第2話 養殖の人魚の話

ペット用の人魚もいれば、食用の人魚もいる。最近では食用人魚の養殖業まである始末だ。人魚たちは手を掛ければ掛けるほど、愛情をこめればこめるほど美味しく、美しくなる。

私の仕事は彼ら彼女らのお世話係だ。毎日決まった時間にごはんをあげたり、水槽の掃除をしたり、遊んであげたり、ストレスの原因を取り除いてあげたり。とはいえどれだけ愛情深く接しても、人魚たちはいずれ加工されて缶詰になり、切り身としてパックに詰められて売られたり。あるいは道楽の一種として水槽でしばらく飼われたのちに調理されるなど、いずれ行きつく先の誰かの胃の中だ。

半分はひとのかたちをした人魚たちへの罪悪感なのか、なんなのか。養殖の人魚にはある教育が幼いころから為される。それは「食べられることは素晴らしいこと」という教えだ。繰り返し繰り返し刷り込みを行った結果、恋に焦がれる乙女のように、人魚たちは出荷の日を心待ちにし始める。


「みずき」

「はあい」

名前を呼べば、ショートカットの人魚がちゃぷんと顔を出す。この水産加工会社では、人魚一体一体につききちんと名前が付けられている。名前を呼ぶことで人魚たちも懐き、愛情の度合いも跳ね上がる。それに何より職員が呼びやすい。

「出荷日、決まったよ。明日の午後一時だって」

「ごごいちじ。ああ、針が上の方にあるお時間ね」

「その通り。みずきは頭が良いね」

そう褒めればみずきはえへへ、とはにかみ、上機嫌に鼻歌を歌う。たくさんいる人魚の中でも、言葉を話せるものは少ない。ましてや時間の感覚がわかるものなど、片手で数えられる程度だ。そんな子の脳はさぞ美味しかろうと、とある大手企業の社長が買い付けたのが数日前。コンディションを整えて、明日彼女は最高の状態で送り出される。

「ああ、楽しみ!わたし、どんなふうに食べられちゃうのかしら。おさしみ?てんぷら?それともそのままがぶりと頂かれちゃうのかしら。ああ、ドキドキが止まらない!お姉様にはこの気持ち、わかる?」

私は何故かこの子に「お姉様」と呼ばれている。なんでも教えてくれるから、一緒に遊んでくれるから、らしい。どうあれ懐かれているのは嬉しく思う。

「うーん、わからないかな」

「ふうん。もったいないのね、人間って」

食べられることを心待ちにしている人魚たちには申し訳無いけれど。私は少しだけ、人魚たちのことを哀れに思う。ましてや養殖のこの子たちは、食べられるために生きて死ぬのだ。そう、今こうやって話しているこの子も、数日後には物言わぬ肉となり、消費される。そこにはもう「みずき」という個はなく、ただの肉として処理されるのだ。…………そんなことを言ってしまうと牛はどうなんだ、豚はどうなんだと言われてしまうし、そもそもこの職業が向いていないんじゃないかとよく言われるけど。どうしても、やめることはできない。

「ねえお姉様、わたし、お姉様に食べられたかったわ」

「え」

私は目を丸くしてみずきを見る。みずきは私に目を向けず、尾をひらひらと揺らめかせて呟いた。

「だってわたし、お姉様のことが大好きだもの。好きなひとに食べられたいと思うのは、当然のことではなくて?」

「-----------」

呆気に取られていると、みずきは少しだけ哀しそうに微笑んで「なんてね。困らせてごめんなさい」ときれいな声で言った。愛情をかけてきたつもりではあったけど、同じぐらいの、別の愛情を向けられているとは全く思っていなかった。

もしも、予約をキャンセルされたなら。

もしも、私が人魚一匹買えるだけのお金があったのなら。

もしも――――――私に、今すぐ目の前の人魚を攫えるだけの度胸があったのなら。


「お姉様、お見送りにはきちんと顔を出してね。約束よ」


そんなことができないことなんて、この人魚にはお見通しなのかもしれない。もちろん、と呟いた私の声が震えてなかったか、それだけが心配だ。



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