第三話 『星が躍る海で』 その11


 竜の歌が空を震わせて、『虎』の戦士たちは双刀を掲げてくれる。約束を示すのだ、お互いにな。彼らのための復讐者となる。それこそが、彼らに『自由同盟』の戦士として最前線で帝国軍と戦い続けてくれと頼む根拠にもなった。


 オレとシアンが復讐者をするからこそ、彼ら自身が復讐に駆られる必要もなくなる。


 傭兵稼業としては、実に正しいことに感じられるよ。


 歌が終われば仕事のために移動を開始だ。長い声を響かせて鳴く鳥たちと共に、北風に抗って飛ぶ。


 夏の風は暑くなっていたから、竜鱗の鎧を脱いでいる状況は肌に心地よさを与えてくれたな。よく晴れた空には雲が少なく、遠い北にのみ君臨していたよ。こっちの方は、ずいぶんと乾いてしまっている。


「いい天気だね。でも、雨が少ないみたいだから……この辺りは暮らしていくことに難しさもありそうだ」


「ああ。『ゼロニア平野』の人々の暮らしは楽なものではない。歴史上、多くの軍隊に蹂躙されてしまい、国家として機能していた時期は短かった」


「なるほどね。だから、自警団が軍隊の代わりをしているんだ」


「自衛の措置として生まれ、暴力や欲望に染まった結果、マフィアへと堕ちたのさ」


「ヒトって、始まりのことを忘れてしまうんだね」


「馬鹿も多いからな。しかし、それでも時々、思い出すこともある。何か切っ掛けというものを与えられるだけで、大きく変わることだってあるのがヒトだ。そう絶望することはない」


「うん。私たち『メルカ・コルン』だって、ソルジェ兄さんたちと出会えたから大きく変わったよ」


「そうか?」


「すごく、そうなんだよ」


「いい影響を与えられていたら良いのだがな」


 少し心配してしまう。酒飲みの傭兵で、おそらく人並みにはスケベ。そして大した学もない馬鹿な北方野蛮人。そんな男が賢者ばかりの『メルカ』に対して与える影響?……ろくのものじゃない気がした。


「とっても、いい影響だからね」


「ククク!……それなら、良かったよ」


「ソルジェ兄さんはね、私たち『メルカ』を大きく変えた。『アルテマ』が作った運命から解き放ってもらえたことも大きいよ。でも、それだけじゃない。運命みたいな大きな流れにだって、抗ってもいいってことを教えてくれた」


「運命に抗う、か。いい言葉だ」


「だよね!私もそう思う。ソルジェ兄さんが私たちを変えてくれたからこそ、長老が『メルカ』の土地を離れるって宣言しても、みんな従ってくれたんだよ」


「ルクレツィアに従わなかったと?」


「うん。みんな、変わることを怖がったはずだよ。『外』に出ることも、恐れたはず。私たちは、千年もあの場所にいたから……それでも、運命を変えられるって分かったから。ティートたちを連れて来てくれたから。私たちは『外』に挑めた」


「ククルという先駆者もいたことも大きそうだ」


「そうだね。ククルも大きい。双子として誇らしいよ。ククルが『外』を伝えてくれたから、私たちも『外』に興味を持てた。それに……今だから言っちゃうけど」


「何だ?」


 予想はついていることもあった。だが、兄貴分は指摘することはない。ククリの言葉を受け止めてやりたかったからな。


「ククルはね、一種の実験台でもあった。私と『ホロウフィード』に出かけたりしたのも、『メルカ・コルン』が『外』に出ても『アルテマの呪い』で死なないかの実験台でもあったけど。もっと遠い場所にまで出かけて、私たちが『外』に出られるかを自ら試したの」


「勇敢な行いだ」


「うん。だから、とても誇らしい。でも……もしかして、ソルジェ兄さん、このことに―――」


「―――『自由』を得られたことを、示せたな。それでいい」


「……えへへ。うん。そうだね。私たち、『自由』になれてる。だからこそ、長老の指示に従うことが出来た。私たちは……過去のためだけに生きる必要はない。『未来』を求めていいんだって、分かったから」


「ヒトは自分を変えられるんだよ」


「ソルジェ兄さんも、変わったの?」


「昔と比べれば、ずいぶんとな。お前が驚くぐらいには、おそらく融通が利かないガンコで面倒で、純粋なバカだったぞ」


 ガルーナの野蛮人らしい低能だったはずだが、それよりは、ずいぶんとマシになれたという自負はある。もちろん、賢者になったとは口が裂けても言えん。今でも、しっかりとした賢くない野蛮人じゃあるよ。


「昔のソルジェ兄さんか。会ってみたかったかも」


「そんなものを見たところで、楽しめはしないと思うが……」


「私は、きっと楽しめるね!……シアンさん、昔のソルジェ兄さん、どういうヒトだったの?」


「……昔というほど、古い物語にもならないが。ガルフが生きていたころは、もう少し、死に急いでいた」


「そうなんだ?」


「思い当たるふしはある」


「……『パンジャール猟兵団』の長になって、死ぬことを、ちゃんと嫌うようにはなった」


 よく見えている。さすがはシアン・ヴァティ。


「……大した成長だ。ヨメを、得たことも大きい。ソルジェ・ストラウス。お前も、他者と交わり、他者から影響され、変わっている」


「良い方にか?」


「……全体的には、そうだろう。以前のお前は、もっと……酒癖も悪く、女にも依存していた」


「女性に依存してたの?」


「今より女に飢えていた」


「そ、そうなんだね。な、なるほど」


「安心しろ。過去のハナシだぜ」


「う、うん。安心したけど……あれ、安心しない方が、いいような?あれ?」


 賢い我が妹分は、オレの考えが及ばない領域で思春期的な課題にでもぶつかっているらしかった。安心することを、悪いこととする。尖った哲学だ。きっと、若さだろうな。これが、十代と二十代の違いなのかもしれん。


「……女の心が、読めないところは。赤毛の中身は、まだ変わらん」


「そうか?恋愛をマスターしている気がすると思うが?」


「……失笑ものだな」


「私は失笑こそしないけど。ソルジェ兄さん、まだまだ恋愛について学ぶことは多いのかもって、感じなくもない」


 女性から見た評価がそうだというのなら、そうなのだろう。


 四人の女性と結婚しているはずだが、恋愛の道は半ばらしい。多くの男は一人程度としか結婚しないものなのに。つまり、オレは四倍の機会に恵まれているのに、究められていないというのか?


 ……もしかして、そこらの馬鹿面に見えて行動までも馬鹿な男という生物の四倍以上、愚かなのだろうか。


 そんな風に考えると、多少はショックだったが、まあ、『恋愛の道を究めた』などと本気で口にしたわけでもない。


「善処するとしよう」


「う、うん!そうしてね!」


「……多難な道だな」




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