#1-8 アルスの若き戦士たち

 それは彼にとってどれくらい前の出来事だったろうか。

 彼の前を棒っきれを片手でぶんぶんと振って歩く男の子がいた。その後ろをおどおどとした少女がついて行く。

「なぁ」

 棒っきれを持った少年が振り向き、後ろ歩きで彼に聞いてきた。

「お前のさ、ほら、あの・・・■■■?だっけ?あれってマジなのか?」

「あ・・・あぁ!マジだって!」

「でもさ、ショーコ?だっけ?無いんだろ?」

「いやいや、あるって!ほら、このラッパ銃がその証拠だよ!!これがご先祖の■■■の使ってたやつなんだって!!」

 必死でその少年は答えた、なぜなら彼にとって、

「ふーん」

 信じているのかどうなのか、どっちとも取ることの出来ない淡白な返事だった。

「ホントなんだよ・・・ホントに・・・きっと・・・きっと・・・」

(信じていないわけではない・・・でも・・・それでも・・・)






 町から少し離れた場所に鍛冶屋『アンカラス』がある。

 包丁や調理器具だけでなく、町の警備のための武器や王都に出荷する鎧なども製作しているバッジの実家である。

 迎えに来た父親、ウルサスに金づちで頭部を殴られ気を失ったバッジは、父親に担がれて家へと帰ってきていた。

「う・・・う~ん・・・」

 外はすっかり暗くなってから起きたバッジは、殴られた衝撃でまだ頭に痛みを覚えボーッとしている。

(イテェ・・・何も金づちで殴ることねえだろうに・・・)

 ベッドから起き上がるとふらついた足取りでゆっくりと階段を降り、リビングへと向かった。

 リビングでは彼の母親、『マトリア・バルクゲニア』が彼の上着の破れた所を縫っていた。2階から降りてきたバッジに気付くと、優しく声を掛けた。

「あら、起きたのねバッジ。大丈夫?お父さん、加減って言うのを知らないから・・・」

 優しくバッジの頭を撫でて、「たんこぶとか無いといいんだけど」と心配している。

「大丈夫だよ、かーさん。それより・・・」

「お父さん?」

「ま、まぁ・・・ちゃんと謝ってねーし?」

「お父さんなら鍜治場に居るわ、誤っておいで」

 マトリアに背中を押され、バッジはウルサスの居る鍜治場へと向かった。






 うだるような熱さの鍜治場では、ウルサスが炉に入れた鉄の取り出すタイミングを見計らっていた。熊のように大きな体を縮こませ集中するその背中は、まさに『職人』そのものである。

 鍜治場の彼から感じるプレッシャーのような気配に唾を飲むと、バッジは勇気を振り絞って声を掛けた。

「お・・・親父、あのさ・・・」

 声を掛けられたウルサスは振り向きもせず、すっと金づちの柄をバッジの方へと向けて言った。

「起きたんなら手伝え」

 普段から寡黙なウルサスは必要以上のことを言わない。手渡された金づちを握り、バッジはウルサスの反対側に立った。

「あの・・・えと・・・昼間の事なんだけど・・・」

 バッジの声を聞いているのか聞いていないのか、ウルサスは返事一つしない。

 気まずい空気が鍜治場に広がっている。

 そんな状態で感じる一秒を、バッジは何十倍、何百倍と長く感じていると、ウルサスがようやく口を開いた。

「なんで無茶した?」

 短い言葉がバッジにのしかかる。

「まったく・・・バカなことを・・・」

 無言・・・バッジは返す言葉が無いのだ。

「それもあれか?『海賊王』が原因か?」

「いや、それは・・・」

「バカバカしい、あんなのは昔話だ」

「でも、!!」

「そのご先祖様の伝説のせいで、お前は死んでたかもしれないんだぞ」

「それは・・・」

 ある日、幼かった頃のバッジは死んだ祖父の遺品の中から、『海賊王バルクゲニア』と書かれた数冊の本を見つけ、ずっと読み漁っていた。

 そこには200年程前に死んだ『海賊王』と呼ばれていた先祖について書かれていた。

 更には祖父の家の地下からは、先祖が使っていたとみられる『ラッパ銃』が見つかり、バッジはすっかりその伝説を信じるようになった。

 バッジが黙り込んでいると、ウルサスは炉から赤く熱を帯びた鉄を取り出し、金づちで叩き始めた。

「いいかバッジ、よく聞け」

 鉄を叩きながらウルサスがバッジに口を開く。

「『命が無けりゃ宝を手に入れても意味はねえ。』お前が飽きもせず読んでいるあの本にそう書いてあっただろ、なのに今回のザマはなんだ?お前の信じるご先祖様の言葉は、お前に響いちゃいねえのか?」

 重く、言葉の一つ一つがバッジを責める。

「バッジ、お前はなんでファング達とギルドを作りたいんだ?」

「それは・・・町を守るためで・・・」

「本当にそれだけか?お前は、本当に?」

 実際のところ、バッジには別の目的もあった。

 ギルドを作れば他の町からも依頼が来たりするかもしれない、それが遠い町だったなら遠征し、そこで他の『海賊王』に纏わる文献を発見できるかもしれない・・・そんな思惑が彼にはあった。

 でもそれを他の2人にバッジは言えないでいた。まるでそれを利用しているかのように思われるのが嫌だったからだ。

「そりゃぁ他にもあるさ・・・でも、町を守りたいってのはホントだよ?」

「俺が聞きてえのはそういうことじゃねえ!!」

 鍜治場にウルサスの怒号が響いた。

「海賊王の伝説ばっかり信じやがって、『仲間』を信じられねえのか!!」

 立ち上がり、ウルサスはバッジを見下ろすように怒りをぶちまける。

「信じてるからこそ守ってやるんだろうが!!!!止めてやらなきゃなんねえだろうが!!」

 バッジはウルサスから檄を飛ばされる。

 肩で息をするウルサスは一息つくと、腰を下ろして叩いていた鉄をもう一度炉にくべた。

「バッジ、別に海賊王の伝説を信じるのをやめろとは言わねえ。同じくらい仲間を信じてやれ、時間が掛かってもいい、いつか本音を言って、そん時は・・・

「親父・・・」

 ウルサスの思いを聞き、バッジは自分の愚かさを学んだ。

「お前がグースカ寝てる間に、長老から電話があった。ファングのボウズが『王都』へ行くとよ」

「ファングが王都に⁉なんで⁉」

「ギルドってものを理解するため、だとよ。お前はどうする?」

「ど、どうするって・・・」

「お前も行くか?」

 予想だにしない提案だった。ウルサスの事だから「鍛冶屋を継げ」と言ってくるものとバッジは思っていたからだ。

「悩む必要はねえ、海賊の子孫だって言うんなら、欲しいモンは何が何でもぶんどって来い!」

 父親からの応援を聞いたバッジは、無言で大きく頷いてみせると、薄暗い鍜治場の僅かな炉から放たれる光の中に、普段なら見ない寡黙な父親の笑みが薄っすらと見えた気がした。

「ところでさ、親父。これ・・・何?」

 炉の中にくべられている鉄についてバッジが聞く。

「決まってんだろ」

 そう言うとウルサスは再び鉄を取り出し叩き始めた。

 鍜治場から今度は"2つ"の金づちで叩く音が響きだした。

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