#1-5 アルスの若き戦士たち
もし戦場において、歴戦の戦士が敵から不意打ちを受けたとして、その戦士はどのような運命を辿るだろうか・・・
対峙する眼前の敵を振り払い、迅速に対応し難を逃れるだろうか?
はたまた、歴史の闇に埋もれるように、むなしく命を散らす結末を迎えるだろうか?
否・・・否である。
数多の戦場を渡り歩きあらゆる戦闘経験を積んだ者にはそもそも、不意打ちなど無意味に等しいのだ。
自身の周りを敵味方が入り乱れる戦場で不意打ちとは、『最良の一手』なのは当たり前なのだ。油断などというものは、断じてありえないのである。
このドラゴンもまた、『寝込みを襲う不届き者』を想定し、油断をしていなかったのだ。
斜面を滑り降り、剣を構えて飛び掛かかるファングを、ドラゴンの真紅に輝く瞳が捉えていた。
ゆっくりと頭を上げ、白銀の翼を大きく広げると、ファングへ顔を向ける。
翼を広げたドラゴンを見て、メルティは妙な気配を感じ取った。
それは普段から魔法を使っている彼女にとって、身近なものだったからだ。
ドラゴンはファングに向かい、大きく口を開いた。
その瞬間、空気が一瞬だけ『揺れた』。それは、ドラゴンの口から放たれた衝撃波を伴った魔法だった。
衝撃波の直撃を受けたファングは、滑り降りていた斜面に激突し、転がり落ちてゆく。
「ファング!!」
転がり落ちた先で横たわるファングのもとへ、メルティとバッジが斜面を下り駆け寄った。
「ぐっ・・・!」もろに受けた衝撃波と打ちつけた痛みで、ファングは苦しそうにもがいていた。
「この・・・ヤロウ!!」バッジは銃をドラゴンに向けて構えた。
「幽子術技・・・波飛沫!!」水を纏った弾丸が、ドラゴンへ向かって撃ち放たれた。
すると、ドラゴンの瞳が怪しく光った。
たちまちドラゴンの足元の地面が盛り上がり、まるで壁のようにせり立つと、バッジの撃ち放った弾丸を受け止めた。
「な・・・⁉」いともたやすく防がれ、バッジが驚愕していると・・・
弾丸を受け止めた土の壁を、ドラゴンは前足を使って砕き、その破片をバッジへ向けて飛ばして反撃をした。
「ぐああぁぁ!!」無数の土塊と化した破片が、バッジに襲い掛かり、彼を吹き飛ばした。
「バッジ!!」ファングを介抱していたメルティが叫ぶ。
視線をドラゴンへと向けると、ドラゴンと目が合った。
別に襲い掛かってくるでもなく、まるで・・・『お前はどう来る?』とでも言うかのように、そしてそれを楽しみに待っているかのように、長い尻尾をパタパタと動かしている。
ふと、抱き寄せていたファングが起き上がった。
痛みのひいていない体をなんとか起こし、ふらふらとした足取りでドラゴンへと向かってゆく。
近寄ってきたファングの目の前に、ドラゴンは顔を近づけた・・・『斬れるものなら斬ってみろ』とでも言いたげに。
「ぐ・・・うおおぉぉ!!」近づけられたドラゴンの顔に目掛けて、力任せに剣を振り下ろした。
その時・・・ファングにとって、予期せぬことが起きた。
剣が、折れたのだ。
本来であれば柔らかいはずのアニマドラゴンの鱗は、たやすく彼の剣を弾き、折ったのだ。
『ヒト ノ 子 ヨ』
重くのしかかるような声色がファングの脳内に響いた。ドラゴンの魔法を使った念話だった。
『力量 モ 測レヌ 愚カナ 子 ヨ・・・ 魂 カラ 生マレ 出直ス ガ ヨイ』
振り上げられた太い前足の先には、4本の水晶の爪がギラリと光って見せた。
「ファング・・・!!」
飛び出すように駆け寄ろうとメルティが動き出した、その時だった。
彼女の後ろから、何者かがドラゴンに向かって駆け抜けていった。
一瞬でファングのそばに駆け寄ると、その人物は勢い任せにファングを突き飛ばした。
突然目の前に現れた人物に、ドラゴンは驚いた。
『貴様・・・! ナゼ 気配 ヲ 感ジ取レナカッタ・・・ マサカ ソノ 兜・・・ 〈気配殺シ〉 カ・・・!!』
白い鎧に豚の頭のような兜—――彼女たちはまだ会っていない、王都から来た戦士だった。
ドラゴンは彼に向けて前足を振り下ろした、爪が空を裂き戦士に迫る・・・
「どりゃあああぁぁ!!」振り下ろされた前足を、戦士は殴った。そして・・・弾き返したのだ。
弾き返されて無防備になったドラゴンの腹に向かい、戦士は剣を抜いて斬りかかった。
「殺さなくていいって言われてっけどよ・・・状況が状況だ!すまん!!」
横一閃、ドラゴンの腹部を斬り払った。
腹を斬られたドラゴンが、苦しそうに顔を空へ向けて咆哮を上げると・・・ぐったりと倒れこみ、動かなくなった・・・
「倒した・・・のか・・・?」よろよろとバッジがメルティのそばに歩いてきた。
「たぶん・・・」動かなくなったドラゴンを見て、メルティは突き飛ばされたファングのもとへ駆け寄った。
ドラゴンの死を確認した戦士は剣を鞘に納めると、集まったファング達に向かい叫んだ。
「コラああアァぁぁっ!!何やってんだ君達は!!」
静かな森の奥深く、戦士の怒号が響き渡る―――
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