第18話 夏コミエ!BOTH集結せよ!(PART2)

「変なおばさん、発見!」

と言いつつ、幸次と恭がスペースに到着。

「来るなり、うるせぇよ、お前ら」

崇は文句言ってるが、仕方ないよな。

「ここで、ごちゃごちゃ、おばさんからかうのは後にして、他のサークルの迷惑になるから、その先のシャッターから出たあたりで待っててよ。女性陣も来たら行かせるから」

「ラジャー」

と素直に去っていく二人。

崇が何か文句言いたげに僕を見ているがスルー。

すると、何気に人目を惹きつつ、女子たちがスペースにやってきた。

「お待たせ、崇。メイクやっちゃおうね。はい、ケンチと部長、邪魔、どいて」

挨拶もくそもなく、ムリョウさんに追い立てられる、僕と幾美。

通路に出るなり、麻琴が寄ってきて

「おはよ」

「うん、おはよ。大丈夫?疲れてない?」

「だいじょぶだいじょぶ。えへへ」

と手を繋いでくる。可愛い生き物だなぁ。

ピンクのショートウィッグ姿も抜群に似合っていて可愛い。

「あなたがケンチね」

と金髪少女が絡んできた。噂のワイハー少女テンプレちゃんことリリーナさんだな。

殺気を感じるし。

「と、とりあえず、外行こう。先に来た二人も待ってるし」

「ふふふ、ケンチ、ピンチ」

と宝珠が笑ってるのも気になる。

「んじゃ、崇、ムリョウさん、最初の店番よろしく」

「んー」

崇のメイクに集中してるからか、返事もおざなりだ。

謎の美少女軍団を引き連れてるせいか、周囲の視線が痛いので、早々に移動。


                             ※


合流して8人の大所帯で移動。

リリーナさんってば、コスしてないんだけど、Tシャツを横で縛ってへそ出し&ホットパンツ姿なんで、下手なコスより人目を引いてる。

「あは、リリーナってば、チアっぽくなってる」

「でしょ?ちょっと、意識してみた」

なんて恭と話してるし。

「謙一」

「ん?」

「わたしにも、ああいう恰好してほしい?」

なんて聞いてくる麻琴のジェラシーが愛おしい。

「他の人には見せたくないなぁ。二人っきりの時にしてくれる?」

「え?うん、考えとく」

と顔を赤らめてうつむいてしまった。

「ケンチ、麻琴を恥ずかしめていいのは、私だけなんだけど」

「え?ボクもやりたい」

「望さん、成美さん、どっちもそんな権限ないからね」

「「えー?」」

麻琴にたしなめられて、文句たらたらの二人。

合宿で、変なところが強化されてるよな、女性陣。

「んで、望、どこまで行くんだ?」

と、相変わらず、なんとなく先導する形になってる幾美が横にいる宝珠に聞いた。

「この先の屋内展示場がコスプレ広場として解放されてるから、そこ行くわ。涼しいし」

ここはベテラン任せが正解。


                             ※


そして数分歩いて、到着したホール。

確かに涼しい、気がする。外の数百倍はマシだし、サークルスペースのあるホールよりも涼しい。

「それじゃ、先に自分たちの集合とか撮っちゃおうか」

暑さや疲れで着崩れる前に、記念写真は欲しいもの。

その僕の提案に

「それじゃあ、アタクシが撮るね」

とリリーナさんが進み出る。

「あ、リリーナ、せっかくだから一緒に写ろう。カメラは、そこいらのスタッフに頼むから」

と、宝珠がリリーナを手で制して、数m先にいたコミエのスタッフに頼み込んでいた。

「頼りになるねぇ」

「だろ?」

うん、幾美が自慢するこっちゃない。

宝珠のナリューナ・パウの衣装だけど、スリットが腰まで来ている黒と赤のロングドレス。当然、盗撮対策やるコミエのルールに則って、素足ではなく光沢のあるストッキングを履いてはいるが、眼福というか目の毒であることは間違いない。

そんな美人に頼まれれば、イヤだと言える人はそうそういないだろう。

「撮ってくれるって」

と、スタッフを連れてくる宝珠。

そんな様子を見ている僕の脇を突っついてくる、麻琴。

「ん?」

「見過ぎ」

「すみません」

最近、麻琴がストレートにヤキモチ妬いてくるのが、怖いというか嬉しいというか。

なので、ボディラインまるわかりの一番凶悪な恰好をしている成美さんの方は極力見ない努力はしていた。

ということで、集合写真、撮影完了。

と、カメラを持った人が並びつつあったので

「ごめんなさい。もうしばらく、自分たちの撮影するんで、撮影NGでお願いします」

と、普段、特に僕には絶対言わないような優しい口調で宝珠が列の人にお願いを。

わかりました、と素直に解散していく撮影者も、慣れているなぁと感心。

「んじゃ、各カップル、男性陣、女性陣、個別でさっさと撮るから。ほら、ケンチと麻琴!」

うん、いつも通りだ。


                             ※


で、プライベートな撮影を10分ほどで済ます僕ら。

「それじゃあ、みんな好きに分散して。予定時間になったら、店番交代お願い」

若干、時間判るのかな、と不安を覚えつつもいったん解散。でも、みんなのジャンル違い過ぎるしね。


                             ※


幸次と成美の場合。

「あっちの壁際行って、カメコを待とうか」

「今更だけど、そんなの待ちたくはないなぁ」

「普段のショーの時の撮影会、握手会と一緒じゃん」

「うん、ショーの時は顔出してないけどね。そこが大きいと」

「気にするな、自信を持て、美人のお姉さん」

「誉め方に悪意がある」

「ないない」

「それにしても、なんとなく薄暗くない?」

「あ~、天井高いからかな」

「薄暗いところに連れ込んで、どうするつもり?」

「…停止スイッチ押すぞ」

「やっぱり、そういうつもりなのね!」

なんて、壁際でしばし、二人で漫才していると

「あ、あの、電撃プラズマクロス、ですよね?」

「はい」

「写真、いいですか?」

「もちろん!いくつかポーズやりますね」

なんて流れで、成美がハイキックなんてするもんだから、撮影列が伸びまくった。

カメコ待ちたくないとか言ってすぐにこれだよ。


                             ※


幾美と望の場合。

「他にはスターエンブレムキャラ、いそうにないな」

「新作公開したわけでもないし、順当でしょ。オンリーワンを誇りなさい」

「オンリーワン、ね」

「なに?ジロジロこっち見て」

「確かに、こんな美人のナリューナ・パウは、オンリーワンだよな」

顔を真っ赤にする望。やはり不意打ちに限る。

「そういうの楽しい?」

「まぁ、可愛い望が見れるから楽しい」

「そうですか。覚えてなさい」

なんてルーティンワークをこなしていると、呼び止められた。

「あの、お二人の写真、よろしいですか?」

立ち止まったが最後、撮影列は伸びていく。さすが望。今は言わないでおくけど。


                             ※


恭とリリーナの場合。

リリーナが周囲を見回して

「さすが、本場はすごいわね。ハワイのハロウィーンの時とは比べ物にならない」

「だよね。日本どころか、世界レベルのイベントだからねぇ」

「で、あのね…」

「いいよいいよ、好きに見て回ってきて。おれちゃん、ここにいるし、交代時間まだ先だし」

「ほんと?Thanks」

と、リリーナは早速近くにいたレイヤーさんの撮影を始めた。

ちゃんと許可も取って偉い偉い。

撮ってる側が露出度高めの金髪美少女だから、目立ってるのがアレだけど。

あ、逆に声かけられてるし…お、断った。レイヤーじゃないもんね、今日はとりあえず。今後は心行院チームで鍛えてもらって、一緒にコスしてもらおう。

おれちゃん、楽しみ。

「あの、写真イイですか?」

おっと、おれちゃんのターンが来たようだ。


                             ※


謙一と麻琴の場合。

「とりあえず、壁際行こ!」

うん、まずは場所確保。実は人気のあるレイヤーさんは違うな。行動力が。

「どしたの?ニコニコして」

「ん?麻琴は凄いなって思っただけ」

「何が凄い、のかな?」

「まずは場所取り、とかコミエ慣れしてるなって」

「コ、コミエ慣れっていうか、広場の真ん中じゃ落ち着かないし、変な方向からコッソリ撮られたりしたらイヤだし」

「なるほど、盗撮対策でもあるのか」

「そうなんだよ」

と、目の前をリリーナさんが、僕にガンを飛ばしながら通り過ぎて行った。

「自由だなぁ、怖いなぁ」

「な、なるべく止めるから」

「あはは、無理しなくていいから」

空いてる隙間を見つけ、一旦落ち着く。少し離れたところに幸次と成美さんが物凄い撮影待機列を作っているのが見えた。

「す、すごいな、あの二人」

「そりゃ、成美さんの停止スイッチ凄いし、しかも全身タイツだし、あ、あんなハイキックポーズとか平気でするし」

胸=停止スイッチが定着している世界…

「ま、こっちはこっちで、ね」

「うん」

麻琴は持っていたバッグからテケテケとクネクネのぬいぐるみを出した。

麻琴がテケテケとクネクネを頭に乗っけたり、両肩に乗っけたりと遊び始める。

「麻琴、両肩に乗っけたり、頭に乗っけたりが可愛いので写真撮っていい?」

「え?うん、いいけど」

なんて、麻琴可愛いフォルダの中身を順調に増やしていると、

「あの、写真イイですか?」

と声をかけられた。

「ホーガンだけ?」

と麻琴が聞くと

「あ、クローさんもいっしょに」

お、出番あり。よかった。

で、二人でポーズ。クローとホーガンは劇中でフラメンコみたいな踊りをするので、二人して向き合って手を繋いで、顔だけ横!とか、バッケモン頭載せとか数カット撮ってもらった。

「お二人とも息ピッタリですね。まじクローとホーガンです」

「ありがとうございます」

気づくと撮影列が出来ており、最初にやっちゃったもんだから、ひたすら踊る羽目になった。


                             ※


「はいはい、お待たせちゃん」

と、サークルスペースに恭とリリーナ帰還。

「時間は守れるんだ」

「ムリョウさん、含みありすぎぃ」

「ウザい返しすんな。んじゃ、店番お願いね」

「あいよぉ」

「…リリーナ、大丈夫?」

「アタクシは大丈夫!」

「OK、ほら、崇行こう」

「お、おぅ」

普通に仲良くしてほしいなぁと思いつつ、オレは慣れないスカートに苦労しつつ、スペースから脱出。

「見違えたぜ、崇。惚れていい?」

「や・め・ろ」

「ふーん、化粧映えすんのね」

「誉めてる?」

「一応」

やはり反応がテンプレちゃんはテンプレだな。言わないけど。謙一みたいに恨まれたくないし。

「恭」

「ん?」

「ちなみにオレのいる間に、2冊売れた」

「お?おれちゃんへの挑戦状?崇を超えろ!的な」

「違う。現状報告だけ。客引きとかすると怒られるからすんなよ」

「おれちゃん、シャイだからしない」

なんか、未来が視線で強烈に促してくるし、さっさと行こう。

「あ、皆が行ってる場所判る系?」

「こっから近い方でしょ?わかるから大丈夫よ」

と、恭に雑に返しをした未来に、オレは引きずられるように、その場を離れた。


                             ※


麻琴が汗だくになってきたので、いったん休憩に入ることに。

「すみませーん、休憩入るんで、一斉撮影お願いします」

わらわらと横に並ぶ撮影待ってた皆さま。

「どなたかカウントお願いします」

すると列の真ん中にいた人が

「はい、カウントとりまーす。10、9、」

とやってくれた。いいね、こういう協力体制って言うのか阿吽の呼吸って言うのか、とにかく、コミエ。

で、撮影列が解消されたところで、壁際を向いて、まずは、麻琴に水分補給させた。

「大丈夫?」

「うん、平気。とにかく楽しいの」

「そっか」

それは何より。

「汗拭いて、メイク直しな」

「はーい。あ、謙一もアイラインくらい入れてみない?カッコよくしてあげる」

ノリノリで瞳を輝かしている麻琴に逆らえるだろうか?いや無理。

てな流れで、人生初メイクを彼女にやってもらうという偉業?を成し遂げた。

「お?ケンチもメイクしたんだ?」

と、いつの間にか背後に来ていたムリョウさんが声をかけてきた。

「麻琴がしたいって言うから。あれ?崇が変なおばさんじゃなくなってる!」

「そうでしょ、そうでしょ?メイク映えすんだから、崇は」

なんかムリョウさんに自慢された。まぁ、メイクしたのはムリョウさんだし、確かに女性キャラに見える顔に変貌している崇もすごい。

「和尚様、あとはそのガニ股を止めるべきだと思うよ」

と、冷静に突っ込む麻琴。

「そうなの。言っても中々直んないのよ。スカート変にずり上がってカッコ悪いし」

「そういわれても、いざ歩くとなぁ」

麻琴が僕の方を見て、何か企んでる顔をしているのが気になるが、僕には縁のない話だと思っておこう。

「でさ、エリザ」

「キャラ名で呼ぶな!」

「コスしてんだからキャラ名呼びでいいだろ?変なエリザちゃん」

「わ・ざ・と・言ってるだろ」

「当たり前だ。故意にじゃなきゃ、誰が崇をエルザ呼びするもんか」

「わかった。表に出ろ」

「崇もケンチも、いいから、話進めなさい!」

ムリョウさんに叱られたので、真面目に話そうっと。

「マジな話、本、どんだけ売れた?」

「オレと未来が店番してる間は2冊だな」

「…これ以上は厳しいかな。今、恭ちゃんでしょ?」

「そこは、期待してやれよ。あの金髪カップルに」

人目を惹くばかりで、売れない気がしてならない。


                             ※


崇と未来の場合。

謙一たちの近くにいた幸次たちに片手をあげて挨拶をし、その場を離れた。視界の端に腹を抱えて笑う幸次の姿があったが、もう気にしない。

「あ、エリザとシュンメイ!写真イイですか?」

と呼び止められた。

未来は黙ってうなづくと、オレを自分の横へ誘導し、銃を構えた。オレも戸惑いつつ、銃を構える。

撮影を終えたカメラマンに笑顔で敬礼し最初の任務完了。

「はぁぁぁぁ、緊張した」

「やったじゃん。多分、あの人、崇が男って気づかなかったよ」

「ま・じ・か?」

「まじまじ」

女装に自信をもっていいんだろうか?このまま、続けさせられそうな気がしてならない。

「やっほぉ、エリザちゃん」

と、宝珠さんが声をかけてきた。隣の幾美の目が、驚愕に見開いているのが気になるが。

「キャラ名呼びは…もういいや。宝珠さん、幾美、調子はいかがかしら?」

と、エリザっぽく返した。

うずくまる幾美。

とても面白いオモチャを見つけたかのように微笑む、宝珠さん。

「望、崇ってば、バレなかったんだよ」

「わかる気がするけど、知ってる身からすると、アレよね」

「イイの。今後に自信もついたわ」

やっぱり女装続投させる気だ、未来のやつ。

「いいんじゃない?恋人同士なら、百合百合するのも抵抗ないだろうし」

「だよね!」

オレの彼女が性癖倒錯してる。

「それじゃ、頑張ってね」

と、宝珠さんは幾美を引きずるように去っていった。幾美のやつ、一言も口きかなかったな。

「あれ、部長ってば、崇に惚れたわね」

「おい。気持ち悪いこというな」

「え?だって、生物部ってカップリングしやすい、腐向きの集団でしょ」

ケラケラ笑う未来。

勘弁してほしい。

「攻め受けの組み合わせ、教えてあげようか」

「や・め・て」


                             ※


「で、リリーナ、コスやりたくなった?」

「そうね、皆楽しそうだし、仲間に入りたい、かな」

「OKOK、そしたら、他の連中みたいに二人で併せよう!」

「…同じコンテンツのキャラをやるってこと?」

「そうそう」

「アタクシ、キョウのやってるキャラの番組知らないんだけど」

「ドリフト13のイオタ少佐だよ…そっか、ハワイじゃやってないよね」

「今はサブスクで色々観れるけど、それは観てない」

「観てほしいけど…あ、どうぞ見て行ってください」

急にお客さんが来た。興味持つ人いるのね。

「…一部ください」

おぉ、売れたよ。すごいね。何気に嬉しいね。

「ね、ねぇ、キョウ」

「なに?」

「キョウたちが書いた本、なんだよね?」

「うん、まぁ、おれちゃん書いてないけど」

「そんなことだろうと思ったけど、でも、売れるんだ」

「幾美と幸次と謙一の3人で書いたからね。中身はきちんとしてる、はず」

「読んでもいない、と」

「あ、でも、これに書いてるレプタイルズプラネットは、ちゃんと行ったよ、写真も撮ったし、うん」

「キョウらしいわね」

「でしょ?」

「褒めたつもりはないんだけど」

「リリーナに興味持ってもらえただけでも嬉しいのさ」

「バーカ」

赤くなってうつむくリリーナ。

なるほど、テンプレだ。


                             ※


「ねぇ、幸次、そろそろ交代時間だよね?」

「あ、そうだね…すみませーん、休憩入りますんで一旦終了しまーす!」

と、撮影待機列を散会させた。

「ボク、ちょっと、お花摘んでから行くから、先行ってて」

「了解。花でも敵の首でも好きに摘んできていいよ」

「なんだよ、敵の首って」

「あはは、じゃ、先行ってるね」

「後で折る」

怖いので退散。


                             ※


謙一に、ちょっと休憩と言って抜け出してくると、

「あ、成美さん」

に出会った。

「おや、麻琴ちゃんもお花摘み?」

「う、うん、そう」

トイレ待機列でバッタリ会うのも、何気に気恥ずかしい。

「体調大丈夫?」

「うん、わたしは全然平気」

「さすがベテランだねぇ。お姉さん、感心しちゃう」

「ベテランってほどでは」

「でも、すごいすごい」

と頭を撫でられた。成美さん、わたしより身長低いから、下の方から撫でられるのが不思議というか子供というか…停止スイッチが凶悪だから子供じゃないか。

「それにしても、全身タイツって、こういうとき大変じゃないの?」

「あ、それ?聞いちゃう?そっか」

嫌な予感。

「実はね、ほら、ここに隠しのジッパーがあってね」

「ここで開けないで」

とんでもないギミック付いてた。

「あっちの時も便利仕様?あはは」

心なしか周囲の視線が痛い。勘弁してほしいなぁ。早く順番来ないかなぁ。

ふと悪寒が走った。

もしかして、その全身タイツの下、何も履いて…


                             ※


いい加減、昼も回り空腹を覚える時間。

僕の腹減り娘にも何か食べさせなきゃいけない。

さっき歩いてきたときにキッチンカーが来てたなぁ。あれでもいいか。

なんて考えてたら麻琴帰還。

「お待たせ…え?なんか衣装変になってる?」

思わず、麻琴をじっと見つめてしまった。

「違う違う。お腹空いてるよなぁって思って」

「それでわたしのお腹見てたの?失礼だよ、もう」

「空いてないの?」

「…空いてるけど…」

「はい、そんじゃ食べ行こ」

「うー」

なんか唸られたけど、手を引くと素直についてくるので大丈夫だろう。

外に向かう途中で崇とムリョウさんを見つけた。

「エリザちゃん、表に出ろ。飯の時間だ」

「あんたたちは、まったくもう」

と溜息をついてムリョウさんが崇の手を引いてついてきた。

崇が無言なのが不気味だが、そもそも女装させたムリョウさんも、アレだ。

僕は美人と美少女と黙ってれば美人の3人を引き連れ、外のキッチンカーが並んでいるゾーンへとやってきた。

麻琴が各キッチンカーに視線を飛ばし見定めている。

チョイスは任せよう。

「謙一、アレ!コミエ限定オムライスってやつ」

「はいはい。そっちの二人はどうする」

「めんどいから、いっしょにする。いいよね、崇」

うなづく崇。

「和尚様、なんで喋らないの?そういう修業?」

完全に僕に毒された彼女を見る愉悦。

「いや、喋ると男だってバレるんで、どこまでバレずにいられるか、喋んないでいてみれば?って、あたしが提案した、から」

「素直だね、崇」

「そう。偉いよね」

まったく、どんな扱いなんだか。

「僕たちとくらい喋れよ、まったく」

「それもそうだな。謙一、真理愛さんにいらん教育をするのは止めろ」

「自然と学んだんだよ。特に合宿で」

「学ぶって?わたし、なにを?」

「自覚無しだよ。怖いよ。謙一、何とかしろよ」

喋り出すとうるさいな。

「強化合宿で強化されんの当たり前だろ」

その後、何やらキャラクターの焼き印が入れられたオムライスを4人で食べた。

麻琴は足り無さそうだったので、隣で売っていたステーキ串を進呈した。


                             ※


「恭、交代だ」

「おぅ、待ってたぜ幸次」

おれと成美がスペースに行くと、恭とリリーナさんは暇そうにしていた。

「売れた?」

「うん、1冊も売れた!」

まぁ、売れるとは期待してなかったけど、そこまでとは。

お?成美も追いついてきた。

「リリーナちゃん、体調大丈夫?」

「うん、大丈夫。ずっと座ってただけだし」

「んじゃ、二人でお昼食べに行っておいで。あとは閉会時間まで自由行動だから」

「OK、ナルミ。行こ、キョウ」

「了解。んじゃ、また後で~」

と二人が出て行ったので、代わってスペース内に入って座って一息ついた。

「なんか、新鮮だね。年下から名前呼び捨てって。ホント、外人さん」

「どんな感想だよ」

「ちょっと中身読んでもイイ?ボクが行かなかったイベントだよね?」

「別にいいけど」

しかし、これ…

「あ、気持ち悪いもんしか載ってないんだった。じゃあいいや」

泣きたくなった。

「さ、頑張って売ろう!」

「気合入れても売れないと思うんだよなぁ」

気持ち悪いから売りたくもないって言われるよりはましだけど。

「すぐに交代時間来るし、そしたら昼飯行こうか」

「この本のイベントで、皆に食べさせたようなものでなければ、イイよ」

すぐ読むのやめたくせに、なぜ…あ、他の女子から聞いたか。

「ここじゃ、熊もワニもサメもダチョウも売ってないから」


                             ※


「ふむ、次は俺たちが店番だから、飯を食っておくか」

「そうね、でも暑くてあんまり食欲ないかも。麻琴と違って」

「ここにいないからって、ディスるなよ」

「いても言うけど?」

「そうだな。望はそうだよな」

なんて、言いつつ歩き始めると

「お?イクミン!」

と恭が呼びかけてきた。

俺と望が露骨に嫌な顔に。

「そう、イヤな顔すんなって。昼飯だろ?一緒に食っちゃおうぜ」

「キョウ、一体二人に何したの?」

「ん?イクミン呼びが嫌いなのと、おれちゃんが振ったのと」

「「おい!」」

思わず望と声が合わさった。

「おまえな、そこまで言うか?」

「いや、だって、リリーナだけ蚊帳の外は可哀そうだし」

「俺たちのいないところで説明しろ」

「質問にはすぐ答えないと」

「キョウ、ノゾミと付き合ってたの?」

「付き合ってないから。うん。全然全く」

望が早口で焦って説明するのもレアだな、なんて思いつつ

「…飯行くか」

と言うしかなかった。

で、外のキッチンカーのあるところに行くと、謙一ペア、崇ペアに出くわし、心行院女子勢ぞろいとなるのが、奇跡というか、怖いというか。


                             ※


「あ、望、リリーナ、これからランチ?」

「そんなとこ。あ、麻琴、また一人で余計なもん食べてる」

「ふぇ?こ、これは謙一が買ってくれたから」

「ケンチ、餌付けし過ぎると、さすがに肥えるよ、その娘」

「謙一に変なこと言わないで!」

と、宝珠に詰め寄る麻琴。

「その辺、調整してるから大丈夫だよ、宝珠」

「え?わたし管理されてたの?」

と、ステーキ串を片手に驚愕している麻琴。

「ケンチ、女の子ってね、そうそう思ったところにお肉は付かないんだよ」

と、麻琴の一部分を見ながら言うムリョウさん。

「いや、そういうつもりはないんだけど」

と言い訳するもニヤニヤしているムリョウさん、宝珠って質悪い。

「ダメ!マコトは、このままにしときなさい!」

とリリーナさんまでしゃしゃり出てきた。

なんか、麻琴は俯いてプルプルしてるし、誰か助けてください。

って、あとはバーサーカーしかいないので希望はないのであった。


                             ※


「よし。食べ終わったから、麻琴、一緒に写真撮ろ」

「そっか、未来さんたちと撮ってないもんね」

「あー、ずるい。私も」

と騒ぎ出す宝珠。

「んじゃ、心行院チームで写真撮ろう。だから未来は少し待て」

と珍しく偉そうに言う崇。

「望も待て」

いつも通り、偉そうな幾美。

「「あたし 私たちは犬か!」」

こんな聞き分けのない犬は、ジャッカルレベルだと思う。

「ケンチ、今へんなこと考えたでしょ!」

そんな読心術を使ってくる宝珠。

「僕は麻琴が可愛いってことしか考えてませーん」

「ほぉ…麻琴、ケンチに呪詛かけるわ。ごめんね」

「だめ!」

変な注目を集め始めてるし、移動したいなぁ。

恭ちゃんとリリーナさんは、いつの間にか飯食ってるし。

「幾美、あれに飯食わしてさっさと移動しようよ。交代時間になっちゃうぞ」

「わかった」

つかつかと幾美は宝珠のそばに行き、耳元で何かささやいた。

「わ、わかったわよ。お昼食べましょう」

あ、言うこと聞いた。幾美は凄いな。伊達に生物部の部長してないよなぁ。

「お?落ち着いたかなぁ?」

と、近づいてくる恭ちゃんも、大概なんだが。


                             ※


そしてリリーナさんも巻き込んでの、女子4人のイチャイチャ写真を撮りまくった。

「ちゃんと混ざれよ、エリザちゃん。女子だろ?」

と、崇の背を叩く。

「うん、謙一、そろそろ決着を付けようか」

「遠回しに、そのコス褒めてるんだから怒るなよ」

「遠いだけで回ってきてねえんだよ」

「その返しの冴え、見習わないとな…と、直接的に誉めてみた」

「お・ま・え・は」

「崇ぃ、ケンチぃ、いちゃつくのも大概にしないと、あたしも麻琴も怒るぞ」

なんて、ムリョウさんが大声で叫んでくる。

どうして、あちこちで悪目立ちしようとするんだろうか、あのお姉さんは。

普通にコスの出来や容姿で目立ってるのだから、充分だと思うんだが。

幾美と恭ちゃんは、そんな声は聞こえていないかのように、撮影しまくってる。

「あ、プライベートな撮影なんで、他の方はすみません」

なんて、幾美らしからぬ口調で、寄ってきたカメコを追い払ったりもしてる。

「そんじゃ、望、交代行くぞ」

「はいはい」

熟年夫婦か、もう。

「んじゃ、再度解散」

とムリョウさんの一声で、女子たちは各々の彼氏の元へ。

なんか残念そうにしてるカメコがチラホラ周りにいる気がするけど、女子だけのチームにして撮影に応じると、長くなっちゃうので、今日は無し。

「麻琴、少し食休みする?」

「もう消化したから大丈夫」

「早くない?」

どうか、僕の彼女が普通の娘でありますように。


                             ※


「幸次、交代だ」

「おぅ」

「売れたか?」

「おれたちの番じゃ、1冊も売れなかった」

「こういうキモい本やめて、ボクたちの写真集を売ろう!」

「いきなりディスるなよ成美」

「いいじゃん、ねぇ、望ちゃんもその方が良くない?」

「私は…幾美が頑張って作った本だから、売れたらいいと思うし…ねぇ、写真集、合宿の勢いじゃなくて、ホントにやる気なの?」

「あら、いいお嫁さん」

成美がアレなだけなんだけど、口には出さない。折られるから。

あ、宝珠さん照れてる。珍しい。

「写真集ねぁ。印刷費も高いだろうし、ただでさえ今回売れてないのに不安度の方が高い」

「じゃ、やめるんだ?」

「いや、それでも、やろうと思う。雄慈にも話しちゃったし」

「雄慈って…あぁ、あのとき話に出た人?」

「そう、写真が得意な陽キャの問題児、多美川雄慈」

「なんで、幾美の交友関係って不安を煽る人材ばかりなの?」

「宝珠さん、問題児によって来るのが問題児なだけ」

「ふーん、自覚はあるんだ」

「そりゃもう。女性陣も含んでね」

「望ちゃん、折る?」

「成美さん、呪う?」

そういうところだって、自覚がないのかね、うちの女性陣。

「周りに迷惑だから、さっさと交代だ。成美幸次は、そこから出ろ」

「「漫才コンビ名みたいに言うな!」」


                             ※


「ねえ、謙一」

「なに?」

「明日は謙一たち男子はコスしないでサークル巡りするんだよね?」

「まぁ、そのつもりだけど、何か心配事?」

「ううん、そういうんじゃなくて、明後日の話をしたかったの」

「あぁ、女子のエルフ併せね」

強化合宿限定だった気がするけど、男性陣があまりに褒めるもんだから、イベントでもやってみたくなったらしい。あのときよりも露出盗撮対策はしっかりやるってことだけど。

「そう。その時に、リリーナさんも一緒にコス出来たらなって思って」

「ああ、そりゃ、いい提案だと思うけど、コスは?サイズ的に麻琴のを貸すの?」

「あ、あのね、もう一人エルフを増やせたらなって」

「パラダイスのような絵面しか浮かばない話だね」

「パ…うん、それで未来さんに超特急でコスの依頼をしようと思うの」

正味一晩で一着作らせるのか。中々の恐ろしい提案。

「で、僕は何をすればいい?」

パラダイスを目にするためには手伝う所存。

「え?じゃあ、リリーナさんへの意思確認と、未来さんへのお願いに付き合ってほしいの」

「テンプレちゃんへの話なら、僕がいない方が良くない?」

「そういうこと言わなければ、スムーズに解決しそうなんだけどなぁ」

「なるほど」

「なるほどじゃないよ、もう」

「わかった。とにかくエルフ戦隊パラダイスファイブ成功のために、頑張る」

「ふ~ん。そんなにリリーナさんのエルフ見たいんだぁ」

「ち、違うことは無きにしも非ずだけど、僕は麻琴が可愛いので、それを引き立てるのが4人も揃うとなれば」

と、そこで麻琴に口を押さえられた。

「わかったから、それ以上言わないの!全員から殺されるよ。…わたしは嬉しいけど」

口を押えられた僕は、うなづくしかなかった。

「わたしのこと、チョロいとか思ってる?」

僕は全力で首を横に振った。


                             ※


閉会まではフリータイムってことなんで、アタクシは一人で出歩くことにした。キョウに付き合っても、彼が写真撮られるのを横で見てるだけになりそうだったし、なんかちょっぴり悔しいし。

なんだかアタクシの写真を撮りたがる人が多いのが、うっとおしいけど、色んなコスプレイヤーがいて、とっても楽しい。

OTAKUやってて良かった。日本に来て良かった。

あ、ケンイチとマコトだ。

他の女の子たちもそうだけど、彼女たち、なんだか目立つのよね。同性の目から見ても、みんな可愛いし美人だし。

あ、マコトが手招きしてる。


                             ※


「ハァーイ、マコト。どうしたの?」

「うん、リリーナさんにお話があるの」

「ケンイチを殴ってよくなったの?」

速攻逃げだそうとする謙一の袖を掴んで止めた。

「殴るのはダメ。あのね、リリーナさん、コスプレ、やってみたくない?」

「キョウからも誘われたわ。まぁ、チャンスがあればやってみたい気持ちはあるわ」

「よし、やろう!」

と叫んだ謙一を睨まないでほしいなぁ。

なんか、わたしの後ろに隠れだしたし。

「明後日、なんだけど、わたしたち女子でエルフのコスプレすることになってるの。それでね、コスが間に合えば、一緒にエルフ、やってくれないかな?って」

「Fantastic!え?え?コスあるの?」

「それを作れるか、これから未来さんに頼みに行こうと思うの」

「OK!アタクシからも一緒にお願いしちゃう。マコト、行こう!さっき、ミキも見かけたし」


                             ※


午後になって、撮影依頼が散発的になってきた。そろそろ休憩しちゃうかな、と思ったところに、麻琴とリリーナが連れ立ってやってきた。なぜか、麻琴の後ろにおびえるようにケンチがいるけど。

「崇、休憩、入ろ」

崇は黙ってうなづく。ここまで徹底していると、なんだか申し訳ない気持ちが1ccくらいある。すぐに蒸発する程度ね。

「未来さーん」

「どしたの?リリーナまで連れ立って…ケンチはともかく、キョウジは?」

「なんか、撮影されまくってるから、アタクシは自由行動」

「そっか。で、なんかあった?」

「あ、あのね、未来さんにお願いが」

「わかった、任せといて。やっとあたしのものになる決心がついたのね」

「少し真面目にお話ししたい」

おっと、圧が強い。麻琴の成長、楽しい。

「はいはい。で?」

「明後日のエルフ併せ。リリーナも混ぜてほしいからコス作って」

「火の玉ストレートね」

「うん」

「リリーナは、コスやりたいってことでいいの?」

「う、うん。みんな見てて楽しそうだなって。キョウもやろうって誘ってくれたし」

「わかった。材料残ってるからでっち上げてやるわ。リリーナ、あとで更衣室でサイズだけ測らせて。試着なしのぶっつけ本番になっちゃうと思うけど、そこは勘弁」

「ミキ、大丈夫なの?ホントに」

「オフコースってやつよ。お針子未来さんに任せなさい」

「オハリコ?」

「コスチュームメイクが得意ってこと」

「I understandね。嬉しい。楽しみ」

「どんな感じのエルフかは、麻琴、この前の写真ある?」

「うん、携帯に入ってるから、リリーナさん、あとで見せてあげる」

「よし、エルフ戦隊パラダイスファイブの完成か」

「ケンチ、急に何言ってんの?」

「未来さん、ごめんね。なんか謙一、美人が増えたからテンションおかしくなってるみたいで」

「び、美人?アタクシが?」

あー、そうね、ケンチも男の子だもんね。麻琴一筋だけど、美少女が増えるのは単純に嬉しいよね。あたしは直接、美人扱いしてもらったもんね。でも、あの時のことは、麻琴にも崇にも内緒。

「そっか、美人か…ふ、ふーん」

あぁ、テンプレちゃんがテンプレなツンデレ始めた。

「ケンチ、打ち上げって最終日の後でいいんだよね?」

「う、うん。途中でやっちゃうと、みんな余計な疲れが残るといけないし」

「OK。今日と明日は、まっすぐ帰ってコス作るわ。あたしたちの分は、直し終わってるから大丈夫」

何事も勢いは大事。

「崇はどうするの?」

「…」

「喋れ、ばか」

「黙ってるのが癖になってた。あぁ、何か手伝うことあるなら家に行くけど」

「多分、来られると作業進まなくなるから、いいや」

「あはは、和尚、解脱失敗」

「意味不明なツッコミすんな、謙一。未来もそういうことなら聞くな」」

「うるさいなぁ。家の前まで送るくらいはしてよね。リリーナ、キョウジに話をしといてね」

「わかった!キョウに言ってくる」

と駆け出し、速攻でスタッフに走るなと注意を受けているリリーナのテンプレっぷり。

ケンチが何か言いたそうにしているが、進歩

したのか何も言わなかった。


                             ※


ぼちぼち店番交代の時間。

僕は麻琴を連れ立って、自スペースへ戻った。

「帰還したぞ、幾美」

「もう全然売れないから撤収でもいいかもな」

と、幾美がため息をつきつつ、お手上げポーズ。

「まぁ、買ってくれた人がいるだけでも凄いって思うしかないよね」

「ケンチにしては、珍しくプラス思考じゃない?なに?頭でも打った?」

「宝珠、うるさい。そっちこそ砂浜に首まで埋まって、毒気抜いて来い」

「い、言うようになったじゃない…私はフグ毒か!」

「謙一、偉いね」

「麻琴、変な甘やかし方しないで」

「望さんも大概にしようね」

「う、うん」

謎のヒエラルキー勝負の世界。

「で、幾美、向こう行ったら、順次着替えちゃうように申し送り頼む」

「あぁ、わかった。着替え終わったやつから、こっちに寄こすから、謙一たちも交代で着替えちゃってくれ」

「おぅ」

宝珠が僕にアカンベーしながら幾美に連れらていった。幼稚園児か、あの人。

でも美人がやると破壊力高いけど。

そういうの全部計算づくなんだろうな、宝珠って。

「さ、麻琴。中入って」

「うん。ふ、ふたりでお店…」

「麻琴、ごっこじゃないからね」

「わかってるもん。真剣だもん」

何か違う意味が混ざってるような気もするが、暇そうな店番開始。閉会時間まで1時間強。もう、足早に目の前を通り過ぎていく人ばかり。ぽつぽつと既に撤収しているサークルもいる左隣のサークルも既にいないし。。

「すみません、お先に失礼します」

と右隣も撤収のようだ。

「あ、お疲れさまでした」

「謙一、広くなったね」

「縄張りは広げないでね。スタッフに注意されちゃうから」

「広げないもん。で、縄張りってどういうこと?」

「うーん、ビーストテイマーの結界?合宿でも荷物広げて結界作ってたって成美さんが言ってた」

「あれは…なんで言うかな、あの人」


                             ※


先ほどのホールに戻ると、幸次が崇に抱き着かれて阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。

「ほら、遊びは終わりだ。撤収時間近いから、着替えて順次スペースに行ってくれ」

「崇、部長を連れて行け!」

「わかったわ」

とムリョウさんに命令されて金髪のお姉さんが俺に寄ってくる。

中身は崇、中身は崇。

恭とリリーナさんは笑い過ぎて呼吸困難に陥っている。

「行くわよ、幾美。いっしょに着替えましょう!」

と、俺は肩を抱かれた時点で、考えるのを止めた。


                             ※


あぁ、あたしが仕切らなきゃ駄目か、この状況。

「望、あなたの彼氏、大丈夫?」

「とりあえず、決定的瞬間は写真に撮ったから、大丈夫」

「なにが、大丈夫なのやら」

「望ちゃん、鬼畜ぅ」

頼りにしたい最年長がテンション高くて当てにならない。

「はいはい、鬼畜ですよ。ほら、麻琴を待たせると可哀そうだから、着替えよ」

「まったくもう。リリーナも更衣室行こう」

「OK」

「うん。ほら、行こ。コージもキョウジも、そろそろ崇を正気に戻して」

「無責任が過ぎる」

「おれちゃんドン引き」

「なんか言った!」

「「いえいえ、なにも」」

毎回こうなるなら、崇女装レギュラー作戦も見直さないと、かな…焚きつけた自分が悪いんだけど。


                             ※


案の定、目の前を足早に皆が通り過ぎ、誰もうちの本なんか目もくれない。

グルグルさんにあらかじめ聞いておいてよかった。皮算用が過ぎなくて済んだ。

でも大赤字だけどね。

「謙一頑張った本が売れないのは悔しいな」

「こういうのは、結果だからさ。それに、他のサークルの人だって、みんな頑張って本出してるんだろうし」

「そうかもだけど…」

「麻琴が応援してくれれば、認めてくれれば、それだけでOKだから」

「うぅ、でも…」

自分の番で売りたいってのもあるのかな。なんにせよ、嬉しいね、麻琴の想いは。

「着替えてきたぞ。謙一、真理愛さん、行ってきていいよ」

と、幸次が男性陣引き連れて戻ってきた。

崇の様子が微妙におかしいが、今はスルー。

「おぅ。ほら、麻琴、行こう」

「うん。でもわたし、ほとんど店番してないよ」

「また次のコミエに受かれば、ね」

「うん」

僕は麻琴の手を引き、更衣室に…微妙に早足で急いだ。


                             ※


「未来ちゃん、望ちゃん、ほらパウダーシート使いな」

「助かるぅ」

「ありがと」

アタクシは今、暴力的なまでのバストたちを眺めている。

胸を持ち上げてシートで拭くなんて行為、アタクシはしたことがない。出来ないから。

しかも、Most Violenceなナルミは、ニプレスだけで他に下着を着けていない。

汗で張り付いた全身タイツを脱がすのを手伝って、アタクシは恐怖した。この人、HENTAIなのか?って。

「成美さん、上はともかく下は」

「え?やだ、見た?見えた?」

「未来、こういうの、もう、アウトじゃないの?ルール的に」

「まぁ、見せてるわけじゃないし…脱法的な存在?」

「二人とも、ボクを何だと思ってるの?」

「「ノーパンバーサーカー」」

「それ、他に言ったら、さすがに折るよ」

アタクシ、ここにいていいのかな?

「あ、まだいた」

マコトが来た。アタクシの安心の元。

「麻琴は良く一日中ウィッグ着けてられたね。あたしは死にそう」

「えへへ、帽子の裏に保冷剤」

「なるほど。知恵もついて大きくなって、ホントにこの娘は」

「なんで喧嘩売られてる?なんで?」

変な人たちかもしれないけど、楽しいからいいのかな。


                             ※


「あ、リリーナ、ちょっとサイズ測らせて」

「え?サイズ?あ、そうか」

素早く着替え終えた未来さんがリリーナを隅へと拉致った。明後日のコスの採寸だろう。

Tシャツとハーフパンツとサンダルって、ほんとラフだなぁ。スタイルいいからカッコイイし。

わたしが同じ格好しても、どうしても子供っぽくなっちゃう。

「ほら、麻琴、未来に見とれてないで着替えちゃいなさい」

「う、うん」

ウィッグを取ると解放感が違う。頭皮全体から湯気が噴き出してる感じ。

更衣室はスプレー禁止なんで、パウダーシートで全身をぬぐって、冷却ローションを首筋や脇に。

「ひゃっ」

一気に冷えた。

「麻琴、エロ可愛い声を上げるのやめようね」

「そういう言い方を止めようね!」

望さんへのツッコミも疲れるんだからね。

ふと横を見ると、腰にタオルを巻いて、パンツを履こうとしている成美さん…ホントに履いてなかったんだ。

「麻琴麻琴」

「なに、望さん」

「見た?ノーパンバーサーカー」

思わず吹き出すことを耳元で囁くのやめてほしい。

「マコトぉ、ミキにアタクシの全部を知られちゃったぁ」

なんか、リリーナは泣きついてくるし。

「…うん、着替えるから待ってね。みんな待ってるし」

「え?うん、待つ」

我ながら冷たい対応したと思うけど、急ごうよ、みんな彼氏を待たせてるんだから、ホントにもう。


                             ※


「これにて、第81回 コミックAtoZ、一日目、終了いたします!また明日、お会いしましょう!」

というアナウンスが場内に流れ、すさまじい拍手の音とともに、コミエ初日が終了した。

「はいはい、片づけ片づけ、ちゃっちゃちゃっちゃするんだ」

「幾美うるさい。いい加減、テンション元に戻せ、この浮かれポンチ」

と、片づけの手を止めずに、口を動かす僕偉い。あとで麻琴に褒めてもらおう。

どさっと並べた本をどさっと仕舞うだけ。その「だけ」が悲しいのだけど。

「今回の本、次回に持ち越すのも何だし、文化祭で配る?4冊しか売れなかったし」

「そうだな、活動報告になってるし、奥付だけ変えるなり隠すなりすりゃ、通用するな」

僕の提案に冷静な幸次が答えてくれた。

「次はコスプレ写真集、だもんな」

「え?そうなの?おれちゃん知らないよ」

「あぁ、言ってないかも」

「いーえーよー」

「合宿中の話だ。ハワイにいたお前が悪い」

「悪くはないだろ、別に」

と無駄に揉めだす幸次と恭。

せめて女子が来るまでには撤収準備完了させとこうよ、と言いたいが、いつものことだし。僕が…なんか黙々と崇も手伝ってくれてる。いいんだけど、黙々となのが気持ち悪いんだよなぁ。

幾美は言うだけで、何もしないし。

「あれ?ちょうど終わったくらい?」

と、ムリョウさんが女性陣を引き連れて戻ってきた。

90cm×45cmの空間は、朝来た時と同じ状態に戻っていた。何となく寂しい。

「で、誰がこの在庫の山を持って帰るのかな?」

という僕のセリフに生物部メンバーに緊張が走る。

「今日持って帰って、夏休み明けに部室に持ってくる。条件はそれだけだ。行くぞ!」

「「「「「ジャーンケーン、ホイ!」」」」

勝負は一撃で決した。

「「「「頼むぜ、部長」」」」


                             ※


長いようで短かったようなコミエ1日目も終わり、ようやく帰途。

地獄のように混雑する電車に何とか全員一度に乗り込み、感慨深さを感じる間もなく、僕らは会場、メガサイトをあとにした。

まだ明日も明後日もある。同人誌サークルとしての夏は終わったけど、まだ感慨はない。何かあったとしても、明後日の打ち上げまで取っておこう。

さて、明日は一般参加。コスもしないで敵情視察というか、勉強というか、まぁ、買い物と撮影に徹する日、だ。

ふと、肩に重みを感じて横を見ると、麻琴が僕の肩にもたれかかって寝息を立てていた。

他のカップルも似たような状態。つられて寝ないようにしなくちゃ。

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