲間たちと目指したものの力を信じる。


 信じたいから、ボクも命をかけるべきなんだ。


 笑うのだ、化粧を脱ぎ捨てて役者は。




 ―――目立つと、殺されちゃうかもしれないのに?


 それでも、行くんだね。


 本当にバカなんだ、芸術家ってバカばかりなのね。


 でも、応援くらいはしてあげる。




 ―――ありがとう、近くで見てくれるなら。


 ボクは勇気が湧いて来る、誰かのために演じるのが役者だからね。


 お客さんがいるんだよ、そうじゃなければ歌も踊りも芝居も無価値になる。


 ボクたちはね、けっきょく自分のためだけに戦えないところがあるんだ。




 ―――それでいいのよ、きっと。


 この『プレイレス』には、そういう感情が足りないのよ。


 教えてあげるといいわ、あんたのやれることをしなさい。


 歌でも踊りでも何でもいいから、あなたの力を見せたらいいわ。




 ―――クロエの言葉に支えられ、役者は公園に向かうのだ。


 祭りの音は消え去って、心配そうに南を向く市民たち。


 警戒しつつも、指揮系統の混乱に縛られた帝国兵ども。


 味方と敵が大勢いるその場所に、『ツェベナ』の獣が一人やってくる。




 ―――弦を弾くのだ、強く力と祈りを込めて。


 音が生まれ、味方と敵の視線が注がれる。


 『ツェベナ』の獣だと気付かれる、そこそこ有名人で今は手配書の人物だ。


 良くも悪くも、無数の種類の感情が雨のように注がれるなかで。




 ―――男は歌を始めるのだ、『プレイレス』に古くから伝わる獣の歌だ。


 千年前、『エルトジャネハ/悪霊の古戦神』よりも古く。


 老いた復讐者にも力を与えた、白い獅子の歌。


 世界を旅して力を求め、巨悪を倒した者の歌。




 ―――王国を追われた白い獅子、正当な統治者の座を悪に奪われた。


 世界を彷徨いながら幾年月、志は朽ちることもなく錆びることもない。


 信じていたのだ、勝利と奪還の時が訪れることを!!


 不屈の気高さは足を休ませず、ただひたすらに力を求め世界を旅した!!




 ―――多くの者と出会い、志を一つにまとめあげていく。


 誰もが不正を嫌い、真実と正当を好んだ。


 この土地に住む者の誰一人として、偽りの支配者を認めることはない!!


 白い獅子の気高さに、多くの仲間が集っていく!!




 ―――気高さと真実は負けることを知らない、たとえ殺されたとしても!


 誇り高く正しい道を進むのであれば、誰もがその義を讃えよう!!


 不正な支配に縛られて、誇りを忘れることなかれ。


 正しさを貫くことが、偉大なことだと理解しろ。




 ―――白い獅子の旅を、忘れるな。


 巨大な邪悪に怯むことなく、力を集めて世界を変えた者がいる。


 ……みんな、聞いてくれ!


 今だって、そんなときなんだぞ!!




 ―――帝国なんかに支配されるまま、全てを歪められてもいいのか!?


 ボクたちはこんな誇り高き『プレイレス』の民なんだ、千年の歴史を継いだ!!


 そんな偉大な歴史を持つ民が、不正な支配をいつまで受け入れる!!


 祭りさえも歪められて、ただただみじめな言いなりのままかよ!!




 ―――嫌なんだろ!!帝国なんかに支配されることが!!


 仕事も奪われて、生き方も変えられて!!


 怯えながらみじめに命令を聞いて、媚びへつらって笑うのが!!


 白い獅子の物語を聞いて育った者の、することか!!




 ―――世界を変えるための戦いが、起きているんだ!!


 奴隷もいない、帝国の支配もない!!


 残酷な支配のない、自由のための戦いが始まっているんだ!!


 だから、力を貸してくれ!!




 ―――誰だって無力じゃないよ、英雄だけが世界を変えられるわけじゃない!!


 歌だって力だし、祈りだって力になる!!


 でも、願っているだけじゃ『いつか』は絶対に来ないんだ!!


 本当に今が嫌で、この世界を変えてしまいたいのなら!!




 ―――今この瞬間から戦ってくれ、怯えずに抗ってくれ!!


 全員の力がいるんだ、一人でも多くの力を集めなくちゃいけない!!


 世界を変えるのは、一人じゃ出来ないんだから!!


 大昔と一緒だよ、世界を変えるためにみんなの力が必要なんだ!!





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