#1-10 アルスの若き戦士たち

 アルスの街並みに太陽の日差しが差し込む。

 丘の上の巨樹は今日も無数の枝葉を風にそよがせて揺れていた。


 早朝の人もまばらな駅の傍にある広場には、木刀の打ち合う音が響いていた。

 昨晩のアースとのやりとりで王都へ行くことを決めたファングは、自身に剣の扱い方を教えてくれた師であるルジンに、旅立ち前の最後の稽古をつけてもらっていた。


 ファングが懸命に木刀を振りルジンに向かってゆくも、それらすべてをルジンはいともたやすくいなしてゆく。

 2人の足さばきの靴を擦る音が静かな広場で小鳥の囀りのように鳴る。


「やああぁぁ!!」

 僅かな隙でも作るために、ファングは大きく踏み込みルジンに斬りかかった。

 が、ルジンの狙いはそれだった。振り下ろされた木刀目掛け、弾くように横に振り払い逆にファングに隙を作ると、ガラ空きになったファングの首元に木刀の切っ先を突きつけた。

「これで30戦30勝だ。」

 首元に向けられた木刀の切っ先を見て、ファングは苦笑いを浮かべた。

「ったく・・・朝っぱらから人の事を叩き起こしたかと思えば『稽古つけてくれ』だなんて・・・俺は朝弱いの。勘弁してくれよ・・・」

 向けていた切っ先を引っ込めて、ルジンは自身の肩を木刀でトントンと叩いて大きな欠伸をした。

「くっそぉ・・・本調子じゃねーのに何で勝てねえかなぁ・・・」

「調子があるのと油断すんのとは違うんだよ」

 いじけるように足元の小石を軽く蹴り飛ばすと、ファングは木刀をルジンに返した。

「昼には出発だろ?準備してんのか?」

「帰ったらやるよ」

「忘れ物すんなよ?届けねーぞ?」

「うっせぇ」






「じいちゃん、ただいまー」

 ルジンと別れて家に帰ってくるとそこにアースの姿は無く、代わりにテーブルの上にメモが1枚置いてあった。

『悪いがちょいと古い友人に会いに行ってくる。』

「んだよ、古い友人って」

 ふと視線をやると、メモの下の方には小さく一言書き加えられていた。

『追伸 忘れ物すんじゃねーぞ。あと、戦士様とお世話になるギルドの皆様に迷惑かけんじゃねーぞ』

(俺ってそんなに信用無い?)

 怪訝そうにメモを読み終えると自分の部屋に行き、古びたリュックサックに適当に荷物を入れ始めた。

 たいして入ってない財布、所々破れている着替え、特に価値のないガラクタ、そして―――

「あとは・・・これも持ってくか。途中で暇つぶしにはなるだろ」

 そう言ってファングが手に取ったのは古びた表紙の書物だった。

 本のタイトルは『アレクサンダー伝説』、かつて王都に現れた伝説の戦士の物語である。幼い頃に読んでからファングの宝物になっている。

 一通り詰め終えるたリュックサックはパンパンに膨れていた。

 肩に背負って玄関へ向かい、振り返る。

 いつの日からか記憶にないが、幼い頃からいたその家の思い出が蘇る。

 文字の読み書きをアースに教えてもらったこと、外でバッジとイタズラをしてそれが見つかり思い切り叱られたこと、食事の作り方・・・たくさんのかけがえのない思い出だ。


「・・・いってきます」

 家とアースへの感謝の言葉を小さく述べると、ファングは駅へと向かった。






 駅前に着くと少しばかりの人だかりが出来ていた。その中心人物はやはりあの戦士様だ。

 子供やその保護者からサインを求められていた。サインを貰った子供たちがはしゃいで帰っていくと、ファングは戦士と目が合った。

「おー、来たか青年!!」

 高く手を挙げてファングへと歩み寄ってくる戦士に、ファングが姿勢を正して頭を下げた。

「昨日は迷惑かけてすみませんでした!今日からよろしくお願いします!」

 昨日の無鉄砲な青年が突然頭を下げて謝罪をしてきたものだからか、戦士は気取られてしまった。

「お…おぅ。よろしくな」

 豚頭の兜をポリポリと掻いてどことなく照れ臭そうでもあった。

「さぁて・・・あとは・・・お!あれかな?」

 戦士が見ている方向に振り向くと、その向こうから見覚えのある青年が走ってきた。

「おーい!ファング~!」

「ば・・・バッジ⁉」

 ニヤニヤと笑みを浮かべてやってきたのはバッジだった。普段なら身に着けることの無い、鉄とレザーをあしらったコートを着ている。

「お前・・・どうしてここに?」

「ふふん、どうしてかって?俺も行くんだよ!それに・・・」

 そう言ってバッジは手に持っていた布に包まれた物をファングに渡した。

「お前、武器も持たずに行くつもりかよ?」

「いや、それなら王都で・・・」

「ならよかった。それ、昨日から親父と夜通し鍛えて作ったんだ。使ってくれ」

 ファングが布を捲ると、そこには鞘に収まった剣があった。

 長さは普段から使ってるロングソードと同じ程だ。

「抜いてみ?マジビビるぜ」

 そう言われてファングは鞘から剣を抜くと、樋が白く、刃先が黒い剣が出てきた。

「おわ・・・なにこれ・・・色すご!」

「だろ~!何の鉱石使ったか知らねえけどよ、なんかすげー貴重な石らしいぜ」

「ほぉー」だの「へー」だのとファングが剣に見惚れていると、戦士が言い出した。

「これで2人目っと・・・あともう1人なんだけどな・・・」

 戦士が辺りをキョロキョロと見渡すと、丁度その人物がこちらへ向かって来ていた。

 見るからに重たそうな大荷物を抱え、フラフラとした足取りでこちらに向かってくるのはメルティだった。

「ファングゥ・・・バッジィ・・・お・・・おは・・・よぉ・・・」

 一歩歩くたびにズシズシとなりそうなその大荷物は、メルティの細い腕には文字通り『荷が重い』。

 慌ててファング達が駆け寄って、荷物をいくらか預かった。

「お、おはようメルティ・・・大丈夫か?」

「だ・・・大丈夫・・・」

 汗だくになったメルティにファングが心配そうに声を掛けた。

「あー・・・まぁいっか。これで、全員揃ったし!」

 そう言うと戦士は耳にはめて使うタイプの通信機をファング達に渡して説明を始めた。

「えーっと、それは王都ではよく使われている小型の多機能通信機だ。ギルドのメンバーなんかと通話する時にでも使ってくれ。んで・・・」

 そう言うと今度は数枚の用紙を3人に渡した。

「それ、昨日の夜にギルドから届けて貰った"契約書"だ。あとで王都に入る時に必要になるから失くさないでおくれ。さて・・・そんじゃ・・・」

 駅の階段を数段登り、戦士が振り返る。

「自己紹介ターイム!!うちじゃ『帰るまでが任務』がモットーだからな!今から俺たちは"パーティー"だ、互いの事を知らないとってやつだな!!」

 そう言うと更にもう一段登って戦士は自己紹介を始めた。

「俺の名前は『ウィルブ・ソリタス』、腕っぷしだけならギルドで2番目の戦士だ。よろしく!!」

 ビシッと握った手を突きだして、自信満々に自己紹介をした。

 ファング達は互いに目配せをしている。

「おいおい~、次は君達だぞ~?」

 ウィルブがそう言うと最初に口を開いたのはファングだった。

「俺は『ファング・ウェイン』です!長老の所で育ちました。よろしくお願いします!」

 深々と頭を下げるファングを見て、バッジが続いた。

「オレ『バッジ・バルクゲニア』で~す。よろで~す!」

 いかにもバッジらしいフランクな感じの挨拶だった。

「えと・・・私は『メルティ・ネフィカ』です。みんなみたいに幽子が使えないけど、魔法ならバッチリ使えます。よ、よろしくお願いします!!」

 3人の自己紹介を受けた戦士がウンウンと頷くと言い始めた。

「うん!じゃあ今から俺たちは"パーティー"だ。ギルドに着くまで何があっても『仲間を信じること』を忘れないように!」

 そう言われた3人が声を揃えて「はい!!」と返事をすると、駅のアナウンスが入った。

『間もなく 上り線より 王都行きの 列車が 発車します』

「おわっと!!こんなことしてる場合じゃなかった!!みんな、急げええぇぇ!!」

 大慌てで階段を駆け上るウィルブに、ファング達も駆け上ってついてゆく。

 列車には乗車券といったものはなく、後払いであるためにただ駆け込むだけでよかった。

 閉まりかけた列車の扉に何とか滑り込み、全員が乗車できた。

 窓の外を見慣れた街並みが過ぎてゆく。

 自分たちの冒険の始まりを目の当たりにし、ファング達は窓を開けると、入り込む風の音に掻き消えないように大きな声で叫んだ。


「いってきまあああぁぁぁす!!」






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