第三話 『星が躍る海で』 その7


 肉を楽しみ、ハーブティーも堪能した。のんびりと食後を楽しみたいところではあるが……なかなか、そうも言ってはいられないところが悲しいところだな。オレたちが楽しい時間を過ごしているあいだも、働いている猟兵がいるのだから。


「いい食事だった、ジャンの不在が悔やまれるぜ」


「そうですねー。ジャンさんー、お仕事中なんですよねー」


「オレが命令しちまったからな。悪いな、パール」


「いえいえー。ジャンさんとの交際はー、ゆーっくりの方がー、良いかもですしー」


 ハグされたごときで鼻血狼モードになるようであれば、押し倒して男女の仲になるような日もしばらくは来ない気がするしな……なかなか、時間がかかりそうな恋愛も心配ではあるが、今は仕事の方に集中すべきだ。


「ククリ、ジャンから『フクロウ』の暗号は届いているか?」


「うん。一時間ほど前に届いたよ。これ、暗号文ね。シアンさんたちとも情報は共有しているよ」


「わかった」


 ジャンからのメッセージを読む。ロロカ先生により作られた暗号で書かれているが……すぐに読める。書かれている情報は、そう多くはないからな。


「南に行かずに、北西へと向かったか」


「うん。シバントには向かわなかったみたいだね、やっぱり」


「……途中で、『においが消えた』。そうあったな」


「ああ。ジャンの鼻から逃れる手段は、そう多くはないはずだ。その一つは、『帝国軍のスパイ』が持っているな」


「あの蟲たちのー、においを消す能力ー……ですねー」


「その通りだよ、パール。オレたちの追跡を嫌って、ヒクソン・ダベンツと自称していたあの男は蟲の出すにおいを消す体液をつけたか、あるいは身にまとわせることでそれを成したんだろう」


 そうしたところでな、ヒクソン・ダベンツよ。ジャンをまけるとは限らん。ガルフ・コルテスが教えた追跡術は、そもそも『狼男』の嗅覚ありきでデザインなどされていないものだからな。


 ジャンは、嗅覚に頼らず古典的な技巧で追跡を続けているだけだ。『狼男』より速く移動できる手段を持っていなければ、ジャンから逃れることは出来ん。マンツーマンでの追跡をしている状況ではな……。


「においをほとんど完全に消す薬品……みたいなものがあったのかな?それとも、あの蟲を……うーん。食後に考えたくないね」


「前者だと思いますよー。彼にはー、蟲が入っていなかったわけですよねー?」


「オレたちと出会った時点ではな。あの蟲の本質は『医療用』なんだよ。大ケガを負えば宿主を殺すまいと生かそうとするが……」


「……『ゼリオン』の呪いで、瀕死の重傷を演じても、蟲は動かなかった」


「あえて体の中に入れていなかったのかもしれんな。演技の邪魔だろうし、『パンジャール猟兵団』は『ゴルゴホの蟲使い』との交戦経験がある。そもそも、魔物に呪術をかけている呪術師を『帝国軍のスパイ』だと、シアン隊は疑って調査していたのだからな」


「……それまでも、漏洩していた」


「可能性はありますねー」


 この『罠』は実に根深いものだ。始まりはかなり前であり、王国軍内の対立が呼んだ亀裂は深刻なものだよ。高度な軍事情報が敵に筒抜けの状態なのだから、たまったものじゃない。


「ラーガ・ビドウから情報を吐かせられたか?」


「はいー。彼は協力的ですからねー。色々とー、有意義な時間を過ごせましたよー」


「そうか。狩るべき獲物は選べたか」


「……元から、目星はついていたが。より、確信に近づいた。そういう言葉が、的確かもしれん」


「了解した。『そいつ』については、『パンジャール猟兵団』としては問わずにいるよ。政治的にセンシティブな話題かもしれんからな」


「……ああ。その方が、いいだろう。確証を、得られるまではな」


「そうだな。北西にヒクソン・ダベンツが向かったというのなら、もしかしたら、『そいつ』のところに向かっているのかもしれん」


「団長は何を仕方んすかあ?」


 ハーブティーの入ったコップに頬杖ついたままハチミツを垂らしている男は、あくびしながら訊いてくるよ。それほど興味はないのかもしれなく見えるが、ギンドウなりに今回の事件の大きさは理解してくれてはいるのさ。


「ヤツにはクラリス陛下からもらったナイフを渡した」


「オレたち全員が、ルード会戦のあとでもらえたやつっすかあ」


「お前も持っているだろ?」


「あるっすねえ。金目のモンだから売り払おうかと思ってたんすけど……ルード王国軍に見せたら、物資分けてもらえることもある!……ってガンダラに言われたから、売らなかったっすわあ」


 さすがはガンダラだ。ギンドウのケチ臭い性格を読んで適切にコントロールしてくれているよ。あんな貴重な品を売り払うとか、ギンドウしかやらない行いだろうがな。だからこそ、釘を刺してくれていたわけだよ、オレの副官一号さんは。


「……女王クラリスの、ナイフか。『餌』としては、十分だな」


「だろう?……ついでに、『ゼリオン』の暗殺失敗という嘘と……ラーガ・ビドウを二重スパイだったかのように吹き込んでみたよ」


「いい『罠』だよね。きっと、あいつは行動したくなる」


「『仲間』をこちらに殺されて、自分たちの作戦もばれていたかもしれないと考えたはずだ。『仲間』と合流するか、あるいは……自分たちの戦術がこれ以上、表沙汰にならないように隠したい……『協力者』を始末しようとするかだな」


「うん。秘匿しておきたい身分だっていうのなら、後者もあり得るよね。それに―――」


「そうだ。クラリス陛下から贈られたナイフ。オレたち猟兵に罪を着せるために、うってつけのナイフも餞別としてオレが渡してやった」


「悪っすねえ、団長!!」


「悪を狩るためには、少しぐらいは意地悪な戦術も必要だろう。ヤツは賢いからな。こちらも『最高の罠』で相手してやるしかなかっただけだぜ」


 そうだ。『最高の罠』。


 『罠』だと認識されたとしても、機能する『罠』。それこそが、『最高の罠』だ。お前は捨てられないはずだぜ。オレからのプレゼントをな。




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