第三話 『星が躍る海で』 その3


「こっちだよー!」


 明るく弾む声に誘われながら、猟兵たちがそろった食卓へのドアが開く。シアンとギンドウが食卓についていたし、パール・カーンもいる。


「おせーっすよ、団長」


「約束の時間を決めていないから、遅れたわけじゃないさ」


「……十分に、休めたか」


「ああ。休めたよ、おかげさまでな。ハイランド王国軍の上等なベッドを借りちまったが……」


「……構わん。負傷兵には、医療は行き届いていた」


「そうか。さすがだな」


「はいー。シアンの救命措置や、ククリさんの錬金薬に助けられましたー」


「そう言ってもらえると誇らしいよ」


「さあさあ、ソルジェ兄さん。席について!こっちこっち!」


 ククリの手が革張りのイスを引いてくれたから、上機嫌になってそこに座る。右手にシアン、左側にはククリが座る。両手に花の良席であったな。


 シアンが食前酒をぶっきらぼうに差し出してくれたよ。赤ワイン。朝から呑んでもいいとはな、そいつを受け取って、下品にラッパ呑みしてみる。ああ、酸味があるな。起きてからすぐに口へと含むには、刺激的だが、それもいいさ。


「……はあ。いい酒だ」


「ヘヘヘ。そうっすよねえ。なんでも、盗賊どもの『遺産』らしいっすよお」


「なるほど」


 ハイランド王国軍に征伐された、この砦を占拠していた連中の遺産。長らくこの砦を根城にして暴れまわっていた連中だけのことはある。いい酒も盗んで貯め込んでいたようだ。


「オレちゃんに任せてくれたら、もっと色々とお宝を探り当ててみるんですがねえ」


「横領しそうだよね」


「ちょ!?……おいおい、人聞きが悪い言葉を使うもんじゃねえっすよお、ククリちゃーん。オレちゃんはー、仕事として働くときは、そーんなに悪さなんかしないっすよお」


「何ていうか信じにくい。そうだよね、シアンさん?」


「……ギンドウ・アーヴィングは、色々と前科がある。シャーロン・ドーチェとは違った、厄介な側面を持つ」


「シャーロンとオレちゃんが同列なのはおかしいっすよお。あっちは、ただ面白がって悪さをするような極悪で、オレちゃんはあくまでも欲望に根差した素直なヤツなんすからねえ」


「……ろくでもない」


「シャーロンさんっていう猟兵も、ギンドウさんみたいなんだ」


「……クズだな」


「言い過ぎだぞ、シアン。シャーロンって、面白いヤツだろ?」


「……長の感性は、時々、おかしい」


 おかしいって言われてしまった。冗談の欠片もなさそうな、まっすぐな瞳を向けられながら。多少は、変わっているかもしれんが……そんなにおかしいとまでは感じていないのだが。


「どんなヒトなのか、会うのが心配になってくるよ、シャーロン・ドーチェさん」


「……女のような顔面をした、下品で裏がある男だ」


 間違いでもない。だから修正するのが難しい評価だったよ。『ルードの狐』の一匹であり、それはつまり『ルード王国の非公式な外交官』という身分を持つことになる。


 シャーロンは、たしかに『パンジャール猟兵団』の中でも毛色が変わったはいる男だ。


「だが、猟兵だ。オレたちを裏切ることはない」


「……それは、認めよう。踊らされることは、あったとしてもな」


 日頃の行いは大切だった。さまざまなシャーロンの悪戯。ろくでもない依頼を多くオレたちに持ち込んだ過去が、シャーロンに対する猟兵女子たちの評価を下げているままであった。


 面白いヤツなんだが……ミア以外の猟兵女子からは低評価なんだよ。


 ……あの美形野郎は、もしかして、クラリス陛下を気にして他の女性にあえてモテないようにしているのかもしれんがな。


「ま、まあ。そのシャーロンさんはともかく。今は朝ごはん……っていうか、昼ごはん?とにかく、食べようよ!」


「ああ。素晴らしい肉の香りがしている。牛肉か。そして、ハイランド王国のソースを油で炒めている」


 猟兵の鼻を利かせて、厨房の方から漂ってくる香りを分析してみる。ハイランド王国の王都にあった、馬鹿でかいレストラン。この砦の四倍以上はありそうな店でも、嗅いだな。


「スパイスと魚醤を混ぜた類いのソースだな。オリーブオイルで炒めているのか」


「香りだけで分かるもんなんすねえ」


「当然だろ?ギンドウ、お前もハイランドのレストランで食ったし、説明も聞いただろ?」


「コックを呼んで演説させてたっすねえ。そういうの、オレちゃんよく分かんねえっすわあ。料理は食べるもんで、作りたいもんじゃねえっすわあ」


「料理は楽しいぞ?」


「ソルジェ兄さんは好きだよね。私も好きだけど……」


「私もー、好きですよー。作るのもー、食べるのもー。シアンはー、食べるの専門ですけどねー」


「……作るより、食う方が楽しい」


「ヘヘヘ。シアンはオレちゃんチームだ」


「……殺すぞ」


「こわっ!?……まったく。オレちゃんのこと、嫌いすぎっしょ、シアン」


「……戦士としては、認めている。人格までは、別物だ」


「うわー、手厳しい評価だね」


「オレちゃん、誤解されちゃいやすい『隠れ働き者』なんすよねえ」


「あのシアン・ヴァティに猟兵としてはリスペクトされているんだ、十分だろ」


「まあ、そうっすけどねえ。おーい!コックさーん!!そろそろ、メシ、運んで来てくれていいっすよお!!団長の料理についてのウンチク聞かされるよりも、さっさと食いてえっすわあああああ!!!」


 確かに、その通りだった。美味い料理を前にすれば、知識よりも本能で反応する方が正しいものだからな。ギンドウは本能に忠実だからか、その発言には妙な納得をしてしまうことが多いんだよ。




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