第5話 遊園地へ急行せよ!初デートはサプライズで

サンコスでムリョウさんに振られて、真理愛まりあ麻琴まことさんに告白された翌日。月曜なので学校……で補習。

補習って言っても教師も楽をしたいからか、ひたすら英語のプリント問題やらされるだけの時間。

とはいえ、プリントをまともにやることも出来ずに、教師に

進藤しんどう、ボーっとしてないで、ちゃんとやれ」

と叱責されるわ、

「オタク野郎がボケてんじゃねえよ」

といつものイジメ連中(補習受けてるくせに人を馬鹿にする)には嫌味言われるし。

補習の時間も終わり、速攻で生物部室に逃げ込んだ。

全滅男、たかしもチンタラやってきた。

「昨日の余韻にでも浸ってのか?さっきのアレ」

「まぁ、そんな感じ」

今部室の中はがらんとしている。


先週の社会の補修終わりに、幾美いくよしの家にアオダイショウ×1、シマヘビ×2、ハツカネズミ×20を手分けして運搬したからだ。台車やカートだと、コンクリの車道の振動がどうだのと、どこからか背負子を入手してきて、それで運ばされた。

「生臭いシェルパだな」

「シェルパなら何十キロっていう荷物だろ。軽いもんだ」

「蛇やネズミの重量など大したことないのは確かなんだが、悪目立ちを」

「コスプレするんだろ?悪目立ちを恐れるな」

何を言っても幾美に言い返されるんで、それ以上は黙って運んだ。幾美の家で、幾美のお母さんから出前の鰻重をご馳走になったのは、テストで赤点を取れなかった連中には内緒だ。


補習が終わり、終業式だの卒業式だのあったが、んなもんはどうでもいい。

卒業する生物部の先輩達には、事前に挨拶を現部員でしたし、自分は1年から2年に進級するだけだ。

と、まぁ、自分のことはいいのだが、真理愛さんこと麻琴さんの方はそうはいかないわけで。

エスカレーター式で、そのまま付属の高校に進級するとはいえ、中学卒業は卒業だ。

何かしらを祝うべきだろう。

ムリョウさんからDMで

「麻琴の卒業はタイマンで祝うこと」

という、言いたいことは分かるが、その表現どうなのよ?的な実質命令文を頂いている。女子への卒業祝い……ハードル高すぎの幻想世界レベルのものを贈らねばならない。

きょうに相談…したくないな、これは。

中学 卒業祝い 女子

とネットで検索してみる。

文房具とかコスメとかアクセサリーか。

コスメやアクセは好みもあるだろうし、ハードル高い組だな。

文房具もなぁ…うーん。


とりあえず、アポを取ろう。会えなきゃ、それまでだし。


携帯から

謙一けんいち【中学卒業おめでとう。お祝いを渡したいので、今週、都合の良い日、ありますか?】

とLIMEへメッセ。ずっとトレンダーでのやり取りも面倒なので、先日LIMEのIDを教え合いした。他の面々も一緒に。

麻琴【つごうよいです、ずっと、ひま】

なんだかひらがな片言メッセージが即返ってきた。

うーん、どうしよう。そもそもどこで渡せばいいんだ?もうこれってデートだよなぁ。

自分が案内できる場所で……遊園地……あ、そうだ!

謙一【金曜日の朝10時に後島園あとしまえんランドの入口で、どうでしょう】

麻琴【だいじょーぶ。大丈夫すぎるので行きます。これってデート?デート?】

テンション高っ。

謙一【デート】

返す言葉が思いつかず、単語で返信。

なんか浮かれた顔文字だらけのメッセージが来た。多分、喜んでるっぽいので大丈夫だろう。

うん、プレゼントも思いついた。早速手配せねば。

そして胸の奥にあるつかえも、何とかしなくちゃいけない。


                 ※


あっという間に当日。

待ち合わせ15分前に現地に着くと…あ、もうお待ちになっていらっしゃる。

デニムのシャツに黒いひざ丈のパンツにスニーカー。今までコス以外はスカートだったので新鮮。ファッションには疎い僕でも、それくらいの違いは判る。

「おはよ。早いね」

「へへっ。勝ち」

「勝負だと?いつの間に」

「油断大敵なんだよ」

えーと、ノリはいつも通りのようだ。

昨日、幸次こうじに相談して、決めたことを…

「あのさ、今日のスタイル、いつもと違って新鮮だね」

「ふぇ?……う、うん、いつもはスカートばっかりだけど、今日は遊園地ということで、少しアクティブにしてみた」

「アクティブか。なるほど、形から入るわけだ」

「ん?フィジカルもアクティブだよ」

何言ってんのかわかんないけど、形だけじゃないと言いたいのだろう。

「そういうことにしようかな。じゃあ、中に入ろう。チケットは買ってあるから」

「目にもの見せてあげるんだから」

物騒だな、他の二人の影響なのかな。


さて、フリーパスだから、乗り物は乗り放題なんだけど。

「じゃあ、今日のメインのミッションを発表します」

「ミッション?なになに?」

「怒涛戦隊クラッシュマンのショーを観ます」

「おぉー」

「そのために必要なクエストがあります」

「なんと!」

やっぱ面白いな、麻琴さん。

「ショーの会場は敷地の奥の山の上。しかも事前に整理券が配られます」

「外道だ」

外道?うん、確かに。

「まずは循環バスに乗ってショー会場である、山頂劇場に向かいます」

うけたまわった」

クエストなんて言っちゃったから、ノリがおかしい。和風ビーストテイマーとかあるんだろうか?

「とにかく、行こうか、麻琴さん」

「うん」


しまった。まさか循環バスが徒歩と大差ないスピードでしか走らないとは!

「のんびりバスだね」

園内をゆっくり見て回ってるようなものだからか、麻琴さんは退屈ではないようなのが救い。

「うーん、整理券、後の方の番号になっちゃうかも」

「いいんだよ。ヒーローショーはね、小さなお友達優先だから。大きなお友達はね、後ろとか脇とかでこっそり見るのが、マナーだよ」

なるほど、特撮好きってだけじゃなく、誰のためのものかを考えるのか。

「勉強になるっす、麻琴ぱいせん」

「よきにはからえ」

「返しがおかしいけど、気にしないであげる」

「…ショーで戦闘員来たら生贄いけにえに差し出すから」

ここで身も心は小さい!とかいうとヤバいのは理解しているので黙る。

山頂劇場前に到着。

「とぅ!」

なんかバスから飛び降りてるけど、テンション上がってるなぁ。

レイヤー歴が長くなると、恥の概念が薄くなるのかな。

「はーい、自称大きなお友達はバスから飛び降りないでください。危ないですよ」

「自称という部分に悪意を感じる」

「感じ方、捉え方は人それぞれだもんね」

「だもんねじゃなくって」

そんなこんなで無事整理券ゲット。開演までは、まだ2時間ほどある。

「はい、第一目標は達成。まだ時間あるから、何か乗って、ランチして、観に来よう」

「うんとね、ゴーカート乗りたい」

「最初にそれか。あなどれないチョイス」

「わたし、絶叫系とか苦手なの」

だからってゴーカートを選ぶのもアレな気がするが、ご要望には応えねばならない。

忘れそうになるが、麻琴さんの卒業祝いで来ているのだから。


山の中腹に結構広くて長いゴーカートコースが鎮座ましましてる。

「あの、ここってレースは出来ないタイプみたいだから、二人乗りしてくれる?」

「レース?確かに出来るとこあんまりない気がするけど。いいよ、二人乗り、しようか」

「やった。じゃあ、運転するね」

なんだろう、この言いようのない不安感。そもそもデートに来てレースする気満々だったのか。


そしていくばくかの時が過ぎた。


なんだったんだろう。あの恐ろしいドライビング。

どうして、遊園地のゴーカートで、あれだけドリフトが出来るんだろうか?

降りた途端、スタッフの視線が一気に冷たくなった気もするし。

「ぜ、絶叫系、苦手とか言って……」

「うん、自分が自由に動かせない乗り物って酔いやすいよね」

僕も決して三半規管が強いわけではないので、ギリギリだった。今回はギリギリだった。

多分、あの理屈からすると、コーヒーカップに乗ったら遠心分離される。

ここはきちんと主導権を取ろう。男らしく。

「つ、つぎはメリーゴーランドなんてどう?馬に乗ってる麻琴さんの写真撮りたいな、なんて」

「馬?」

麻琴さん、園内マップを広げて、指さした。

「ほら、ここにポニー乗り場がある。乗るなら、本物にしよっ」

「あぁ、大きな生命体に跨りたい願望ね」

「言い方」

「びーすとていまー」

「そうそう」

そうじゃないと思うが。


ポニー乗り場に行くと親子連れが結構並んでいた。体重制限もあるので、僕らのような年齢の客はいない。

「その、看板の制限項目、大丈夫?」

「大丈夫。お昼食べる前だから」

ギリなのか、昼をものすごく食べるのか悩みどころだが、女子にそれを突っ込むのは失礼だってことは分かる。

係員さんが馬の口に着ける装具「はみ」近くの手綱を持ち、ポニーを引っ張る…って言うか、ポニーは自分のやること、人を乗せてコース一周して、止まるをわかってるので、何かポニーが驚いたりして暴れそうになった時の制御用だろう。

小さな子供が親に横から支えられながら乗ったりしても、ポニーは当たり前のようにゆっくりと歩みを進める。

そんなのんびり空間で、自分たちの順番が来た。普段自分に乗る事のない年齢の人間が来たことで、ポニーも一瞬、耳を伏せて警戒仕掛けたが

「よろしくお願いねっ」

の麻琴さんの一言で、さっと警戒を解いた。

ホントにビーストテイマーかも知れない。


写真?撮りまくったさ。ホントに可愛いんだから。

うん、本当に。


それから、「世界一周クルーズ」という、建物内の水路を小さなゴンドラに乗って進むと、世界各地の民族衣装を着た人形が歌って踊ってお出迎え!なるものに乗ったのだが、どこぞの大きな遊園地にあるものを縮小コピーして解像度を間違えちゃった的な悪夢空間だった。倒れた人形、再生速度が怪しげなセリフや歌、たまに不規則に明滅する照明。

麻琴さん、涙目。怖かったらしい。

僕、涙目。笑い過ぎた。

「謙一さんは何がそんなに面白かったの!恐怖以外ないじゃん、あんなの!」

なんか叱られた。

「ほら、ホラーも行き過ぎた演出のやつって笑っちゃわない?」

「怖さが増すだけ」

「さ、左様ですか」

男らしく意見の相違は飲み込もう。

「わかった。嫌な思いは上書きしよう」

「うわがき?」

「飯だ!」

「お、おう」

傍から見たら変なカップル、なんだろうな。


「レストハウス中腹ちゅうふく、もしくは、ふもと食堂、か。ネーミングがバカだけど、洋食と和食、麻琴さんはどっちがいい?」

「一緒に食べたことないから、和食、かな」

可愛いなぁ、この人。そうなんだよやっぱり、可愛いんだよ。

「それじゃ、ふもと食堂だな。入口の近くだから、のんびり降りていこうか」

「うん」

道端には桜が植えられ、ちょうど満開。

舞い落ちる花びらを目で追いながら、麻琴さんが

「桜の花びら集めて、ぶわーってやって、忍法花霞にんぽうはながすみ!とかよくやったよね」

「え?それってあるあるネタなの?

「え?うちの小学校だけ?」

「しかも学校レベル?」

僕は携帯をポケットから取り出し

「麻琴さん、ここで写真撮らせてもらっていい?」

「もちろん」

と、僕が携帯を構えると、先ほどの続きなのか、両手で印を結び始めた。

なんか面白いから、動画で撮ったけど、違う。そうじゃなくて

「よくわかったから、普通にしてて」

一瞬不満げな顔をしたが、すぐに笑顔を向けてくれた。

映えるよね。ほんと、参っちゃうくらいに。

「ねえ、ツーショも撮ろうよ」

突然のお誘いにドギマギせずにはいられない。

「横に来て、うん、ちょっと前に屈んで桜の花がバックになるように……ほら、いいの撮れた」

満面の笑みの麻琴さんに照れた僕。そんな写真。


食堂に着くと、そこそこの混雑だったが、二人で何とか席確保。

席を取ってから、席にあるメニューで注文を決めて、自販機で食券を買って、番号が呼ばれたらカウンターに料理を取りに行くタイプの店だ。

「山のふもとの山盛り懐石…は要予約かぁ」

うん、何そのバカメニュー、予約限定でよかった。

「謙一さん、何にするの?」

「テンプーラニデモシマスカネ」

「なぜ片言になるの?…この山のふもとの幸の天ぷら定食ってやつ?美味しそう…」

ふもとの幸?しまった、バカメニューだったか。

「…なんで、わたしもそれにしようかな」

退路を断たれた感。

「わかった。注文してくる」

料理の写真を見る限りは海老天がのった普通のてんぷ…山の幸で海老?しかもふもと?海沿い設定でも入っているのか?

えーい、深淵しんえんに引き込まれそうな恐怖を克服するんだ。

覚悟を決めて注文した。


番号を呼ばれて料理を取りに行くと、見た目はごく普通の天ぷら定食だ。

ごはんとみそ汁と漬物と茶碗蒸しと、海老や野菜と思しき天ぷら。

「謙一さん?なんか緊張してる?」

「あの、さ、この定食さ、山のふもとの幸、じゃん?」

「うん」

「ふもとの幸ってなんじゃ!って思ってさ」

「メニューの裏に説明あったよ、ほら」

説明が裏面に?

「ほら、ふもと食堂の料理長が、その日に厳選した、まさにふもとの幸とでも表現すべきである天ぷら定食です。って」

あとでご意見箱に投書しよう。うん。「ふざけるな」って大きく書こう。

「そっか、うん、わかった。冷めちゃう前に食べよ」

「うん」


追伸:最後まで取っておいた海老天を取られました。残してるから、と言われました。欠食小動物め。


さて、ランチもしたし、ショーの時間も近づいてきている。

「腹ごなしに山登りで行くか」

バスを使っても速度一緒だし。

「OK。アクティブだから大丈夫」

多分アクティブの使い方を間違えているけど、いいや。


山頂劇場に着くと列整理が始まろうとしていた。

整理番号順に並ぶ。

時間が来て入場開始。入口にはクラッシュマン5人が待っていて、子供たちと握手している。

麻琴さんが楽し気に5人と握手をしていく。僕も続いて握手をしていくが、最後にいたクラッシュイエローだけはハイタッチしてきた。

「いいなぁハイタッチ。わたしじゃ届かないもんなぁ」

と麻琴さんには羨ましがられた。

後列の席に陣取る。すり鉢状の会場で、後列ほどステージに対して高い位置の座席となるので、小動物でも見やすい。それは口には出さないけど。


さぁ、ショーの始まりだ。

司会のお姉さんが観覧時の注意などを説明した後

「さぁ、みんなでクラッシュマンを呼ぶよ。せーの、クラッシュマーン」

小さなお友達の呼び声は怪しげな音楽にかき消された。

「フハハハ、さぁ、行けいグロス兵ども、この山頂劇場を占拠するのだ!」

と、戦闘員と謎の幹部が出てくるのはお約束。

会場を襲おうとする悪の軍団に

「待てーい!」

とクラッシュレッドとクラッシュピンク登場。

悪の軍団を蹴散らし追い返し、会場周辺のパトロールをすると言い、去っていくレッドとピンク。

「くっそぉ、グロス兵も減らされてしまった。仕方がない、魔怪人スパイダーリペア、出でよ!」

確かに戦闘員が5人くらいいたのに一人になってる。

「あれ、一話に出てきた魔怪人だよ」

「おぅ」

麻琴さんの解説への返しがおざなりっぽくなってしまった。

幹部、怪人、戦闘員というある意味寂しい悪の軍団。

「よし、グロス兵、スパイダーリペア、兵力の補充を行う。この会場で見どころのありそうなやつらを連れてこい!」

会場を走り回る戦闘員に対して、怪人がこっちにまっしぐらに向かってきた。

「さぁ、来い!」

「え?へ?わたし?え?」

と連れられて行く麻琴さん。

僕を突き出す暇など与えないぜ。

戦闘員は、お約束の小さなお友達=未就学児童を2名、連れてきた。

「スパイダーリペア、おまえ…ずいぶん可愛い娘さんを連れてくるじゃないか」

幹部は怪人の口元に耳をつけ

「ふむふむ、なるほど。こんな可愛い娘さんがカップルで来ていたので、その幸せを壊してやったのか!よしよし素晴らしい」

観客は笑っているが、舞台上の麻琴さんは呆然。

そんな麻琴さんをよそに、幹部は小さなお友達に名前を聞いたり、好きなキャラを聞いて、クラッシュマンと返答されてズッコケるなど、せわしない。

「さて、こちらの大きなお友達の番だ。名前は?」

「ま、真理愛!」

すごいな、ここでコスネーム名乗るとかオタクの本能的な適応力か?

「ふむ、まりあちゃんは何歳でちゅか?」

「15ちゃい!」

観客爆笑。

「15ちゃいのまりあちゃん、先ほど、スパイダーリペアが、まりあちゃんの個人情報を入手した。きさま、中学卒業して、高校進学するらしいな」

「う、うん」

「おめでとう!さぁ、会場の皆さんも、15ちゃいのまりあちゃんの卒業と進学を祝って、拍手!」

拍手の嵐が麻琴さんを包む。

なんか、ぺこぺこお辞儀してる麻琴さん。

「ようし、今回は目出たいことだし、怪人への改造は見逃してやる。さぁ、3人にお土産を持ってこい」

なぜか悪の組織からクラッシュマンのサイン色紙をもらって、麻琴さん、帰還。

「おかえり」

「ただいま…今の何?」

「何って、見たまま感じたままが全ての気もする」

「でも、だって、卒業とか…」

「悪の組織はすごいねえ。ほら、続き、始まるよ」

舞台では5人そろったクラッシュマンと幹部、怪人、戦闘員のバトルが始まった。

ショーは滞りなく進行し、悪は敗れ去り、正義も去っていった。

続いて舞台上はクラッシュマン握手&サイン会の準備に入った。

机や椅子を運ぶジャージ姿の男が、こっちに向けて手を振ったので、こちらも手を振って応える。

「え?あれ?コージ…さん?」

「正解。あいつに頼んで、サプライズやってもらった」

「…さすがケンチP。サプライズをプロデュース」

「P呼びやめい。あとで、ショーメンバーにお礼に行こう。ここまでノリノリで協力してくれるとは嬉しい誤算」

「こんな極めて個人的なことにショーを利用していいの?」

「さぁ、怒られるのコージだし」

「怒られるの?」

「あ、大丈夫大丈夫。そういうチームらしいから」

「そういうチーム?」

「ちなみに入口でイエロークラッシュ着てて、そのあとはスパイダーリペアやったのがコージ」

「ショーのバイトやってるとは聞いたけど、まさかな展開」

そうこうしているうちに握手会も終わり、ヒーローたちも舞台から去った。

すると、舞台袖からコージが手招きをしているので、二人して舞台へ。

「ありがとな、コージ」

「いえいえ、他ならぬケンチの頼みとあれば」

僕とコージ、互いに肩を叩いて笑いあう。

「あの、今日は、ありがとうございました」

「いやいや、真理愛さんのためなら、ショー展開の一つや二つ」

おだやかじゃねえこと言ってんな、おい」

「うぇ、金山かなやまさん」

「うぇ、じゃねぇ!」

瞬時に卍固めをかけられるコージ。

声からして、先ほどの幹部をやっていた人だろう。

「あ、今日はサプライズにご協力いただいて、ありがとうございました」

僕は深々とお辞儀、麻琴さんもつられてお辞儀。

「気にしなさんな。お遊びの時間に、どんな遊び方しようと、こっちの勝手だし」

と、金山さんはコージを固めたまま笑顔で答えてくれた。

「結婚披露宴でも結構ショーやるパターン多いから、お二人さん、そん時は呼んでくれ。会場を爆笑のどん底に叩き込むから」

「はい、お願いします」

と麻琴さん即答。

「ははは、素直でよろしい。気が向いたら、うちでバイトしない?楽しいぞ」

「今のそいつのようになるなら、断らざるを得ませんが」

「ん?そりゃ、そうだ。さ、片づけと、2回目のショーの準備が残ってる、ちゃっちゃとやるぞ」

コージを引きずって去っていく金山さん。

卍固めされる件は否定しないのが怖い。ブラックな職場に違いない。


山頂劇場を出ると、なんとなく二人して無言になった。

風が吹いて桜の花が舞い落ちる。

「にゃっ」

麻琴さんの顔に桜の花びらが数枚くっついていた。

黙ったまま、僕はそっと、麻琴さん顔の花びらを取った。

引かれるかなとも思いつつ行動したが、特に拒否られるわけでもなく、僕が取るに任せている。

「取れたよ。目にゴミ入らなかった?」

「ん、大丈夫」

麻琴さんがじっと僕を見つめる。

「な、なに?」

「さっきのサプライズ、ホント嬉しかったし、楽しかったし、感動した。どうして、ここまでしてくれたの?…わたしが一方的に気持ちを押し付けてるだけ、なのに」

だよね。やること、極端だったよね。

「あの、その前に、どうしても聞きたいんだ。どうして僕に、僕なんかに惚れたの?」

「そっか、そうだよね。聞きたい?よね」

「うん」

「確かに、好き好きだけじゃストーカーみたいだもんね」

「いや、そこまでは思ってないけど…観覧車乗らない?あそこなら二人きりになれるから」

「うん」

僕たちは山の中腹にある観覧車に向かった。劇場と観覧車の位置、逆にすべきじゃね?と思いつつ。


観覧車、一周15分らしい。時間に余裕があるようでないな。


ゴンドラのドアが閉まるや否や、麻琴さんはすぐに話し始めた。

「あのカラオケの後にね、女子三人で話したの。友人関係か恋愛関係か別にして、生物部さんたちと付き合っていく気あるかって」

「うん」

「だから、わたし、色々話してみたいなって思って、トレンダーで色々書きこんだんだけど、全部に何かしら反応してくれたの、謙一さんだけで」

「映画や生物の話なら、基本対応できるし、それ以外はコージや部長に振ったり、検索して応えたりしてただけだよ」

「でも、ちゃんと相手してくれるんだもん。嬉しかった」

「そっか、そりゃ、光栄だ」

「嬉しいだけじゃなくてね、頼りになるなぁって思ったの。それでね、もっともっと色んなこと聞きたいって思うようになって、未来みきさ…じゃなくてムリョウと宝珠ほうじゅに相談したの。そしたら、それって恋し始めてるんじゃない?って言われて、改めてカラオケの時に撮った写真見たりしてたら、自分の思いに納得がいって、あぁ、好きになっちゃったんだなって…わたしってチョロい?キモい?」

麻琴さん、顔真っ赤にしてうつむいちゃった。

そして思った以上に深い理由はなかった。

でも相手を好きになるなんて、見た目の第一印象か、話してみての第二印象かくらいだろう。僕自身だって、そんな感じでムリョウさんに憧れ抱いたんだし。

好きになるなんて、深い理由がないくらい劇的なんだ。

「話してくれて、ありがとう。麻琴さんはチョロくもキモくもないよ。一目惚れってのがあるんだから、何度かオンラインでやり取りした惚れがあってもいいんだよな」

「その惚れ、聞いたことないけど、いいよね?」

「何より、今日二人でデートして思った。僕も惚れたって」

「ほんと?」

僕たちの乗った観覧車のゴンドラが丁度、頂点に来た。

「改めて言うね。麻琴さん、あなたに惚れちゃいました。付き合ってください!」

夕暮れや夜じゃなく、まだ午後の明るい時間なのがカッコつかないけど、言った。言っちゃった。

「はい!」

元気のいい返事とともに、麻琴さんが僕の胸に飛び込んできた。

ゴンドラ、結構揺れたけど、そんなことが気にならないくらい、びっくりした。

「えへへ、惚れさせてやったぜ」

「へへーん、惚れてやったぜ」

二人して笑った。二人して抱きしめあった。

そのまま顔を上げて見つめあった。

そしたら、ゴンドラが降り口に着いた。

慌てて降りる僕たちを係員さんは、よくあることかのようにスルーした。


恥ずかしくて、二人してふもとまで駆け下りた。

「ちょ、ちょっと待ってて」

と麻琴さんがトイレの方へ走っていった。


一人になって、さっきの光景、麻琴さんの感触、香りなんかが生々しく脳裏によみがえる。

生まれて初めて女子を抱きしめた。柔らかかった。いい匂いがした。

もっと時間があったなら、あのまま…キスまでしちゃったのだろうか?しちゃっただろうな。


トイレの個室に駆け込んで、わたしはさっきのことを思い返した。

ギュッと、優しく抱きしめてくれたこと。見つめあっちゃったこと。あのままだったら…してたよね。絶対。わたしも…OK気分だったし。


ヤバいヤバいヤバい鎮まれ鎮まれ鎮まれ。

一旦深呼吸。あぁ、自分の中の欲望がここまで強いなんて、こんなシチュエーションになるまで気づかなかった。

うー、煩悩…煩悩?そうだ、除夜の鐘の効果を信じよう。脳内で鐘を突こう。


やばいやばいやばい落ち着け落ち着け落ち着け。

とりあえず、未来さんと望さんにLIME。

麻琴【謙一さんにサプライズで卒業と進学祝ってもらった。そんで告白されちゃった。そんでキスしそうになっちゃった。以上】

未来・望【【以上じゃない!】】

ふたりとも返信早っ。

未来【安売りしちゃダメ】

望【まだ早い。3ヶ月清い交際続けたら、してもいい】

望さん、あなたは親か?

麻琴【帰ったら詳しく報告するから】

未来【帰るんだよ。早い時間に帰るんだよ】

望【思春期男子はブレーキがないから】

そうなのかな…とりあえず、

麻琴【りょーかい】

とだけ返信して、トイレを出た。


あ、麻琴さん、来た。

平常心平常心。

「お待たせ」

「問題ない。鐘は百八回鳴ったから」

「へ?」

「あ、なんでもない。ボーっとしてただけ。さ、お土産みやげを買いに行こう」

「うん。謙一さんは生物部のみんなにお土産買うの?」

「買わないよ。もったいない」

「もったいない?友達、だよね」

「うん、そうなんだけど、どうせだから、もらってイヤなものを買うじゃない」

「???どうせだからイヤなもの?」

「そうすると、報復合戦に発展するんだよ。どこかに行ったら、イヤな土産ものを買ってくるという、哀しい戦いに」

「哀しい戦い?」

「主にコージが僕に対して続けてるんだけどね」

「男子って。そういうとこバカだよね」

「たまに辛らつだよね、麻琴さんって」

「弟がそんな感じだし、言うべき時に言うのは、ムリョウと宝珠と付き合うようになって学んだの」

「あぁ、なるほど。ツッコミのスパルタ教育だもんね」

「うん」

嬉しそうにうなづく麻琴さん。よほど、あの二人のことが好きなんだろうな。負けないように頑張らなくちゃいけないし、教育もほどほどにしてもらうように話さないといけない。

「じゃあ、ムリョウと宝珠にお土産選ぼっ。嫌じゃないやつ」

「あの二人に嫌なものを上げる勇気は、全次元レベルで存在自体否定される」

「だよね」

無難に「後島園ランドに行ってきました」っていうクッキーにでもするべきか…ん?パッケージに妙なクネクネしたキャラクターが描いてある。みっちーくん、とかいうらしいが、今日半日園内を歩いたところで全く見かけた覚えがない。

奥のぬいぐるみコーナーに、それらしき存在の手のひらサイズのぬいぐるみを発見。タグに付いた説明書きを読むと

『ボクの名前はみっちーくん、後島園ランドのマスコットさ。え?どこにいるのかって?ふふ、みんな、ボクのことを見ているはずさ。そう、ふもとから山頂までの道そのものがボクなのさ。木を隠すなら森、道を隠すなら山なのさ』

うん、狂気の産物ということは分かった。

コージに買って差し上げたいが、値段が三千円以上したのでやめた。値段設定まで狂っているとは。

結局、その狂気の創造物が載っていない、「後島園ランドはとても楽しいです」という何か海外で見る怪しげな日本語か、狂気の洗脳ワードのような商品名のチョコレートにした。

「あの、今回の件のコージさんへのお礼はどうしたらいいかな?」

「宝珠さんと上手くいったら祝う。失敗したら慰める、でいいと思うよ。宝珠さん、贔屓ひいきしてあげてって言っても、言うこと聞かないでしょ」

「そっか、確かにそうだね。でも、何かしら攻略情報はあげたいなぁ。なんか弱みあったかなぁ」

「はい、物騒なこと考えない。恋愛の攻略は相手を倒すことじゃないよ」

「そうだよね。でも、わたしを生贄にすると、何でも言うこと聞きそう」

「はいはい、せっかく出来た恋人を生贄にする気はないよ」

すると、麻琴さん顔を真っ赤にして

「そっか…そう、だよね。恋人だもんね、えへへ」

と、なんか照れ始めた。

嬉しくて楽しくて可愛いけど、きりがないから、件のチョコレートを持ってレジへ。

レジに行くと、そこにみっちーくん絵葉書なるものが。

無人の山頂までの道をドローン撮影したらしい写真に、無理やり顔が描いてある。

やはりキャラクターに対する推し方がおかしい。¥200だったし、買いだ。幸次にやる土産をゲットだ。


そろそろ夕方も近い時間。何か勢いで土産も買っちゃったし、帰ることに。

携帯を見るとLIMEが。

ムリョウ【無事に帰せよ】

と一言。

いや、そりゃ無事に帰しますけど、そういう意味じゃないよね。

このまま連れて帰りたいけどさ。

ポンっと次のメッセージが出現。

宝珠【泣かすな。泣かしたら、あなたが泣いて涙が枯れ果てようがさらに精神的に追い詰めるから】

だから怖いんだってば。


なんとなく口数の減った帰り道。

麻琴さんを、家の前まで送った。

「寄っていく?」

「告白当日のハードルじゃないよね?」

「だよね」

いたずらっぽく微笑む麻琴さんに今日何度目かのノックアウト。

「あらためて、今日はいろいろありがと。サプライズ付きでお祝いしてもらって、ホント嬉しい。告白もしてもらえたし」

「それでは、僕もあらためまして。卒業、進学おめでとう。好きになってくれてありがとう。好きを受け入れてくれてありがとう」

「うん」

「あと、これ、僕からのプレゼント。あのサプライズだけじゃ、アレだから」

と、僕はカバンから包みを取り出して麻琴さんへ渡した。

「朝からずっと持ち歩いてたの?」

「なんとなく、渡すタイミングを逃しちゃってて」

「開けていい?」

「どうぞ」

「パネル?…写真?…あ、すごい」

「サンコスでの写真をメインに、コラージュっぽくまとめてみて、それをパネルにしたんだ」

A4サイズのパネルにコラージュして印刷したものを貼って、木枠を付けた。寝る間を惜しんでの突貫作業だったけど。

「最初に会った時のまるまじょコスとか、2回目の集合とか、ふざけて撮った写真とか…すごいすごい」

「僕たちの出会いの思い出、とかいうのは臭すぎかもしれないけど、うん、なんか、大事にしたいなってさ」

「ありがと。家族に見せて自慢する」

「じ、自慢?」

「ここに写ってる人が私の彼氏で、こんな素敵なものをくれたんだよって」

「お、オープンだね」

「隠さなきゃいけない人、じゃないよね?」

「はい。そりゃもう、はい」

年下とはいえ、女の子には勝てないなぁ。それが相思相愛の相手なら尚更だ。

「…それからさ。言っとくことがもう一つあるんだ」

「なに?」

「僕、学校ではイジメられてる。あの生物部が唯一オアシス、逃げ場?そんな感じ。…幻滅しちゃうかな」

「しない!」

力強く、麻琴さんが言った。

「謙一さん。わたしもあなたのオアシスになるよう頑張るから、負けないで」

「う、うん」

凄いな。ホント凄いな。

「今の謙一さんがホントの謙一さんだってわかってるから、絶対に幻滅なんかしないよ」

「参ったなぁ。ホント、大好きだ。好きになってよかった」

「また、そういうことを…」

ストレートには弱い麻琴さん。

「いざとなったら力のムリョウ、技の宝珠を実戦投入」

「ヒーローっぽく表現してもダメだからね。それは絶対」

「でも、なんで生物部メンバーは何もしないの?」

「ん?何もしてなくはないよ。いつも部活やらなんやらで付き合ってくれるし。今回のコスプレのことだってさ」

「でも…」

「あいつらを巻き込みたいのは楽しいことだけ。もちろん、頼めばなんらかの行動はしてくれると思うよ。でも、ダメなんだ。それは、逆に僕が僕を許せなくなる。僕は耐えられるから。あいつらがいて、今は麻琴さんや怖いお姉さん方もいるし。楽しいって気持ちは何にも勝るんだよ」

「そっか、うん。わかった気がする。つまり…」

「つまり?」

「わたしのことずっと楽しい気持ちでいさせてくれるってことだよね」

「努力します」

「よろしい」

胸のつかえもだいぶ取れた。これで、もっと先に進めるかな。

「それじゃ、僕はもう帰るね。家の前で引き止め続けるのもアレだし」

「うん、また会おうね」

「もちろん。次の予定、また連絡するから」

「うん、待ってる」

僕は麻琴さんに手を振って、歩き出した。

ホントは抱きしめたりしたかったけど。

ホントはキスしたりしたかったけど。

家の前だし。

釘刺されてるし。

今日はおとなしく帰るのだ。眠れるかどうかは別として。


                 ※


わたしが家の玄関ドアを開けると、そこには母がいた。

「外で男の子と話してるのが見えたから、気になったけど、邪魔しちゃ悪いと思って」

「え?全部見て聞いてたの?」

「んー、お母さんはここにいただけだから、よくは聞こえてないわよ」

「もうやだ、聞いてるんじゃん!」

恥ずかしすぎる。

「今度、ちゃんと紹介しなさいよ」

「う、うん」

辰巳たつみも将来の兄候補にやきもきしてるし」

「なんで辰巳まで知ってるの」

「窓から二人の姿を見つけたの、辰巳だもの」

今度から、家の前で長居するのやめよう。

「お父さん、このこと知ったら寂しがるでしょうね」

と、カラカラと笑う母。

「もう、ちゃんと話すから。家入っていい?」

「はいはい、おかえりなさい」

「ただいまぁ」

わたしは大きくため息をついて自室に行って着替えて、今日の余韻に浸る間もなく帰ってきた父を含め、家族の前で、謙一さんにもらったパネルを使って説明する羽目になった。

家族にはきちんと自分のコス姿の写真も見せたことがなかったので、反応はそれぞれ違った。

母は麻琴は可愛い、先輩たちはキレイだ、男子たちはカッコイイと謎のテンションアップ。

辰巳は興味なさそうなふりして、先輩組の写真ガン見してるし、父は今日告白されて付き合い始めたばかりと説明したら、渋々な感じで認めつつも、清い交際をと釘を刺してきた。

わたしからの好き好き攻勢や、今日ハグされたことは内緒。


説明会と夕食が終わり、リビングでテレビを観ていると

「ねぇ麻琴ぉ」

ん?辰巳から話しかけてくるの、珍しい。

「なに?」

「女子ってさ、やっぱ男子から告白されたいの、かな?」

「へぇ」

「あ、あくまで一般論を聞きたいんであって」

「なに焦ってんだか。はいはい、一般論ね」

「そう」

「その女子が、相手をどの程度意識してるかにもよるかな。誰でも告白してくれれば嬉しい!なんてアイドルの営業トークでしょ」

「え、その、じゃあ」

「ある程度の好感度は事前に上げとけってこと。意識してない相手から言われても困るから」

「そっか…」

「姉にアドバイスを求めるなんて、成長したな、弟よ」

「う、うっせー、ばーか、小動物」

と言って、自分の部屋に行ってしまった。

…小動物って悪口なのかな?そもそも、わたしに似てるって言われる辰巳も小動物なんじゃないかな。お母さんもよく言ってるし。

よし、お風呂入って、今日のお礼のメールを謙一さんとコージさんにして、未来さんと望さんに詳細説明して、寝よ。

寝れる、かな…

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