第三話 『星が躍る海で』 その4
料理が運ばれて来る。香ばしいソースのにおいに包まれた、口に運びやすい縦長のサイズにカットされた牛肉のステーキがね。たっぷりとソースをかけられていて、その肉の下敷きにされるように野菜たちがいた。
シンプルな調理法ではあるだろうが、豪華である。それに肉料理の選択も悪くはない。昨夜の戦闘による疲弊があるからこそ、血肉に化ける栄養を体にぶち込んでおきたくなるのが戦士の本能だ。
牙を剥いてしまうよ。笑顔になるのさ、こういう肉料理を前にすれば、当然のことだよな。ガルーナの野蛮人は、焼いた牛肉のことを愛している。
「おいしそう!……あ、朝から、お肉はハードかもって思ったけど、おいしそうだから食べられそうだよ」
「……食べるのも、仕事だ。五体満足の戦士は、動けなければ、無価値になる」
「た、たしかに!……うん!食べるよ!おいしそうだし!!」
「うふふー。ハイランド王国軍の料理はー、きっと大陸でもー、いちばんだと思いますよー。欲目でしょうかー」
「いいや。間違いないさ。戦場の最前線に、これだけの食材と調味料、そして料理人をそろえておける軍隊は、間違いなくこの大陸にはない」
ファリス帝国軍よりも、料理の美味さでは圧倒しているのは確かだ。どう考えても大陸で最も金を持っている軍隊を、はるかに超越しているのだから、異常なまでの情熱が注がれていることは理解できるさ。
戦場でレストラン並みの美食を味わえるとはな。驚愕すべき事実じゃあるんだぜ。
「すごい情熱だよね。妥協とか、しない部分なんだね!」
「おいしい料理を食べるのもー、生きている楽しみですからねー。ヒトが強さを発揮するためにはー、こういう本能を充たさなければならないー。須弥山・螺旋寺においてはー、欲望や本能などの天然自然の性質を否定することはありませんー」
「そうなんだ。勉強になる。ハイランドの武術って、なんていうか哲学的な部分でもかなり合理的っていうか……歴史と研鑽を感じられる」
「……当然だ」
「当然ですー」
須弥山の美しい女たちは、それぞれの長く流麗なフーレン族のしっぽをビュンと振ることで称賛の言葉に喜びを示していた。シアンとパール、さすがは幼馴染といったところなのだろうかね、そのしっぽの動きは完全に同調していたよ。
須弥山・螺旋寺の哲学の一端。そいつをククリの指摘によって、オレもまた少し理解を深められたことは幸いだった。
騎士道とはまた別の哲学が闘争というものにはつきものである。ともすれば、『卑劣』とまで呼ばれる合理的な戦術も、立派な強さだからだ。暗殺、多対一、奇襲、毒、呪術。鋼も肉体も酷使する螺旋寺武術の技巧は、天然自然が許す『力』の全てを肯定している。
なかなかに興味深いものだ。
邪悪な側面をも、そもそも武術を構成する概念の一つとして許容しているのだからな。
武術もまた商業的な側面やら、哲学的な側面によって制約を受けてしまいがちなものだ。他流との『違い』を作ることで、存在感やアイデンティティーを保つことも多い。
だが、ヒトが持つ『卑劣さ』をも本能として許容する武術というものは、極めて珍しいものだ。強さとは、天然自然、ヒトそのものが持つあらゆるもの全てを使って、組み上げるものか……。
シアンらしい強さの質だし、そいつはオレたち猟兵にも通じるものが多い。
「なかなかためになる教えだ」
「そうっすかあ?メシの前に、わざわざするようなことじゃねえっすよお!!食べたいときは、食べるのに夢中になるのも、本能っすもんねえ!!」
哲学と本能は、相も変わらず親和性に乏しいところがある気がした。ハイランド武術の哲学は、かなり本能を肯定しているが……哲学ってものは、否定して作る精度だ。対して本能というのは肯定なんだよ。
ハイランド武術の器の大きすぎる哲学は、手段の肯定も多い。
ギンドウの本能の肯定ばかりを推奨する生きざまとは、似ているが、かなり異なる部分もあるな。
半分同じで、半分は真逆みたいというか、浅はかさと深慮が合うことはないというか―――馬鹿と賢者も同じ言葉を使うことが多々あるのに、どうせ理解し合うことはないのと同じかもしれん。
何であれ。
「まあ、ギンドウの言葉にも一理があるさ。今は、この絶対に美味い牛肉さんに噛みつくことこそが正しく感じる」
「……そうだな、認める」
武術やら哲学やらを考えたり語り合ったりすることに適した環境では全くない。空腹と、目の前にある香り立つ美食。どうあがいたところで、理性には勝ち目がない環境であったのだから。
「はいー。みなさんー、昨夜はたくさん働いてくださってー、助かりましたー。たーくさん、お召し上がりくださいねー」
パール・カーンが仕切りなおすように宣言してくれたよ。だから、思いっ切り食欲を満たすことに夢中になればいい。
目の前の大きな皿に載せられている、牛肉の細切りステーキと、それの下敷きにされてとろみのあるハイランド風・ソースがたっぷりとかかった炒められた夏野菜。シンプルじゃあるが、実に食欲をくすぐってくれる香りでコンセプトだった!!
「いただきまーす!」
行儀の良い我が妹分の声を皮切りにして、オレたちの朝食を兼ねた昼食はスタートしていたよ。
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