第三話 『星が躍る海で』 その5


 牛肉は一口間隔に切られているが、長さがあるな。ハイランド料理らしくボリュームの美学を忘れることはないようだ。肉が大好きなガルーナの野蛮人には、それはありがたいことだった。


 『ハイランド風ステーキ』をフォークで突き刺して、口に運ぶ。


 ああ。柔らかさを感じるな。ヒレ肉を使ったようだ。ステーキとして喰らうには、最良の部位の一つ。牛の骨盤と腰骨から生えて、足の骨に付く。脂身の少ない肉だが、それでいて柔らかさもある最高に美味い部位だよ。


 野牛の場合は固くなりすぎているが、ちゃんとした牧草地で飼育すれば、これほどの柔らかさに出来上がる!!


 焼き方も上手だったよ。素晴らしい。表面は強めに素早く焼いて、中はまだ赤身が残る。こうすることで赤身の肉が持つ旨味を、肉の中に閉じ込めることが出来るのさ!!


 柔らかく歯で切れるボリュームたっぷりの肉を噛むと、旨味たっぷりの肉汁が口の中にあふれてきやがる。


 ああ。


 最高の焼き加減だよ!!まったく、さすがはハイランド料理。ガルーナ人よりも、美味い肉の食べ方を研鑽しているのではないだろうか!!


 ……もちろん。これは素の牛肉の美味さだけというわけではない。下ごしらえもしっかりと施した上で、肉を焼いているんだ。


「肉に卵と、片栗粉……黒コショウと塩、ほかのスパイスを混ぜたか」


「そうみたい!!お肉、すーごくおいしい!!」


「分析癖は相変わらずっすわあ……」


「このグルメをいかにしてオレが再現できるか否かは大きいことだぞ。それはこの場にいない猟兵たちがこの感動に出逢えるかどうかに直結するからな」


 大陸は広い。


 この味に二度も出逢えるとは限らないのだからな。ああ、我が妹、ミア・マルー・ストラウスに……あのお肉大好きなミアに!!伝えてやりたいと思うのは、お兄ちゃんとして当然の義務なのである!!


 柔らかな牛ヒレ肉に下味はつけられている。そうか、この卵によって包まれていることが、牛ヒレ肉に対して過度な焼きが入ることを防ぎつつ、肉本来が持つ失われやすい旨味を帯びた肉汁を、閉じ込めることにも作用しているんだな……っ!!


 やりやがるぜ、ハイランド料理め!!


 さすがだが、思わず嫉妬してしまう。色々と考えてくれているじゃないか。肉の臭みを捨てさせて、スパイスの刺激で甘みを引き立たせるという考えだけじゃないようだぜ。ミア、語れるぞ。世時間半は、この焼き方ひとつでお前と肉談義が可能だな!!


「ソルジェ兄さん、ものすごい形相でお肉をにらんでいるけど……」


「それぐらい美味いってことっすわあ。はあ、シスコンって怖いっすねえ」


「シスコンが、この表情と関係しているの?」


「そりゃあ当然っすわあ。うちの団長、ドがつくシスコンっすからねえ。ミアのわがままでルードに家一軒、建てちまったわけですし」


「ルードって、とっても遠いよね?」


「住みもしねえ家を買っても、しょうがねえのに……まあ、古いアジトも落雷で焼けちまったし、まあ、一軒ぐらい家があっても倉庫代わりには良いのかもしれねえけど」


「落雷って、ギンドウさんがやったの?」


「はあああ!?や、やるわけねえっすけど!?」


「そう……だよね。もぐもぐ」


「団長。オレちゃん、無実っすよお。妹ちゃんが言ってるの、ただの誤解っすからねえ」


「分かっている。そんなことをすれば、シアンが制裁を下しているだろうしな」


「ま、まあ。そうなったかもしれねえっすけど。本当に、オレじゃなくて、ただの自然現象っすからね、あれって」


「そうムキになっちゃうと、なんだか……逆に怪しく感じるのが、人徳ってヤツだよね」


 ギンドウにあまり無い要素の気がしたな。人徳。ときどきいいヤツなんだが、ときどきでしかないからその得難い徳を身にまとっているとは言い難いおとこであるのは確かだった。


「オレちゃん、誤解されやすいんすよ」


「……日頃の、行いだ」


「人徳はー、一日してー、成らずー……ですからねー。もぐもぐ」


「女性陣からの評価、低すぎっすから!?」


「大丈夫。猟兵として、魔術師として、最強クラスのヒトだってことだけは、ちゃんとリスペクトしてるから。あ、あと、爆弾づくりも上手……もぐもぐ」


「オレちゃん、もっと性格面で誤解を受けないようにしたいもんっすわあ」


「積み重ねですー。もぐもぐ」


 たしかに。ギンドウには改めるべき場所がないとは言えなかったかもしれん。ひどいときは、本当にひどいからな。形見であり商売道具の魔銀の義手を質に入れてギャンブルに興じる、そんな姿を見たときは……かなり面白くもあったが。


 女性陣からの評価が低くなって当然の所業ではあるとも感じたよ。


 ……ああ。


 脱線してしまったな。集中しなくては。この死ぬほど美味い牛ヒレ肉のハイランド風ステーキを野蛮人の脳みそに記憶するという任務を、絶対に忘れてはいけない。


 美味さの秘訣は肉への下処理だけではないのだからな。


 そうだ、やはりステーキの美味さを引き出す大きな決め手はソースだろう。ハイランド風ソース……魚醤と油を混ぜて作っているものだが、今回の味にはトマトの風味も混じっている。夏のトマトと、アンチョビとスパイスを混ぜて発酵させた魚醤のソース……。


 そいつらを混ぜて煮詰めた作った。


 そして、なおかつ……この濃厚な甘みは。


「……ハチミツ入りか」


「あ。それ、私にもわかったよ、ソルジェ兄さん!このソースね、ハチミツもたっぷりだよね!!」


 メルカ料理はハチミツのソースを好むからな。ククリの舌はその甘みに強く反応しているようだ。


「ああ。甘酸っぱいソースに仕上げている。肉の焦げを感じさせずに、フレッシュさを強調する仕掛けだな。素材の美味さを誘導するようなデザインだ」


 感動するよ。料理とは哲学だな……ああ、どこまでも肉が好きな哲学をしているぜ、ハイランド料理ってのはよ。肉の甘みを引き出すために、ハチミツのコクも使っていやがるのだから……。


 ミア。お兄ちゃんは、こうして離れていても、お前に最良のヒレ肉ステーキを作ってやるための方法を学んでもいるぞ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る