第五話 『赤い海は罪科に堕ちる』 その79


 楽しい。戦士として生まれてしまったからには、この闘争の昂りを否定することは間違いだな。貪欲さを出してしまうよ。鋼を暴れさせて、片っ端から斬り捨てていく。圧倒するのさ。敵の出鼻は挫くべきだからね。


 キュレネイとククリも連携してくれる。突撃するオレの背後を守るように位置取りながら、目の前の敵を斬り捨てていくのさ。魔術で作った爆風が呼んだ混沌に乗じて、我々は十数人を仕留めてしまう。


 もちろん。


 楽しくはあるが、荒業ではあってね。体力を使う行いじゃあるんだ。敵兵も練度がある連中が多い構成だからな。待ち始めていやがる。あえて攻めて来ない。オレたちが疲れるのを待とうとしてしまう。


 失策ではあるぞ。


 オレたちだけに注目し過ぎているな。奴隷たちが対した戦力にならないと思い込んでいる。そいつは大きな判断ミスだった。


「オレたちに続けッッッ!!!敵陣を貫き!!取り囲んでせん滅していけッッッ!!!」


「イエス・サー・ストラウスッッッ!!!」


「突っ込むぞおおおおおおおッッッ!!!」


 奴隷たちの突撃が始まる。鋼を振りかざし、獣じみた速度へと至った。迷いなく一丸となり、オレたちが開けた道に殺到してくれる。帝国兵どもは一瞬だけ気圧されるが、一瞬だ。まだ間違った事実を信じている。


「あわてるな!!」


「奴隷どもに、何が出来ると言うのか!!」


「『絞首』ッッッ!!!」


 呪文を口にしたな。魔銀の首枷を締め付けるための邪悪な言葉だよ。強い語気と悪意を込めた。痛めつけるどころか、殺そうとしたか。見せしめで何人か殺せば、奴隷たちの戦意もくじけると考えたのかもしれん。


 大きな間違いだったな。


 もう、魔銀の首枷は効果を発揮することはないぞ。


「帝国人がああああああああああああああああああああッッッ!!!」


「そんなものはもう効かんのだあああああああああああッッッ!!!」


 奴隷たちが怒りのままに鋼を振った!帝国兵に向けて筋力任せの一撃を叩き込む!想定外の動きだっただろうし……それに、痩せて痛めつけられた体を貴様らは読み間違えた。


 軽い打撃?


 とんでもない。今はククリ・ストレガの作った『メルカ』の錬金薬のおかげで、その筋力は異常なまでに高められているぞ。猟兵並みとまでは言わないが、練度があるだけの戦士に受け止めきれるような威力じゃないな。


「ぐふうううううううううう!!?」


「なんだ、この力っ!?」


「ま、魔銀の首枷が、利かない……っ!?」


 帝国兵どもが圧倒されていく。積年の恨みもある。奴隷たちの中には、『プレイレス』の軍人だった者も混じっているからな。そいつらは、大いに暴れる。復讐心というものが持つ戦闘意欲の高さは、オレが誰よりも知っているし、いつも示して来た。


「いい動きだよ、みんな!!」


「おお!!錬金術の姉ちゃん、ありがたいことだぜ!!」


「おかげで、動ける!!痩せて落ちてしまった筋肉が、戻って来たかのようだ!!」


「うん。まあ、ただの錬金薬によるドーピングだから……効果切れたときの反動、死ぬほど痛くてキツイの確定なんだけど」


「構わんさ!!」


「戦士に戻れるなのら!!」


「今、このとき!!敵を打ちのめしてやれるのであれば!!まったくもって問題はないぞ!!」


 ククリを前線に選んだ理由の一つが発揮されていたな。ククリへの恩も奴隷たちは力に変えてくれる。頼るのさ。心の力も。そうじゃなければ、数も多く練度も多い帝国兵どもに勝てん。


 戦術も体力も、意志も要る。全てがそろわなければ、この任務を理想的な形では完遂できんのだ。


「圧倒しろ!!突き破り、取り囲んでいけ!!敵陣を崩して食い破れ!!このまま進むぞッッッ!!!」


「了解です、サー・ストラウス!!!」


「進め!!進むぞ!!オレたちは、後続のための盾であり、壁になるんだ!!!」


 戦術理解の高い者を選んでくれている。ありがたいことだぜ。そう。前に集めた奴隷たちは強いさ。体格が良いヤツや、職業戦士であった者も多く集めている。若くていきがいい。だが、後続の全てがそうとは限らん。


 子供もいれば女もいる。老人だっていれば、けが人も病人もいるのだ。弱り果てた者も少なくはない。


 だからこそ。


 オレたち戦士は暴れなければならんのだ!


「オレに続け!!敵陣に、デカい穴を開けに行くぞッッッ!!!」


 竜太刀を振り上げ、命令を使う。敵陣に向かい飛び込んでいくのだ。混沌がある。乱れがあるな。想定外のことが起きてしまったことに混乱している。隊列は精神を反映させるぞ。逃げ出したいと考える者も出ているな。


 いいさ。


 臆病風に吹かれた者は戦場では怠惰だ。オレのような死の化身に道を開けてくれる。開けてくれなくとも、戦おうとはしない。そいつらは、生かしてやる。そうでない勇猛果敢な者にこそ、竜太刀の斬撃を浴びせてやる価値があるのだ!!


 ザガシュウウウウウウウウウウウウウッッッ!!!


 斬る。斬る!斬る!!


 返り血の生暖かい雨の中で、アーレスと共に踊るのだ!!


 鋼を砕き、へし折り!


 竜太刀と竜爪で肉も骨も壊す!!


 死そのものだ。オレは貴様らにとって、最も怖い存在だぞ。その証に、貴様らの命から爆ぜた血に染まりながら、笑っているだろう。


「ぐはあう!?」


「つ、強いっ!!」


「異常だっ。ただものじゃないぞ、この赤毛はああああッッッ!!?」


「ガルーナの竜騎士、ソルジェ・ストラウスだ!!!オレの首が欲しいヤツは、かかってきやがれ!!!『自由同盟』で最強の戦士が、ここにいるぞ!!!名誉が欲しければ、オレを殺して勝ち取れ、帝国人どもッッッ!!!」


 怯えた敵の群れを、煽ってやる。強いヤツから殺してしまうためには、来てもらった方が早いからでもあるし、混沌を深めてやるためでもあるさ。考えてくれ、求めてくれ、怯えてくれ、期待してくれ、不安がれ。


 さまざまな感情に乱れるといい。そうすれば、行動も崩れる。隊列というものはな、同じ意志と感情に統率されていなければ、今のように容易くバラつきを出してしまうものだぞ。




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