第三話 『星が躍る海で』 その9
オレたちの情報交換と共有の時間は続いた。ギンドウは眠たそうにしていたが、シアンに怒鳴られることはない。ギンドウの役目は、正直この場ではなかったからでもある。
とはいえ、この場にいてもらう必要もあったな。ギンドウの視点というのも、割りと頼りになることが多いからであり、どんな状況に『パンジャール猟兵団』が置かれているかぐらいは把握しておいて欲しいからだった。
ハイランド王国軍の情報では、今朝の時点ではオレたちが陥落させた二つの砦を今のところ占拠してくれてはいるようだ。ハードな任務にはなるだろうがな……戦力が少なく、この砦から向かうはずだった援軍の数も減っている。
2万5000頭の馬泥棒が、ハイランド王国軍の上層部に政治的な危機感として作用してくれないかと期待しちまうよ。ハイランド王国は出遅れることも嫌っている軍人も多いようだからな。
そういう勢力にはマルケス・アインウルフの活躍というものは、嫉妬を深める力も期待できた。
王国軍は、悪宰相アズー・ラーフマ率いる『白虎』に牛耳られていた過去がある上に、須弥山・螺旋寺勢力も民衆の人気が高くてな。
それらの結果として、ハイランド王国軍の地位というものは、あまり盤石とも言えない現実もある。戦果を上げなければ、せっかく手にした存在感と政治力を失いかねないという不安もあるわけだ。冷飯食らいの立場に戻りたくない王国軍人もいるのさ。
オレたちとしても王国軍が強くなくては不味いところがあってね、何かというと『白虎』への回帰だよ。
ラーガ・ビドウは典型的な王国軍不人気の産物かもしれん。ヤツは裏切り者ではあったが、独自の正義を持ってはいた。同じ正義を持つハイランド人は皆無ではない。
……帝国との戦いに血を流し続ける現状に、望む『未来』を見つけられていないのだ。
血だけ流した挙句に、メリットが少ない?……それは、確かに望ましくはない傾向じゃある。誰もが好き好んでそんな道を歩きたがりはしない。ハント大佐と王国軍への失望の結果として、過去を……『白虎』を望む男たちが現れ、『帝国軍のスパイ』に利用された。
ハント大佐にとって最大の政治基盤である王国軍が弱まれば、『白虎』のような俗が過ぎるような勢力がのさばる国に逆戻りするかもしれんのだ。そうなれば、当然、『自由同盟』からの離脱だってありえる。
最強のハイランド王国軍がいなくれなば?……我々が帝国に勝てなくなるさ。『自由同盟』は滅び、そのうちハイランド王国も矢面に立たされるだろうが、ハイランド王国も同盟の力がなければ帝国には勝てん。
……王国軍には、それなりの威信と実績が必要なんだよ。マルケスへの嫉妬であったとしても、それが東へ軍を進める動機となってくれれば幸いだが……。
金か権力。戦争の理由となるものは、この二つだけだ。金が得られないのであれば、ハイランド王国軍の幹部たちには権力を与えられる形にしなければ、『自由同盟』の戦力としての確保は難しくなる。
「複雑なんだね。ハイランド王国は」
「……そうだ。我が祖国ながら、混沌としてもいる」
「ハント大佐の改革もー、性急なのかもしれませんがー。こういった機会を逃せばー、たしかにハイランドはまた堕落してしまいそうですー」
「何であれ、東へと進む動機を増やす必要がある。『裏切り者』のような邪魔者を排除しながらな……内からも外からも、王国軍を遠征を援護してやる必要があるんだ」
「……することは、する。そうすれば、『虎』はまともに機能する」
「信じているんですね、シアンさん」
「……『虎』は、真の戦士だからな」
「うふふ。シアンらしくてー、良い言葉ですよー」
「とりあえず、情報の共有はこれくらいで完了かな?」
「いや。そうだな。共有しておきたい情報が、もう一つだけある」
「どういう情報?」
「『古王朝のカルト』についての情報だ」
「いつの間に、新しい情報を手に入れたの?『ゼリオン』は死んじゃったし……」
「何というか、少しばかり乙女チックになるかもしれんが、夢見をしてな」
「夢見?全然、乙女チックじゃないよ。長老も時々しているし」
なるほど。ルクちゃんがしているのなら、まったくもって乙女の要素はないな。むろん、社交性を磨いたガルーナの野蛮人は、この発言を本人がいない場だとしてもする必要がないことを理解していたよ。ギュスターブ・リコッドとは違うのだ。
「夢見といっても、おそらくは『メイガーロフ』で『古王朝のカルト』の祭祀が記された呪物に触れたせいで、オレがあの神々の一柱と接触したせいらしい」
「……呪われて、いるわけか」
「なるほどー。どういったお話ですかー」
「呪術の専門家に相談できるのは心強いな。少し、長くなるが……」
夢で見たことを話したよ。老人と『化粧した牛/イージュ・マカエル』が、『悪霊の古戦神/エルトジャネハ』と戦う物語……。
「ということがあった」
「事実なのかもしれませんねー。『エルトジャネハ』を封じた存在も、いたはずですからー。そうじゃなければー、古王朝以外も滅びていたかもしれませんしー」
「あれが事実なのかどうかは、オレにも判断はつかないし、自信の持ちようもないことだが……情報が一つ増えた。『呪い追い』を組み上げられる確率は高くなる。中海沿岸地域に向かえば、『もう一人のゼリオン』が放った呪いを、追える気もするよ」
「……呪術で無理でも、パールの作戦もある」
「ああ。そっちも併用するさ。『もう一人のゼリオン』の出自についても調べる。大学に出入りしていた隠者風の研究者の年寄り。情報からでも、足取りは終えそうだ。『呪い追い』で、ゼファーが見てくれたからな。ヤツは南にいる」
「でも、さすがだね、ソルジェ兄さん」
「ん?何がだ?」
「眠りながらも働いてくれてる。しかも、『メルカ』を救う任務とか……っ。やっぱり、私たちのヒーローだよ、ソルジェ兄さんは!」
妹分に褒められた。こういう喜びがあるのなら、化粧した牛の夢を見るのも悪いことはないのかもしれん。
ニヤリと笑い、オレは告げた。
「よし!情報共有の時間は終わりだ!……『狩り』を始めるとしよう!!」
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