第五話 『赤い海は罪科に堕ちる』 その81


 仕切りなおそうと考えた。


 だから間合いを取る。状況不利なまま、ムダに傷口を開くことは愚かしくも見えるし、実際のところ被害が拡大していく流れにある。状況を変えようとした。変えようとして後退するがね、それをオレたちは狙っているのさ。


 帝国兵どもの隊列がまともな形に戻っていく。下がるという意志で一つにまとまったからだよ。オレたちに背を向けるということはリスクだが、混戦で消耗するよりはマシだと判断した。悪くない。


 悪くないが、読める動きであり脆弱さもある。隊列を密にしていく。下がり過ぎるつもりはない。こちらを制圧する目的は変わらないし、盾にもなろうとしている。そう、こちらの動きの目的を知らない。港に向かうという目的をな。


 街の中央、そして北部に攻め込まれるリスクを考えている。帝国貴族も多くいる場所に、我々のような敵対して武装した大勢を招き入れることを帝国軍が好むはずもない。こちらを待ち構えるように、距離を取りなおして陣形を組もうとしている。


 当然。


 それを邪魔するさ。混沌に引きずり込んだまま、削るんだよ。呼んでいる。次の一手はすでに打っているのだ。気づかないだろう。オレのことをよく理解してはいない。ソルジェ・ストラウスという男の力は、何なのか忘れている。


 だからこそ、効果的になるのだ。


 敵の群れに影が来る。謎だと感じたのか、影に包まれた者たちが上空を見上げていた。見ればいい。偉大なる力をその目に焼き付けながら死ぬことも、名誉の一部だ。


「ひいいいいいいいいいい!!?」


「りゅ、竜だあああああああああ!!?」


 ああ。その通りさ。ゼファーが来たぞ。海から上がり、空を飛び抜け。『モロー』の街中の上空までやって来た。貴様らに死を与えるために歌う。


『GHAAAOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHッッッ!!!』


 竜の劫火が灼熱の裁きとなる!密集していた帝国兵どもの中心に、その黄金色に煌めく巨大な火球が着弾する!!


 爆音と振動、そしてまばゆい金色の輝きに地上が埋め尽くされた!!熱は、その直後に感じたよ。敵どもを骨まで焼き尽くす残酷な熱量の暴風が、『モロー』の古い街並みを破壊しながら走り抜けていく。


 誰もが怯むほどさ。


 竜の歌らしく。


 だが、猟兵と竜騎士は違うのだ。敵が崩れた。火球に爆撃されて大勢死んだからでもあるし、上空にいるゼファーに視線と注意を向けすぎているな。オレたちに襲われている最中だというのに……そのよそ見はいけないぜ。


 走る。


 無音ではない、獣のように歌うのだ!


 知らしめるためにな。戦士たちに告げている!


 焼け焦げた空気の中でも、駆け抜けろと!


 敵は再び混沌に囚われているのだ。下がり迷い、不安になっている。考えてしまっている。行動が遅れるぞ。だからこそ、今なのだ!


「怒涛のごとく攻め込めええええええええええええええええッッッ!!!」


 命令が歌声となり焦げた風を揺らす。戦士たちから戸惑いが消えるぜ。ククルも指揮を放ってくれているからな!


「突っ込んでください!敵は、混乱しています!!ゼファーちゃんは、竜は、あなた方の味方です!!安心して、敵に突撃してくださいッッッ!!!」


 声がね。


 一つになる。


 オレとククルの声に導かれて、帝国兵どもの群れに戦士たちが殺到するのだ!!


 最前線にいるオレとキュレネイとククリが、飛び込むように敵の群れに襲い掛かり、敵を片っ端から斬り捨てていく!!


 また道を作ってやるのさ。群れを喰らい、穴を開ける。この傷口からな、血気盛んな戦士たちが無数に敵陣へと雪崩れ込んでいくのだ。上空のゼファー、地上のオレたち。再び混沌の中で、オレたちは主導権を掌握し、敵を食い散らかしていく!!


「りゅ、竜を射落とせ!!!」


「あの竜さえ、いなければ!!敵に脅威はないぞ!!」


「弓隊、構えええええええええええッッッ!!!」


 賢くて妥当な判断をしてくれる。人質にされた仲間を誤射するリスクもないからな。空にいるゼファーに向けて、大勢の弓兵が矢を向ける。一斉射で撃ち落とそうとした。全くもって軍隊的であり、機能すれば有効な作戦であったよ。


 もちろん。


 敵の行動をそのまま見過ごすほど猟兵は間抜けではなく、『マージェ』も甘くはないものさ。


「放てえええええええええええッッッ!!!」


 怒声に導かれ、無数の矢が放たれる。天にいるゼファー目掛けて矢が殺到するが、ゼファーは信じていたな。怯むことはない。黒ミスリルの鎧も信じちゃいるが、それよりも『マージェ』の魔力を信じている。


 『風』が暴れた。


 真空の刃が空を駆け巡り、矢を切り裂きながら吹き飛ばす。森のエルフの王族の血に宿る、偉大な魔力。それが呼んだ特大の『風』の結界に、ゼファーは守られていた。


「私のゼファーに、矢など放たせるものか!!」


 愛を叫び、リエルが宙に舞う。街路を形成する古い建物の屋上を伝い、跳んだのだ。跳躍しながら身をひねり―――地上にいる敵兵にまた矢を放つ。ゼファーに『矢を放て』と命じた指揮官の口を深く、罰するための矢が貫いた。


 新しい屋上に『マージェ』が着地するのを見届けながら。勇敢なオレたちの仔竜は翼をたたむ。報復すべき対象を見つけていたからな。残酷を喜ぶために、金色の瞳を細めて。ゼファーが地上に降り立った。


 弓兵どもの隊列を、その巨体で踏み潰しながらね。


『がおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!』


 歓喜を歌い、巨体が踊る。脚と尾と牙が、弓を持つ帝国兵どもを片っ端から殺して回るのだ。いい動きだ。おかげで、敵の群れがまた混沌に堕ちる。オレたちと竜に挟まれたのだと理解したからな。戦士の怒涛と竜の歌声、満ちる血と炎のにおい。


 そんなものの渦中にあることを喜べる者は、極めて稀有なことだと、この9年間でオレは学んでいるぞ。誰しもがストラウスさん家みたいな教育を受けちゃいないのだ。




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