第五話 『赤い海は罪科に堕ちる』 その82


「竜を、ど、どうにかしろおおおおおおお!!?」


「ど、どうにかって、どうするって―――ぐふう!?」


「ゼファーを援護するよ!!」


 ミアもリエルと同じように屋上を伝って新たな狙撃地点に移動したな。ゼファーの周囲の帝国兵に弾丸を命中させていく。


 そして、カミラも自らの仕事を見つけていた。


「自分も、えーと、これを投げるっす!!」


 『吸血鬼』の強靭な握力を使い、屋上の一部を『もぎ取った』。100キロ近くはある石材の塊だな。そいつを、帝国兵どもの群れ目掛けて『ぶん投げた』。


 当然ながら致死性の威力は十分にある。隊列を崩す効果も大きい。戦士としての技巧に優れているわけじゃないからな。弓やナイフを投げて精度を出すことはカミラには難しい。だが、考えようだ。巨大な石材の破片を敵兵の密集に落としてやれば、効果は実に大きい。


 下敷きになれば死ぬ。


 隊列を崩される。


 混沌を招く。


 完璧だよ。


「め、めちゃくちゃだぞ!?」


「何人、屋上にいるんだ!!」


「くそ……っ。竜だけでも、厄介なのに……っ」


「連携している。連携されている。我々は――――」


 敵を斬り捨て、さらに敵陣の中に入る。状況を考えようとしていた知性に出会う。オレを見て、死を嗅ぎつけていた。剣を振るって、抗おうとする。いい戦士だが、力の差があった。


 鋼を交差することもないまま、右腕を断ち切り首も半ばまで斬る。速さで勝った。早さにつなげるために。まだまだ、切り開く必要がある。ゼファーの傍を目指すのさ。こちらの群れを導き、敵の群れをまた一区画丸ごと平らげてしまうために。


 戦士の怒涛と暴れる竜。


 挟み込んでやればいい。怯えて混乱して考えて、鈍る。そんな敵を仕留めて道を作るのがオレたち猟兵の役目だ。悲鳴を上げさせる。戦いの怒声もな。声だ。声を上げさせるのだ。そうすれば、この戦場から『モロー』の街全体をより効果的に操れる。


 目的としているのは、不協和音だ。


 帝国兵どもにはライザ・ソナーズと、レヴェータ。二つの支配者がいる。ライザ・ソナーズの部下はこの戦況でどう反応する?……武装をしていない社交性を優先していたヤツらは?……当然ながら、北に向かう。貴族を守るために。ソナーズの屋敷に向かうさ。


 レヴェータの部下はどうするかも明白だ。


 南下してくる。この戦場を掌握しようと援軍としてやって来る。ならば、そいつらが到着する前に、今ここにいる敵兵を多く殺しておけば、有利な戦いを長くやれるな。戦力の総数で勝てなかったとしても、早く多く敵を始末できれば、オレたちは分散した敵と戦い続けることが可能だ。


 さらに言えば、もうすぐ『奪還派』の海賊たちもやって来てくれるし、ラフォー・ドリューズの動きもあるぞ。戦場を混沌に導く要素は、オレたちは多く持っているんだ……あとは、『モロー』の市民たち。こればかりは、どう動いてくれるかは読めないが……。


 噴水のところで見た、獣人の仮面を踏みつける男ども。ああいう連中が、支配されることへの怒りを戦いに注いでくれたなら、帝国兵どもが警戒しなければならん対象が増える。動きが、さらに鈍るということだ。


 それを期待して、騒いでもいる。祭りの音楽が消えているぞ。異変に気付いた。すぐに鎮圧される暴動ではないと悟らせたいね。このうねりに、参加してもらいたいところだぞ、『モロー』の市民たちにも。


 ……期待含みではあるが、戦場の現状はこんなところさ。


 オレたちは敵を小分けにして始末する戦いをしている。


 それなら少でも多を倒せるからだ。そのための、ムチャだ。早さがいるだろ?……敵の群れが集まるよりも早くに倒して、また次に備えねばならん。なかなか大忙しのスケジュールだ。


 だからこそ、ムチャな戦術も行使しなければならなくなっている。敵兵の群れを数人で切り開いて、仲間に包囲させていくなどと。ムチャが過ぎるが、猟兵ならばやれるのだ。


「サー・ストラウスに続けえええええええええええッッッ!!!」


「帝国人どもに復讐するぞおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


 『ペイルカ』人の傭兵たちも、戦闘意欲が十分だ。戦術理解もあるがゆえに、よく連携してオレたちの背中についてくる。そうすれば、他の戦士たちにもすべきことが見えるものだよ。


 負けを知っている男たちは、戦場では頼りになるものだ。どうなれば弱いのかも、ちゃんと身をもって経験させられているからな。『プレイレス』が第九師団に負けた理由だ。結束不足。集まれずに負けた。連携の不足だな。


 その敗北から多くの夜を経た。


 夢にも見たか、故郷を遠く離れた場所で。


 そんなものさ。オレには分かるぞ、オレも同じだからな。都合がよいことを考えてしまうものだ、『次は』、もっと賢く効率的に動くべきだと。残念ながら、その『次』が実在するかは不明確だ。


 まず訪れない。


 『次』が9年も来ないことだってあるぞ。


 だから、腐っちまいもするものだが……それでも、ヒトは時々、幸運に恵まれて、状況が一変しちまうことがあるのさ。


 『運命』と出会うことで。


 ……敵をまた一人斬り捨て、オレは出会う。


「来たぞ!」


『うん、まってたー、『どーじぇ』!!!』




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