第5話 人魚?の話


音間ライは人魚である。


「え、違うよあたし」

「そうなの?」

学校帰りにそう呟く彼女はタピオカミルクティーを、私は抹茶オレを片手に足湯に浸かっていた。行きつけの喫茶店には何故か足湯があって、私は暖を取り、彼女は尾びれを自由にさせてちゃぷちゃぷと音を立てていた。

「あるじゃん、尾びれ」

「尾びれがあるからって人魚ってわけじゃないでしょ。ほら見てよ、この耳。人魚にこんな丸い耳があると思う?」

ぴこぴこと動く耳は白く滑らかな質感をしていて、なるほど確かに人魚らしくない。丸くて、少し尖っていて、これは―――――――

「くま?」

「違うよ、ライオン。あたし、マーライオンなの」

すぽすぽと吸い込まれていく黒い球体を眺めながらはあ、と応える。確か、シンガポールにいる幻の生き物だ。頭がライオンで下半身が魚の像、ライオンのお話と都市の名前の混ざった守り神さまだ。もし本当にそうなのだとしたら、こんな所にいていいのだろうか。

「いいんじゃない。パパとママが頑張ってくれてるみたいだし。まああたしもいつかは戻らなきゃいけないんだろうけど」

「いつかっていつ?」

「さあ」

ライはからからと笑って、その大きな目でじっと私を見た。

「あたしが神様になったら、会いに来てよ。」

「やだよ遠いし」

「友達がいのない奴め」

私はそう言いながらも、言いようのない寂しさを感じていた。だって横でタピオカを飲んで足湯を楽しんでいるこの友達が、いつかすぐに会えない場所に行って、手の届かない存在になってしまうだなんて。少し考えただけで涙が出そうだ。ぬるくなった抹茶オレを啜ると、ライは言った。


「頼むよ。神様を『音間ライ』って呼べるの、あんただけなんだから」


夕陽をバックに添う言うライは、悔しいけど世界一美しくて、神々しかった。私は泣きそうになるのを堪えながら、「あんたが水ゲーゲー吐いてるとこ、連写してインスタに乗っけてやるよ」なんて言うしかなかったのだ。

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