#1-7 アルスの若き戦士たち

 バッジ、メルティ、ルジンがそれぞれの帰路につくと

 残された(そもそも長老と一緒に生活している)ファングの目の前には、10杯のコップが置かれていた。

 全てのコップには巨樹『アルスの樹』から採れた果実を絞ったジュースがなみなみと注がれている。

 色味はリンゴジュースより薄く、少々のトロミがあるそれは、世界で類を見ないほどの絶望的な苦味を有している。

 アルスでは昔から、子供が悪さをしたときの『戒め』としてよく躾けに使われている。


「全部飲み干しなさい」

 先ほどまでの怒りは当に収まり冷静さを取り戻したアースはファングに言いつけた。

 ファングはこれを幼いころからよくアースに飲まされてきた。

 ある日は畑のかかし相手に剣の練習をして壊した時、別の日には魔物退治を失敗して畑に逃がしてしまい農作物が荒らされてしまった時・・・

 事あるごとにそれを飲まされてきたファングにとって、どれほど苦痛のものかよく分かっている。

 目の前にずらりと並べられたコップのうちの1つを手に取ると、おそるおそるジュースを口へと運んだ。

 ジュース自体の香りは悪くはない、ほんのり甘い香りを放っている。

 しかし・・・ファングの口に流れ込んだジュースが舌に触れた瞬間だった・・・

「うっ!!・・・げえぇぇぇ⁉」

 ファングの全身に刺激が駆け巡った。絶望的と称するほどの苦味は、最早刺激と勘違いするほどなのだ。

 挙句の果てにとろみも併せ持ってしまったそれは、ファングの口の中に強く余韻を残している。


「よいか、ファングよ」

 苦味に耐え、何とか最初の一杯を飲み干したところでアースが口を開いた。

「思えばお前は昔からヤンチャじゃった・・・事あるごとにお前にそれを飲ませてきた・・・」

「ぐぅ・・・んだよ、昔話かよ・・・」

「いつの日じゃったか・・・お前が突然、『町にギルドを作りたい』などと言ってきたときは驚いたわい、また考え無しなことをとも思った・・・」

 ファングが幼い頃に取った写真を眺めながら、アースは思い出に浸るように話す。

「『町を守りたい』その心意気やよし、しかしお主はまだ16年しか生きてはおらんのだ。何100年と生きているドラゴンなぞと比べれば、力量の差なぞ一目瞭然じゃろ?」

「うっ・・・」

 ただでさえ苦い物を飲まされているというのに、更に苦い言葉がファングに注がれる。

「何度も言うがファングよ、"勇敢"と"無謀"は違うのじゃ。ましてや、その両者は決して"褒められるもの"ではないんじゃ」

 アースの言葉をファングは、ただ黙って聞くことしか出来なかった。実際、彼がドラゴンをしようと考えなければこんなことにはならなかった。当然、バッジがそれに悪ノリすることは無く、メルティを不安にすることも無かったのだ。

「お前の折れた剣を見よ」

 そう言われてファングは、テーブルに置かれた刃が半分ほど折れた剣に目をやった。

「戦士様が駆けつけてくれたが故に、幸いにもお前の"無謀の代償"は剣が払ってくれたんじゃぞ?」

 その剣はファングが15歳の誕生日にアースが用意してくれた物だった。

 大切にしていたはずの折れた剣を見て、ファングは改めて、自身の"無謀"を感じ取った。

「じいちゃん・・・俺・・・」

 今にも泣きだしてしまいそうな感情を抑え、ファングは言った。


「それでも・・・町を守りたかったんだよ・・・」


 それを聞いてアースはため息を一つ付くと、古びた王都製の電話機へと向かいどこかへと通話を始めた。

「あー、もしもし。わしじゃ、遅くにすまんのう。そっちにあのお方が泊まっとるじゃろ?繋いでもらえんか?」

 アースが通話をしているうちに、ファングは8杯目のコップへ手を伸ばしていた。

「おー、昼間はお世話になりましたのぉ!いやいや、あなた様のおかげで何人も死人が出ず助かりました!それと・・・突然なことで申し訳ないのじゃが、折り入って相談したいことがありましてな・・・」

 はい・・・はい・・・と小さな声でアースは受話器の向こうの人物と会話をしている。

「・・・おぉ!そうですか!いや、助かりますな!では、それでちょいと話してみます。はい…失礼いたします・・・」

 通話を終えたアースが受話器を置いてファングのもとへと戻ってくる。

 丁度その時、ファングは最後の一杯を飲み終えた。


「ファングよ」

 真剣な面持ちでアースは口を開いた。


「お前・・・いや、・・・王都へ行くか?」

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