#1-9 アルスの若き戦士たち

 町の駅前の通りを抜けた先、そこにはメルティの住む『魔女の釜』という名の薬局店がある。

 元々の店名は『メディス薬局店』という名前だったが、ある日、の呪いで変えられてしまった。


 そんな店の奥、住居スペースのリビングではメルティは椅子に座らされていた。

 その正面には筋肉質な腕を組んで佇む彼女の母親『ディジー・メディス』がいた。

 父親に連れられて帰ってきた彼女を、ただ静かに見つめていた。

 まるで、メルティの方から言い始めるのを待つかのように―――


「え、えと・・・」

 重たくのしかかる母親からのプレッシャーと、部屋に広がるその空気に耐えきれず、メルティは何とか声を出した。

「ご・・・ごめんなさい・・・」

 頑張って捻り出した最初の言葉は謝罪だった。言い訳などせず、ただ『穏便』に済ませようと。

 ディジーはメディスと結婚する前は王都の戦士ギルドに在籍していた。周りは屈強な男たちがひしめき合う中で、紅一点の女戦士としてその名を上げていた。

 それ故に、今でも暇さえあればトレーニングをしているため体格が良く、そんな彼女に怒られるのがメルティは怖いのだ。


「で?」

 高圧的とも取れる返事・・・小さく縮こまっているメルティは、ますます小さくなってゆく。

「えと・・・えと・・・」

 自身の思うように何事もなく済まず、返す言葉を必死で考える。

 考えて・・・考えて・・・わずかな時間を長く感じた彼女は次第に焦りを覚え・・・

「ご・・・ごめんなさい・・・」

 再び、謝罪を選んだ。

「はぁ・・・」

 2度目の謝罪を受け、ディジーは思わずため息を漏らした。

「メル・・・何だい、そりゃ・・・」

 呆れたように言葉を続ける。

「アタシがねぇ・・・こんなことでイチイチ目くじら立てるとでも思ってんのかい?」

 てっきり怒られると思っていたメルティは目を丸くした。

「こーんな無鉄砲なこと、ギルドにいた時にゃあよくあったことさ。アタシにとっちゃ『つまんない』よ」

 呆れの中にじわりと怒りが滲んでいる。

「お、怒んないの?」

「怒ればいいのかい?」

 そう言うとディジーは手をボキボキと音を鳴らしてメルティを脅すと、隣にいたメディスが慌てて止めようとして走り出し、テーブルの足に毛躓けつまづいて転んだ。

「あのねぇメル。アタシはあんたが無事に帰ってきてくれただけで充分なんだよ。それ以上は求めちゃいないのさ、アタシがいた時のギルドの決まり事でね、『必ず生きて帰ってくることを厳守せよ』ってあってね、だからのさ」

 大きな体に見合った大きな心、そんな母親の優しさに触れ、メルティはドラゴンとの戦いを思い出した。

 もし・・・あの時、自分もドラゴンに攻撃をしていたらどうなっていただろう?ファング達と同じように叩きつけられて、大ケガをして帰ってきて・・・どうなっただろうか・・・

 そんなことを考えてるうちに、メルティの心に悔しさが湧いてきた。

「でも・・・でも!」

 椅子から勢いよく立ち上がり、声を張る。

「私が動けなくて・・・ファング達にケガをさせちゃったの!それは・・・それは叱ってくれないの⁉」

 後方でしか戦えない自分の役目は前衛で戦うファングとバッジの支援・・・それなのにその役目すら果たせなかった事・・・それはメルティにとって、充分に叱られる『理由』なのだ。

 しかし・・・。

「あぁ、

 ディジーは言い切ったのだ。しかとメルティの目を見つめて。

「叱ったらアンタはもうそんなミスをしなくなるのかい?生憎あいにく、人間はそんなすぐに何でもこなせるほど賢くないよ」

 メルティが聞き逃すことが無いように、一語一句をハッキリと発言した。

「『今』は2度も来ない、『次』しかないからその時を『待つ』しかないよ」

 そう言うと家の電話機の傍に置いてあったメモ書きを取ると、ゆっくりとメルティに歩み寄ってきた。

「だから・・・アタシはメルを。『次』が来るかもしれないからね」

 そう言ってディジーはメルティにそのメモ書きを渡した。

 そこにはこう書いてあった。

『明日の昼、ファングは王都へ、ギルドに参加、メルティはどうする?』

 走り書きの文字は酷く汚い字、辛うじて読めた内容にメルティは驚いた。

「ファングが・・・王都に?」

「アンタが来る前に長老のじいさまから電話が来てね、で、どうすんだい?」

 ディジーは期待するかのように聞いた。

「ママは・・・私はどうしたらいいと思う?」

「自分で決めな」

 即答で返されて、メルティは少し悩んだ。

(もし・・・ファングについていってまた今回のようなことになったら?・・・いや、違う。これは、ママの言う『次』なんだ・・・!)

「私・・・私も行きたい!」

 娘の決意を聞き、うんと頷くとディジーは言った。

「出発は明日の昼だからね、忘れ物しないように準備しちゃいな。それが終わったら・・・ご飯食べようね」

 先ほどまでのメルティのしょげた表情は、決意に満ち溢れていた。

「さぁて・・・アンタはいつまで床で寝っ転がってるんだい?」

 毛躓いて転んだメディスは未だに突っ伏していた。

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