第三話 『星が躍る海で』 その8
「ミーティング・タイムになっちゃったね」
「食後すぐにやるもんじゃねえっすよねえ」
「私は、文句ないよ。ソルジェ兄さんの妹分だもん!」
「仲睦まじくていいことっすわあ」
「それに……情報交換しておくタイミングだよ。ヒクソン・ダベンツのこともそうだけど、私としては馬泥棒計画についても話しておかなきゃだもん」
「ルクレツィアから連絡があったか」
「うん。あったよ。でも、『全力で休むのが猟兵の流儀』ということだから、黙っていたの。今から報告してもいいかな?」
『虎』よりマジメかもしれない妹分のために、ソルジェ兄さんは当然ながらうなずく。気にもなっているのは確かだしね。大きな仕事だぞ、2万5000頭の若い軍馬を帝国から盗んでやったのだからな!!
「経過としては完璧だよ!!」
「でかした!!」
「『メルカ』のみんなも……それに、アインウルフ将軍さんたちも仕事をしてくれたみたいだね。消耗した馬はほとんど無し、人員の被害はゼロ。みんな無事だったよ。二時間前にハイランド王国軍および『ヴァルガロフ自警団』と合流。帝国は、もう手出しできない」
「ティートたちも、これも安全だな」
「うん!!それが、『先生』としては、いちばんうれしいことだよ!」
「そんで。あの馬さんたちは、どうするんすかあ?」
「えーと。『ヴァルガロフ自警団』の、『ゴルトン』っていう組織の長老さんが面倒を見てくれているみたい。北部から飼い葉を大量に運んでくれていたんだって。おかげで馬たちもしばらく荒野で休憩できる。ていうか、荒野が若い軍馬たちの『練兵場』になるみたい」
「……戦場に近く、いい訓練場になる。軍馬に乗る訓練も、しなくてはならないからな」
そうだ。ハイランド王国軍には、『生粋の騎兵』というものはいない。水運が発達した土地ゆえに……また短時間の戦闘と、遠征に出かけない距離の戦においては、『虎』は騎兵をも圧倒できたからだ。
それが唯一のハイランド王国軍の『弱点』であるが、身体能力もけた違いで武術の技巧にも優れる彼らのことだからな。短期間の訓練でも騎兵として使える者も出てくるだろう。
ハイランド王国軍が喜ぶとも限らんが、『ザクロア』から自由騎士たちの遺志を継いだ戦士たちも駆けつけてくれている。商業都市として栄えた土地の者たちは、馬をよく知っているし、戦闘に遭遇することのなかった長旅を経て、遠征の訓練も十分だった。
『ザクロア』の騎兵たちに軍馬を提供するか、ハイランド王国軍と『ザクロア』軍が『仲良く』互いの利点を提供し合あう形というのも理想的なのだがね。
軍隊と軍隊が仲良く手を組むというのも、なかなか難しいものがあるだろう。調整役として動けそうな者も少ない―――おそらく、オレが直々に影響力を使っても良い気がするが……やはり、この土地の女主人であるテッサ・ランドールがリードするのが最適かな。
複数の国家の軍隊が領地で好き勝手していることを、彼女の性格が許すはずもない。ヴァルガロフがある荒野地帯は、古来より無数の国外勢力に蹂躙され続けて来た土地であるし、それに抗い自治を守るための『ヴァルガロフ自警団』である。
……次に会った時は、とんでもなく文句を言われそうな状況な気がした。といっても、数時間後には顔を突き合わせることになるだろうが。
「あと。ソルジェ兄さん。『ヴァルガロフ自警団』からお手紙。フクロウが運んで来てくれているよ」
「あああ、テッサかな」
「どうしてイヤそうな顔を?」
「愚痴をぶつけられそうだからさ。色々と、この土地に押し付けてしまっている気がするからね」
「そ、そうだね。たしかに……各国の勢力が集まり過ぎている。私たち、『メルカ』だって」
「『メルカ』は邪魔にはならんさ。問題は、他国の軍隊だよ」
「うーん。なかなか、みんな折り合いがつけられないのかな……」
「つけるようには努力する。そうでなければ、ルクレツィアたちとマルケスたちが作ってくれた絶好の戦略的有利を、十分には発揮できなくなるからな」
「そういう調整をするのって、難しいんだね」
「みんな、それぞれに欲もあれば、目的や士気、事情もそれぞれに違うものだ。だが、共通していることがある。ファリス帝国は、全員の脅威だ」
「うん。そうだね!」
「それがある限り、オレたちは結束しなければならん。それは、皆が分かってくれているから、軍隊をここまで派遣してくれている」
「ハイランド王国軍の中にいる『裏切り者』たちは、絶対に排除しないといけない存在なんだ。このまま放置していれば、『自由同盟』全体の結束が揺らぎかねないよ」
若いが賢いククリ・ストレガは、その政治的な力学まで把握してくれていたよ。人間関係というよりも、これはもっと大きくて分かりやすい理屈だからな、本当に、ある意味では分かりやすくもあることではあるが……解決するためには労を要する。
「任せろ。そいつは、オレたちでも協力してやれる。直接、手を下すことになるのは、シアンにしてもらうことになるだろうが……」
「……安心しろ。長の『罠』が、上手く機能していれば、かなり楽な仕事になる」
「祈っていてくれ。ヒクソン・ダベンツの行動力の高さと、ヤツが大物であることをな」
「……大物、か」
「ああ。スパイとして演技力もあれば、肝っ玉も据わった男だったから。ちょっと期待しちまうな……」
「まあ、そっちは運しだいなところもあるから。今は、こっちね!『ヴァルガロフ自警団』からのお手紙だよ!」
「読むとしようか……ん。なるほど」
手に取った小さな便せん。『フクロウ』の足に無理やり括り付けられたせいで、かなりよれてしまってはいるが、差出人についてはすぐに分かった。テッサじゃない。ヴェリイ・リオーネからだ。口紅の跡があるからな。
テッサ・ランドールも可愛い女性じゃあるが、そんな態度をオレに使うような気配は微塵もない。
「頼んでいたことを、してくれていたようだぜ。『長い舌の猫/アルステイム』には……雑用みたいな仕事も頼んでいたが、早いもんだよ」
手紙には書いてあったな。他の頼み事たちに混じり、一つの情報が。
―――南方のグルメブックを『ゴルトン』の古書店で入手する一方で、シバント出身者の逃亡兵を見つけて、聞き出した。『湖畔亭』は存在してはいたが―――。
……なかなか、興味深い情報だったな。このことは、『本人』に直接、聞いてみるとしようじゃないか。知る限りでは唯一の失敗だな、ヒクソン・ダベンツの。料理についての知識というのも、スパイには大切かもしれんぞ、オレの捕虜だった男よ。
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