第三話 『星が躍る海で』 その6


 朝食とも昼食とも呼べない時間帯の食事にはなったのだが、いつ何時、食したとしても最高の評価を得られる料理であったことは違いない。


 このステーキはとても美味かった。肉だけでなく、このソースが絡まる野菜もな。クレソンとニンニク、玉ねぎ……ああ。肉からあふれた旨味のある肉汁もからまっていて、すばらしく美味い。


 もちろん、我らが『虎姫』は野菜など喰わないという主義を貫いていたがね……。


「あらあらー、シアン。ちゃーんと、お野菜も食べなければダメじゃないですかー」


 幼馴染の指摘を受けても、シアンはしっぽを振る。否定のために、空気を鞭のように打つ動きをしていたよ。


「……草は、嫌いだ。『虎』的では、ない」


「そうですかー。ハイランドでもー、須弥山料理はー、野菜を使ったものが多いのですけれどー」


「……知っている。だが、嫌いだ。『虎』であることから、遠ざかるような気がする」


「シアンはー、きっとー、死ぬまで『虎』のままですよー」


「……それでも、嫌だ……おい。パール、私の皿に、草を盛るな」


「いえいえー。シアンの普段の食生活を垣間見た気がしますからー。貴重な機会にー、たーくさん野菜を食べてもらっておきたくてー」


「……喰わん。私は、草など喰わん。そんなものは、昆虫などにでも、喰わせておけばいいのだ」


「いえいえー。そもそもー、草じゃなくてー、お野菜なんですからー」


 音に聞こえた須弥山最強の剣聖、『虎姫』シアン・ヴァティにこれほど食い下がれるのも幼馴染の特権というものだろうか。二人してフーレン族のしっぽをヒュンヒュン振りながらも、野菜だ、草だ、と言い合う光景は面白い。どっちも美人だしな。


 ギンドウがからかいに来るタイミングだろう―――そう思いもしたが、ギンドウは静かにメシに夢中だった。肉も食べれば、野菜もしっかりと食べる。貧乏な生まれだったことも影響しているのか、ギンドウは好き嫌いというものは少ない。


 本当に空腹でもあったのだろうな。ルルーシロアと戦わせたあげく、『ゴルゴホの蟲使い』に向けて、強烈な『雷』を連続で使わせた。ギンドウ・アーヴィングは『隠れ働き者』どころか、本当に働き者だったのさ、少なくとも昨日は。


 ……まあ。


 おそらくだが、シアンとパールをからかいに行かないのには、ほかにも理由がありそうだがね。たぶん、まだオレが寝息を立てているあいだに、一度か二度、制裁を受けたんじゃないだろうか。


 ギンドウだって、短期間の反省はするよ。シアンも怖いが……パールも『虎』だからな。二人を同時に怒らせでもしたら、残酷な体罰を受けてしまいそうだ。ハイランド人の発想は殺伐としているし、ギンドウもまた女性を怒らせることに長けている男だった。


 オレだって疲れているからね。ふと頭に浮かんだ可能性を追求することをしたいわけじゃない。肉も野菜も、そして、これらに合う辛口の赤ワインも摂取する。体力を回復させるには、栄養を胃袋に突っ込むほかにないしな……ん?


「ソルジェ兄さん、お酒、空になっちゃったの?」


「ああ」


「まだ頼む?」


「いや。あまりガンガン呑むってのも、朝からすべきことじゃない。今日も、忙しくはなりそうだからな」


「うん。そうだね。じゃあ、これ。ハーブティーが入ってるの。注いであげるね」


「ありがとう、ククリ」


「えへへ!妹分だからー、当然だよねー!」


 妹分の健気な笑顔を見る。コポコポと音を立ててコップの中に注がれていくハーブティーからは、甘い香りが漂ってきたよ。


「ローズティーか」


「正解だよ。さすがは、ソルジェ兄さん、お料理を愛してやまないだけはあるよね!」


「ククク!まあ、そうだな。バラの香りは嫌いじゃないよ」


 ガルーナ人だってバラほど有名な花になったら認識が働いた。ククリの手がオレの目の前に白いティーカップを運んでくれる。薄い赤をしたお茶だ。最前線の砦でも、こういう日常的な風味に触れられることは精神の健康を保てていい。


 ハイランド王国軍の食に対するセンスは、素晴らしいものがあるよ。


 白い陶器の取っ手に無骨な指を絡めて、こぼさないようにゆっくりと持ち上げた。妹分の真心があれば、美酒にも勝る味と香りだと感じられる。オレはいつでもシスコンなんだよ。


 甘い香りと、若干の酸味をともなう赤。香りが連想させるほどの甘みはないが、このほんのりとした酸味を楽しめる余裕を作ることは、心に平穏をもたらしてくれるような気がする。


 大陸を放浪しているうちに、たくさんの食文化と出会ってきたからな。そういう経験は、オレに味を楽しむという趣味を与えてくれている。


 戦場で鋼を振り回して殺し合うだけが、素晴らしい人生ではないのだ。さまざまな価値観があるんだよ。こうやって、敵を殺さない午前中であったとしても―――多くの仕事を抱えた直前であったとしても、バラの香りと味を探るってことは心に正気を呼ぶ。


「おいしい?」


「ああ、とってもな」


「えへへ。良かった。おかわりは、まだまだあるよ。レモンとか、ハチミツを足しても良いと思うから」


「そうだな。どっちも試してみるよ」


「えへへ!じゃあ、作ってあげるね、ソルジェ兄さん」


「ああ」


 束の間の休息を終えるには、妹分が作ってくれるローズティーを楽しむという形も、オレにとっては最良のものだな。そうだ。これを楽しめば、また戦いが始まる。心から味わうとしようじゃないか。




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