第17話 夏コミエ!BOTH集結せよ!(PART1)
う~…
結局4時間くらいしか寝られなかった。
もっとベッドでグダグダしていたいが、ここは一念発起、無理矢理飛び起きて、シャワーを浴びて目を覚ます。
急いで準備を済ませ、母さんを起こさないように、そろりそろりと家を出る。
朝日が昇って、既に気温が上がりつつある中、同人誌やらコスを詰め込んだキャリーバッグを引いて、駅まで歩く。
その途中、宝珠からメールが来た。
メール内容は感謝すべきか怒るべきか迷う内容だったが、僕の頭は覚醒した。
おかげで電車の中でウトウトして乗り過ごすことなく、第81回 コミックAtoZ の会場前の駅、メガサイト前駅へと無事に降り立つことが出来た。
車内の混雑も凄いと思ったが、降りたら更に凄かった。
まさに人人人。前回、冬に来た時より凄いんじゃないか?
長大な列が遥か彼方にまで見える。あの中に麻琴たちいるのかな?と思いつつ、サークル入場組の待ち合わせ場所である、メガサイトの入口へと赴いた。
※
「望!麻琴、よだれ」
「はいはい」
電車内で未来の肩に頭を預け寝こけている麻琴の口から垂れそうになるよだれを、私は素早くハンカチでふき取る。
「ナイス連携だね。アレだけど」
「そう、成美さん、麻琴ってアレなの」
「次垂らしたら写真撮って謙一くんに送ろ」
「もう、この口開けて寝てる顔をまず」
「わかった。望ちゃん、悪だね」
「私はケンチに萌えを与える優しい女ですよ、送信っと」
※
「なぁ、幸次、あれ、止めないの?」
「止められないから止めない」
「なるほどなるほど」
何だかしきりにうなづく恭。
「ねぇ、キョウ、ホントにあの可愛い生命体が憎きケンイチの彼女なの?」
本日初対面故か、女性チームに混ざることなく、恭の隣に引っ付いているリリーナさん。
いったい、どんだけ、謙一の言ったこと(ワイハー少女テンプレちゃん)を気にしてんだか…怖いなぁ。恭も謙一かばってやれよ。
「あはは、そうそう。しかも彼女が先に惚れちゃうというラッキー野郎なのさ」
「え?なんなの?ケンイチってなんなの?」
「そう、それはまさに運命。Destinyなのさ」
何言ってんだろうね、この男。
それにうなづくリリーナさんもアレだが、要はお似合い、ってやつなのか。
おれたちの周りの女性って…
「どしたの幸次?眠い?俺ちゃんのハワイ話、聴く?」
「土産話はみんな揃った時にしてくれ。お前らに呆れてるだけで、眠くは無いし」
「ちょっと!えーっと、コウジだっけ?どういうこと!」
「お前の彼女、なんで四方八方に噛みつくんだ?」
「そういう生き物なのさ。そこが俺ちゃん好きなんだけど」
バーサーカーの他に、トリガーハッピーまでいるのか。言ったらヤバそうだから言わないけど。
「やだもう、キョウったら」
おれは何かいたたまれず、成美の横へ逃げ込んだ。
「こら幸次、子供じゃないんだから、あんまり席立ってチョロチョロしないの!」
「なんで、急に年上感出すんだよ。あのカップルがウザいから逃げただけだし」
「付き合って一週間だっけ?まぁホヤホヤならしょうがないよ。ボクたちだってさ…」
「言わんでいいから」
成美は成美で隙あらば惚気ようとする性質がある。
何か、横の方から舌打ちをするような音が聞こえたんだが。
ムリョウさん、宝珠さん、あんたらに弱みを必要以上に教えたくないんだよ、まったく。
やっぱり行きも全員揃っていった方が良かったんじゃないか?心行院組に保護者がいないのは困る。
※
待ち合わせのメガサイト入口に行くと、既に幾美と崇が到着していた。
「おはよ」
「遅い」
「これでも待ち合わせ時間前だと思うんだけど」
「俺より遅い」
「崇、こいつ黙らせて」
「ずっとテンション高いんだよ。ほら、宝珠さんがコス併せてくれるって言ったから」
「崇、黙らないと、今日のコスメイク、俺がするぞ」
「怖っ、ウザっ」
「謙一、もう入場できるみたいだ。行くぞ」
「要は図星で照れてるわけだね」
「そうだと思うが、口に出して言うなよ謙一」
どこにいようが、いつも通りの生物部の朝である。
※
望さんに揺り起こされたら、着いてた。
「ほら麻琴、置いてくよ」
「や、や、や」
カートを引きずってホームに降り立つと、凄い人の数。いつも通りな風景だけど、やはり非日常感が凄い。
謙一、まだ来てないんだよね…なんて思いながら、皆の後に付いていく。
スタッフの誘導に従って入場待機列の最後尾へ。ぎりぎり、会場のメガサイトが見える辺りに並べた。遅くなっちゃうと、ぐるーっと会場の方を回って、遠くの橋の上に行かされちゃうから。
「よし、皆、タオル被って、冷凍ペットボトルで手の平や首筋冷やしてね。死ぬから」
と未来さんのありがたくも恐ろしいアドバイスに、皆素直に従う。
「あ、日傘、持ってきたんだけどNGなの?」
と、今回初参戦のリリーナさん。
「この人混みだからね。間違って目に刺しちゃったりすると、ちょっとした事件だから」
さっきから未来さんの説明が物騒。
「OK。understandね」
ちょいちょい英語が嘘くさいなぁ、なんて思ってたら、リリーナさん、こっち見てる。え?望さんレベルで感づく人?
「ねぇ、マコト」
「は、はい」
「ケンイチのgirl friend、なのよね?」
「そう、ですけど」
あ、謙一は無駄に恨みを買ってるから…
「アタクシが、ケンイチに報復攻撃をしても、怒らない?」
予想外というかなんというか、な質問にキョウジさんの方を見ると、何か、手を合わせて頭下げてくるし。
「あの…攻撃のレベルによる、よ」
「レベル?そう、うーん」
と何か悩み始めた。
声も出さずに笑っている望さんと未来さん。コージさんと成美さんは、暑い中、イチャついてるし。
とにかく、成美さんとは別の意味で危険人物に認定しておこう、と、わたしは思った。
※
「なあ、先頭歩くのはいいけど、スペースの場所、わかってる?」
なんかズンズン歩いてく幾美に不安になり声をかけた。
「…案内頼む」
心底駄目なテンションだよ、幾美。
ため息一つついて、書類に書かれている東ホールへ向かう。
こちらとて、コミエは2回目の参加。キョロキョロしながら、配置マップと見比べつつ、自分たちのサークルスペースに到着。
「このテーブルがスペースか」
なんか感慨深げな幾美に
「その右半分だよ。1サークル、机半分」
と真実を告げる。
「これっぽっちにあの値段払ったのか?」
驚愕する幾美。うるさいなぁ、もう。
「はいはい、そうなんですよ。いいから、準備始めるよ」
この90cm×45cmの空間こそ、我らの城だというのに…
「わかった。崇、頼む」
「なんでオレ?」
「いや、3人でやろうよ」
生物部長としてもリコールすべきかな、もう。
「ほらほら、崇、椅子を降ろして、チラシ片付けて。僕が持ってきた布を敷くから、その上に作った方並べて、幾美」
1種類しか売るものないし、飾るものも気が回らず、思いつかず、ホント、シンプルなスペース準備。あっという間に終わった。
落ち着いて、他のサークルの様子を見回すと、簡易棚のようなものに同人誌を立てて並べていたり、何かフィギュアのようなものを置いたり、それこそ、何も敷かずにそのまま同人誌を置いていたりと千差万別だ。
「次からは、もう少し目立つ工夫が必要かもな」
ようやく落ち着いてきたのか、幾美がまともなことを言う。
「荷物増えそうだけどね」
「崇が持つ」
「なんでオレ?」
「功徳を積め」
「やかましい」
そんないつもの漫才をしていると、お隣のサークルさんがやってきた。
「おはようございます。今日は一日よろしくお願いします」
と丁寧なごあいさつをいただき
「あ、はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
と返す。
見ると、そこかしこで似たような光景が。
なるほど、こういう挨拶もイベントのマナーなんだな。
とにもかくにも準備は終わったわけで。
「開場まで、あと2時間か」
「え?そんなにあんの?出歩いててイイ?どうせ一日動けないんだし」
と、崇が懇願する目で見てくる。
「まぁ、いいけど、ここを空にするわけにはいかないし、交代でトイレにも行きたいし」
「だから5分くらいで戻ってこい」
「ひでえ」
「うるさい。館内にあったコンビニでも行って、3人分の朝飯と飲み物買ってこい。托鉢だ」
気は効くが、結果的に非道な幾美。
「何が何でも和尚ネタにつなげるな。行ってくるけど、5分じゃ無理だぞ」
「走るなよ。多分、怒られるから」
「はいはい」
とトボトボ歩いて行った。
「んじゃ、幾美、更衣室行って着替えてきて。留守番してる」
「了解。俺の分の朝飯を取るなよ」
「いつ、僕がそんなことしたよ?しないよ」
「真理愛さんに毒されてるかと」
「麻琴も、そこまではしないから。欠食児童じゃないから・・・多分」
幾美は手を振りながらカートを引きずって出て行った。
さて、麻琴に連絡でもしてみるか。まずは並べ終わったスペースも入れ、自撮りを送信っと。
※
まだ朝なのに暑くて溶けそうって、グッタリしてたら、謙一からメール来た。
「謙一から、スペースの準備出来たってメール来たよ」
「中は多少は涼しいのかなぁ。ズルいなぁ」
「呪う?」
「折る?」
「I kill him」
「成美、および女性陣、落ち着こうね」
「リリーナ、頭冷やそう。別に楽してるわけじゃないからさ」
「謙一悪くないもん!もう!」
入場開始まで、あと2時間近く、こんな状態なのかな。勘弁してほしいなぁ。
※
…妬まれ、呪われ、折られて、殺される。逃げて。ってどういう意味だ?麻琴からの返信が怖いんだが。
あ、幾美と崇が帰還した。
「おかえり」
「ああ。そんじゃ、二人で着替えて来いよ。飯は食べとくから」
「許されざる言葉」
「うるさい。崇の着替え手間かかるんだろ?手伝ってやれよ」
「え?大変なの?」
「あ、うん、まぁ。人手があると助かる、かな」
「仕方がない。僧侶のお手伝いも檀家の務め」
「わけわからんこと言うな!」
「じゃあ、行ってくる。僕たちの分、食うなよ!」
「はいはい、行ってこい」
否定しない幾美に疑いの眼差しを向けつつ、僕と崇はスペースを後にした。
※
あ、謙一から返信来た。
皆にはもう報告しないよ。
これから更衣室か。空いてて楽だろうな…あ、皆に引きずられてる?
それにしても、バッケモンスター併せ、謙一と今日するんだぁ。人前で。
恥ずかしさもあるけど、同じ作品のキャラを出来るの、幸せ。
「エヘヘヘ」
あ、声に出して笑っちゃった。
え?皆わたしを見てる。
「大丈夫?ちゃんと太い血管が通ってるところを冷やさないと」
未来さんに暑さで錯乱したと思われてる?
「その、謙一からのメール、見てただけだから」
「望、いつものやつだったみたい」
「じゃあ、大丈夫だね」
「いい加減、後輩相手とは言え、失礼とか無礼とか覚えてくださいませんか、先輩方」
※
男子更衣室は別のホールに設けられている。
そこの受付でコスプレ登録料金を支払い、中で着替える流れ。
「なぁ、オレだけ女装って浮かない?」
「周りを見ろ」
何だか、半数近くの男性がブラジャー着けて、詰め物したりしていた。
「どんな割合だよ、ここ」
「崇みたいなやつが多いってだけだろ?」
「オレはな、オレはなぁ」
自分はやらされてるだの自発的じゃないだの言いたいんだろうな。
「黙って着替えろよ、うるさいなぁ」
「おまえなぁ」
「法難だよ法難。修業だと思え」
「…」
和尚ネタだと静かになる。さすが仏の道よ。
鼻歌交じりで着替え完了。
崇は、もたもたしている。どうもブラジャーを着けるのに四苦八苦しているようだ。
「なぁ、練習してきたんじゃないの?」
「いや、したけどさ、いざ、本番となるとさ」
興奮でもしてんのか?
「ほら、後ろ向けよ、ホック留めるから」
と、ホックを引っかけて留めてやる。
「貴様、慣れてやがるな」
「いらんこと言う子は、外します。僕は外す方が得意です」
「やめろ、わかったから」
冷静に考えると、すごく気持ち悪いことをしているのだが、ここは冷静になったら負けだ。このタイツを履いてブラを着けた間抜けな姿を写真に撮りたかったが、更衣室内は撮影厳禁。弱みを握り損ねた。
「で、それムリョウさんのやつなの?」
「そうだが、変な目で見るなよ」
「見ねえよ」
例え、美人のお姉さんの下着とはいえ、それを身に着けてる素体がアレすぎる。
※
ん?あたしの携帯にケンチからメール?
と、中身を見ると、着替え終わった崇の写真。
ブラの着け方、きちんと教えておいてください…?あのバカ、あんだけ練習させたのに、ケンチに手伝わせたの?
「善処します。っと」
と返信。
ん?ってことは、あたしのブラをケンチに見られたってこと?うわぁ…貸さなきゃよかった。
※
謙一と崇がスペースに戻ってきた。
崇の絵面が強烈すぎる。
「ウィッグくらい着けてから出て来いよ。キツイんだよ」
首から上は普段のままで、あとは胸はあるは、タイトなスーツスカート姿だわ、脳に良くない。
「うるせぇ。あとで未来にメイクしてもらうとき、被ってると邪魔なんだよ」
「噂に聞く2丁目界隈って、こんな感じなのかな」
「謙一、うるさい」
「こんな雑なのいないだろ…いや、いるのかも」
「幾美、うるさい」
「和尚から尼さんにジョブチェンジ扱いでいいのかな?」
「謙一、よくない」
「謙一、写真の拡散は?」
「まだ、ムリョウさんにしか送ってない」
「送ったんかい!そんで拡散すんなよ!」
「幾美、多分、崇はお腹が空いて苛立ってるんだと思うから、朝ごはん、よこせ」
「違うぞ。でもよこせ」
お隣のサークルからの視線がきつい気がする。
※
コミックAtoZ。
初参加のアタクシが、こんな早朝から、暑い思いしている意味って何だろう?
って思った。
「ねぇ、キョウ」
「ん?」
「暑い」
「そだね。ハワイも暑かったよね」
「ハワイはこんなにwetな暑さじゃない!」
「ここは日本だからね、仕方ないよ」
「なんで、アタクシは、キョウに惚れて、こんなとこまでついてきちゃったのかな?」
「オタクだから」
「恋愛をそれだけで片付けないでほしい」
「Destiney」
「それ気に入ってるの?英語で言えば、納得するとでも?…まぁ、運命なのは確かだと思うけど」
「いいじゃんいいじゃん、楽しもうよ、今日はお祭り、FestivalアンドCarnivalだ」
はぁ、ダメね。うんざりするほど、こいつに惚れてるわ、アタクシ。
※
せっかくだもん、仲良くなっておきたい!と思ったわたしは、勇気をもって話しかけた。
「あの、リリーナ、さん」
「ん?マコト、さん付けはしなくていいよ。逆に不自然に感じちゃうから」
「あ、はい。…うん、えっと、リリーナって、今何歳?」
「アタクシ、17 years old、よ」
やっぱり、英語の混ざり方がおかしい気がするんだけど、突っ込んじゃいけないよね。
「そっか、1個上なんだぁ。日本には旅行で?」
「ううん、転校よ。9月から日本のHighschoolに通うの」
「留学なんだ、すごいね」
「アタクシのグラン…お爺ちゃんが日本人だし、ほら、こうして日本語も喋れるし、うん」
なんか自慢げなところが可愛い。
「で、どこの学校に行くの?」
「Shingyoin Girls Highschool、だったかな、確か」
「うち?」
「え?」
「わたしも未来さんも望さんも心行院、だよ」
「Wao!凄い偶然!Destiny?」
「望さんと同級、になるのかな?2年生に編入?」
「そう、2年生。学校の話、聞かせて!」
「うん、いいよ。未来さん、望さん、リリーナ、うちの学校に来るんだって!」
※
「恭?」
「ん?」
「知ってたよね?」
「何が?」
「リリーナさんの転校先」
「そりゃ、ピロートークで色々聞いたし」
「話すの、その段階だけなのかよ!」
「あはは、まぁ、サプライズってやつ?偶然って怖いよね」
「何か邪神に掻き集められてる気がするくらいにな」
「まさにdestinyなわけさ」
「かっこつけんな。英語赤点のくせに」
「そいつはsecretさ」
「う・ざ・い」
※
スペースで隣にいる変なおばさん=崇が気になって仕方がない。主に気持ち悪いという意味で。早く、ムリョウさん来て、メイクやって、変なおばさんのこと、まともにしてくれないかな。
あ?麻琴からメール。
明かされし、驚愕の事実。
「わーお、なんてこったい!」
「いきなり叫ぶなよ、うるさいな」
「変なおばさんに言われたくない」
「なんだと、こら!」
「二人ともやかましい。周囲に迷惑だ」
「恭ちゃんの彼女、心行院に転校すんだってさ」
ここにいる3人の彼女と同じ学校の生徒に…
「なに、それ」
「僕たち、心行院に呪われてるのかな?」
「ンな言い方してると、望に報告するぞ」
「やめて」
宝珠との対決は精神負荷がデカいんだから。
「バーサーカーは違うよな?」
「幾美も、成美さんって言って差し上げろ。チクるぞ」
「さすがに同窓生なら、話に出るだろ」
「だよね」
きっと、邪神の仕業に違いない。
※
「未来さん、望さん、3人の驚愕顔の写真が送られてきたよ」
「この半端な女装してるの、何?」
わたしの携帯を覗き込んだリリーナ、爆弾発言。
「何…って…ごめんなさい、あたしの彼氏です。メイク、あたしがやるんで、現状、お見苦しい状態で…」
「Oh sorry」
「ううん、現状、半端なのは確かだし…メイクも教え込んでおくんだった」
「合宿後すぐだもん、時間ないから仕方ないよ、未来さん」
「そ、そうね、うん、時間、なくなったから、うん」
「バレバレだから、言わない方がいいよ、未来」
何か、望さんに突っ込まれて、顔真っ赤にしてうつむく未来さん。
さすがにわたしでも何となく察したから、言わないでおいてあげる。
「ねぇ、マコト?ケンイチはどっち?」
「え?あぁ、バッケモンのクローのコスしてる、こっち」
「ふぅーん、そっか」
しまった。面が割れた。
「あ、あのさ、謙一も悪気があったわけじゃないから、あんまり責めないであげて…ほしい、な」
と、急にリリーナが抱き着いてきた。
「OK、マコトがカワイイから、あんまり責めないであげる」
結局、責めるのは止めてくんないんだ…
と、間近でリリーナを見ると、お人形さんみたいにきれい。クォーター、なんだっけ。
…胸が無いのも、余計に人形めいて見える一因なのかな。言わないけど。
※
麻琴から、リリーナさんを止められなかった、とメールが来た。
うん、無理だろうな。わかってるよ、ちくしょうめ。
「こんにちは、ケンチくん、いますか?」
とスペースに誰か…あ。
「あ、グルグルさん!」
「おぉ、ケンチくん、オフで会うのは冬以来だね」
「はいっ、色々とご指導いただいて、ありがとうございました!」
「そんな、ご指導なんてものはしてないから、あはは」
「なんか、すみません、僕の方からご挨拶に行くべきところを」
「いやいや、初参加で色々大変だろうし、何より、自分があいさつ回りに行かないといけないところがいくつもあるからね。気にしないで。あ、そうそう、これ、今回のうちの新刊。ぜひ読んでほしい」
と、差し出されたのは
「え?か、カオス・トレジャー2の本って、あれ、続編あったんですか?」
「製作前にでポシャったけどね。脚本までは進んでたらしくて、それが、なんやかんやで流出して、一時騒ぎなったもんさ」
「ぜ、全然知らなかった」
「C級マイナー映画の話だからね。ほんの一部のせまーい界隈で盛り上がっただけ」
「そ、それにしても」
と内容をパラパラと見ながら思う。相変わらず、考察から揚げ足取りまで面白い。
「どうぞ、差し上げるから、ゆっくり読んで、また感想聞かせてくれたら嬉しい」
「え?いいんですか?」
「もちろん」
「じゃ、じゃあ、うちの初めての本も、持って行ってください。興味ないジャンルだと思いますけど」
「ありがとう。ありがたく頂戴するよ。それじゃあ、また」
「はい、また!」
グルグルさんは飄々と歩き去っていった。
「謙一」
「なに、幾美」
「実在したんだな、グルグルさんって」
「あ?僕の妄想だとでも思ってたのかな?」
「そこまでは言わないが」
「リアルに会って、謙一が親しげに話せる年上のオタクさんがいたんだなぁ…だろ?」
「その通りだ、変なおばさん」
「おぅ、外に出ろ」
幾美のおかしなテンションにも困ったもんだ。早く宝珠、来てくれないかな。
僕たち、もはや彼女たちがいないとホントに駄目なのかもしれない。
※
遠くから、スタッフの「列移動開始しまーす」という叫びが聞こえてきた。
何だか、しばらく静かだった成美さんがすっくと立ち上がった。
「よしっ」
両頬を挟み込むように手で叩きながらなもんだから、余計な注目を周囲から浴びる目に。
「成美さん、あの、大丈夫?」
「え?うん、ちょっと体温下げてたから、ね」
「どうやって?」
「ん?呼吸法」
あんまり突っ込むのは止めようっと。聞いても、わたしには絶対出来ないんだろうし。
「ねぇ、もう入れるの?」
と、リリーナがぐったりしてる。
「あと…30分くらいだと思うよ」
と、望さん。
「あ、あと30分も…」
「ほら、リリーナ。がんばろ。なに、すぐだよ30分なんて」
「中に入ればクーラーがあるのよね?」
「え?あるけど効いてないよ、クーラーなんて。あ、更衣室は効いてるか」
と、さらっと説明する望さん。実際、あまりの来場者数に、空調の能力超えちゃうんだよね。多少外よりましな程度が限界。
「キョウジ、あなたホントに何も事前説明なしに連れてきたの?鬼なの?」
「え?俺ちゃん言ったよね、暑いって」
「雑すぎよ。やっぱり、最低」
「やっぱり、とか、まだ信用回復出来ない俺ちゃんだね」
なんか、ケラケラ笑いながら言ってる。キョウジさん、気にしないのかな、望さんのこと。
リリーナがいるから、もう気にしないって感じなのかな?切り替えの早さに引くべきなのか、ひきづらない感じに感心すべきなのか、わかんないよ。
今はとにかく、
「リリーナ、ほら、まだ凍ってるペットボトルあるから、これ、首筋に当てて」
「Thanks マコト」
「ほら、それに、こっちのペットボトル。だいぶ中身溶けてるから少しずつ飲んで。一気はダメだよ、お手洗い行きたくなっちゃうから。汗で出た分だけ、少しずつ補給して」
「マコト、優しい、好き」
なんかカタコトになってる。
「キョウジさん、ちゃんとリリーナのお世話してあげて、死んじゃうよ?」
「アタクシ、死ぬの?」
なんて泣きそうな顔するリリーナ。
「キョウジ、リリーナちゃんをこっちに貸して、もう!」
未来さんが強引に自分の方へリリーナを引き寄せた。
「まったく、慣れた風で雑なのよ、キョウジは」
ボディ用シートで優しくリリーナの首筋や腕を拭いてあげる未来さんのお姉ちゃんっぷり。
なんか久々の年上っぽい感じに…あ、言わない言わない。
「恭、お前の彼女が女子校百合百合ワールドに呑み込まれたぞ」
「尊いよね」
「他人事?」
「いやいやいや、仲良きことはなんとかなんとか?」
「絶対計算してないよね、恭って」
「それよりも、幸次の彼女がこっちを殺気を込めた目で見てくるのを止めてほしい」
「折られろよ、もう」
※
「ほら、あと10分で開場だぞ。大人しくしてろ」
「幾美、まずは謙一を黙らせろよ」
「僕は静かにしてるだろ、おばさん」
「それだって言ってんだよ!」
※
「それでは、第81回 コミックAtoZ、一日目、開始いたします」
柔らかい女性のアナウンスで開場が告げられる。
謎の振動。入口方向からの空気の動きを感じ、そちらを見ると、物凄い数の人が入場してきた。
「一揆か?」
「同人誌が不作だったらそうなるかもね」
「あはは、謙一、上手いな」
僕らのサークルスペースの前を、大勢が足早に通り過ぎていく。
そうだよね。朝も早くから並んで、まずは外周と呼ばれる、ホール壁沿いに配置された、人気のサークルの本を狙うよね。
うちみたいな初参加で得体のしれない高校生の生物部の出した本なんかを真っ先に買おうとする酔狂な人なんていないと思う。
「さぁ、Biological club of The Hououin-highschool、略してB・O・T・H。ボゥスの初の勝負だ。気合入れろ」
サークル名を決めた時以来、口にすることもなかったサークル名が、耳に脳に馴染まない。
「幾美、そろそろ落ち着こうよ。しばらく人来ないと思うよ」
「そうなのか?」
「そりゃ、そう…あ」
「すみません、中身見てもイイですか?」
「あ、はい、どうぞ」
あれ?人来た。しかも女性。多分、失礼ながら、自分たちの母親と同じくらいの年齢に見える。
「この前のレププラかぁ。タイミングが合わずに行けなかったのよね。…一部ください」
「ひゃ、ひゃい。ありがとうございます。¥300になります」
いきなり売れた衝撃に僕は噛んだ。
初の購入者は、本を受け取ると、頭を下げて去っていった。
「謙一、人来たじゃないか、売れたじゃないか」
「落ち着け幾美。まだまだあと6時間近くある長丁場だ。油断はいけない」
「いや、別に油断はしてないが」
「あー、うん、そうだよね」
舞い上がってわけわからなくなってるのは、僕だけなのか?
※
入場列は止まることなく動き続け、開場から30分程度で入場することが出来た。
「よっしゃ、さぁ、着替えてスペースに行っちゃうよ」
「待て、恭。ムリョウさん、男女で着替え時間に差があると思うから、直接サークルスペース前集合でいい?」
「了解。あ、リリーナちゃんはどうするの?」
「アタクシ、コスプレしないけど、ちょっと着替えたい。汗だくで気持ち悪い」
「着替えはあるんだ、準備いいね。OK、一緒に更衣室行こう。コージ、キョウジ、あとでね」
と、ムリョウさんは女性陣を引き連れて、ささっと行ってしまった。成美、妙に大人しかったけど、大丈夫かな。慣れてるムリョウさんたちに任せておけば大丈夫だと思うけど。
「ほら、幸次、俺ちゃんたちも行くべ。着替え行くべ」
「行くべじゃねえよ、まったく」
ま、結局更衣室行くんだけど、久々の恭のノリに疲れてきた。
※
女子5人でぞろぞろと、エスカレーターを降りて女子更衣室へ。
と、既に数十人の入室待ちの列が出来てる。
「あぁ、まぁ、しょうがないね」
「夏イベントだし、春アニメ、ヒット作が多かったから、増えるよね、レイヤー」
え?また並ぶの?という表情のリリーナちゃん。
なんか、また特殊な呼吸法?とやらをやっているのか、妙に静かな成美さん。
麻琴は、なんかキョロキョロしてるけど、ケンチに会えるのが楽しみで浮かれてるだけだね、あれは。平常運転。
「あ、成美さん、まだ時間かかると思うから、お手洗いなら今のうちに。着替えちゃうと全身タイツなんでしょ?」
「…あ、了解。ちょっと行ってくる」
「わたしも行って来ていい?」
「誰も止めないよ、麻琴」
「そうそう、ケンチと会う前にすっきりしておいで」
「望さん、一言余計なの!」
麻琴が「こっちこっち」と成美さんを引っ張っていった。
「リリーナちゃんは平気?」
「下から出るもなんてもう体内にないわ」
言い方!
望がリリーナちゃんのおでこを触って
「うん、熱も無いし、ふらついてもいないから、熱中症にはなってないみたい。コミエ酔いだね」
「そっか」
「え?なに、それ?そんな病気あるの?」
リリーナちゃん、望の両肩を掴んで揺さぶり始めた。
この辺のスキンシップというか、距離感が外人っぽいにのよね。
「あはは、慣れない環境と人の多さでビックリしちゃってるね、ってこと」
「ああ、なるほど。確かにそうかも」
初心者の夏の朝一入場なんて、一番推奨されない事を、こっちに何の相談もなくやっちゃうのが、キョウジの一番悪いところね。
しかも、彼女が出来たら、こっちの言うこと聞きやしない感じなのが、また…
「未来、あいつ絞める?」
「そうよね…望に偉そうなこと言っておいてコレだもんね。でもまずは崇と部長に相談が良くない?」
「そして巻き込まれて困り果てるケンチと怒る麻琴コース?」
「なるよね」
「なるよ」
「あ、あの」
あ、リリーナちゃんの前だった。
彼氏の悪口言われて気分良くないよね。
「ごめんね、リリーナちゃん、色々あったからさ」
「あの、キョウが問題児なのはわかってるから、そこは気にしないで。でも、今回のことはアタクシも行きたいって、自分で言ったことだから…その、責任はアタクシにもあるから、その」
なるほど、良い子だ。
「未来、リリーナは麻琴同様に可愛がるべき存在と、私は認識した」
「うん、あたしも同意」
リリーナちゃんをあたしと望でサンドイッチ抱擁。
「え?え?あ?胸でっかい」
そこに成美さんと麻琴も戻ってきた。
「どしたの?二人して楽しそうなことして」
「楽しそうって…」
麻琴だけが引き気味だけど。
「ん?リリーナちゃんは、とても良い子で可愛いから愛でることにしたから」
「OK、わかった。んじゃ、ボクもやる」
「ふぎゃ。さらに胸…」
「リリーナ、イヤならイヤって言わないと、この人たちしつこいよ」
「あ、麻琴、妬いてる」
「妬くか!」
麻琴に叱られた。
何てことやってるうちに順番が来て、無事、涼しい更衣室へと入った。
※
「ほーん、俺ちゃんたちの行ってたイベントとは、ホントに規模が違うんだ。朝も早くっから男子更衣室でこんなに並ぶとは」
「でも男の着替えは速いから、回転率はいいだろ」
「そだね」
と、15分くらいで更衣室に入れた。
思わずキョロキョロと見回してしまう。
「なるほど、崇は普通なんだな」
「うん、俺ちゃんもそこは同意しよう」
眼前に広がる女装レイヤーの人数。
多いのかな?普通目にすることのない光景に、脳のカウント機能がバグってるのかな?
「ともかく着替えて、早くスペースに行って、メイク前の崇をからかおう」
「そうだね。それは必要な行為だ」
最低な部分で同意してしまう、おれと恭。
※
入場したって連絡は来たけど、まだスペースには皆来てない。
「寂しいな」
「口に出すなよ、謙一」
「隣に変なおばさんいるから、余計に」
「だ・か・ら・だ・ま・れ」
開場から1時間近く経ったが、結局、同人誌はさっきの1冊しか売れていない。皆足早に目の前を通り過ぎていくだけ。
両隣のサークルはたまに売れているから尚更…。
「結局、あの1部しか売れないとかだったら、悲しいよね」
「イヤなフラグを立てるんじゃない!」
僕は幾美に拳固を食らった。
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