第20話 夏コミエ!BOTH集結せよ!(PART4)
さて、いよいよ3日目だ。夏コミエの最終日。
最終日はコスプレイヤーも多いし、更衣室も混むので、初日と同じような時間に集合。
「さすがのアタクシでも慣れてきたわ!」
何だか、待機列で腰に手を当てて仁王立ちするリリーナさん。
「油断大敵よ。はい、大人しくしてようね」
と成美さんに窘められてる。
何か関係性が固まってきた?
確かに暑いことは暑いんだけど、対処方法やエネルギー配分が身に付いてきたので、この二日間よりは楽に感じる。不安があったけど、フル参戦、やれば出来るもんだ。
「みんな、大丈夫っぽいけど、確実に疲労は蓄積してるんだから、無理しちゃだめよ」
と、成美さんが腰に手を当て注意し始めた。
「成美、ちっちゃいのに大人だな」
「幸次、わかった。ボクの大人っぷりを今夜充分教えてあげるから、死なないでね」
何気にあの二人の会話は常に下ネタの雰囲気を漂わせるんだよな。
リリーナさんは尊敬のまなざしで見てるし、麻琴は顔赤くしてうつむいてるし。宝珠はニヤニヤしてる。
「ほら、人前では、恥を知りなさい」
とムリョウさんのお叱りを受けて、うなだれる下ネタカップル。
ただでさえ待機列の男性比率が高い中、結果的にイチャつくので、敵意の視線を感じるんだよね。
※
早朝から並んだおかげで、開場して間もなく入場成功。
隣の緑地公園には、一足先に幾美と幸次と恭ちゃんが偵察に行くと去っていった。
絶対、他のレイヤーの写真撮りたいだけだと思うが。
僕と崇と女性陣は更衣室へ。
「んじゃ、あとで~」
女子更衣室の出口付近で待ち合わせることに。
女子更衣室はすでに入場待機列が出来始めており、5人は急いで去っていった。
「さて、崇。今日はブラ付けろとか言わないよな」
「一乗寺は変態キャラじゃねえ」
「…つまり、一昨日のお前は変態なのか?」
「違うわ、ばかもん」
と、いつもの日常会話をしながら男子更衣室へ。
※
「さて、皆さん。これよりコスを授与します」
と、未来さんが卒業証書を手渡すがごとく、かしこまった渡し方をするので、各々も証書受け取る側みたいな感じになっちゃった。
リリーナさんだけは、どうしていいかわからずに困惑していたのが可愛いというか、可哀そう。
「ほら、更衣室でふざけてると迷惑だから、さっさと着替えよ」
受け取るポーズまでやったくせに、望さんが仕切る。
すると4人揃って、何か期待の眼差しでわたしを見つめてきた。
まさか…
「突っ込まないからね」
と返すと、驚愕から落胆に表情を変え、黙々と服を脱ぎだす4人。
なんなの…リリーナさんまで悪影響受けてるし。
「この前より、胸に余裕ある。未来ちゃん、やるね」
「一番の体型問題児の成美さんだからね」
「未来ちゃん、体型問題児扱いはやめてって言ったよね。……うん、無茶なアクションも出来そう」
だから無茶なアクションって何?
「望は、もう育ってないよね?」
「……大丈夫、一週間かそこらで育たないから」
「OK、麻琴は?」
「聞く必要ある?」
「ないよね、うん。リリーナは?」
あとで和尚をイジメてやるんだ、絶対。
「アタクシは大丈夫。これ、すっごくファンタジーでカワイイ」
「サンキュ。成美さん、ツップリとエルプリのメイクお願い」
「りょーかい」
よし。謙一と一緒に和尚をイジメてやる。
でも、別にダメージ受け無さそうなんだよな、未来さん。
※
早々に着替え終えて、女子更衣室の出口辺りで待つこと30分くらい。エルフ戦隊登場。
合宿の時から、さらにリリーナさんも加わり、周りがざわつくレベルの集団になっている。
「お待たせ、崇、ケンチ」
「この前から、さらに改良したの?」
「うん、頑張っちゃった」
すごいね、ムリョウさんは。
すると、麻琴が僕の腕にしがみついてきた。
「お、おぉ、相変わらず可愛い。この前よりアイメイクきつめにしたんだ」
「あ、ありがと。あの時より引きの撮影が多そうだからって成美さんが…うん、それよりもね、わたし、未来さんに弄られたから、和尚をイジメないといけないの。手伝って」
「もちろんさ!」
「おい!そこのバカップル!聞き捨てならんこと言った上に、安易に承諾すんな!」
「「「「諦めなよ」」」」
「おい女子!っていうか未来まで混ざんな!」
「いつもの感じ、いいよね、未来」
「でしょ望。自慢の彼氏だもん」
「あはは、黙るしかないよね、崇くん」
「アタクシもこの関係性、慣れてきたよ」
「まさに四面楚歌だな、崇」
「うるせぇよ、おまえは」
「ほら、先行した3人を捕獲に行こう」
楽しいなぁ。永遠に続いてほしいなぁ。崇は嫌かもだけど。
※
開会早々なんでコスプレイヤーの数が少ないのは、考え至らず計算外だったが、メガサイト隣の緑地公園は広く芝生が広がっていて、気分がいい。
「なるほど、ここ良いな、ばーっと開けてて」
なんて幾美が言うほどだ。
「だよな。コスしてくりゃ良かったかも」
「暑いし屋根無いし、おれちゃんは嫌かも」
うん、恭はいつも通りだな。
あぁ、ここでアクションしたい。…怒られるかな。
「どっちにしろ、初の5人併せだ。今日はきっちり警備しなきゃ」
「だな」
「そだね」
傍から見たら気張り過ぎだの気にし過ぎだの過保護だの言われるかもしれないが、成美も含め、高レベルの面々が揃っての併せだ。彼氏としては気にせずにはいられない。
「なあ、あっちの木が並んでるところ、木陰にもなるし、エルフっぽくならないか?」
幾美が指さす先は、公園のやや奥の方、まだ今のうちなら人がいない。
「いいね。おれが公園入口でみんなを待つから、二人は念のため場所取りしといてくれないか?」
「OK」
「涼しそうな場所、おれちゃん大好き」
二人が向かうのを見届けて、おれはLIMEグループに、公園入口で待ち構えている旨を打ち込んでおいた。
速攻で
【よし、幸次避けて裏から行こうぜ】
と謙一が書き込んでいたがスルーしよう。
※
30分ほど、溶けそうになりながら待っていると、目立つ集団が向かってくるのが見えた。
その中から成美…ニャルミンが走ってきた。
「まったく、謙一く…ケンチが裏の方に誘導しようとするから大変だったんだよ」
有言実行したのか、あのバカは。
※
さっきから真理愛が僕の腕を掴んで放してくれない。
「ま、真理愛、ほら、もうちゃんとした入口だし、コージいるし、ね?」
黙って睨まれた。
「あはは、コージ、部長とキョウジは何処に?」
「ほれ、あっちの奥の方に林みたいになってるゾーンあるだろ?そこにいるから」
「りょーかい!さぁ、みんな行くぜ!」
と、僕が右腕を高々と掲げて叫ぶが
「「「「「コージ、先導して」」」」」
女子の総スカンを食った。
今、僕の信用度はゼロらしい。
「いい?大人しくしないとダメなんだよ」
真理愛が僕の頭をぺしぺし叩く。
「僕は猛獣か何かか?」
「何が猛獣何だか。ケンチは駄犬よ。だ・め・い・ぬ」
宝珠に思いっきり馬鹿にされた。
※
わたしの彼氏が悪ふざけして、叱られて落ち込んでいる。
もう、こういうところ、可愛いんだけど。そういう事言うと、調子乗りそうだし、周りから怒られそうだし。
「あ、キョウ!」
とリムが走り出して、キョウジに思いっきりハグしてる。
「すごいな、本物じゃん?モノホンエルフじゃん?」
「エヘヘ、そう?」
なんてやってる。こういうところはアメリカ人って言うか…素直なんだなぁ。
「はいはい、着崩れちゃうから、そういうのは後にしてね。とりあえず、並びとか考えたいから、みんなこっち来て」
と、ムリョウが仕切り始めた。こういうときだけ、リーダーっていうかお姉さん。
「え?名乗りポーズ?ついに?」
とかニャルミンがつぶやいてるけど、違うと思う。
で、完成した衣装は合宿の時からバージョンアップ、Tシャツとミニスカをベースなのは、さすがにそのままだけど、各自のイメージカラーに合わせたオーガンジー生地に更にスパンコールが追加されてる。メイク自体も、きつめの顔立ちになるように結構濃いめ。
そして、盗撮対策に各キャラの色に合わせた膝丈のスパッツを装備。
レッドエルフのムリョウ。
ブルーエルフの宝珠。
グリーンエルフのニャルミン。
ホワイトエルフのリム。
イエローエルフのわたし。
部長が腕組みしながら、
「壮観ってやつかな」
和尚が何だか拝みながら、
「ありがてぇありがてぇ」
とか言ってるし。
コージが、
「こうかな?グリーーン、エルフ!」
とか名乗りポーズを勝手に決めてるし、
「最後はもう少し媚び媚びなキメがいいかな」
なんてニャルミンも乗ってるし。
キョウジは、
「ファンタスティック!あーんどビューティホー!」
とか騒いでる。
で、ケンチは…
わたしたち5人を黙って真剣な表情で見つめてる。さすがに気になって、
「どしたの、ケンチ?」
「うん、写真集のイメージを考えてる。ワクワクしてきた」
そっか、うん、企むのがケンチだもんね。さっき誉めてくれてるし。
※
何か皆で騒いでいたら、悪目立ちしたのか、徐々に撮影希望者が集まってきてしまった。
「あの、撮影いいですか?」
どうしよう、まだ、自分たちの撮影さえしていない。
「ごめんなさい。30分後くらいからお受けしますんで」
と、さすがムリョウさん。
「ほら、身内の撮影、さっさと済ませるから、準備準備!」
すると、部長が一眼レフを取り出し、
「よし。まずは一人ずつ行こう。ムリョウさんからイイ?」
切り替え早いな、相変わらず。
個人撮影の間は、残りの面々は暇なんで、携帯でツーショット撮ったり、遊び撮影。
僕もランディとイエローエルフの2ショットとか、真理愛ワンショット中に突然割り込んでくるニャルミンやら、合宿中とはまた違った和気あいあいな雰囲気だ。
ムリョウさんと宝珠を撮り終えたあたりで、一眼レフ係を部長から和尚にチェンジ。部長と宝珠がイチャベタな写真を撮り始める中、さりげなく画角に写りこんで遊ぶキョウジとリム。怒る部長。
馴染みすぎだろ、もはや。
「ほい、個撮終了したぞ。次は戦隊集合でいいのか?」
すると目にも留まらぬ速度で和尚に駆け寄り
「やっぱ、やるの?名乗りと決め!」
と迫るニャルミン。
「申し訳ありません。それは後にしていただけますか。今は真面目に集合を撮りたいですので」
と、堅苦しく返されて固まるニャルミン。
「はいはい、調子こいちゃったねぇ。ほら、並ぼうねぇ」
とコージに連れていかれた。
リムをセンターにして、4人で囲むような並びに。
すると、和尚から一眼レフを取り上げ、部長が仕切り出した。
「OK。じゃあ次は、ちょい百合っぽく顔寄せあったりセクシー寄りで」
いきなり攻めた指示出してるし。
ムリョウさんと宝珠は、まるで日常かのように、堂々と抱き合ったり、頬寄せあったり、キス寸前まで顔近づけたりってノリノリだし。
リムと真理愛はニャルミンに弄ばれるがごとく、激しめにハグやタッチをされている。エルフじゃなくて、サキュバスか、あの人は。
真理愛から助けを求める視線を感じなくもないが、カメラ担当の部長以外は、周囲を盗撮警戒。あと過激よりな撮影で怒られるの嫌だから、スタッフも来ないか警戒。
キョウジが望遠で習おうとしていたヤツを指さし、近づこうと動いたら逃げた。
「実際いるんだねぇ」
「コージ、そろそろニャルミン止めて」
って宝珠。
「わかった」
「30分経ったよ。部長、そろそろ終わりにして」
ってムリョウさん。
「了解」
続きは余裕があったら、また後でってことで。
※
女子たちが一回メイク直しやら、スケッチブックの準備やらしていると、先ほど一旦お帰り願った方たちが戻ってきて、列を作り始めた。
あっという間に数十人。
「え?何事?」
「インパクト強いのと、列は列を呼ぶ効果ってやつ?」
「和尚、ケンチ、列整理頼む。コージ、キョウジは見張り、俺は全体を見る」
うん、普段からそういう風にやってよ。特に部活。
「凝りもせずに、わたしのイエローエルフのイラストの横に、小さく"はらへった"って書いたのは宝珠ですね?」
「真理愛、決め打ちは良くないと思うの」
なんか揉めてるというか、じゃれてるというか。
でもなんとか準備完了みたいだ。リムをセンターに陣形作り始めた。
「部長!ちょい!」
ムリョウさんが雑に部長を呼びつけてるな。なにやら指示があるらしい。
ムリョウさんの話に他のエルフたちがうなづいてる。部長もOKマークを指で作り、待機列の前に戻ってきた。
「撮影待ちの皆さん、お待たせいたしました。これから撮影タイムとなります。ただし、申し訳ありませんが、多くの方に並んでいただいていることと、気温が高いこともあり、エルフ個々の撮影は無し、なおかつ、おひとり様20枚程度の撮影制限とさせていただきます。ご了承ください」
あぁ、そういう指示ね。妥当だ。
その指示を聞いて、列を抜ける方が数名。
「個別に撮って、写真データ送るとかお話ししたかったんだろうな」
と、和尚のありがたいお話。
「全員、見事に彼氏持ちなのに」
「オレたちをただの荷物持ちとか奴隷みたいなもんだと思ってるんじゃね?」
「脳みそご都合主義オンリーか」
と、コソコソ話している間も撮影は開始された。
「囲み撮影は早く済んで楽は楽なんだけど、目線が全員で別々になっちゃったり、イマイチな感じになっちゃうの。だから大変でも一人ずつがいい、かな」
と以前、真理愛が言っていたな。
色々あるんだなぁ、男だけだと、そんな状態になりそうなの…キョウジしかいないけど。
「ケンチは列の最後尾に付いて、いつでも列切り出来るようにしといて。オレは様子を見つつ、部長のフォローするから」
「まぁ、頼もしいわ、和尚」
「な・ぐ・る・ぞ」
実行されたらイヤなので、急いで最後尾に。
アイドルの撮影会イベントって、こういう感じなのかな?行ったことないからわからんけど。
とりあえず、働こう。
「謎のエルフ戦隊の撮影ご希望ですか?個別撮影不可で20枚限定ですが、よろしいですか?」
と、新たに並んだ人に説明。
「20枚以上撮りたいときは、もう一回並べって?」
と、僕の顔も見ずに俯いたまま訊いてきた。怖い。
「そ、そうですね」
「ふーん」
相変わらず、俯いたまま。素直に列に並んだけど…なんか、めんどくさそうな人来た。
ダッシュで先頭に行き、部長に報告。
「了解。気を付けとく」
何もないに越したことはないけどね。去年の夏も冬も何やらトラブったという話は真理愛から聞いていたので、念のため。
…逆にフラグ立てちゃってないかな、僕。
今度は和尚がこっちに走ってやってきた。
「どした?」
「列切りしてくれってさ」
「了解」
確かにこれくらいで切っとかないと、女性陣が死んでしまう。
なので、新たに来た人には
「すみません、列切りしてます。申し訳ないです」
とお詫びする。
※
あぁ、こいつか。ケンチの言ってた危なそうなやつって。
俯きがちで、まとまりのないロン毛で、この暑いのに黒の長袖のウインドブレーカー着てる。
無言でエルフたちに頭を下げ、カメラを構えて撮影開始。
彼女たちも慣れたもので、まだ慣れないであろうリムを上手く誘導しつつ、並びを変えたり、ポーズを変えたりしてる。と、そこで枚数制限来た(ちゃんと数えてるのだよ)ので、
「はい、すみません。終了になります」
というと、彼女たちにぺこりと頭を下げ、その場を離れてくれた。
何もないに越したことはない。よかったよかった。
それにしても、枚数制限や個別無し撮影で良かったと思う。
制限してさえ、なんだかんだでポーズ指示あったり、撮り終わってから、撮影者側が名刺渡してきたりで1人捌くのに数分はかかる。
その辺見越して、30人近く列が出来たところで列切り。
全部、ムリョウさんの指示だけど。
※
あれ?さっきの不審な人がまた来た。
並ぼうとするので、列切りしてることを伝えると、
「20枚以上撮りたければ、もう一回並べって言ったよな?」
しまった。ホントにヤバいやつ。
「すみません、もう少し早いタイミングなら、2周できたと思いますけど、彼女たちの体調もあるんで、一旦、切らせてもらってます。休憩取ったら、再開すると思うんで」
声が震えてしまう。
「でもさ、言ったよな?」
静かな口調だが怒ってるっぽい。それでもこっち見ないんで余計怖い。
「どうかした?」
と和尚が来てくれた。
「この人が、さ、2周目の撮影が今出来ないのがご不満、だって」
「こっちも予定があるんだよ。一人ぐらい、追加させろよ」
正直、こんな奴を自分の彼女に近づけたくないってのは、僕も和尚も共通見解のはず。
「ケンチは、このまま列切り続けてて。オレが話付けとくから」
「え?でも」
「いいから、まかせろよ。さ、お兄さん、あっちで話そう」
と、和尚が奴の背中を押すと
「さ、さわんなよ!ふざけんなよ!暴力か!」
と突然、叫び始めた。
和尚はパッと手を離し、
「はいはい」
とため息つきつつお手上げポーズ。
さすがに部長や女子たちや、他の撮影希望者も何事かという顔で、こっちを見ている。
僕は必死にジェスチャーで撮影を続けるよう指示。
キョウジとコージも駆け寄ってきた。
「どうした?」
「あ、コージ、スタッフ呼んで来てくんない?列切り納得しない人だ」
「りょ」
コージが和尚に指示で走っていく。
キョウジが女子の方をちらっと見てから、奴にガンを飛ばす。
「おれちゃん、相手の都合も汲んでくれないやつ、嫌いなんだけどさ」
と、普段出さないドスの利いた声で、俯いてる奴を下から見上げるように言った。
「お、脅すのか?おい」
「違うよ。おれちゃんの嫌いなタイプを教えてあげただけ」
と、キョウジがズボンの後ろポケットに右手を突っ込んだのが見えたので、僕は慌ててキョウジのその腕を掴んで、耳元で
「出すなよ」
と言った。びくっとするキョウジ。
「彼女たちに迷惑かかるから」
とまで言うと、ようやくポケットから手を出した。
よかった、何も持っていない。
キョウジの不良モ-ドにビビってか、奴は何も言わなくなった。
そこに、コージが男性スタッフを連れて戻ってきた。
「トラブルですか?」
「ちょっと、この人が撮影の列切りに納得いかないっておっしゃるんで、お願いしてたんですが、ご不満のようで」
スタッフは溜息をついて、奴に
「撮影ルール、守っていただかないと困ります。レイヤーさんの都合もありますし」
「でも、そいつ、もっと撮りたきゃ、並びなおせっていたんだ」
再び、矛先来た。
スタッフも当然、僕の方を見るんで
「その人の撮影前に列切りの指示が出まして…タイミングが悪かったんです」
「そうですか。これ以上は詰所の方に来てもらうことになりますが、まだ納得いかない?」
「わかったよ!帰りゃいいんだろ!」
と、ダッシュして去っていった。
「これで、大丈夫かと思いますが、しつこく来るようでしたら呼んでください。今度はスタッフじゃない制服着た人が対応するかもしれませんが」
「「「「ありがとうございました」」」」
と僕たちはそろってお礼を言った。
手を振って去っていくスタッフ。
よかった、いい人で。
丁度撮影も終わったようで、女子たちがこちらに駆け寄ってきた。
「どしたのケンチ。トラブル?」
とムリョウさん。
「まぁ、諸々未然に防がれたよ、うん」
「そっか、サンキュ」
「僕は特に、ね。和尚やコージに言って…ついでにキョウジにも」
「おれちゃん、ついでかよ」
僕は不満そうなキョウジの肩を抱いて囁くように言った。
「出そうとしただろ、メリケンサック」
「…なんでわかった?」
「前、僕に自慢そうに言ったろ?常に持ってるって」
「あはは、かなわないな、もう」
「まったくもう…おっ」
と、真理愛に強引に引きはがされた。
「大丈夫なの?大丈夫なの?…大丈夫だよね、キョウジとイチャついてるんだもん」
「確かに大丈夫だけど、イチャついてないよ」
「うー」
なんか唸りながら頬を膨らませてるので、一瞬だけハグした。人目あるし。
リムも来たので、キョウジは放っておく。
「あぁ、あいつね。キモかったよね。精神をへし折ってあげれば良かったかな」
と宝珠。
「指も折っちゃえば良かったかな?」
とニャルミン。
「そこの過激な二人、ステイ!」
「「犬扱いすんな!」」
叱ったら、怒られた。
「ケンチ、とどめの鉄拳ムリョウパンチってのがあるんだから、私とニャルミンを悪者扱いしないでね」
「あたしを巻き込むな!」
なんか三人がわちゃわちゃする一方、リムはキョウジをずっと無言で睨んでるし、真理愛は僕の背中に抱き着いて離れないし。
「呪われてるのかな、コミエに来るとトラブっちゃう」
と僕の背中で真理愛が怖いこと言いだした。
僕はよいしょと背中から真理愛を引きはがし、きちんと顔を見た。
「美人の集まりに大勢カメコが集まって、その中に当たり前におかしなやつがいた。それだけだよ、うん」
「でも、心配」
仕方ないな。
「宝珠!」
「ん?」
「僕たち呪われてる?」
「はぁ?私がいるのに?馬鹿も休み休み言いなさい!」
「だとさ」
「うん」
納得してくれた、かな?真理愛の頭をポンポンしておく。
「おーい、ツップリのプリンスの方!」
「雑な呼び方すんじゃねえ、くそ部長!」
「自覚あんじゃん。いいから、来い」
で、僕が部長の方へ向かうと、入れ替わりで宝珠が真理愛をハグしてるし。
大丈夫だな、うん。
※
部長と話し合い、とりあえず女子たちは木陰で休憩。
「そんじゃ、撮影タイムは続行いいのかな?」
「ひとり変なのがいたくらいで、止める必要もないだろ?」
「そりゃ、ま、そうだな。それじゃ、昼飯買い出しに行くから、和尚借りる」
「あぁ、好きなだけ持ってけ。返さなくていいぞ。俺のじゃないし」
いや、僕もそういう意味じゃいらないけどね。
「和尚!托鉢行くよ!」
「普通に誘えツップリ!」
返されてしまった、悔しい。
それはともかく
「なぁ、キョウジとリム、大丈夫かな」
「大丈夫だろ?さっき見たら、心配かけたことを怒ってるだけみたいだし」
「なら、いいけど」
「…壊れんの、怖いもんな」
「…そだね」
うーん、以心伝心?
※
10人前の弁当と飲み物をメガサイトの中のコンビニで買った。何気に二人の両手がふさがる大仕事。
暑いし、軽めのサンドイッチにしたけど、飲み物は流石に少なくできないから。
ランディと一乗寺が大きなコンビニ袋を持って、えっちらおっちら歩くのは悪目立ちするようで、そこそこ人目を惹いたりした。
※
「お待たせ真理愛。たくさん買ってきたよ」
「なぜ、二人して袋を掲げて、わたしだけに言うの?」
「「え?スケブに書いてあったから」」
「真に受けなくてよろしい!」
なんか、宝珠が爆笑してる。やはり犯人は…
「え?食欲ないのか?大丈夫?熱中症?」
と、ケンチがわたしをお姫様抱っこし始めた。
「違うから、降ろして。救護室行かなくていいから」
本気か受けようとしてるのか、たまにわからないんだよね…
で、一か所の占有もよろしくないので、木陰から離れ、各カップルに別れて昼食タイム。
日陰にあるベンチを見つけて、そこにわたしとケンチは移動。
「はい。じゃあサンドイッチと、飲み物はビックリフルーツティーが無かったから、普通のアイスティーにしたよ」
「あんなの無くていいの!」
「そっか、あははは」
「それより、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫。ああいうのは、ね。大丈夫。学校で抱えてるトラブルとは全然違うから。ありがと。心配してくれて」
と優しく微笑んで、わたしの頭をポンポンしてくれた。
「麻琴が僕の彼女でよかった。うん、本当にそう思う」
ちょっとウルっと来ちゃう…
「僕は麻琴を守るよ」
う、う、う、猛烈に抱きついて、キスもしたくなっちゃう…え?わたし、エッチ?
「さ、食べよう。冷めちゃう」
「ホットメニューなんか無いでしょ!もう」
もう照れくさいやら、ホントにお腹空いてるやらで、慌ててサンドイッチにかぶりついた。
謙一が静かにこっちを見ている。
「…なんで、じっとわたしを見てるの?」
「こぼさないといいな」
「こぼさないもん!」
こぼさないし、わたしが謙一を守るんだもん。
※
「なぁ、もう許してよ」
おれちゃんが必死に謝っているとリリーナがおれちゃんの後ろポケットからメリケンサックを抜き取った。
「あ、おい」
「こういうの使おうとしたんでしょ?それでケンイチに止められた、だよね?」
「よ、よくおわかりで」
「こんなの使ったら、日本でだってポリスに捕まるでしょ?」
「まぁ、冷静に考えればね、そうだよね」
「もうしないで」
「いや、あの実際には使ってないか…」
「もうしないで!」
「わかったよ。持ち歩かないようにするから」
こりゃ、敵わないわ…。
※
「結局折らせてもらえなかったね」
「何その愚痴?同意しろとでも?」
サンドイッチを紅茶で流し込みながら成美がおれに詰め寄ってくる。
「ボクは欲求不満だよ。覚悟してね、今夜」
「やだよ、疲れたから寝る」
「ね・か・さ・ね・え・ぜ」
「女性の言うセリフじゃない」
「そうかな?」
「そうだよ!」
「ところでさ」
「ん?」
「グリーンエルフの名乗りポーズ、動画撮ってくんない?」
諦めてなかったのか。
「いいけど、食ってすぐとか平気?」
「平気平気。うふふ、優しいなぁ、ボクの彼氏様は。惚れなおしちゃうぞ」
「そういうのいいから」
「なんだと!」
瞬時に腕の関節を決められた。
※
「ありがとね、崇」
「うん?何が?」
「そりゃ、警備してくれたり?ご飯買ってきてくれたり?」
「はいはい、どういたしまして」
「あ~、あたしの扱い雑にすると、泣いちゃうからね」
嘘っぽいんだけど、わずかな真実味があるのが、未来の…魅力?
「未来はオレのこと、雑に扱うよね?」
「そうかなぁ?崇を崇らしく和尚な感じで扱ってるよ」
「和尚が余計なんだよな」
「だーめ、あたしをちゃんと導いて、ね?」
と、上目遣いで見つめてくる。何この破壊力。こういう甘え方なんだよな、未来って。
※
「今日はもう何もない、よな?」
「私には予知能力まではないから、そんなこと言われてもわかんない」
他のはあるのか?いや、ありそうだもんな。
「平和が一番だよ」
「幾美らしくない。部長らしくない」
「俺を何だと思ってるのかな?」
「ん?私の大切な人」
「ならよろしい」
「せっかくデレたんだから、もっと照れるとか、別の反応してよ」
「望慣れしてきたからなぁ」
「慣れるな!ってうか、いいんだよね、慣れるの」
「そりゃそうだ」
「そりゃそうか、あははは」
ホント、柔らかくなったよな、望。
※
「さて、食べ終わったし、麻琴はこぼさなかったし、撮影に戻ろうか?」
「一言余計だよ、謙一」
「そう?皆の懸念事項だったと思うけど」
そりゃ、前のコミエじゃ、紙エプロン付けさせられたりしたけど。
「お、グリーンエルフがポーズきってるな。麻琴もやる?」
謙一の指さす方を見ると、成美さんが何やら名乗りポーズをして、コージが動画を撮ってる。
「え?やんない」
「そっか、イエロー…エルフ!とかやらないか」
なんか、即興で名乗りポーズをする謙一。
「今考えたの、それ?」
「うん、だから」
「やんないよ」
「そっか…」
と落ち込む謙一をよそに、
「ハーイ、イエローちゃん」
と、リリーナさんがわたしに飛びついてきた。
「にゃあ!にゃ、なに」
「うーん、食後の運動と、キョウを叱った後の気分転換」
「あはは、なにそれ?」
と、リリーナさんに付き合って、ハグしたり頭なでなでしたり。
「恭ちゃん、反省してた?」
と謙一が訊ねると
「もちろん」
と返され、なんか、安心した表情の謙一。
いちゃいちゃしてるだけじゃなくて、男子にもいろいろあるんだね、きっと。
「おーい、エルフ戦隊集合して!」
と和尚の呼び声がした。
「行こうか」
「うん」
わたしは謙一に手を引かれて歩き出す。
「召喚の呼び声、ありがてえ、ありがてえ」
とか言ってる謙一に…
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