第三話 『星が躍る海で』 その10


 料理はたらふく喰ったし、酒もバラの香りのハーブティーも飲んだ。万全な準備をして、オレとククリとシアンは立ち上がる。


「ギンドウ。爆弾作っていてくれるか?……最前線に、お前の爆弾が多くあれば、『虎』の戦士たちも心強い」


「了解っすわあ。そっちは、お任せするっすよお。商談の方は、オレちゃんが、パール・カーンさんとまとめておくっすよお!」


「……パール、値切ってもいいぞ」


「うふふ。適切な対価でお支払いしますよー」


 ゆったりとした言葉遣いだがな。パール・カーンはその笑顔にときおり『虎』らしい油断の無さを見せてくる。今この瞬間もそうだったよ。


 ギンドウが苦笑いする。


「『虎』の女たちとは、オレちゃん相性が悪いっすかねえ……」


「あらー。そうでもないとー、思いますけどー」


「オレちゃん、そう言われても自覚がこれっぽっちもわいてこない……」


「ギンドウさん、錬金術で作った火薬だけど、『虎』のヒトたちに渡しているから。それを使ってくれると早く作れるかも?」


「優秀な娘っすねえ。団長に対して、忠誠があり過ぎでしょうよ」


「そ、それは、そのー。と、とーぜんでしょ?兄貴分と妹分だし、義妹と義兄だから!」


「そうっすねえ。そういうことにしておくとしますわ」


 どういうことなのかは分からないが、我々の兄妹愛の偉大さを納得してくれたというのならば、何も問題はないことだな。


「では、任せたぞ。パール、シアンを少し借りる」


「はいー。ジャンさんのことー、守ってあげてくださいねー、シアン」


「……ジャン・レッドウッドは、守れるような戦士ではない。あれも、猟兵だ」


「うふふ。そうでしたー。とにかく、みなさんー。お気をつけてー」


「ああ」


「はい!行ってくるよ、『裏切り者』と……『嘘つき』を仕留めに」


 食堂を後にした。『虎』の戦士たちに期待に満ちた視線を向けられる。ジャンは獲物を追跡しているから、逃すことはない。ジャンと合流するだけで、オレたちは獲物どもを狩れるだろう。


 ……やはり、だったわけだが。がっかりしている面も少しはある。あの呪術医としての高い職業倫理を持っているように見えた男は、とんだ『嘘つき』でもあったわけだから。


 ああ。良くない言葉だな。『嘘つき』。ヒクソン・ダベンツに対して持っていた多くのリスペクトが音を立てて崩れ去っていくのが分かる。失望した。だからこそ、残念にも思っちまう。


 だが。


 戦果はあげられそうだという点では、大きな慰めになったよ。この砦で死傷した『虎』の戦士たちにとっては大きな慰めであり、明け方、竜太刀を掲げて誓った通り、報復を成せそうだということは、好ましくもあった。


 ……ハイランド王国軍の抱えた機能不全を、解消するチャンスだ。ためらいなく、切り殺すぜ、ヒクソン・ダベンツよ。


「サー・ストラウス!!シアン・ヴァティ中佐!!ご武運を!!」


 ヴァン・イドラーは砦の外にいた。見回りをしているな。演説もしていたのかもしれない。士気を高めるために……いや、今は報復の意志に暴走しかけそうな怒りを鎮めるために言葉を使うことも、士官の重要な仕事になる。


 暴走することは、現状では最悪手だった。『虎』は強いが、結束を崩すことは不利益しか生まない。とくに、身内に対する怒りは、組織の崩壊を招きかねない。疲弊し混乱を抱えた最前線の戦士たちがすべきことは一つ。指揮官を信じて、作戦の通り団結することだ。


「良い知らせを持って帰るぞ、ヴァン・イドラー」


「はい。サー・ストラウス、私たちの傷を癒すために、竜太刀を使って下さること、感謝の極みです」


「当然だ。仲間だからな」


「はい……昨夜、私が耐えたことは、無意味ではなかった。そう思える結果を、下さったとすれば……ますますの感謝を」


「いい仕事をしている。それだけは言えるぞ」


「……ヴァン・イドラー。パールと共に、私の代役として、この砦を守れ」


「了解です!!この命に代えても、成し遂げます!!……部下に、これ以上の犬死にをさせる気は……ありません!!」


「……それで、いい」


 『虎』らしい敬礼をするヴァン・イドラーに見送られ、オレたちは寝転ぶゼファーに向かったよ。ゼファーは金色の瞳を開けて、可愛らしく銀に輝く牙の列を見せてくれた。『ドージェ』の顔がニンマリと緩む。


『おはよー!『どーじぇ』、しあん、くくりー!!』


「ああ。おはよう、ゼファー」


「えへへ。もう、お昼だけどね!」


「……食事は、済ませたか」


『うん。たべたー。うしのおにくのかたまりー!おいしかったよ!!』


「私たちも、牛のステーキを食べたんだよ。おんなじだね!」


『うん。おーんなじ!!』


 竜と同じ肉を食う。竜騎士としては、最良の食事ではあるな。魂に響いて、ますます顔が緩んじまう―――だが、今は『虎』たちの視線が向けられている。報復を願う、祈りが込められた視線だ。仕事をしろと急かされてしまう。


 ……ああ。『マージェ』の早起きの才能が、こういうとき、いかに大切なものかわかるな。仕事の前の時間を作り、ゼファーとコミュニケーションをする。傷の手当だって、しっかりとしてくれるんだ。


 竜騎士のヨメとして、リエル・ハーヴェルは理想的な美少女さんでもあるぜ。オレも、もっと早く起きれたらいいんだが―――千才は離れた年寄りの記憶に付き合わされてしまっていたからな……。


 言い訳は、いらないか。


 ゼファーの鼻先をやさしく一撫でして後で、その背に飛び乗った!!


 シアンとククリも、素早く続く。


 背中のうろこでオレたちを感じたゼファーは、その翼を大きく広げた。力を込めて、関節を鳴らす。ルルーシロアとの戦いで得た経験値は、すでに反映を始めていた。ボロボロの黒ミスリルの鎧は、もはや一回り小さく見える。


 牙を剥く。


 いい朝―――いや、いい日になりそうだからだ。


 鉄靴の内側を使って、ゼファーに指示を出す。ゼファーは翼を躍らせ、しっぽを振った。目指すは、北西。ジャンと、ジャンが追跡する獲物がいる場所だ。蹴爪がクリーム色に乾いた夏の荒野の石を蹴り、加速を帯びた疾走は跳躍と飛翔の力へと変わる。


 空に戻った。


 さあ。砦の周囲を一回りして、オレたちが敵を殺してくることを宣言しよう。夏の風を貫きながら、崩れかけた古い砦を青い瞳と、眼帯の下で煌めく金色の眼で見つめる。『虎』たちを見た。彼らがこちらを見るように。


「ゼファー!!歌ええええええええええええええええええええええええッッッ!!!」


『GHAAAOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHッッッ!!!』




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