第五話 『赤い海は罪科に堕ちる』 その80


 恐怖の囚われであることも、勇敢に逸ることも許される。戦場は自由だ。命の使い方は、この極限の場では自己判断に委ねられてしかるべきだな。


 強者と勇者は個人的には好ましい。かつては全ての男がそうあるべきだなどと、ガルーナ哲学に染まり過ぎていたが、今のオレはもう少し寛容な人格者だ。理解している。許容している。誰もが心の底からの戦士であるわけでもないと。


 それゆえに。


 あえてこの場で戦いに走る者には敬意も込める。


「ソルジェ・ストラウスううううううううッッッ!!!」


「討ち取ってやるぞおおおおおおおおおおッッッ!!!」


「ああ、オレを殺すための機会は、くれてやるぞ!!」


 その代償として、全力の技巧と全霊の殺意をもって迎えてやろう!!


 アーレスも喜んでいるぞ、蛮勇ども!!漆黒に焦げた竜太刀の刃で、貴様らを斬って裂くことを!!


 猛者どもに正面からぶつかってやる!!受け止めてやるのだ、わざわざな!!斬撃が交差して、火花が散る!!鋼の鳴き声を浴びながら、竜爪も繰り出してやるのだ!!


 勇敢さを赤く飾ってやろう!!


 血の色、火花の色、戦士らしく命をむき出しにして、散りやがれ!!


 悲鳴が空に還る。星になるんだ。戦士らしく。帝国人どもは、いつかオレの歌の一部になるがいい。星の数ほど、殺してやろう。勇敢なる戦士であれば、ストラウスの歌の一部になる権利はあるのだからな。


 赤い風。


 漆黒の軌跡。


 竜巻にでも化けたみたいに、暴れるよ。肉体と精神が燃えて楽しんでいる。ストラウスの剣鬼として生まれて来た良かった。そうでなければ、この血と鋼の意味を、魂の底から認識して歓喜することなんてやれなかっただろうさ!!


「あ、ああああ、ああ、ああ……っ」


「ば、バケモン……だ、ああ……っ」


 ……獣みたいに暴れながらも、それでも猟兵団長だ。冷静さも持っているぞ。いや、冷静ではないのかもしれないが、把握はしている。敵陣が崩れた。奴隷たちの猛攻と、オレの突出のせいで。


 誰しもが本質を問いかけられた。勇敢な者と、臆病な者。愚かな者、賢い者。ヒトがそれぞれに持っている精神的な形質の違いが、動きとなって表現されていく。陣形が乱れる。命令の統率を越えて、足並みに齟齬が生まれ、そいつはどんどん広がっていく。


 それでいい。


 混沌に引きずり込んだ。あとは、狩られるだけだぞ、帝国人ども。


「ククル!!上から指示を出せ!!効率的に、せん滅してやるんだ!!」


 通りを囲む建物。その屋上の一つからククルが顔を出す。敬礼してくれながらな。


「了解です!!さあ、みなさん!!指示を出します!!金髪のエルフの方!!」


「オレか!?」


「はい!!あなたです!!あなたの周辺にいる戦士たちよ!!北側の敵を、押し込んでください!!そうすれば、敵を分断できます!!」


「おお!!」


「やるぜえええええええええッッッ!!!」


 戦況の全てを明確には把握することは難しい。オレでも戦いながらでは、限定的な理解になる。だが、ククルのようにこの戦いの場を上から見ているのであれば、明確な指示は出せるさ。ククルは得意だぞ、せん滅を成す攻撃的な戦術を組む才能に長けている。


 隊列が乱れ、足並みを崩していた帝国兵どもを奴隷が―――いや、戦士たちが分断した。完全な分断だな。ククルが次から次に統率の命令を飛ばし、動くな、動け、と戦士たちを操った結果だ。


 素晴らしいな。さすがは、オレたちの妹分である。ジュナも満足しているさ。


「と、取り囲まれた!?」


「怯むな!!隊列を崩すな!!」


「無理だ、無理だよ……っ!?」


「ミアちゃん、『風』をください!!」


「ラジャー!!」


 ククルの声と共に、戦場に爆弾が投げ込まれていた。孤立し包囲された帝国兵どもの密集、その中心にククルの投げた爆弾が落下していく。同時に、ミアとククルが放った『風』の魔術も加わった。


 爆発が制御され、強化される。たいして魔力を使っちゃいないがね、それでも十数人まとめて吹き飛ばされていたよ。効率的だな。孤立した帝国兵どもの群れの中央に、大穴が開いた。そこに戦慣れした『ペイルカ』人傭兵が反応してくれる。


「突っ込め!!より細かく、帝国兵どもを包囲するんだ!!そうすれば、もっと早くに皆殺しに出来るぞ!!」


「おお!!突っ込め!!」


「ひ、ひい!?」


「帝国兵!!武器を放置して、地に伏せていれば殺しません!!死を覚悟していたわけではないはずです!!戦わない意志を示したならば、見逃すこともあります!!降参するなら、それでいい!!しなければ、死があるのみです!!」


 ククルが叫び、戦場に問いかけた。帝国兵は迷うな。迷って、戦いを放棄する者も出始める。孤立して包囲された者は、死にたくないという願いが第一だ。『メルカ・コルン』ならば死ぬまで戦うかもしれないが、帝国兵はそうじゃない。


 世界を旅して得たからこその、話術だよ。


 孤立した連中の三割近くが、武器を手放していた。手放さなかった者に、戦士が殺到してまたたく間に血祭にあげていく。せん滅は成った。


「降参した者を人質にします!隊列の後方に送りなさい!!手足の骨くらいは折ってもかまいませんが、あくまでも丁重に!!そいつらは人質ですから!!……帝国軍!!人質を取ったことを忘れないように!!矢による無差別な射撃は、あなたの親族を死なせるかもしれない!!そこの部隊、自重することです!!」


 本当に、いい子だ。賢くて、期待以上のことをしてくれるぜ。帝国軍の弓兵どもに、釘を刺してもくれたな。言葉の裏側まで使っている。帝国兵の前線を組む連中の顔に、焦りが浮かぶ。


 混戦になれば、後ろから矢を射られるかもしれないと。そう。それが起こりえるほど、オレたちは混沌とした状況になった。オレたちが主導し導いた。突出したのは、これを成すためでもある。


 選べよ。


 馬鹿じゃないなら。この罠に、もう一段階、ハマってくれるだろうよ。


「後退だ!!下がるぞおおおおおッッッ!!!」


 かかってくれたな。貴様らはそれほど愚かでないからこそ、戦術に操られる。




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